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2026年07月06日

アクセル・グレル氏の理想の結実「Grell Audio OAE2」レビュー

「OAE2」は、かつてゼンハイザーの顔としてヘッドフォン祭にも来日していたアクセル・グレル氏が開発したヘッドフォンです。
アクセル・グレル氏はゼンハイザーの歴史に残るフラッグシップ機であるHD650、HD800などを手掛けた開発者として知られています。ゼンハイザーの中心人物ともいうべきアクセル・グレル氏は、ゼンハイザーのヘッドフォン部門が買収される前にゼンハイザーを離れて、自らの名を冠したGrell Audioを立ち上げました。そして理想を結実させるべく新たなヘッドフォン開発をはじめ、OAE1を開発し、このOAE2を開発しました。

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Grell Audio OAE2

その成果としてOAE2に採用されている「フロントサイド・サウンドフィールド・モジュレーション(FSFM)」は、アクセル・グレル氏が独自に開発したテクノロジーです。
この技術について、アクセル・グレル氏とメールでやり取りをして、詳しく教えてもらいました。以降詳しく解説していきます。

* OAE2の特徴とは

まず、これからフェスが多く試聴機会も増えると思うので、FSFMの効果と試聴のポイントから始めます。

1. 効果、OAE2はどう聴こえるのか

OAE2を試聴する機会があれば、まずは音場の広さよりも音像そのもの、つまりピアノの音色やヴォーカルの口元、楽器ひとつひとつの存在感・立体感に着目してみてください。そこに、このヘッドフォンの設計思想が現れているように思います。
私自身の印象を言葉にすると、一般的なヘッドフォンでは紙人形をステージ上に並べているように感じるのに対し、OAE2ではリアルなフィギュアが正しい位置に置かれているように感じます。位置が分かるだけでなく、ひとつひとつの音像に立体感や実体感があるのです。そして、音像が浮いているような不思議な立体感覚があります。

なぜそのように感じたのか。その理由を、開発者であるアクセル・グレル氏とのメールをもとに紐解いて行きます。

2. 原理、なぜそう聴こえるのか

まずアクセル・グレル氏の目標とは「スタジオスピーカーをスイートスポットで聴いた体験を再現すること」だそうです。
その際、最初に到達する音波(First Wavefront)が支配的な役割を果たすとのこと。

First Wavefront(日本語では第一波面など)というのは、耳に初めに届く直接音のことです。
スピーカーで音を聞く時、まず振動板からの直接音(First Wavefront)が耳に届き、次に数ミリ秒遅れて壁からの反射音、さらに反射を重ねた音などが次々に耳に届きます。

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この時、人の脳は最初に届く直接音(First Wavefront)によって音の方向を判断し、少し遅れて届く反射音は主に空間の広さや響きとして知覚します(いわゆるハース効果)。
つまり、First Wavefrontとは「音の定位や方向性、自然さを決定する情報」ということになります。
言い換えると、First Wavefront は「音像形成」において最も重要な役割を果たすということで、OAE2の考え方は、反射音(間接音)より直接音を重要視しているということです。

メールのやり取りの中で、グレル氏が「First Wavefront plays a dominant role」(最初の直接音こそが設計思想の中心)と語っていました。
つまり、ピアノの輪郭やヴォーカルの口元といったリアルな音像再現には、初めに届く直接音(First Wavefront)が最も重要になるということです。

この設計思想から期待されるメリットは、自然な音像・定位の再現、スタジオモニターのような自然な音色などです。例えば、ヴォーカルが平面的な「音」ではなく、人がそこに立って歌っているように感じられるような「体験」です。


さらに興味深いことに、グレル氏が語ってくれたのは、このFirst Wavefrontが既に検証されている音像や方向知覚だけでなく、音色や周波数的な印象(spectral impression)にも影響すると考えていることです。
これは現時点ではグレル氏の仮説であり、ライプニッツ大学との共同研究によって検証が進められているそうです。
インプレのところで後述しますが、個人的な印象では、これは的を射ているように思います。

