Music TO GO!

2026年02月04日

アップルがMEMSスピーカー搭載AirPodsに取り組む

Patently Appleのレポートで、アップルがMEMSドライバー搭載AirPodsを示唆するような技術を公開しています。

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画像はPatently appleから引用

これはxMEMSのCypressと似た超音波変調・復調を前提として、復調した際の残存超音波を音響チャンバーで減衰させる技術です。調べるとアップルは市場のMEMSドライバーとは異なり、圧電型ではなく静電型のMEMSスピーカーを開発してるようです。

補足すると、超音波変調して復調するのはMEMSスピーカーが高周波領域に強いので、振動板が小さくて音圧を上げられないのを超音波帯域で音圧を稼ぐためです。つまりこれはツイーターではなくフルレンジ向けの技術と言えます。だからMEMSドライバー搭載のAirPodsがでたら、シングルMEMSドライバーだと思う。
また、この技術は音圧を稼ぐための技術なので、言い換えるとANC搭載フルレンジドライバーを前提にしてます。このことから、けっこう真面目に製品化を見据えているのが分かります。
ただし実際出るかは不明ですが。
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2026年01月14日

アップルがAIで古い録音をリアルタイムに空間オーディオにする特許を取得

Patently AppleがアップルがAIで古い録音をリアルタイムに空間オーディオにする特許を取得したとレポートしています。
これは古いステレオ録音のようにDolbyAtmosのような空間情報を持っていない音源でも、リアルタイムに空間情報をAIで抽出し、それをさらにAIでHOA(リッチな空間情報形式)に変換してイマーシブオーディオ再生ができる技術です。
ポイントは人が作り直さなくてもAIがリアルタイムにできる点。
この技術は実用性が高く、取得特許なので開発は進んでる可能性が高いです。おそらくはApple Musicアプリがはじめに搭載すると思いますが、HOAがアップル空間オーディオフォーマット(ASAF)のコアなので、おそらく今年のWWDCでなにか発表があるかもしれません。
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2026年01月10日

アップルがiPhoneのスピーカーの低音を「機械的に」ブーストする特許を出願

Patently Appleによると、アップルがiPhoneのスピーカーの低音を「機械的に」補強する特許を出願しました。これもキラー特許になりうると思います。
端的にいうと空気バネをポートではなく「機械的」な曲がったヒンジ(図の252b)を「逆バネ」として使い、空気バネを相殺するというもの。空気バネを逆バネで相殺する機械的な解決でDSPも使いません。これイヤフォンにも応用できると思います。

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図はPatently Appleより引用

もう少し説明すると、従来は空気バネはベント穴やバスレフポートで弱くしますが、iPhoneは小さすぎてそれが作れません。
そこでアップルの特許は意図的に曲がった機械的なヒンジをドライバーに設置することで、振動板が動くとこのヒンジがあたかも膝カックンされたように「逆バネ」として働くという、この逆バネの力で空気バネを相殺するわけです。具体的にはヒンジはプラスチック成形のようです。
ちなみにエッジは正バネなのに対して、このアップルのヒンジは逆バネなので異なる役割をします。この特許のポイントは逆バネ(負の剛性)なので、分かりにくいと思ったら、まず逆バネについて調べてみると良いと思います。

もう一つの特許のポイントは、多くのメーカーであればDSPで無理やり補正すれば安く簡単に済むところを、Appleはあえて得意とするメカ設計と圧倒的なスケールメリットを活かし、物理的に歪みの原因を減らす道を選んでいる点です。これによりより高い音質という形で差別化と高付加価値化を実現しています。
つまり「DSPで誤魔化すか、物理で正すか」、という点でアップルは後者を選べる数少ない会社であるということをこの特許は改めて知らしめたと思います。
posted by ささき at 06:44 | TrackBack(0) | ○ ポータブルオーディオ全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月17日

アップルがスマホのレンズ収差を偏向板で可変する特許取得

カメラの特許ですが、キラー特許になりうるので書いておきます。
Patently Appleによると、アップルがまだ一眼レフにさえ応用されてない、軍事や天文分野の「適応光学」の技術をスマホカメラに応用する特許を取得しました。これはDPPという液体で可変可能な位相偏向板を使って光学収差(歪み、ぼやけ、傾きなど)を補正するものです。乱暴ですけどすごく簡単に言うと、レンズの形を自由に変えられる(のと同じ)特許です。
効果としては従来ソフトウェアに頼っていたスマホの光学収差補正を、根本的にハードウエアのレンズシステムに戻すもので、Android勢に一気に差をつけられます。

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画像はPatently Appleから引用

調べてみたところ、要素技術はMEMSやメタマテリアルではなくて、下記のドイツメーカー phaseformの特許のDeformable Phase Plate (DPP) 「変形可能位相プレート」のようです。おそらくアップルとこの会社の共同研究だと思う。

https://www.phaseform.com/technology
posted by ささき at 05:20 | TrackBack(0) | ○ ポータブルオーディオ全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月10日

アップルがAirPods Proにおける重要特許を取得

Patently Appleによると、アップルがAirPods Proにおいて、マイクを従来のように筐体に取り付けるのではなく超小型のMEMSマイクを直接ドライバー(振動板の真横)に取り付ける特許を取得しました。
このことによりANCの大幅な向上が見込め、音質にも寄与します。これはキラー特許になる可能性があるかもしれません。
ただ、Pro3に入った形跡はないので、やはり来年H3が出てAirPods Pro4が出るという噂を後押ししてるような気もします。

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図はPatently Appleから引用。振動板のすぐ横の赤丸をつけたところにマイクが設置されています。
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Bluetooth 6.2のShorter Intervalのオーディオへの影響

Bluetooth 6.2のCore Specが公開されました。
https://www.bluetooth.com/bluetooth-core-6-2-feature-overview/

ここでの接続間隔の大幅な短縮「Shorter Interval(SCI)」という新機能が、オーディオの音質に影響を与えるかどうかについて、幾つかの評価軸からChatGPTでシミュレーションさせました。結果としてはSNや歪みなど根本的な向上はないけれども、安定性向上で体感的な音質向上はあるという結論でした。他のGrokやGeminiでもほぼ同じです。

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2025年12月08日

同じDNAを共有する温度感のあるサウンド、Shanling「Regal」 + 「M7T」

ハイエンドイヤフォンであるShanling「Regal」と真空管搭載DAPのShanling「M7T」はどちらもShanlingの新製品です。元は別々に記事にするつもりでしたが、聴いてみると二者を組み合わせて感じる「温度感のあるハイエンドサウンド」というべき気持ち良い音楽体験が、同じDNAの共有を感じさせるので組み合わせてレビュー記事にしました。

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Shanling RegalとM7T

前から思っていたことではありますが、ポータブルだけではなく据え置き機材の多いShanlingは一貫した音作りの思想が感じられます。それは「高性能で冷静なモニターサウンド」ではなく、「高性能で温度感のあるリスニングサウンド」です。それが「Regal」 + 「M7T」の組み合わせではより鮮明に見えてくるように思えたわけです。

まずそれぞれの特徴を解説していきます。

* 「Regal」と「M7T」の特徴

Regalは3Way形式で、低域に対向配置型10mm ダイナミックドライバー×2基、中音域にBAドライバー×4基、高音域にマイクロプラナー×2基という、2DD+4BA+2MicroPlanarのトライブリッド構成です。合計8ドライバーによりShanlingではフラッグシップクラスに迫るスペックと謳っています。向かい合わせの対向配置の低域ドライバーは効果的に歪みを打ち消すことができます。ESTではなくマイクロプラナーの採用は音に厚みを加えることができるでしょう。

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Regalの興味深い特徴はカスタマイズが自由にできることです。まず2個のディップスイッチで4つのモード(バランス、ビューティフル、ヴォーカル、アンビエント)が選べ、さらに4種類の専用イヤーピース(バランス、ヴォーカル、Sound Stage、Bass)に加えてSpinFit(ワンサイズ)が付属します。

Regalは高純度チタニウムのフェイスプレートにアイスクリスタル加工が施され、光の当たり方によってキラキラと表情を変える美しい仕上げです。シェルは比較的大柄ですが、片側わずか6gという驚異的な軽量設計で、長時間装着しても耳への負担がほとんどありません。ユニバーサル形状で耳にぴったりと沿い、安定感も良好です。

