VOLK AudioはEmpire Earsに在籍していたJack Vangが、自らの理想を実現するために立ち上げたブランドで、その処女作である「ÉTOILE」(エトワール、星の意味)は、限定生産350台でブランド創設を記念したFounder's Editionです。価格は(税込実勢価格)59万4千円。

ETOILEは創業者のJack Vangと、マスタリングエンジニアのMichael Gravesとの10年にわたるコラボから生まれたIEMです。これはETOILEを語る上で重要なポイントなので、まずロサンゼルス・OSIRISスタジオの
ホームページに書かれた二人のエピソードから記事をはじめます。
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LAのスタジオにて2013年にロサンゼルス・OSIRISスタジオでマスタリングエンジニア、Michael Gravesは、ある若きIEMデザイナーから送られてきた彼のマスタリング作業専用に作ったIEMのプロトタイプを耳にしました。それが彼とJack Vangとの出会いでした。
Michael Gravesはその出会いについてこう語ります。「それらはゲームチェンジャーだった。ヘッドホンでは決して得られなかった明瞭さとディテールを教えてくれた。それから12年以上、私は毎日あのIEMを着け続けている。音を職業として30年近く向き合ってきた今、私はどんな音の再現を求めているのかをはっきり理解するようになりました」。
Jack Vangはその後、Empire EarsでRaven、Novusといった伝説的なフラッグシップを世に送り出し続けて一流の開発者として名をなしました。しかし彼はそこから離れ、2023年に再びMichael Gravesのもとを訪れて、また力を貸してほしいと伝えます。Michael Gravesは迷いなく受諾しました。
Michael GravesはETOILEの誕生についてこう語ります。「長年の経験を土台に、私たちは試作機のブラッシュアップを密に重ね、音についての共通言語を共有しながら取り組みました。完成した最終バージョン──ETOILEは、私が求めていた“音の真実”そのものでした」。
また、Michael GravesはVOLK Audioの動画の中でこう語っています。「普通マスタリングエンジニアは部屋の響きが必要なのでイヤフォンやヘッドフォンを使いませんが、ETOILEを聞いた時は自分のスタジオの音と同じ"真の音だ"と感じた。リファレンスモニターに必要なものはバランスが取れていて、すべての音が聞こえることだ。ETOILEではしっかりとそれが確認できる」。
OSIRISスタジオはMichael Gravesが経営するスタジオで、オーディオ・リストレーション(修復)が可能な、極めてニュートラルで正確なモニタリング環境として知られているようです。つまりETOILEは「マスタリングエンジニアが本気で承認したイヤフォン」であり、IEMというよりもニアフィールドリファレンスモニターと言えます。
グラミー賞を5回受賞したエンジニアが自分の音を理解したと言わしめたIEMとは、と興味が湧くエピソードです。同じスタジオでの音の作り手でも、リスナーの代弁者と言われるほどマスタリングエンジニアは我々リスナーに近い位置にあります。そのため彼らが良いと思うIEMは我々にも届く音のはずです。
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ETOILEの特徴Jack VangはVOLK Audioの立ち上げに際して「ETOILEは単なるIEMではありません。それは音楽の魂を宿す器であり、単なる技術的優位性を超えた"意志"を込めて作り上げられたものです」と書いています。
彼はその開発において解決しなければならない課題があると考え、そのために新しいバランスド・アーマチュアの組み合わせ、完全再設計のクロスオーバー、Sonion製ESTドライバーを導入、さらにその先へということで独自のM8静磁ドライバーを搭載しました。