3. 仕組み、どのようにOAE2ではそれを実現しているのか

それでは、OAE2ではどのように、この仕組みが実現されているのでしょうか。「First Wavefront plays a dominant role」(最初の直接音こそが設計思想の中心)を生かすために、大きく二つの要素が採用されています。

3-1 振動板の位置

グレル氏によると、ドライバーは、前方30度および330度(レコーディングスタジオにおける左右スピーカーの配置)に配置されています。この角度は調べて見ると、国際電気通信連合(International Telecommunication Union)の勧告 ITU-R BS.775にて規格制定されているようです。

通常ヘッドフォンのドライバー配置.png HD800でのドライバー配置.png
左: 通常のヘッドフォンのドライバー位置、右: OAE2でのドライバー位置 (HeadFi TVから)

これは音を適切に耳たぶに当てるためで、スタジオのスイートスポットで最初に耳へ届く音の入射角そのものを、ヘッドフォンで再現しようとしているわけです。
音の入射角をスタジオでのスピーカー配置と一致させることで、耳介を介したHRTFが適切に働き、鼓膜にスタジオで聴いていたときと同じ周波数特性が形成されるというわけです。
その結果、脳が録音や楽器の位置を自然に再構築しやすくなる、というのがグレル氏の考え方だと思います。

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OAE2のドライバー

OAE2では自然に耳たぶを通じて音楽が人の耳に入るような仕組みにしてあり、このように耳たぶを積極的に使うことを数値化してグレル氏はPIAF(Pinna Interaction Factor、耳介関与度)と呼んでいます。
例えば直接耳穴に入れるカナル型イヤフォンはPIAFゼロに近いわけです。

3-2 ハウジングの構造

OAE2で次に特徴的なのは、ハウジングが完全な開放型設計を形成していて、音が中で反射して戻ってこない(間接音が生じない)ような設計になっていることです。
内部ではドライバーを据えつけるバッフルで塞がれてカバーされているように見えますが、バッフルはステンレス・メッシュで音響的に透過な素材で、外に音が自然に出ていきます。メッシュ構造によって、ハウジング内反射、定在波、共振が減ります。

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OAE2のドライバーとバッフル

つまり小さな無響室のような考え方の設計がなされています。ドライバー配置と合わせて見ると、ミニチュアの理想的なスタジオを被っているようにも思えます。
こうした点から、単に振動板を傾けた、S-Logicとは設計思想から異なるということがわかってもらえると思います。

4.特徴のまとめ

つまり「First Wavefront を中心に、耳介利用 + 反射抑制設計」によって、スタジオのスイートスポット(30°と330°)で聴こえていた音を再現することがFSFM技術であり、OAE2であるといえます。直接音を重視して間接音の効果を減らすということです。そして耳たぶを積極的に利用します。

その効果として、グレル氏は次のように語ってくれました。
「スタジオのスイートスポットでは、録音はアーティストが意図したとおりに聴こえます。私はそのリスニング体験そのものをヘッドフォンで再現したいと考えています。単に周波数特性の話ではありません」

周波数特性は結果であって、目的ではない、ということもこの技術のポイントだと思います。

OAE2のFSFMは、頭外定位のような空間演出というよりも、音像の形成や音色にまで関与する可能性を持つ、知覚そのものに踏み込んだ基本的で革新的なアプローチといえます。

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* インプレッション

OAE2の装着感の特徴は、側圧の締め付けが強いと言うことです。これは上記の30/330度のスポット位置に正確に耳を当てるためだと思います。
ケーブルは3.5mmケーブル(6.3mmアダプター付属)と4.4mmケーブルの二種類がついています。面白いのは標準では片出しですが、左右どちらにでも接続でき、両出しにも対応する点です。おそらくはプロ現場で使う時に片出しが便利だからでしょう。