M7Tは、AK4498EX×2 + AK4191のDACチップ、第4世代FPGAテクノロジー、2基のKDS高精度クリスタル発振器(90.3168MHz/98.304MHz)を搭載しています。
AK4498EXはよくフラッグシップに採用されるAK4499EXの兄弟モデルのDAC ICで、電圧を直接取り出せるので余分な変換が必要ないという利点があります。これはスペースの限られたポータブル機では利点となるでしょう。
こちらも音のカスタマイズが可能で、トランジスタモードと真空管モードが選べます。トランジスタモードではMUSES8920オペアンプ×2+BUF634Aバッファ×4、真空管モードではRaytheon JAN6418真空管をデュアル構成で使用します。トランジスタモードはトランジスタではなくオペアンプを使用していますが、真空管に対しての半導体モードという感じの意味でしょう。後述しますが、MUSESは音楽性を高めるオペアンプであり、この採用が大きく音に貢献しています。
真空管モードでは真空管特有のマイクロフォニックノイズも専用防振構造でほぼ皆無です。実際に爪でたたいてもマイクロフォニックノイズは生じません。

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M7TはAndroid 13を搭載したAndroid DAPですが、独自の技術でAndroidのミキサーの問題を回避しています。Snapdragon 665+6GB RAMを搭載して操作性も快適です。単体で使うときには「SHANLING Music」アプリを使用しますが、素のAndroidなので普通にNeutron Playerなどの音楽アプリやApple Musicなどのストリーミングアプリが使えます。WiFi環境下では「EddictPlayer」アプリによるリモートコントロールの使用ができます。

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M7Tの出力は4.4mmバランスで980mW@32Ω(3.5mmは245mW@32Ω)と十分な駆動力で、バッテリー持ちもバランス接続で約12.5時間、シングルエンドで約14.5時間と実用的。Bluetooth送受信にも対応し、多様な使い方が可能です。
航空機グレードのマグネシウム・アルミニウム合金をユニボディ切削加工した筐体で、「モカ」、「グレー」、「ダークブルー」の3色展開です。画像のモデルは「ダークブルー」です。M8Tをより小型化してスリムにした感じで、手の小さな方でも持ちやすいサイズ感でしょう。
画像で装着されているブラウンのケースは磁石式蓋付きの専用ケースです。

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専用ケースの出し入れ

次に単体での音質のインプレをします。

* Regal単体の音のインプレ

Regalの単体の試聴にはまず慣れたA&K KANN ULTRAを使用しました。
Regalの低域は超低域まで深く沈み込み、量感はかなり豊富ですが、叩きつけるというより「塊の迫力」で襲ってくるようなイメージです。対向配置型の低音ドライバーらしく緩さがあまりない弾むような気持ち良い低音です。
中高域は十分に伸びやかで、マイクロプラナーの効果か高域のベルの響きが自然で、この辺はESTと比べても自然に感じられます。ヴォーカルは温かみを帯び、甘く聴きやすいですが、低域がやや被る傾向があります。
良録音のジャズトリオを聴くと、ハイハットからウッドベース、ピアノまで楽器の分離が良く、音色が非常にきれいに聴こえます。

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KANN UltraとRegal

カスタマイズについても面白く使えます。
ディップスイッチによる切り替えも優秀で、ヴォーカルモードは自然に低域を抑え、アンビエントモードはスケール感を増します。ビューティフルモードは濃厚すぎて長時間は疲れますが、実験音楽や音響系では非常に印象的です。SIMピンで簡単に切り替えられるハードのディップスイッチは、音の変化が非常に自然で実用的です。

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Regalのディップスイッチ

イヤーピースの効果も顕著です。 標準のバランス以外の音の変化は次のようなものです。
・Vocalチップ:低域が適度に減り、SHANTIのような透明感のある女性ヴォーカルが際立ちます
・Sound Stageチップ:謎のウレタン構造で音場が傘のように立体的に広がるのがユニークです
・Bassチップ:独特の寸詰まりの形で超低域がさらに深まり、頭が震えるような感覚が増します
・SpinFit:最もモニター的でフラットな傾向です

実のところカスタマイズの音の変化も大きく面白いのですが、バランスモード+バランスチップの標準的な音が最も自然に感じました。標準状態で完成度が高いので、曲や好みで味付けしたい場合は組み合わせていくという感じですね。

* M7T単体の音のインプレ

次はM7Tのサウンドインプレです。単体の試聴はまず慣れたqdc WhiteTigerを使いました。M7Tの音も二つの違いが面白いと感じられます。
トランジスタモードでは、MUSES8920の影響が強く、暖かく陰影豊かな音色が特徴です。低域はとても引き締まり、ウッドベースのピチカートは弾むようにタイトで、解像感が非常に高いと感じられます。ハイハットやベルの高域も刺激が少なく、温かみがありながらシャープさも保っています。
全体的に「少し暗めで陰影を強調する」傾向があり、それが楽器の質感を美しく引き立てます。
またデジタルフィルターで音をカスタマイズすることもできます。微妙な変化ですが、好みに合わせてAndroidの設定から切り替えることができます。

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qdc WhiteTigerとM7T

真空管モードに切り替えると、音に華やかさと艶やかさが加わります。トランジスタモードのような音の引き締まった感じは若干減りますが、過度に甘くならず「品のある暖かさ」に留まります。特にジャズボーカルで地下クラブのような雰囲気が出るのが心地よいところです。
両モードとも、低音をブーストするような味付けはなく、あくまで自然で高性能な再生を追求している印象です。

次にRegalとM7Tを組み合わせたインプレです。

* RegalとM7Tの組み合わせの音のインプレ

RegalとM7Tはどちらも音の自由なカスタマイズができるので、様々な他の機材と組み合わせることもできますが、RegalとM7Tを組み合わせると音の相乗効果が一際高く感じられます。それはどちらも同系統の温かみのある音ということ、DAPとイヤフォンが同じ思想のもとに作られた感じがします。
そしてRegalのバランスモード+バランスチップという一番基本的な設定がM7Tに一番よく合うという親和性があります。

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RegalとM7Tと専用ケース

RegalのサウンドはM7Tを使うと、M7Tの音の温かみと相まって音色も一際美しく感じられます。M7Tのトランジスタモードでも温かみが感じられ、とても滑らかな音再現が楽しめます。ジャズとかロックというより、例えばチルっぽいメロウで適度に躍動的で美しいメロディーの音楽と相性が良いですね。真空管モードもメロウで良いけれども、トランジスタモードにするとRegalの性能ポテンシャルを引き出しながら音楽的でかつ高精細な楽しいリスニングができます。それにより、より壮大で細かなニュアンスが伝わります。
例えば音響系やエレクトロニカのアーティストがよく背景ノイズを少しのせるけれども、そうした細かな工夫もよく伝わります。

M7Tはモニター向けかリスニング向けかと言うと、かなりリスニング向けのDAPですが、トランジスタモードでも暖かく、特に音楽的なRegalとトランジスタモードで合わせると、MUSESのリファレンスという感じがします。MUSES作った人たちはこういう音を考えていたのではないかなという感じでアナログ的で美しい音を楽しめます。

* まとめ

レビューのために試聴をしていると、大体聞きどころがわかると曲をスキップするものです。しかしM7TとRegalはこのままこの世界に浸っていたいと思わせるほど魅力のあるサウンドで最後まで音楽を聞かせてくれます。

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Shanling RegalとM7Tは、それぞれ単体でも十分に満足できるハイエンド製品ですが、組み合わせることで互いの良さが最大限に引き立ちます。そこに同じDNAの親和性を感じます。
イヤフォンの「Regal」 とDAPの 「M7T」はそれぞれフラッグシップではありませんが、それに準じる位置にあるハイエンド機材です。フラッグシップモデルは最高のスペックを要求されるので、どうしても性能寄りの冷徹な音になりがちです。「Regal」 + 「M7T」の立ち位置がその性格をわかりやすくしたのかもしれません。

「高性能でありながら疲れず、音楽に深く浸りたい」 、「低音はたっぷり欲しいけど品良く、中高域は甘く美しく」 などリスニング的に温かみのある音楽を楽しみたいというユーザーに勧めたい組み合わせがM7TとRegalと言えるでしょう。
posted by ささき at 09:57 | TrackBack(0) | ○ ポータブルオーディオ全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月02日

スタジオの正確さとミュージシャンの情熱の融合、VOLK Audio「ÉTOILE」レビュー

VOLK AudioはEmpire Earsに在籍していたJack Vangが、自らの理想を実現するために立ち上げたブランドで、その処女作である「ÉTOILE」(エトワール、星の意味)は、限定生産350台でブランド創設を記念したFounder's Editionです。価格は(税込実勢価格)59万4千円。

