これらのモデルは、Astell & Kernというブランドの枠を超え、デジタルオーディオプレーヤーというジャンルそのものの頂点として、圧倒的なステータスと支持を集め、業界に大きな影響を与えてきました。そしてSP3000の発売から約3年。満を持して発表された新たなフラッグシップが、SP4000です。
SP3000は、Astell & Kernの10年という節目にあたるモデルとして、先進的なA&futuraラインで培われた成果を取り込みつつ、「徹底したノイズ低減」というテーマを極限まで突き詰めた集大成として登場しました。
それからAstell & Kernは大きな体制変化を迎えます。SP4000に先行して登場したPD10が聴かせた抑えつつも押し出しの良いダイナミックなサウンドは、同社のサウンドデザインにおいて何かが変わったことを明確に示唆するものでした。
では、その変化はフラッグシップであるSP4000において、どのようなかたちで結実したのでしょうか。本機の進化を、順を追って見ていくことにしましょう。
SP4000の特徴 1 ー アンプ部の革新、ハイドライビングモード
いつもはDAC部分の話から始めるのですが、今回はアンプ部分に着目しました。なぜかというと、本機のサウンドキャラクターを決定づけている要素は、むしろその後段、すなわち出力アンプの設計思想にあると考えたからです。その兆候は、SP4000に先行して登場したPD10ですでに現れていました。従来のA&Kが得意としてきた静けさや解像感に加え、より積極的でダイナミックな駆動感が前に出てきたと感じたからです。
SP4000に搭載された「ハイドライビングモード」は、そうした変化を設計思想として裏付ける存在と言えます。
これまでは音を力強く鳴らそうとして出力を上げると、どうしてもノイズや歪みが増えやすくなり、逆にノイズを徹底的に抑えようとすると、今度は音の押し出しやパワー感が物足りなくなる、というジレンマがありました。つまり静かさと力強さを同時に満たすのが難しかったわけです。
SP4000に搭載された「ハイドライビングモード」は、このジレンマに正面から取り組んだ仕組みです。簡単に言うと、アンプをより余裕を持って使える構成にすることで、無理をさせずに大きな力を出せるようにしています。
具体的には、SP3000の約2倍にあたる数のオペアンプを並列に配置しています(これがSP4000が少し大きくなった理由のひとつでもあります)。
さらに、1つ1つのアンプ自体もSP3000よりパワーアップしていて、それを2系統並べて使うことで、音を押し出すための余力が大きく増えています。
その結果、音量を上げなくても余裕のある鳴り方になり、低音は深く沈み込み、音場には奥行きが生まれ、全体として力強く立体的なサウンドが得られる、というわけです。
SP4000の特徴 2 ー フルAndroid化
もうひとつSP4000の大きな特徴というか変化は、AK240から続くカスタマイズAndroidからフルAndroidになったことです。AK240ではそれ以前とは異なり、主に全面タッチスクリーンとなったUI操作とWiFi対応、そしてソフトウエアの保守容易性といった観点からOSがAndroid化しました。しかしAndroidがそのまま出てくる機種とは異なり、軽量化をほどこして外からはAndroidが見えないようになりました。これによって今に続くリッチなAK DAPの機能も生まれたわけですが、反面でAndroid用のアプリインストールは制限されてOpenAPPという形でしかインストールできませんでした。
AK240は2014年に登場したわけですが、Apple Musicがハイレゾ化するのは2021年であり、時代はすっかりストリーミング時代となっています。そこでSP4000ではアプリを普通にGoogle Playストアからインストールできるようになりました。
SP4000でのGoogle Play画面
そのためSP3000ではサービスメニューのあった項目が、SP4000ではアプリドロワーになっています。フルAndroidといってもデスクトップ画面はないのですが、ここからGoogle Playストアにアクセスができます。インストールしたアプリはこのドロワーに表示されます。Google Playストアのアプリを立ち上げるとログインできます。
つまりSP4000のフルAndroid機能では、ストリーミングアプリだけでなく、音楽再生アプリも入れ替えられるので、大幅に楽しみ方が増えたわけです。実際にNeutron Playerもインストールが可能で、内蔵音源も読み込むことができます。
フルAndroid化されたと言ってもAndroidのミキサーによる音質の低下を避けるような工夫(ミキサーバイパスのようなもの)はされているようです。
SP4000の特徴 3 ー DAC部分のさらなる高精度化
SP4000ではアンプだけでなく、DACまわりも着実に手が入っています。
使われているDACチップ自体は、SP3000と同じAK4191EQとAK4499EXの組み合わせですが、音を処理する中身の構成が見直されています。
