Music TO GO!

2008年08月13日

鎌倉の怪 Kトンネルの謎

かくも暑い日々が続きますが、夏となりますとやはりこれです。
夏休み特集の第二弾としてちょっと涼しくなるお話を書きたいと思います。

わたしは写真を撮りに鎌倉へいくことも多いのですが、この街の独自の深みに足をとられることもあります。
鎌倉といいますか、関東を代表する心霊スポットとしてK坪トンネルのことはご存じの方も多いと思います。ここは鎌倉と逗子の境にある国道のトンネルです。
ここについては様々な怪奇現象が伝えられています。知り合いの地元の人もここを車で通る時は必ず窓を閉めると言っていました。もちろん走行中に窓から手が入ってこないようにするためです。
ここでそうしたことをいろいろ書くとうちのブログにたたりがあると怖いのでその辺は他の人のブログにおまかせするとして、ここではある謎を考えてみたいと思います。
それはそもそもなぜK坪トンネルにそうした話が多いか、ということです。探して見るとトンネルを建設した当時の事故に原因を求めることが多いようです。
しかし、わたしには別の仮説があります。

まず、ここでK坪トンネルからちょっと離れて歩いてみましょう。
そこから少しだけ歩いたところに階段があり、そこを昇ると鎌倉時代の旧道である「名越えの切り通し」に出ます。
(写真は実際にそこで撮ったものです)

kamakura4.jpg kamakura3.jpg

ここには鎌倉時代の道がほぼそのままの形で残っています。鎌倉は京都と違い、表舞台にあった鎌倉時代以後はひっそりと歴史の片隅にあったため、かえって往時の史跡が人の手の開発を逃れてそのまま残っています。そしてここには当時の馬返しの石(馬を早駆けできなくさせる妨害)もそのまま残っているのです。鎌倉時代には守りを固めるため、こうした切り通しと呼ばれる狭い間道のみが出入り口の役割をしていました。ここは鎌倉七口と呼ばれる7つある切り通しのひとつです。
そこをさらに登ると「曼陀羅堂跡」と呼ばれる一角に出ます。

kamakura2.jpg kamakura1.jpg

ここは現在は入ることができません。かつてはアジサイや彼岸花の名所であったため訪れる人もそれなりにいました。わたしは写真を撮りに何度か来ましたのでよく知っています。
ここは天然のジャングルのようになっていて迷路のような道のあちこちに小さな横穴式の祠(ほこら)が点在しています。鎌倉にはこのような祠があちこちにあり、ヤグラと呼びます。曼陀羅堂跡もこのヤグラもはっきりと用途は分かっていません。ただ推測されることはあります。

鎌倉はその山に囲まれる地形のため天然の要塞として鎌倉時代の事実上の首都でした。鎌倉が大都会だったその頃はとても狭い土地にたくさんの人がいたため、衛生問題や住宅問題などさまざまな都市問題が当時から問題になっていました。
その一つは狭い鎌倉の土地には埋葬地を作る余裕が無いということです。そのため地位のある人はこうした土地をとらない横穴式のヤグラに祭られたと考えられています。しかし普通の人々はどうかというと、死ぬと単に鎌倉の「外」の単に道端に遺棄されていたと言われています。後にある高名な上人がきてこの現状を嘆いたとも伝えられています。

さて、問題はその遺体が多量に遺棄されたとされる鎌倉の「外」とはどこか、ということです。
先に書いたことを思い出してください。鎌倉は山で囲まれています、外界との通路は切り通しで制限されていました。そのためこの切り通しの外が鎌倉の「外」と考えられていました。先程書いた名越えの切り通しもそのひとつです。
この名越えの切り通しを越えた鎌倉の外、つまり、それは、いまでいうとK坪トンネルのあるあたりになるのです。
鎌倉時代の道端の土はその後の戦国・江戸時代という長い年月の間に埋もれて忘れられていったことでしょう。しかし、近代になってトンネル工事がそれを掘り返したとしたら、、


さて、次回は鎌倉の「内」で一番恐ろしいといわれる場所を紹介したいと思います。(うちってそういうブログだっけ?)
posted by ささき at 22:10| Comment(2) | TrackBack(0) | ○ 日記・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ヘッドホン関連のことで、よく覗かせてもらっていたのですが、まさか自分の地元の事を書いてくれるとは。
しかも、心霊スポットなどに行きたかった今日この頃なので、まさにドンぴしゃでした。
少し楽しみにしておきます。
Posted by ピンクの伊佐 at 2008年08月14日 01:56
ささきさん。お久しぶりです。
記事読んでいて、私も大学の頃行ったトンネルの事を思い出しました。
ここ愛知には、伊〇神トンネルと言う有名なトンネルが有り、行くった後必ず事故ると言われています。
私は、2度行ったのですが2度とも1週間以内に事故り、2度目は崖から落ちて車を廃車にしてしまいました。又、何人かは、トンネルの帰りに事故って亡くなった人もいます。一度目の時は、トンネルの出口で不思議な体験もしました。
この頃は、よくこの様な所に肝試しに行ったのですが、森の中で、落武者らしき者に追っかけられたり、ダムで不思議な体験をしたりと・・・若かったんですねぇ。
この年になってもう行きませんが、ささきさんの記事を読んで、忘れかけてた懐かしい思い出?がよみがえりました。
Posted by Taiki-Mo at 2008年08月14日 11:35
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