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ETOILEは創業者のJack Vangと、マスタリングエンジニアのMichael Gravesとの10年にわたるコラボから生まれたIEMです。これはETOILEを語る上で重要なポイントなので、まずロサンゼルス・OSIRISスタジオのホームページに書かれた二人のエピソードから記事をはじめます。

* LAのスタジオにて

2013年にロサンゼルス・OSIRISスタジオでマスタリングエンジニア、Michael Gravesは、ある若きIEMデザイナーから送られてきた彼のマスタリング作業専用に作ったIEMのプロトタイプを耳にしました。それが彼とJack Vangとの出会いでした。
Michael Gravesはその出会いについてこう語ります。「それらはゲームチェンジャーだった。ヘッドホンでは決して得られなかった明瞭さとディテールを教えてくれた。それから12年以上、私は毎日あのIEMを着け続けている。音を職業として30年近く向き合ってきた今、私はどんな音の再現を求めているのかをはっきり理解するようになりました」。
Jack Vangはその後、Empire EarsでRaven、Novusといった伝説的なフラッグシップを世に送り出し続けて一流の開発者として名をなしました。しかし彼はそこから離れ、2023年に再びMichael Gravesのもとを訪れて、また力を貸してほしいと伝えます。Michael Gravesは迷いなく受諾しました。
Michael GravesはETOILEの誕生についてこう語ります。「長年の経験を土台に、私たちは試作機のブラッシュアップを密に重ね、音についての共通言語を共有しながら取り組みました。完成した最終バージョン──ETOILEは、私が求めていた“音の真実”そのものでした」。

また、Michael GravesはVOLK Audioの動画の中でこう語っています。「普通マスタリングエンジニアは部屋の響きが必要なのでイヤフォンやヘッドフォンを使いませんが、ETOILEを聞いた時は自分のスタジオの音と同じ"真の音だ"と感じた。リファレンスモニターに必要なものはバランスが取れていて、すべての音が聞こえることだ。ETOILEではしっかりとそれが確認できる」。
OSIRISスタジオはMichael Gravesが経営するスタジオで、オーディオ・リストレーション(修復)が可能な、極めてニュートラルで正確なモニタリング環境として知られているようです。つまりETOILEは「マスタリングエンジニアが本気で承認したイヤフォン」であり、IEMというよりもニアフィールドリファレンスモニターと言えます。
グラミー賞を5回受賞したエンジニアが自分の音を理解したと言わしめたIEMとは、と興味が湧くエピソードです。同じスタジオでの音の作り手でも、リスナーの代弁者と言われるほどマスタリングエンジニアは我々リスナーに近い位置にあります。そのため彼らが良いと思うIEMは我々にも届く音のはずです。

* ETOILEの特徴

Jack VangはVOLK Audioの立ち上げに際して「ETOILEは単なるIEMではありません。それは音楽の魂を宿す器であり、単なる技術的優位性を超えた"意志"を込めて作り上げられたものです」と書いています。
彼はその開発において解決しなければならない課題があると考え、そのために新しいバランスド・アーマチュアの組み合わせ、完全再設計のクロスオーバー、Sonion製ESTドライバーを導入、さらにその先へということで独自のM8静磁ドライバーを搭載しました。

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ETOILEは10ドライバーによる6-Wayクロスオーバー構成を採用しています。IEMのノズル先端の穴は5つも別々に穿たれています。
低音域は、VOLK独自の10mmダイナミックドライバー「M10」によって支えられており、20Hzから350Hzの周波数帯域をカバーしています。
中音域は4基のSonion製BAドライバーが担当し、350Hzから8KHzまでの周波数をカバーします。4基の構成は2基のデュアルダイアフラムドライバーが中音域を担当して楽器やボーカルに自然な重みとリアリティを加え、2基のシングルダイアフラムドライバーが中高域の発音の明瞭さや倍音の整合性を高めるという2層構成になっています。
特徴的なのは高音域で、SONIONのEST4基とVolk独自の静磁ドライバー1基の両方でオーバーラップされてカバーされます。ESTは8KHzから45KHzまで高音域を広くカバーし、VOLK独自の「M8」と呼ばれる8mm径の静磁ドライバー(平面磁界型ツィーター)は50kHzまで伸びますが、主に8kHzから12kHzをカバーする主役となります。この高域部分の仕組みについては直接Jack氏に聞いてみました。
M8ドライバーで大事なことは構造よりもむしろその担当する8kHzから12kHzまでの帯域です。Jack氏は特に音色、倍音、トランジェントのニュアンスにおいてM8が重要な役割を果たすといいます。そして12kHz以上になるとESTが超高速性と伸長性により主役を担います、ただしM8も補助的に50kHzまで伸びていくとのこと。これらは可聴帯域を超えると思うかもしれませんが、Jack氏によるとこうしたESTとM8の相乗効果が空気感、開放感、空間の洗練度という「体感される雰囲気」を作り上げるそうです。またJack氏はホームページに「ESTドライバーによって、解像度や抜けの良さ、立体感は実現できるが、ESTドライバーだけに頼ると音質に“深み”が欠けていると感じ、独自の8mm静磁ドライバーのM8を搭載した。これにより、音の厚みと質感を高めている」とも書いています。
10 kHz 前後あるいはそれ以上の高域は音楽を良く聞かせるために極めて重要な帯域で、マスタリングエンジニアが重視する帯域のひとつでもあります。例えばあるエンジニアは「10kHz付近は量のバランスによる違和感が生まれやすい繊細な領域なので、慎重にレイヤリングしないと不自然になる。逆に適切に割り振れば、ミックス全体に透明感と輝きを与えられる重要な帯域である」という旨のことを書いています。
この辺りもエンジニア目線で作られたIEMということができるかもしれません。しかしそれはリスナーの我々にとっても有用なはずです。

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イヤフォンの筐体を見ると、大きめの筐体がとても軽い樹脂製のシェルに包まれています。シェルは大柄ですが、ユニバーサル形状が良くて耳にはぴったりとはまり込みます。軽いので見た目ほど装着感は悪くないですが、女性などには多少大きいかもしれません。
金属ではなく樹脂シェルを使用したのは軽量化もあるでしょうが、静磁ドライバーの精密な磁気的構造を考えるとその特性を妨げない非磁性のシェルが有用なのではないかと思います。
また全ドライバーを共有音響空間内に配置し、シェルに搭載したデュアルベントも特徴的です。インピーダンスは8.8オームと低いので、DAPやアンプには考慮が必要です。

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フェイスプレートもハイエンドイヤフォンによくあるような宝石のような華美なものではなく、アルミニウムをCNC加工して24K金メッキを施したフレームの下にイタリア製サフィアーノレザー(皮革)が配されて、その下に樹脂プレートがある多重構造です。
見た目が豪華になる製品が多い中で質実剛健の設計で、共振を防止しています。イタリア製サフィアーノレザーはパッケージにも採用されています。
もともとスタジオで使うことを想定したIEMでもありますが、VOLKのホームページには「我々はクロスオーバーに名前を付けない」という言葉が書かれていて、商業主義的ではない質実剛健さを感じさせます。

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標準ケーブルは高純度導体の単芯5N OCC銀、単芯4N銀、銀メッキ6N OCC銅、金メッキ4N銀、パラジウムメッキ4N銀の複数の素材を使用し、それぞれが電流の形成、インピーダンス制御、絶対的な信号完全性の維持において最適な特性を持つよう厳選されています。かなり凝ったケーブルで、太いですがしなやかでタッチノイズもありません。

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パッケージは豪華で、スエードのポーチに厳重にプチプチで箱がくるまり、箱は多段の引き出しで内箱を引き出すことができます。宝石箱のようなパッケージです。
イヤピースはシリコンタイプの他にSymbioのフォームチップが入っています。Symbioはフォームタイプですが、軸に透明パイプが通っています。
ノズルが太くてはめにくいのですが、低音が増して高域が曇るという一般的なフォームチップの傾向とは異なり、全域で多少明るく先鋭感があがり少し派手目のメリハリがついた音になります。試聴にはもう少し抑えめな音のシリコンタイプを使いました。

* 音のインプレッション -「正確でかつ情熱的」

試聴はETOILEのプロサウンドのDNAを考慮して、A&K PD10で聴いてみました。PD10はXLR出力付きのドックなどプロ使用を意識しているようで、まさにVOLK Etoileに似合うDAPだと思います。