SP4000ではAK4191EQとAK4499EXの組み合わせのバランスを1:1に揃え、よりシンプルで効率のよい構成に改められています(この方式は、SP3000の後に登場したSP3000Tで先に採用されていました)。
この見直しによって、デジタルとアナログの干渉がさらに抑えられ、結果としてノイズの少なさや見通しの良さがいっそう高まっています。数値的にも131dBという非常に高いS/N比を実現しているとのことです。
さらにSP4000では、新たにESAと呼ばれる技術が導入され、DAC内部で起こりがちな「時間のズレ」にも対処しています。
音には高い音から低い音までさまざまな成分が含まれていますが、DACの処理によっては、それぞれがわずかに違うタイミングで出てしまうことがあります。これがいわゆる「群遅延」と呼ばれる現象です。
ESAは、このわずかな時間差をできるだけ揃えることで、音のまとまりや芯の強さを高める仕組みです。その結果、低音はより密度感を持って沈み込み、音の立ち上がりやダイナミクスも、より自然で力強く感じられるようになります。
SP4000の特徴 4 ー さらなる低ノイズ化
SP3000では、徹底した低ノイズ化によって、あの独特の静けさを持つサウンドを実現していましたが、SP4000ではその路線がさらに一段突き詰められています。
まず電源まわりでは、新たにLDO(Low Dropout)レギュレーターを採用しています。これは電源から入り込む微細なノイズを抑えるための回路で、特に音質に影響しやすい部分に対して、よりクリーンな電力を供給する役割を担っています。これで電源由来のノイズを従来構成に比べて大幅に低減しているとのことです。
さらにSP4000では、Astell & Kernとしては初となる純度99.9%の銅製シールド缶を採用しています。これでデジタル回路や電源回路から発生する不要なノイズを物理的に遮断することで、アナログ信号への影響を極力抑える狙いです。
こうした電源設計とシールドの見直しによって、SP4000はSP3000のノイズレスな傾向をしっかり引き継ぎながら、より情報量が増え、音の輪郭や奥行きがいっそうはっきりと感じられる仕上がりになっています。単に「静か」なだけではなく、静けさの中に音がくっきりと立ち上がる、その質感が一段上がった印象です。
SP4000のそのほかの機能
第一世代のDARは音源をアップスケーリングすることで滑らかで自然な音表現を狙った仕組みでした。ハイレゾ音源では効果がありましたが、MP3やAACといったロッシー(非可逆)音源の場合、元データの段階で多くの情報が失われているため、DARによって補える範囲にはどうしても限界がありました。
そこでSP4000で新たに搭載された「Advanced DAR」では、まず音声データを解析し、失われた高周波成分や微細な音のニュアンスを推定・復元。そのうえでアップスケーリング処理を行うという二段階のプロセスが採られています。単純に情報量を引き延ばすのではなく、「どのような音がそこにあったか」を推測したうえで処理するため、結果として不自然さの少ない仮想倍音が加わり、音の輪郭や空気感がより明瞭に感じられます。
また、PD10用クレードルに対応したことで、SP4000はポータブル用途にとどまらず、デスクトップ環境でも実用的に使えるようになっています。加えてハードウェア・ロックボタンが新設されました。これは誤操作防止という点では理にかなった変更ですが、従来モデルに慣れているユーザーほど、最初は少し戸惑うポイントかもしれません。
ハウジング素材には、Stainless Steel 904Lが採用されています。これは高級腕時計にも使われることで知られる素材で、耐食性や強度に優れるだけでなく、独特のしっとりとした質感を持っています。手に取った瞬間に伝わる重量感と冷たさは、SP4000が単なるオーディオ機器ではなく、工業製品としても高い完成度を目指して作られていることを実感させます。実際に手に持った感覚はSP3000とはまた別の感触を受けますが、のちにまた触れます。
パッケージもまた、このクラスの製品にふさわしい作り込みです。外装の輸送箱を開けると、その下にはまるでケースのような内箱が現れ、アクセサリー類は用途ごとに整理された専用スペースに収められています。開封のプロセスそのものが「高級機を迎え入れる体験」として設計されており、SP4000がフラッグシップモデルであることを強く印象づけます。
付属するケースは、ドイツ製のプレミアム・シュランケンカーフを使用したレザーケースです。
* インプレッション
qdc WHITE TIGER(マルチBA)
まず全体的な音の印象を探るために、慣れたqdc White Tigerで聴いてみました。