ETOILEは10ドライバーによる6-Wayクロスオーバー構成を採用しています。IEMのノズル先端の穴は5つも別々に穿たれています。
低音域は、VOLK独自の10mmダイナミックドライバー「M10」によって支えられており、20Hzから350Hzの周波数帯域をカバーしています。
中音域は4基のSonion製BAドライバーが担当し、350Hzから8KHzまでの周波数をカバーします。4基の構成は2基のデュアルダイアフラムドライバーが中音域を担当して楽器やボーカルに自然な重みとリアリティを加え、2基のシングルダイアフラムドライバーが中高域の発音の明瞭さや倍音の整合性を高めるという2層構成になっています。
特徴的なのは高音域で、SONIONのEST4基とVolk独自の静磁ドライバー1基の両方でオーバーラップされてカバーされます。ESTは8KHzから45KHzまで高音域を広くカバーし、VOLK独自の「M8」と呼ばれる8mm径の静磁ドライバー(平面磁界型ツィーター)は50kHzまで伸びますが、主に8kHzから12kHzをカバーする主役となります。この高域部分の仕組みについては直接Jack氏に聞いてみました。
M8ドライバーで大事なことは構造よりもむしろその担当する8kHzから12kHzまでの帯域です。Jack氏は特に音色、倍音、トランジェントのニュアンスにおいてM8が重要な役割を果たすといいます。そして12kHz以上になるとESTが超高速性と伸長性により主役を担います、ただしM8も補助的に50kHzまで伸びていくとのこと。これらは可聴帯域を超えると思うかもしれませんが、Jack氏によるとこうしたESTとM8の相乗効果が空気感、開放感、空間の洗練度という「体感される雰囲気」を作り上げるそうです。またJack氏はホームページに「ESTドライバーによって、解像度や抜けの良さ、立体感は実現できるが、ESTドライバーだけに頼ると音質に“深み”が欠けていると感じ、独自の8mm静磁ドライバーのM8を搭載した。これにより、音の厚みと質感を高めている」とも書いています。
10 kHz 前後あるいはそれ以上の高域は音楽を良く聞かせるために極めて重要な帯域で、マスタリングエンジニアが重視する帯域のひとつでもあります。例えばあるエンジニアは「10kHz付近は量のバランスによる違和感が生まれやすい繊細な領域なので、慎重にレイヤリングしないと不自然になる。逆に適切に割り振れば、ミックス全体に透明感と輝きを与えられる重要な帯域である」という旨のことを書いています。
この辺りもエンジニア目線で作られたIEMということができるかもしれません。しかしそれはリスナーの我々にとっても有用なはずです。

イヤフォンの筐体を見ると、大きめの筐体がとても軽い樹脂製のシェルに包まれています。シェルは大柄ですが、ユニバーサル形状が良くて耳にはぴったりとはまり込みます。軽いので見た目ほど装着感は悪くないですが、女性などには多少大きいかもしれません。
金属ではなく樹脂シェルを使用したのは軽量化もあるでしょうが、静磁ドライバーの精密な磁気的構造を考えるとその特性を妨げない非磁性のシェルが有用なのではないかと思います。
また全ドライバーを共有音響空間内に配置し、シェルに搭載したデュアルベントも特徴的です。インピーダンスは8.8オームと低いので、DAPやアンプには考慮が必要です。

フェイスプレートもハイエンドイヤフォンによくあるような宝石のような華美なものではなく、アルミニウムをCNC加工して24K金メッキを施したフレームの下にイタリア製サフィアーノレザー(皮革)が配されて、その下に樹脂プレートがある多重構造です。
見た目が豪華になる製品が多い中で質実剛健の設計で、共振を防止しています。イタリア製サフィアーノレザーはパッケージにも採用されています。
もともとスタジオで使うことを想定したIEMでもありますが、VOLKのホームページには「我々はクロスオーバーに名前を付けない」という言葉が書かれていて、商業主義的ではない質実剛健さを感じさせます。

標準ケーブルは高純度導体の単芯5N OCC銀、単芯4N銀、銀メッキ6N OCC銅、金メッキ4N銀、パラジウムメッキ4N銀の複数の素材を使用し、それぞれが電流の形成、インピーダンス制御、絶対的な信号完全性の維持において最適な特性を持つよう厳選されています。かなり凝ったケーブルで、太いですがしなやかでタッチノイズもありません。