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PD10とETOILE

まず第一印象はとても解像力が高く、情報量が豊かで細かな音の洪水のような音に圧倒されます。低音が深く沈み、高域がスパークするように伸びやかなので、すごくワイドレンジ感が高く感じられます。細かな録音の粗までわかるような高い解像力とワイドレンジの音再現という性能面の高さがよくわかります。
そしてドラムのキックが強く、躍動感があり、ヴォーカルが生き生きとしているのに気がつきます。ロックのようなバンド演奏は迫力あり、カッコよく聴こえます。ヴォーカルには情感が乗って感動的に曲を盛り上げます。
スタジオエンジニアとのコラボというイメージから、解像力やワイドレンジ感など音性能は高いのは予想していましたが、いわゆる「モニター的」なドライな音と予想していた部分はあっさりと覆された感じがします。

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そしてよく聴き込むと、低音域は豊かでかなりたっぷりあるように聴覚的には聴こえるが、Bobby Bassのバスヴォーカルなどよく聞く低音の試聴曲で試してみると実は誇張しているようには聞こえません。正確な低音です。しかし超低域は深く沈み、重く、録音や曲によっては腹にくるくらいに重く感じます。正しい低音が出ていますが、とても低い領域までたっぷり出ているので「低音がすごい」と言いたくなる感覚に頭がバグりそうになります。

中音域のヴォーカルも艶がありながら、かつ正確性が高く感じます。SHANTIのヴォーカルは清々しく歌詞がとてもはっきりと聞こえてきます。バックバンドの音にマスクされることもなく、楽器音も声も両方高い解像力で聞こえます。低音はたっぷりありますが、不思議なことにヴォーカルにかぶることがありません。

高音域の再現性も素晴らしく、伸びやかで明るくシャープな高域を堪能させてくれます。そして刺激的なところがほとんどありません。シャープで伸びやかなイヤフォンは往々にして刺激的でキツすぎる傾向がありますが、ETOILEは伸びやかながらもきついところが少なく、つんざくようなキツさに怯えることなく安心して音量を上げることができます。
単に超高域まで再現するだけならば、ESTだけで十分でしょう。性能が欲しいだけならば、さらにESTの数を増やせば良いでしょう。しかし、さらに自然な音鳴りを再現しようとした時に、ESTと静磁ドライバの音をオーバーラップさせて混ぜる必要があったのではないかと再認識します。

ETOILEのサウンドは、よく聴き込むとニュートラルでフラットないわゆるモニター的な正確な音ですが、おそらく普通に音楽を聴いていればリスニング寄りの音楽的なイヤフォンと感じるはずです。音場も十分に広く、解像力の高さが楽器音を浮き上がらせて立体的に聴こえます。まさに正確でかつ情熱的という排反するような要素を持つIEMです。それがJack氏の挑戦でもあるのでしょう。

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音楽ジャンルで言うとクラシックのオーケストラ曲によく合います。というか、イヤフォンでここまでオーケストラを再現できるものはないのではないかとも思えます。ワイドレンジで解像力が高く、かつ整っていてどんな音でも破綻が少ない音です。低音が深く音場が広く、スケール感があります。
例えばロリンマゼールとベルリンフィルの演奏によるリムスキーコルサコフ「シェラザード組曲」の冒頭、サルタンのテーマであるオーケストラの全奏部分の雄大なドラマの迫力と、シェラザードの声を表す美しいソロバイオリン(とハープの伴奏)の音色の美しさの両方がどちらも際立って楽しめます。サルタンの威厳とシェラザードの美声が千夜一夜物語というドラマを見事に再現しながら、対照的に噛み合う様は感動的です。

アカペラ曲もまた良く楽しめます。良録音のアカペラを聴くと声の背後にある空間が聞き取れるような感覚があり、まるで収録したスタジオやホールが透けて見えるような気がしてきます。アカペラと正反対にメタルを聴いても高い刺激的な音は少なく、本来はこうした音なのだと考えさせられます。しかしドラムスのキックはしっかりと腹に響きます。

試しにPD10からKANN Ultraに変えてみると気がつくのですが、実のところ数少ないけれども、ETOILEはKANN Ultraでも物足りなく感じてしまうIEMの一つです。
PD10に戻してみると、ハチスノイトの声が絡み合う複雑な音楽で様々な音の立体的な重なりの洪水のような音世界に唖然としながらも、その一つ一つのピュアな声の音色の美しさにただ感動してしまいます。ここまでの音楽体験はETOILEとKANN Ultraでは得られませんでした。PD10やSP3000/4000クラスでないと真価は発揮できないタイプのイヤフォンで、DAPの性能をそのまま露わにしてしまうのもモニターIEMらしいというべきかもしれません。
エクスカリバーがアーサーでなければ引き抜けなかったように、ETOILEはDAPに真の王の資格を問うイヤフォンでもあります。

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DX280とETOILE

ためしにスティックDACでも鳴らしてみましたが、極端に低能率ではないので音量は不満なく出ますが、PD10やSP3000でゾワゾワとくるティングル体験のような感覚的な快感を味わってしまうと、さすがに物足りなくなります。
ただDAPの相性はあって、ハイエンドでなくとも合うDAPもあります。例えばiBasso DX280です。DX280のFIR4xモードの滑らかさと細かさが驚くほどの音体験となります。DX280とETOILEはkashiwa daisukeとかfilmsなどのエレクトロニカ勢の複雑な音楽が情報量の洪水のように流れてきて、その音世界に圧倒されます。それが単にApple Musicのストリーミングで楽しめるのだから驚きです。

PD10とETOILEの組み合わせは聴き終わると深くため息が漏れてしまうタイプの機材の一つです。それはリスナーが音楽に真摯に向き合っていたからなのでしょう。スタジオエンジニアが音楽を作るために真摯に向き合っているように。

* まとめ

端的にいうと、ETOILEはモニター的で正確なのにリスニング的に楽しいという逆説的な融合を実現したIEMです。
Jack Vangは、「ETOILEはマスタリング機器の正確さと、演奏の感情性を併せ持つ存在です。それはVOLKの基準そのものの体現なのです」と書いています。その言葉の通りにETOILEはリアルさ、正確さと音楽性をかなり高い次元で両立しています。4種類ものドライバーが混在する複雑なドライバー構成なのに、音が上から下まで一貫しているのにも驚かされます。
もう一つ逆説的ではあるけれども、ETOILEは聴いている曲が美しいのはイヤフォンが良いからではなく、音楽そのものが美しいからだと再認識させてくる稀有なIEMの一つであり、それは冒頭に挙げたような開発経緯の故だと思います。実のところ、冒頭のエピソードがほとんど全てを語ってくれていて、わたしの長いレビュー記事はそれに多少補足をしたに過ぎません。
音楽の持つ細かな情報量、高音域の質感、低音の打撃感など、それらはイヤフォンが作り出したものではなく、もともとの音楽に入っていたものをETOILEが上手に取り出しているのです。
本来はミュージシャンとスタジオエンジニアが作り上げた音楽と、我々リスナーの間にはケーブルや振動板などはないのが理想です。それは今の技術では不可能ですが、その理想に近づけることはできます。その解の一つがVOLK Audio「ETOILE」なのです。
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2025年11月27日

パッシブ型セラミックコートツイーターを採用した個性的な音、Maestraudio「MAPro1000 II」レビュー

Maestraudio「MAPro1000 II」は初代に比べて低音を抑えて、よりモニターライクにしたというプロ用を意識したイヤフォンです。

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ドライバーはダイナミックドライバーとパッシブ型セラミックコートツイーターのハイブリッド構成です。ダイナミックドライバーは10mm径のグラフェンコート、ツイーターはパッシブ型セラミックコートツイーターで、オーツェイド社が培ってきたピエゾテクノロジーを応用して、IEM向けに開発したものだそうです。MAPro1000 IIに搭載されているのは5.8mm径RST(Reactive Sympathetic Tweeter)というタイプです。RSTは従来のVSTに比べて広い指向性を有して、小さな筐体内で高音が効率的に前方に伝わります。
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実際このシリーズは装着感を重視していて、小型軽量ハウジングを採用しています。
またMAPro1000 IIでは内部配線を銀入りハンダ(銀配合ハンダ)に刷新、MMCXコネクター部に特殊形状の接点補正ワッシャーを新採用しています。

もう一つの特徴は音の変化を楽しめるというサラウンドイヤーピース「iReep01」が付属しています。従来よりも細身のイヤーピースです。
これはゲームなどでサラウンド的な効果を得るためのもので、イヤーピース内部の特殊形状により初期反射音を発生させ、ホールのような残響感と奥行き感を付与するというものです。