いきなり圧倒されるような音再現の高さですが、圧倒されると感じる要因の一つは、SP4000は全体的な音傾向がSP3000とは変わっていて、よりPD10に近いような力強さがあるからだと思います。これまでのモニター的な中庸感よりもダイナミックな感覚です。それだけではなく、よりオーディオ機器らしい豊かさ、厚みといったところが本格的なオーディオ機器らしさと感じられます。やはりこの辺は設計だけではなくチューニングに関しても組織再編で変化があったようには感じられます。あとでSP3000とSP4000の細かい違いを書きますが、通常でもSP3000よりもアタック音が鋭いけれども、ハイドライビングモードにするとさらに鋭くなります。アタック感というよりも押し出しの強さというべきかもしれません。
ただし一方で全体的な音傾向でSP3000から引き継いだ感覚も多く、他のDAPと一線を画する独特のノイズレスの浮かぶような空間表現はSP3000と似ていて、さらに強まっています。この点でSP3000の系統にあることは明白です。
SP4000とWhite Tiger
端的にいうと、音の性能という点ではSP4000はSP3000のノイズレスで高SNの点においてはSP3000を引き継ぎつつもさらに強化され、音の個性という点ではモニター的な感じが薄れてよりダイナミックなサウンドになっていると思います。
また、これらの点が複合的にあわされて、ワイドレンジ感もひときわ高くなっているように感じます。
Astell & Kern LUNA(平面型IEM)
SP4000と合わせたLUNAはSP4000のポテンシャルを存分に発揮します。思わず声が出るほど細かな音が複雑に世界を作り上げるような、圧倒的な音世界を構築します。LUNAの低音の凄みも恐ろしいほどに唸りをあげ、高域は日本刀のように鋭く研ぎ澄まされてシャープ。音のディテールがこれでもかというほど細片化され、きらきらと光り輝いているようなサウンドです。
SP3000で同じ曲を聴いても、これだけ情報量の飛沫がキラキラと飛び交うような音ではなく、SNは高いけれどももっと抑えめな表現です。
LUNAが滑らかで高性能ながらリスニング寄りのサウンドなので、本格オーディオのようなSP4000の厚みのある音と相性が良いと感じます。特にハイドライビングモードとの相性が良いようです。
SP4000とLUNA
普通平面型はモニター寄りになりがちだけれども、LUNAは独自のユニポーラ型のドライバー設計でがんがん低音が出るので、ダイナミック的な躍動感も持ち合わせていることも良くわかります。
DITA VENTURA(シングルダイナミック)
VENTURAはSP4000とはこれ以上ないくらい相性が良く、この組み合わせは脳がやられそうなほど。VENTURAの持ち味の深みのある音空間とか高解像度というだけではなく、ダイナミック型らしい躍動感とパワフル感、滑らかで温かみがあります。ワイドレンジとか高解像度という性能面だけではなく、美しく音楽的なサウンドに魅力があります。SP4000のワイドレンジ感の高さと相まって、聴く限界を超えるような音空間を作り上げるのです。
特にアンビエントのような静かな曲でも、細かな音が複雑な音楽を作り上げるのにはぞくぞくとした感覚を覚えるほど。
SP4000とVENTURA
VENTURAの良さはあくまでダイナミック型の躍動感の良さを持っていること、LUNAの良さは平面型の速さと切れ味であることがわかりやすいのもSP4000の特徴で、この違いはSP3000よりもはっきりと感じられます。試しにハイドライビングモードを切ってみると、この差が少し減退するので、この良さはハイドライビングモードが大きく寄与しているのがわかります。つまり従来のAK DAPに比較するとSP4000は単に細かく解像するDAC部分の魅力だけではなく、アンプ部分の魅力が大きいということがわかりますね。
*SP3000との比較
SP3000と比べるとまず筐体が一回り大きく重くなりましたが、同時に手触り感覚での筐体の面取り造形・デザインも複雑になった感じがします。手に持っているとかなり別物感があります。同じ904Lステンレスでも加工精度が上がったのかもしれません。より高級腕時計(持っていませんが)の印象に近くなった感があります。
黒い方がSP3000
音質では前に書いたようにSP3000の独特の高いSN感の音性能をより拡張しながら、よりダイナミックな躍動感があります。
特に中高音でこの差が顕著で、例えばウッドベースと女性ヴォーカルのジャズヴォーカル曲では、前奏のウッドベースでは解像感や音の切れ味の高さなど、音性能的な点でSP4000の方が上回ると感じますが、ヴォーカルが入ってくると声の実在感がかなり違います。表現力がSP4000ではだいぶ良くなっている。中高域はSP4000では華やかになり、心奪われる感じの魅力があります。一言で言うとSP4000は華やかな高音質です。
ジャズ・R&Bヴォーカルのアーロンネヴィル「Summer time」をSP3000とSP4000で同じく再生します。
まずハイドライビングモードなしで比較します。
SP4000の音はちょっと聴くとSP3000に似ていますが、SP4000ではアーロンネヴィルの声を振るわせるコブシのような歌い方の細かな声が振るえるテクスチャがSP3000よりも細かくよく伝わってきます。またSP4000では曲のピアノの音がSP3000よりも明瞭でSN感が高いと感じます。