パッケージは豪華で、スエードのポーチに厳重にプチプチで箱がくるまり、箱は多段の引き出しで内箱を引き出すことができます。宝石箱のようなパッケージです。
イヤピースはシリコンタイプの他にSymbioのフォームチップが入っています。Symbioはフォームタイプですが、軸に透明パイプが通っています。
ノズルが太くてはめにくいのですが、低音が増して高域が曇るという一般的なフォームチップの傾向とは異なり、全域で多少明るく先鋭感があがり少し派手目のメリハリがついた音になります。試聴にはもう少し抑えめな音のシリコンタイプを使いました。
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音のインプレッション -「正確でかつ情熱的」
試聴はETOILEのプロサウンドのDNAを考慮して、A&K PD10で聴いてみました。PD10はXLR出力付きのドックなどプロ使用を意識しているようで、まさにVOLK Etoileに似合うDAPだと思います。

PD10とETOILE
まず第一印象はとても解像力が高く、情報量が豊かで細かな音の洪水のような音に圧倒されます。低音が深く沈み、高域がスパークするように伸びやかなので、すごくワイドレンジ感が高く感じられます。細かな録音の粗までわかるような高い解像力とワイドレンジの音再現という性能面の高さがよくわかります。
そしてドラムのキックが強く、躍動感があり、ヴォーカルが生き生きとしているのに気がつきます。ロックのようなバンド演奏は迫力あり、カッコよく聴こえます。ヴォーカルには情感が乗って感動的に曲を盛り上げます。
スタジオエンジニアとのコラボというイメージから、解像力やワイドレンジ感など音性能は高いのは予想していましたが、いわゆる「モニター的」なドライな音と予想していた部分はあっさりと覆された感じがします。

そしてよく聴き込むと、低音域は豊かでかなりたっぷりあるように聴覚的には聴こえるが、Bobby Bassのバスヴォーカルなどよく聞く低音の試聴曲で試してみると実は誇張しているようには聞こえません。正確な低音です。しかし超低域は深く沈み、重く、録音や曲によっては腹にくるくらいに重く感じます。正しい低音が出ていますが、とても低い領域までたっぷり出ているので「低音がすごい」と言いたくなる感覚に頭がバグりそうになります。
中音域のヴォーカルも艶がありながら、かつ正確性が高く感じます。SHANTIのヴォーカルは清々しく歌詞がとてもはっきりと聞こえてきます。バックバンドの音にマスクされることもなく、楽器音も声も両方高い解像力で聞こえます。低音はたっぷりありますが、不思議なことにヴォーカルにかぶることがありません。
高音域の再現性も素晴らしく、伸びやかで明るくシャープな高域を堪能させてくれます。そして刺激的なところがほとんどありません。シャープで伸びやかなイヤフォンは往々にして刺激的でキツすぎる傾向がありますが、ETOILEは伸びやかながらもきついところが少なく、つんざくようなキツさに怯えることなく安心して音量を上げることができます。
単に超高域まで再現するだけならば、ESTだけで十分でしょう。性能が欲しいだけならば、さらにESTの数を増やせば良いでしょう。しかし、さらに自然な音鳴りを再現しようとした時に、ESTと静磁ドライバの音をオーバーラップさせて混ぜる必要があったのではないかと再認識します。
ETOILEのサウンドは、よく聴き込むとニュートラルでフラットないわゆるモニター的な正確な音ですが、おそらく普通に音楽を聴いていればリスニング寄りの音楽的なイヤフォンと感じるはずです。音場も十分に広く、解像力の高さが楽器音を浮き上がらせて立体的に聴こえます。まさに正確でかつ情熱的という排反するような要素を持つIEMです。それがJack氏の挑戦でもあるのでしょう。