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細い方がiReep01

音の試聴はA&K SR35で行いました。

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MAPro1000 II はとても中高音域の解像感の高い音で、楽器の音がクリアで鮮明です。残響がよく聴こえる点で、空間の広がりが感じられます。弦楽器の音色が良く、声が聴き取りやすい感じです。低域は出過ぎてはいないけれども、低音がたっぷりと感じられて音楽の下支えになっています。

特徴的な中高音域の先鋭さがアクセントになっていて、モニターと銘打っているけれどもリスニング向けとして聴きやすいイヤフォンです。躍動感がある。音の歯切れの良さが気持ち良い。ゴーゴーペンギンのRavenでは特徴的な冒頭のピアノの打鍵音も美しく響き、続くテーマパートのスピード感が良い。
メタルのハイスピードのドラムロールでは歯切れの良い躍動感と、低音のたっぷりした量感があいまってなかなか良い感じです。

イヤーピースを細い方に変えると音の広がりが一際よく感じられる。広がるというよりも開放感が出るという方が正しいかもしれない。変わった味付けができると思います。

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価格は実勢で12,000円前後ですが、パッシブ型セラミックコートツイーターによる音の歯切れ良さはこの価格帯ではなかなか得られないと思います。バランスで聴きたくなるような音のポテンシャルもあります。MMCXでリケーブルができるのも良いですね。
ハイブリッドの良さがよくわかり、パッシブ型セラミックコートツイーターによって他にないような音の個性があるイヤフォンです。
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2025年11月25日

音質のパーソナライズが可能なfinal新フラッグシップTWS「TONALITE」レビュー

本稿はfinalの新フラッグシップTWS「TONALITE」の音質を中心にしたレビュー記事です。TONALITEの特徴は端的にいうとDTASという技術で「音色のパーソナライズ」ができるという点と、ハードウエア的にfinalの最新最強のTWSであるということです。

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まず「音色のパーソナライズ」から説明します。

* パーソナライズとTONALITE

世の中に「パーソナライズ」ができるイヤフォンは今や珍しくありません。しかし、それらのほとんどは補聴器の延長的な「聞こえ・聴力のパーソナライズ」ができるタイプです。また一部のものは空間知覚(空間オーディオ)をパーソナライズできるものもあります。それらに対してfinalの技術がパーソナライズするのは「音色」です。
このようにイヤフォンの「パーソナライズ」とは分類すると、聴力(パーソナライズの多く)、空間知覚(パーソナライズの一部)、音色(finalのみ)の3種類に分けられます。つまりfinalの技術は補聴器技術や映画視聴の延長ではなく、「音色」というハイファイオーディオのための本質的な「音質のパーソナライズ」ができる唯一の存在です。

もう少し補足しましょう。
同じ楽器でも音が違うのは「音色」が異なっているからです。ただし、その感じ方は人の身体形状で変わります。なぜかというと、例えば直進性が強い高い周波数の音は耳穴に直接入るわけではなく、耳たぶにあたって反射した音が耳穴に入ります。低音は直進しないで曲がるので、顔かたちに沿って直接耳穴に入ります。このように音の聞こえ方は個人の外形の影響を受けますが、それでもピアノの音が個人ごとに違わないのは脳が補正しているからです。これは人間が生まれ持った機能の一つです。
しかし、イヤフォンは直接耳に挿入するので、そうした耳たぶや顔の形が影響するはずの現実の音とは異なる聞こえ方となり、脳が補正できません。それでもヘッドフォンやイヤフォンの音がスピーカーのように正しく聞こえるのは、イヤフォンの音を現実に似せて補正する仕組み、いわゆるハーマンカーブに代表されるターゲットカーブ(特性曲線)を使用して本来聞こえるはずの音に補正するからです。しかしこれは万人向けであり、個人の外形差は反映できません。つまりターゲットカーブでだいたいは補正できますが、完全には補正できません。その足りない個人差まで完全に補正ができるのがfinalの技術(JDH/DTAS)となるわけです。

簡単に例えるとハーマンカーブなどは万人向けの店頭売りの既成品メガネであり、0.5度くらい違うけどなんとなく合うのでOKなメガネです。それでもメガネがないよりはずっとマシです。それに対してfinalの技術は個人の眼球を測定して作る完全オーダーメイドのメガネなのでピッタリと度数が合い、ものがよりピントが合ってはっきりくっきり見えるわけです。
これは後述のDTASありなしの聞こえ方の違いにも関係してくると思います。DTASは細部がよく見える(解像力が上がる)のではなく、今までズレていた世界の輪郭を正しい位置に戻してピッタリ見えるようにするわけです。

そのfinalの技術の第一弾がZE8000に適用する「自分ダミーヘッド(JDH)」と呼ばれる技術で、測定して自分に似せた仮想のダミーヘッドを作り、それをコンピューター内で物理シミュレーションするという技術です。
これについては私が以前体験した記事をアスキーに以前に書いているので参照してください。
https://ascii.jp/elem/000/004/177/4177228/

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しかし効果は高かったものの、「自分ダミーヘッド」はオプション価格も高価で、final本社の測定機器を使うために手軽なものとは言えませんでした。finalはそれをより手軽に自分の家でスマホを使って測定可能として、「DTAS」という第二世代技術を開発しました。また中の技術もJDHから改良されているようです。
そして「DTAS」を適用した新規開発のフラッグシップTWSが「TONALITE(トナリテ)」です。パーソナライズは手持ちのスマホ(iPhone/Android)で、finalのアプリを使用して行います。
TONALITEとDTASを用いたパーソナライズの手順についてはAV Watchに書いた先日の体験会の記事を参照ください。
https://av.watch.impress.co.jp/docs/review/review/2060103.html IMG_3868.jpg
少し補足するとGeneral(一般)とPersonalized(パーソナライズ)の二通りがありますが、PersonalizedはGeneralから個人カスタマイズするのではなく、一から毎回作り直すとのことです。

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簡単に手順を再掲すると、まずARマーカー付きのヘッドバンドを頭に被り、自分のスマホのインカメで顔・頭部の撮影を上下左右行います。これはスマホの顔認証と似ていて簡単です。
次に耳のアップの撮影をします。ここが自分ではスマホ画面が見えないので多少やりにくいかもしれませんが、コツはスマホを持つ手を動かさないで頭だけ動かすことだと思います。自分で思うよりも手前で撮影されるようです。
今度はTONALITEをイヤーピースを取り付けて耳に装着します。すると耳にキュイーンというスイープ音が強弱で聞こえ、すぐ測定は終わります。これは簡単です。
この次は普通に聞いている状態を再現するためイヤーピースを外して耳に付け直します。同様にスイープ音で測定します。このときには周囲は静かでなければなりません。コツとしては始めに二本の指で挟んできっちりと耳穴に位置決めしてから一本指で軽く抑えた方が良いでしょう。
こうした作業が終わるとサーバーにデータが送られて、コンピューターの中でシミュレーションが行われ、データが作成されます。終わるとTONALITEに書き込みが行われます。

自分ダミーヘッドの時は大学の実験室で研究しているようなものものしい感じでしたが、それに比べるとだいぶ簡単です。とても厳密に行わなければならないものでもなく、やり直しもできます。慣れない体験だと思いますが気軽にやってみるのが良いと思います。

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* TONALITEのイヤフォンとしての特徴

次のTONALITEの特徴であるハードウエア的にfinalの最新最強のTWSであるということを説明します。
DTAS Personalizedの音を正確に再現するには、計算結果をイヤフォンのドライバーユニットの出力に0.1dBレベルで正確に反映させる必要があるとのこと。つまりイヤフォンの性能が高くなければなりません。ドライバーユニットは「f-CORE for DTAS」という新規設計です。
この精度を実現するために通常は接着される振動板とエッジを一体化。コイルの引出しも空中配線を採用するなど、接着剤を削減することで高い精度を実現しています。この辺りはダイナミック型ドライバーユニットを設計から製造まで自社開発できるfinalの強みなのでしょう。