SP4000で聴いてからSP3000で聴くと曲が軽く薄めに聴こえるほどです。SP4000はより据え置きオーディオ的で音に豊かさと余裕があるという感じですね。
次にハイドライビングモードで試してみます。
ハイドライビングモードをオンにするとよりアタック感が強く、より濃厚なサウンドになります。ドラムスを叩くインパクトがより鋭くなり、声がより前に出てきます。力感も上がりますが、音の濃密度も上がる感じです。こちらの方がよりSP4000らしく、音数が多くなり、濃くなります。ピチカートも鋭く、より音場感も広く感じられます。
*PD10との比較
PD10もかなり性能が高いが、SP4000よりも落ち着いた感じがする。あまり強く自己主張をしない実力派というべき。端的にいうとSP4000は華やかで美しく、PD10は質実剛健、です。
よく聴くとPD10よりもSP4000の方がやはり解像力とか鮮明さは上だけども、違いはそこよりも上に書いた音の個性だと思う。こうした点はLUNAがよくわかりやすく感じられます。
手前と右側がPD10
例えばVOLK Audio EtoileをSP4000で聴いてみると、たしかに良いけれどもモニター的な性格が出てくるので、Etoileに関してはPD10の方が合うように思います。VENTURAとかLUNAのように高性能だけれどもリスニング向けのIEMがSP4000にはよくあうと思います。VOLKに関してはより華やかなSTELLAの方がSP4000向けのような気はしますね。
Astell & KernのDAPはプロ用にも使うことを前提としてきたけれども、組織変更後のPD10とSP4000から、プロ用にはPD10系、リスニング用にはSP4000系のように別れたのかもしれません。
* Neutron Playerアプリ
Neutron Playerでも使ってみたのですが、面白いことにやはりNeutron Playerの方が音は良いけれども、標準プレーヤーとの音の差は他のAndroid DAPほど大きく感じません。
それだけ標準の音が良いということは、AKのカスタムAndroidの効果が高い(まだ高い)と言うことのように思います。他のAndroid DAPだとよくOSを高音質モードに切り替える機能があったりしますが、AK DAPはもともとそうした高音質モードのような設定で使っていたと言うことではないかと思います。
*まとめ
SP3000を「完成形のモニターDAP」だと感じていた人ほど、SP4000の変化には驚かされると思います。
SP3000は、とにかく静かで、正確で、ノイズという概念を忘れさせるような完成度の高さが魅力でした。音楽を正しく聴くための基準機として、これ以上はない存在だったと思います。
一方でSP4000は、その高いSN感やノイズレスな空間表現をしっかり引き継ぎ、さらに改良しながらも、そこに明確な「躍動感」と「華やかさ」を加えてきました。
つまり、SP3000がモニターの完成形だったのに対し、SP4000は本格オーディオの快感をポータブルで味わえる方向へ進化したモデルです。音を整然と並べるだけでなく、前に押し出し、鳴らし切る方向に踏み込んできた印象です。ここに、SP3000との大きな違いがあります。
SP3000の完成度に満足していたとしても、音楽をより鳴らして聴きたい、より音楽的な快感を求めるようになっているなら、SP4000はまったく別の価値を提示してくれるでしょう。
その変化をもっとも端的に体感できるのが、ハイドライビングモードです。
ハイドライビングモードOFFの状態では、SP4000はSP3000の延長線上にある非常に高SNでクリーンなサウンドを聴かせてくれます。もしかするとモニター寄りのイヤフォンや試聴のときには、この状態がちょうどいいと感じるかもしれません。
しかしハイドライビングモードをONにすると、SP4000は一気にそのキャラクターをあらわにします。音の立ち上がりが鋭くなり、押し出しが強くなり、低音の密度と全体の濃厚さが増します。
特にリスニング寄りで高性能なイヤフォンや、平面型・ダイナミック型のポテンシャルを引き出したいときには、このモードがとても魅力的です。個人的には、一度ONにしてしまうとほとんど戻す理由が見つかりません。
確かにSP4000は大きくて重く、ハイドライビングモードではバッテリーの消費も早くなります。しかしそれは、利便性よりも音質を優先した結果でもあります。
SP3000が「完成されたモニター機」だとすれば、SP4000は「本格オーディオの快感を持ち出せるDAP」だと言えるでしょう。
また、SP4000は、単なる性能向上モデルではありません。Astell & Kernが今後どの方向に進もうとしているのか、その意思をはっきりと感じさせるフラッグシップです。
音楽を正しく聴くことに満足していた人ほど、SP4000がもたらす変化は新鮮で、そして抗いがたいものになるでしょう。