音楽ジャンルで言うとクラシックのオーケストラ曲によく合います。というか、イヤフォンでここまでオーケストラを再現できるものはないのではないかとも思えます。ワイドレンジで解像力が高く、かつ整っていてどんな音でも破綻が少ない音です。低音が深く音場が広く、スケール感があります。
例えばロリンマゼールとベルリンフィルの演奏によるリムスキーコルサコフ「シェラザード組曲」の冒頭、サルタンのテーマであるオーケストラの全奏部分の雄大なドラマの迫力と、シェラザードの声を表す美しいソロバイオリン(とハープの伴奏)の音色の美しさの両方がどちらも際立って楽しめます。サルタンの威厳とシェラザードの美声が千夜一夜物語というドラマを見事に再現しながら、対照的に噛み合う様は感動的です。
アカペラ曲もまた良く楽しめます。良録音のアカペラを聴くと声の背後にある空間が聞き取れるような感覚があり、まるで収録したスタジオやホールが透けて見えるような気がしてきます。アカペラと正反対にメタルを聴いても高い刺激的な音は少なく、本来はこうした音なのだと考えさせられます。しかしドラムスのキックはしっかりと腹に響きます。
試しにPD10からKANN Ultraに変えてみると気がつくのですが、実のところ数少ないけれども、ETOILEはKANN Ultraでも物足りなく感じてしまうIEMの一つです。
PD10に戻してみると、ハチスノイトの声が絡み合う複雑な音楽で様々な音の立体的な重なりの洪水のような音世界に唖然としながらも、その一つ一つのピュアな声の音色の美しさにただ感動してしまいます。ここまでの音楽体験はETOILEとKANN Ultraでは得られませんでした。PD10やSP3000/4000クラスでないと真価は発揮できないタイプのイヤフォンで、DAPの性能をそのまま露わにしてしまうのもモニターIEMらしいというべきかもしれません。
エクスカリバーがアーサーでなければ引き抜けなかったように、ETOILEはDAPに真の王の資格を問うイヤフォンでもあります。

DX280とETOILE
ためしにスティックDACでも鳴らしてみましたが、極端に低能率ではないので音量は不満なく出ますが、PD10やSP3000でゾワゾワとくるティングル体験のような感覚的な快感を味わってしまうと、さすがに物足りなくなります。
ただDAPの相性はあって、ハイエンドでなくとも合うDAPもあります。例えばiBasso DX280です。DX280のFIR4xモードの滑らかさと細かさが驚くほどの音体験となります。DX280とETOILEはkashiwa daisukeとかfilmsなどのエレクトロニカ勢の複雑な音楽が情報量の洪水のように流れてきて、その音世界に圧倒されます。それが単にApple Musicのストリーミングで楽しめるのだから驚きです。
PD10とETOILEの組み合わせは聴き終わると深くため息が漏れてしまうタイプの機材の一つです。それはリスナーが音楽に真摯に向き合っていたからなのでしょう。スタジオエンジニアが音楽を作るために真摯に向き合っているように。
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まとめ端的にいうと、ETOILEはモニター的で正確なのにリスニング的に楽しいという逆説的な融合を実現したIEMです。
Jack Vangは、「ETOILEはマスタリング機器の正確さと、演奏の感情性を併せ持つ存在です。それはVOLKの基準そのものの体現なのです」と書いています。その言葉の通りにETOILEはリアルさ、正確さと音楽性をかなり高い次元で両立しています。4種類ものドライバーが混在する複雑なドライバー構成なのに、音が上から下まで一貫しているのにも驚かされます。
もう一つ逆説的ではあるけれども、ETOILEは聴いている曲が美しいのはイヤフォンが良いからではなく、音楽そのものが美しいからだと再認識させてくる稀有なIEMの一つであり、それは冒頭に挙げたような開発経緯の故だと思います。実のところ、冒頭のエピソードがほとんど全てを語ってくれていて、わたしの長いレビュー記事はそれに多少補足をしたに過ぎません。
音楽の持つ細かな情報量、高音域の質感、低音の打撃感など、それらはイヤフォンが作り出したものではなく、もともとの音楽に入っていたものをETOILEが上手に取り出しているのです。
本来はミュージシャンとスタジオエンジニアが作り上げた音楽と、我々リスナーの間にはケーブルや振動板などはないのが理想です。それは今の技術では不可能ですが、その理想に近づけることはできます。その解の一つがVOLK Audio「ETOILE」なのです。