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またインナーベント機構によって筐体内部の空気圧を最適化と密閉性を両立させたとありますが、これはTONALITEの特徴の一つである「トリプル・ハイブリッドノイズキャンセリング」にも関係してきます。
一般的なANCはデュアルハイブリッド方式と呼ばれ、フィードバック方式(内部マイク)とフィードフォワード方式(外側マイク)がミックスされたという意味です。TONALITEの場合はトリプルなのでもう一つはというとそれは筐体自体の遮音性での「パッシブ・ノイズキャンセリング」です。これはカナルイヤフォンでは一般的ですが、finalの場合はここに秘密があります。
ダイナミックドライバーではドライバーの最適動作のためにベント穴が必要ですが、それは同時に遮音性を落としてしまうことにもなります。そこでTONALITEではそのベントの仕組みに長いチューブを組み合わせて減衰させることで密閉度を上げることに成功したということです
そしてこの「ダイナミックドライバーで密閉度を上げる」という発想は、フラッグシップ有線イヤフォン「A10000」での開発ノウハウを元にしたものであり、密閉状態で低域を稼ぐことで振動板の動きを抑制して低域の歪みを小さくするという効果があります。
ちなみにANCはアプリ内の設定で「音質優先」と「ANC優先」が選択可能ですが、DTASを有効にしている時は音質優先のみとなります。

イヤーピースにはシリコンの柔軟性とフォームの遮音性を兼ね備えたFUSION-Gを採用、イヤーピースは交換可能ですがDTASの仕組み上で測定時と異なるものを使用するとあまり良くないでしょう。ワイヤレスのコーデックはSBC、AAC、LDACです。

* 実機のインプレッション

パッケージには本体の他にARマーカーシールや布製のヘッドバンドなど測定用具一式が入っています。
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本体はオカリナのような形状で、表面にシボ加工が施してあり高級感があります。ヒンジが金属なのも耐久性がありそうです。イヤーピース部分にはZE8000のイヤーピースのような耳掛けが設けられていてしっかりと耳に装着できます。やや大きめですが装着感は良好です。本体を掴みやすく、ケースから取り出しやすい形状でもあります。

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* TONALITEの音質 - DTAS適用前

まずDTAS適用前にしっかりと音傾向を確認しました。この時はGeneralプロファイルで聴くことになるのでTONALITE(General)と記します。
今回は時間があるので数十時間エージングしてから聴き始めましたが、はじめに思ったことはさきの体験会の時はおそらくエージングがあまりされていなかったのではないかということです。TONALITE(General)はあの時に感じた音よりもだいぶ良い音です。

パーソナライズ前の音ですが、普通にTWSとしてかなり良い音です。解像力が高くかなり細かい音が聞こえます。
低音の誇張はあまり大きくはなく、ここは「finalの3000番」っぽい音でもあるのでしょう。音調としては軽い温かみがあり、いわゆるモニターっぽいドライな音ではありません。どちらかというとリスニング寄りの音です。
また、ヴォーカルの発音がとても明瞭で、ウッドベースが鳴っていてもあまり声に被りません。中高域の伸びが良くハイトーンボイスが気持ち良く聴こえます。高域のベルやシンバルの音の響きがよく整っていて歪み感が少なく、刺激分も少ないので良くチューニングされているようです。

ZE3000(初代)と比べると、TONALITE(General)を聴いた後だとZE3000の音が軽くこじんまりと聴こえます。また解像力が物足りなく感じられます。音場感もTONALITE(General)の方がZE3000(初代)より広く感じられます。ZE3000(初代)は中高音の伸びが今ひとつで、TONALITE(General)よりもワイドレンジ感が低いと感じます。
ZE3000の音調自体はTONALITEと似ていて、同じメーカーが作ったサウンドという感じがあります。基本的にはやはりTONALITEはZE3000の進化系という感じです。
このように音傾向はZE3000の正統進化系という感じなので、この点で賛否両論のあったZE8000のようなことはなく、今回は普通に受け入れられるでしょう。もっとも今回はDTAS適用の障壁がないので、TONALITEを買った人の多くはANCが必要な時以外はDTAS適用で聴くと思われます。

具体的な比較としては、レゼ(CV 上田麗奈)が歌うアカペラ曲「ジェーンは教会で歌った」をTONALITE(General)で聴くと、かなり耳に近く解像感が高く感じられます。背後のリバーブもよく感じられて、大きな空間で歌っているように感じられます。このリバーブはZE3000(初代)だとやや気がつきにくいです。さらにTONALITE(General)では音が少し温かみがありレゼに残っている人間性を感じられます。ZE3000(初代)よりもTONALITE(General)の方が温かみが強いようです。またZE3000よりもTONALITE(General)の方が耳に近く感じられます。

TWSとして高音質なTONALITE(General)ですが、この時点でZE8000(JDH)と比べるとTONALITE(General)は少しクリアさに欠けるように思います。これは比較しないとわからないようなものではありますが、音のエッジが少し丸みを帯びて感じます。標準のTONALITE(General)でもかなり優秀だけれども、さらに上があるなという感じもあります。そこでいよいよDTASの適用をしました。

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* TONALITEの音質 - DTAS適用後

DTASデータをTONALITEに書き込んでアプリからPersonalizedに変更したものをTONALITE(DTAS)と呼びます。
TONALITE(DTAS)は切り替えた瞬間にハッとするくらいクリアになり(元々クリアだったのだが)、鮮明度が増します。先ほどZE8000(JDH)とTONALITE(General)を比較して物足りなかった成分がTONALITEにもやってきた、という感覚です。DTASのオンオフはJDHのオンオフに似ています。
例えていうと、接続機器のDAPかアンプのSN比が上がったようにも感じられます。感覚的には「より生々しくなった」という言葉が一番しっくりきますね。

さきほどの「ジェーンは教会で歌った」を聞くとDTASのありなしでは大きく音質が違います。TONALITE(General)だとイヤフォンを通して歌を聞いている感じですが、TONALITE(DTAS)だとレゼに羽交い締めにされて耳元で歌を囁かれているような、ある意味でASMR的なティングル感覚を感じるほどです。生々しく怖いほどですね。

クリアさの向上の他には、TONALITE(DTAS)ではTONALITE(General)と比較すると低音の打撃感が強くなります。ウッドベースの荒っぽいピチカートでも打ち込みのような電子音でもそう感じます。例えていうとDACのジッターが大きく低減されたような感じで、音が引き締まります。
ものすごく高域がキツめの音源を再生してみると、音のキツさはGeneralでもPersonalizedでもさほど変わらないように思います。Personalizedだと先鋭的に聞こえるので、より高域が刺激的かというとそうでもないようです。低域は激変して打撃が鋭くなりますが、こちらも量感が変わるわけではありません。周波数バランスが変わるわけではないようです。

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面白いのはTONALITE(DTAS)からアプリで切り替えて、TONALITE(General)に戻したときで、さきほどはかなり良いと思えたのだけれども少し曇りが生じたように感じられます。低音の打撃感も軽く甘く感じられます。
聞けば聞くほどPersonalizedとGeneralの差が大きくなるように感じられ、脳がより自然な方(こうあるべき方)に慣れていってるんだと思います。

JDHとの違いはRef +、Ref -という設定があることです。JDHの時はRF noneとRF +nという選択肢がありました。それぞれ対になるものかは分かりません。また「再計算」というメニューがあります。
個人的な感覚ですが、Ref -にすると低域に寄るように感じられ、Ref +だと高域に寄るように感じられますが、曲によっても異なります。個人的にはReferenceでちょうど良いと感じましたが、もし+あるいは-の方がより自然と感じられたら「再計算」をするとそちらが今度はReferenceの基準となるようです。プロファイルを調整して、標準よりもっとギリに攻めてチューニングするみたいな感じでしょうか。
あるいは聴く楽曲がメタルとかEDMみたいなものを聞く場合にも好きな方に寄せて再計算しても良いように思います。

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ZE8000(JDH)とTONALITE(DTAS)で比べると、少し音傾向が異なっていてZE8000(JDH)はよりニュートラルで薄味、全体におとなしめでいわゆるモニターライクに感じます。TONALITE(DTAS)はそれに対すると少しリスニング寄りで濃い音に聴こえます。
性能的にはやはりTONALITE(DTAS)の方がベールを剥がしたようにより鮮明でクリアであり、現時点ではやはりTONALITE(DTAS)の方がfinalのフラッグシップにふさわしいという音レベルではあると思います。ただ好みの違いは残るかもしれません。

* まとめ

TONALITEはハードウエアとDTASの両面から現行TWSの中でも間違いなくトップクラスの音質と言えるでしょう。またDTASの効果はJDHと同等以上のものがあると思います。