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OAE2のケース

着色感は少なく、暖かさや冷たさはアンプやDAPで素直に変わるタイプで、おそらくケーブルでもかなり変わると思います。

先に少し書きましたが、音の印象は、まず大きく二つあり、音像自体が実体感・リアルさを持っていると言うこと、もう一つは不思議な浮遊感覚・立体感覚があることです。左右や前後に格段に広いと言うよりも、音像がなぜか浮いているような感覚がします。これはバランス駆動で顕著に感じられます。いわゆる頭内定位を頭外定位にするというとも違うと思います。
グレゴリオ聖歌などを聴くと、頭の中が聖堂になったかのような感覚があります。

またクリアさも極めて高く、A&K PD20のAudiodoパーソナライズモードで聴くと、今までに感じたことがないほどの見通しのようクリアさが感じられます。

次に音楽を聴いた時の具体的な印象ですが、音像の向上が感じられやすいだろうヴォーカルはとても良いです。
上田麗奈の"ジェーンは教会で眠った"を聴くと、本当にレゼに締め殺されそうな恐怖が浮かぶくらいリアルです。これはDTASを使ったfinal TONALITE以来の感覚です。解像力が高いと言うより、声の再現がとてもリアルで、歌の舌足らずの感じがよく伝わります。
他にも音響系の人の「ダン」とか「バン」とかやたら鋭い曲も試してみましたが、かなり音像がリアルで重みと鋭さが一際高く感じられます。

高音域もキツさが目立つわけではなく、ハイハットの音も端正でリアルです。
もうひとつ特筆したいのは、OAE2がスピード感を楽しめるタイプだということです。村上ゆきの"Bang Bang"を聞いても、平面型並みとまでは言いませんが、ダイナミックにしては、スパニッシュギターの疾走感をかなり堪能できます。

面白いのは低音域です。
ジャズのウッドベースを聴くと、低音の量感はかなりあります。これはリスニング目的でも十分に楽しめるくらいです。ウッドベースは引き締まっていて気持ちよく弾みます。低音チェックに使うBobby Bassの曲を使ってもかなり低い音まで、量感たっぷりに出ています。
OAE2は完全に近い開放型なので低音は出にくいはずですが、かなり出ているのはドライバーに工夫があるようです。
ただ、それだけではなく、グレル氏が言ったことが頭に浮かびます。「First Wavefrontが音像だけでなく、spectral impression(スペクトル印象)にも影響する可能性」です。
中高域は速い、クリア、低域は量感がある、音像は立体的でリアル。しかも完全開放型です。これらは普通は両立しにくい特徴です。

グレル氏の説明では「the brain to render the room」、つまり脳が音から空間を描き出し、再構築しているということがキーとなっています。
OAE2を聴いていて最も不思議なのは、音が「どこから鳴っているか」という感覚ではなく、「そこに存在している」という感覚に変わることです。
それは単なる定位の明確さではなく、音像そのものが空間の中に実体を持って立ち上がるような感覚に近いと感じます。

その理由は、おそらくいくつかの要素が重なっているでしょう。
First Wavefrontによって音の入口が前方化され、耳介を通じた自然な知覚が働くこと。さらにハウジング内の反射や共振が抑えられることで音像の輪郭が崩れず、情報が時間的にも空間的にも整理されていること。そしてそれらの情報をもとに、脳が空間そのものを再構成するように知覚していること。
その結果として、音は単なる定位ではなく、“そこにある存在”として知覚されるのかもしれないと思います。

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OAE2は単に音楽を「聴く」のではなく、スタジオスピーカーをスイートスポットで聴いた「体験」を目指したヘッドフォンです。
前モデルのOAE1を聞いた時にはピンとこないところもありましたが、OAE2はこうした考えがうまく結実したモデルといえます。

OAE2を聴き込むと、我々は「立体」や「空間」オーディオの概念を間違えていたのでは無いかとさえ考えてしまいます。OAE2にはDSPなどガジェットは一切なく、ヘッドフォンそのものの根本的な改革でこういう音を実現しました。
数十万の音が聴けるヘッドフォンとは言いません。でもそれらに出せない音が出せます。手垢のついた表現ですが、まさにオンリーワンの音が楽しめるヘッドフォンと言えます。
posted by ささき at 09:18 | TrackBack(0) | ○ ホームオーディオ全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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