DTASの応用はTONALITEだけのものではなく、さらにDTAS用のヘッドフォンも検討されているようです。ヘッドフォンもイヤフォン同様にDTASの効果が期待できるでしょう。またイヤフォン以外にも応用ができるようです。
有線イヤフォンはマイクとSoCがないので難しいかもしれませんが、もしかするとパーソナライズされたDAPによって様々なイヤフォンが同様の効果を得られるという可能性もあるのかもしれません。

TONALITEの入手は現在クラウドファンディングを実施中です。価格は39,800円ですがクラウドファンディングでは先行で安く買えます。また現在のところクラウドファンディングページは製品ページも兼ねているようです。
https://greenfunding.jp/final/projects/9005

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ところで、今朝早く家を出ようとすると静けさの中に小鳥の清涼な囀りが聞こえてきました。その時にこの透明感がTONALITEの音に近いかも、と思わず考えてしまいました。
先日のfinal LIVE配信ではfinal社内に蔓延するTONALITE病なるものが紹介されていましたが、わたしも感染してしまったのかもしれません。
posted by ささき at 12:24 | TrackBack(0) | ○ ポータブルオーディオ全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年10月13日

AV WatchでQCY MeloBuds N70のレビュー記事を執筆

AV WatchでQCY MeloBuds N70のレビュー記事を執筆しました。以前これがUSoundのMEMSドライバーを初採用したTWSという記事を書きましたが、それが一体型ユニットの「Greip」だということがわかったのでそれを反映しています。
記事としては読みやすくエッセイ風にイヤピ交換まで書いています。

https://av.watch.impress.co.jp/docs/review/review/2052741.html

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posted by ささき at 08:30 | TrackBack(0) | ○ ポータブルオーディオ全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年09月30日

XPan開発者インタビューとXPanの考察

さて、ファイルウエブのイベント終了後に開発者のナイジェル・バージェスに直接話を聞く機会を得ました。3月のXPanイベントでの内容の確認でもあります。バージェス氏はその時にしつこく質問をしたことで覚えていてくれたようです。

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バージェス氏

まず、XPanのコンセプトを端的にいうと、「Bluetoothでつなぎ、Wi-Fiで届ける」ということです。Bluetoothで繋ぐので簡単で標準的、Wi-Fiで届けるので高音質データを家中に広範囲に届けられます。
まずこの辺りから解き明かしていきましょう。

1 Bluetoothでつなぎ、情報交換

はじめにXPanに疑問に思ったのはスマホはWi-Fi情報(SSIDとパスワード)を手で入力して入れられますが、イヤフォンはどうやってそれを知るのかということです。
バージェス氏によると「例えば、最初のペアリング後にデバイス同士が接続するとします。距離が近い間はBluetoothで通信しますが、もしスマホがWi-Fiに繋がっていれば、そのSSIDとパスワードをイヤフォンに渡して記憶させます。
その後、スマホ側はRSSI(受信信号強度)やネットワーク品質、オーディオ品質をモニターしていて、距離が離れつつあることを検知すると「そろそろBluetoothが切れる」と判断します。そこで「Wi-Fiに切り替えよう」とイヤフォンに伝え、イヤフォンはWi-Fi接続に切り替えるわけです」
これは3月の時にも試しましたが、具体的にはBluetooth LEとWi-FiのP2P接続を「同時に」張っていて、Wi-Fi P2Pの方が先に途切れるのでBLEを用いてこの制御を行います。

バージェス氏に「P2PからスマホのWi-Fiネットワークに切り替わるときに、SSIDやネットワークIDをイヤフォンに伝えるのですか」と聞くと、
バージェス氏は「はい。そのときスマホ(あるいはPC)は“親”の役割で、イヤフォンは“子”です。親が子に「今からWi-Fiに移動しよう」と指示を出す。Wi-Fi上に移った後も、通信は継続され、制御データのやり取りでスマホやPCはイヤフォンが接続していることを確認できます。イヤフォン側も常にハンドセット(スマホ/PC)に接続可能かをチェックしています」と答えてくれました。

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左がP2P接続、右がホームネットワーク

2 XPanでのイヤフォンのコントロール

次の疑問はイヤフォンはどうやって再生・停止などの制御信号をスマホやPCに伝えるのか、ということです。これを質問すると、
バージェス氏は「双方向でやり取りしています。イヤフォンはハンドセットのIPアドレスを知っているので、そこにオーディオデータと制御データを送ります。逆方向も同様です。つまり音声と制御の両方が流れるわけです。
P2Pモードの場合には制御はBluetooth経由で行い、ホームネットワークに切り替わった場合にはWi-Fi経由です。将来的には音声アシスタントの操作にも対応できる予定です」と答えてくれました。
将来的には音声アシスタントの操作にも対応できる予定というのはポイントです。

3 XPanでのレイテンシー

もし、XPanイヤフォンをゲームに使った場合、遅延はどうなるか、ということも聞いてみました。
バージェス氏は「現時点では、ゲーム用途はXPanはサポートしていません。高音質で聴くときはXPan(Wi-Fi)を使いますが、ゲームを始めると自動的にLE Audioに切り替わります。つまりWi-Fi接続を切って、Bluetooth LE Audioで低遅延モードに移行します。
Snapdragon Sound対応機種ならさらに遅延を抑えられますが、基本的にはBluetooth LE Audioでのゲーミングになります。」とのことです。

4 XPanでのaptX

3月にXiaomi 15を使用した時に表示で興味があったのはXPanでの通信時には使用コーデックが「aptX Adaptive R4」と謎のR4表示がなされることです。これを聞いてみました。
バージェス氏は「R4は次世代のコーデックで、96kHzのロスレス伝送に対応し、XPanと連携します。従来のR3はLE Audioに対応していましたが、R4(Revision 4)はXPanに対応し、96kHzロスレスをサポートするのです。」と答えてくれました。
つまりXPan上ではWi-Fi上をaptX Adaptive R4コーデックでデータが搬送されていることになります。

図2 aptX Adaptive R4の表示.jpg
XIaomiでの表示

考察

ちなみにここでWi-Fiと呼んでいるのはクアルコムが開発した「低電力Wi-Fi」のことです。これによってイヤフォンでもWi-Fiが使用できるようになりました。「低電力Wi-Fi」自体はXPanだけではなくIoT機器にも使用されているクアルコムの技術(IP)です。

もともとWiFiはBluetoothと違って広範囲・高データレートを主眼に進化してきましたが、そのハードを低電力WiFiに置き換えたと言っても、ソフトとしてのプロトコル全体まで低電力志向にはなりません。
例えばBluetooth では「待機中心・間欠動作」で無駄を排除した省電力指向の機器発見プロトコルで、見つからない場合の繰り返しを低コスト化します。一方、Wi-Fiにも機器発見プロトコルはありますが、「積極送信・連続動作」で高消費になりやすいわけです。
つまり近距離の部分はBluetooth の力を借りてP2Pでハイブリッドアプローチで低電力化を目指し、広範囲が必要になれば本来のWiFiとしてルーターを介して通信するというのがXPanの狙いだと思います。
これによって、ハードウエアでは低消費電力Wi-Fiを使用し、ソフトウエアにおいても低消費電力プロトコルが使えるというわけです。これで全体に低消費電力になり、イヤフォンなどに適した技術となります。これが「XPan」なのでしょう。


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PhilewebのクアルコムXPanイベントレポート

先日の9月28日、東京・飯田橋の会場にて、クアルコムとファイルウェブのコラボレーションによる特別イベントが開催されました。会場では、クアルコム本社スタッフによるプレゼンテーションに加え、日本初となる「XPan」技術の一般公開体験デモが実施されました。

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イベント開始時

イベント冒頭では評論家の鴻池氏が登壇し、現代のリスニング環境について以下のように語りました。
「多くの人がBluetoothで音楽を聴いていますが、ストリーミングサービスはすでにハイレゾ・ロスレス配信を始めています。Bluetoothには帯域的な限界がありますが、XPanを使えばハイレゾ・ロスレスを体験できる。良い音楽との出会いを豊かな音質で楽しめるのです」

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ナイジェル・バージェス氏、図はP2Pモードとホームモードの説明

続いて登壇したのは、クアルコム V&M部門 プロダクトマネージャーのナイジェル・バージェス氏です。
バージェス氏はまず「Snapdragon Sound」を「ゲーム、ハイレゾ音楽、高音質、低遅延、途切れにくさを実現するエンドツーエンドのシステム」と紹介。そのうえで「XPanはSnapdragon Soundエコシステムの一部であり、Bluetoothを基盤に低消費電力Wi-Fiで拡張する技術」と解説しました。
つまりXPanはBluetoothの弱点である距離や帯域(伝送量)を補い、Wi-Fiを使って最大96kHz/24bitのロスレス音質を家全体に届けられるのが特徴です。

さらにイベントでは、Cear社による特別な試聴デモも行われました。同社は2019年からクアルコムと協業しており、技術基準を満たすかどうかを確認する役割を担っています。

今回のデモでは本来イヤフォン向けのXPan技術を特別に改造し、SoCからSPDIFでデジタル出力。LとR別々なので二枚のボードを使います。

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イベントのシステム

試聴ではSBC、44/16 aptX lossless、96/24 XPanの三通りの比較試聴をしました。

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テストトーンでのダイナミックレンジの測定

まずCearからテストトーンでの測定結果を紹介。
SBCだと25dB のダイナミックレンジですが、44/16bitロスレスだと75dB 、
XPanの96/24では135dBに達するとのこと。

ちなみに人が聴こえるダイナミックレンジはだいたい120dBから140dB程度と言われてます。24bitでのダイナミックレンジの計算上の理論値は144dBです。
XPanだとほとんどダイナミックレンジとしては振り切ってますが、これだけの音を試すには高級オーディオシステムが必要ということで、今回はアキュフェーズにB&Wという400万円近いシステムが用意されてます。
人間のダイナミックレンジの感度(細かい音が聴こえるという意味で)は3kHz前後が最大なので、女性ヴォーカルの息遣いなどに注意を払うと良いと思います。(これはヒトの進化の過程によるものです)

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アキュフェーズの画面でXPan再生の時には96kでロックしていることがわかります。

カントリー曲の男性ヴォーカルとノラジョーンズの女性ヴォーカルでSBC、44/16、96/24(XPan)で切り替え試聴しましたが、差はかなり大きくよく分かります。

SBCは比較すると曇りがあり、音に抑揚がなくこじんまりとしてます。
aptX16ではパッと広がる感じがして鮮明で曇り感が少なくなります。これ自体はXpanと似ていてaptX共通と思われます。
XPanではそれに加えて特に中高音域の音が鮮明になり、高い声が伸びてシャープ、感覚的に16bitより情報量が多く豊かなサウンドと感じます。

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質問すると96k以上も将来考えているとのこと。
TWSイヤフォンだとわかりにくいような細かな音も豪華なシステムでわかりやすく伝えた良いイベントでした。

そのあとでバージェス氏に個別にインタビューして、XPanの理解を深めましたが、それはまた別の記事に書きます。
posted by ささき at 13:44 | TrackBack(0) | ○ ポータブルオーディオ全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

AV Watchで、初心者向け用語の解説記事を執筆しました

初心者向け解説の第二弾、インピーダンスとかバランス接続など店頭でこれなに?と迷うような用語の解説をしました。
前のドライバー編でも仕組みの解説だけでなく、だからどういう音になるという実用的な記事にしましたが、今回もただ意味を解説するだけでなく、それが必要な指標とか手掛かりになるようになるべく実用性を持たせるような記事にしました。

https://av.watch.impress.co.jp/docs/topic/2043150.html
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2025年09月24日

アップルが「自分ダミーヘッド」に似た特許を取得

Patently Appleが紹介したアップルの取得特許で、端的に言うと汎用のHRTFをスマホで撮ったAirPodsの装着位置を元に個人向けに調整した「解剖学的オーディオフィルタ」の特許です。

https://www.patentlyapple.com/2025/09/a-newly-granted-patent-from-apple-advances-spatial-audio-with-anatomically-aware-filtering.html

これはfinalの言っていた「自分ダミーヘッド」の最終形であるスマホ撮影版にとても似ているように思えます。ただし目的がfinalでは音色際限の向上であるのに対し、アップルはあくまで空間オーディオ再現の向上である点は異なるとは思います。

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画像はPatently Appleより引用
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Philewebに新しいMEMSスピーカー、xMEMS「Lassen」の記事を執筆

MEMSドライバーは昇電が必要な点がネックですが、それをうまく解決したxMEMSの新しいMEMSスピーカー「Lassen」についての記事をPhilewebに執筆しました。

https://www.phileweb.com/review/column/202509/23/2716.html
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2025年09月10日

ついにSpotify Lossless登場

4年間もの間うわさされていたSpotify Losslessがついに登場しました。
以下にSpotifyのリンクがあります。
https://newsroom.spotify.com/2025-09-10/lossless-listening-arrives-on-spotify-premium-with-a-richer-more-detailed-listening-experience/

これはPremium加入者向けで、プレミアム加入者はロスレスが利用可能になると、Spotifyで通知を受け取るとあります。Losslessを使用すると、最大24ビット/44.1 kHz FLACでトラックをストリーミングできます。一部の曲ではなく、Spotifyのライブラリのほぼすべての曲が対応しているようです。
ロスレスの有効化手順は上記のリンクに書かれています。ロスレスは10月まで50以上の市場に徐々に展開するとのことで、日本も含まれています。
posted by ささき at 20:20 | TrackBack(0) | ○ ポータブルオーディオ全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年09月09日

アップルがAirPodsのステムに回転ノブを増やす特許

Patently Appleの記事から。アップルの取得特許で、AirPodsのステム部分に回転するノブとハプティック機能をつけてカチカチと回せるコントロールを付加する仕組み。こういう機械式コントロールはいいと思う。
ただしこれはタッチ式コントロールからの脱却ではなく、音声とも合わせてコントロールのマルチモーダル化を目指すもの。(タッチ部分も残ってる)

https://www.patentlyapple.com/2025/09/apple-wins-an-interactive-audio-patent-that-supports-rotational-stem-and-gesture-based-controls-for-future-airpods.html

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画像はPatently Appleから引用

‪マルチモーダル化というのは、コンテキストを意識した操作系にするという意味です。
‪例えば一人で部屋にいるときは音声コマンドが便利だし、電車の中なら静かにスイッチで操作するというような意味だと思う。‬
posted by ささき at 21:50 | TrackBack(0) | ○ ポータブルオーディオ全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アップルが音漏れを打ち消すAirPodsの特許を取得

Patently Appleの記事に、アップルが音漏れを打ち消すAirPodsの特許を取得したとあります。
https://www.patentlyapple.com/2025/09/apple-wins-patent-for-a-dual-speaker-system-that-introduces-adaptive-audio-privacy-for-future-airpods-airpods-max-smartgl.html

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画像はPatently Appleより引用

これは将来のAirPodsに2個のドライバーを搭載して、片側は耳、片側は外に音を放射し、別々に逆位相で鳴らすことで周囲の音漏れを打ち消す仕組みです。
つまりNTTのnwmと同じ効果ですが、アップルは別ドライバーにすることで片方の出力をコントロールして効果を加減できるとしています。これはユーザーが図書館にいるとか、テレビなどが再生されている部屋にいるかどうかを判断する「学習可能なコンテキストエンジン」で周囲環境に適応します。

この特許はnwmみたいにフルオープンタイプで特に効果があるので、アップルがフルオープンタイプのAirPodsを出すようにも推測できますが、もしかするとオープンイヤータイプのAirPods 4のような普通AirPodsのシリーズに適用するのかもしれません。

またこれは特許回避の好例でもあります。逆位相で周囲の音を消すというのは、nwmみたいに一つのドライバーで背圧を使うことでも可能ですが、二つドライバー搭載して一つを意図的に逆位相にしても可能なわけです。つまり同じ効果でも仕組みを変えたので特許的にはセーフになるというわけです。
ただ中で二つのドライバーが共通のバックキャビティーを共有するとあるのがちょっとグレイな気はしますね。
posted by ささき at 20:47 | TrackBack(0) | ○ ポータブルオーディオ全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年09月07日

アップルがAirPodsケースがAirPodsのリモートUIになる特許を出願

Patently Appleの記事でアップルの出願特許です。
https://www.patentlyapple.com/2025/09/dual-apple-patents-explore-advanced-airpods-case-with-integrated-sensors-and-smart-features.html

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画像はPatently Appleから引用

これは簡単にいうと、AirPodsのセンサーをケースでリモート拡張できるという特許のようです。
AirPodsは小さくて操作に不便ですが、ケースにスワイプとか物理センサーを設けて、それをAirPodsに伝えるという仕組みです。つまりAirPodsの「うどん部分」でスワイプ操作する代わりに、ケースをスワイプしても同じことになるというもののようです。
以前出た別の液晶ケース特許もその拡張UIで使えるようです。



posted by ささき at 09:14 | TrackBack(0) | ○ ポータブルオーディオ全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする