Astell & Kernはこれまでさまざまなイヤフォンメーカーとコラボし、その技術を利用して自社DAPの力を引き出すためのイヤフォンを開発してきました。例えばPATHFINDERではCampfire Audioの音響チャンバーや高品質ケーブルでDAPの広帯域再生・音場の自然さを実現、AK T8iEではBeyerdynamic TESLAドライバーでDAPのスピード感と低歪・ワイドレンジ再生を実現したことなどが挙げられます。
XIOとSP4000
いずれのコラボモデルも、単にブランドロゴの組み合わせではなく、各社の独自技術を取り入れている点が共通しています。
今回の64 AudioとのコラボはAstell & KernのDAPになにをもたらすのでしょうか。
* XIOの特徴 : アイソバリックとAPEXによる圧力制御の連携
XIOを語る上で最も特徴的な64 Audio独自の技術が、まずAPEX (エイペックス、Air Pressure EXchange)です。外観的にも特徴的なバルブがポイントで、これは以前ADEL(アンビエントフィルター/第二の鼓膜)と呼ばれていた技術をさらに進化させたものです。
ADELは64 Audioが1964earsと呼ばれていた頃に開発され、もともとはRealLoud技術と呼ばれていました。APEXとADELは細かな動作原理は異なりますが、互換可能で、基本的には「半透過の薄膜や多孔質を用いて、外気と耳道を繋ぐバルブ」という役割は共通しています。これは筐体内部ドライバー前方の圧力を外へ逃がし、鼓膜にかかる過度な圧力を調整する役目を持ちます。最近ではFitEarのリリオールが採用したDEC社のアンビエントフィルターも同様の思想を持つ技術です。
XIOに付属するAPEXバルブ
この技術は「耳に優しい」と表現されますが、実質的には遮音性のコントロールと音質向上の効果が高いものです。また、この圧力を可変することで音をチューニングでき、XIOには4種類のバルブモジュールが付属しています。中でも標準のm15モジュールは筐体と同じ904Lステンレス製という凝った仕様です。筐体とバルブを同一素材で統一することは、不要な共振を制御することに繋がります。リファレンスモジュールであるm15には、あえて加工の難しい904Lステンレスをモジュールにまで採用したのでしょう。
普通のダイナミックドライバーのベント穴は背圧を調整しますが、APEXは「前の空間」を調整します。それでは「後ろ(背圧)」はどうするかというと、低音ドライバーの仕組みがそれを解決しています。
低音域を受け持つ「トゥルー・アイソバリック・ドライバー」は、2基のドライバーを同方向に並べて配置(直列配置)しています。この方式の最大のメリットは、コンパクトなイヤホンでもサイズの限界を超えて、深く正確な低音が出せることです。
なぜサイズの限界を越えることができるのかというと、2基が同じ向きに同期して動くことで、前のドライバーが凹んで背後の空気を圧縮しようとする瞬間に、後ろのドライバーが凹んで下がり、その圧力を逃がします。これにより、2つの振動板の間にある空気の体積が維持され、気圧が常に一定に保たれる(アイソバリック=等圧)状態になります。この巧妙な連携により、フロント側は空気バネの反発から解放されます。
つまりアイソバリック方式のデュアルドライバーは、普通のデュアルドライバーのように両方が力を足しているのではなく、後方が犠牲になることで前方のドライバーがより大きな力を発揮しているのです。これがサイズの限界を越えられる仕組みで、まるで2倍の容積を持つ巨大なキャビネット内で鳴らしているような効果を得ます。
(ただしリア側ドライバーはやはりベント穴が必要ですのでXIOにもベント穴があります)
この方式は空気が逃げるベントに大きく依存しないため、ドラムのキックやベースの弦が止まった瞬間に音がピタッと消えるような、キレのある制動感と高い解像度が生まれます。そして空気バネの反発で動きが鈍ることがないため、微細な信号(音の余韻や質感)までしっかり描き出されます。
また、ダイナミックドライバー特有の動きの遅さが抑えられ、中音域のBAとのつながりという点においても向上すると推測できます。
つまりXIOは、アイソバリックドライバーで2基が連携して空気バネの制約を打破し、ドライバーの前ではその生み出されたエネルギーをAPEXで鼓膜に優しく、かつクリアに届けるという、前後で連携された巧妙な圧力管理設計になっています。しっかりとした内部の圧力管理をして空気を支配下においているため、音楽信号が鈍らずに、音の芯が太く実体感のある密度の濃い響きが得られるというわけです。
アイソバリックで濃密な音の実体感を作り、APEXでコンサートホールのような広い音場を同時に実現する。そしてAPEXモジュールという「排気系」を交換することで、そのバランスをユーザーが自由に調整できる点に、XIOの真の面白さがあると言えます。これはインプレでまた触れます。
XIO内部構造
また64 Audio由来の技術では高音域にtia ウェーブガイドも使われています。tia(Tubeless In ear Audio)とはノズル内に配置されているドライバーからノズルに通じるチューブ(音導管)を廃してチャンバーにした、いわゆるチューブレスのことです。これは開発に聞いてみるとチューブ自体が問題というよりも、むしろチューブに通すためにBAユニットの音の出る穴が小さいのに無理やりつめるというのが問題ということのようです。
DAPとの相性としてはAstell & Kern DAP の 高S/N比・高解像度出力が持つ微細情報を、tia の空間表現と併せていっそう際立たせることが期待できます。
XIOはデュアルダイナミックドライバー、ミッドレンジ用BAドライバー6基、中高域用BAドライバー1基、高域用に「tia」カップリングのドライバーを採用し、トータルで10基のドライバーを搭載しています。
一方でXIOのAstell & Kernらしさはやはりプレミアム性です。
XIOはハウジングにDLCコーティングを施した904Lステンレスを採用していますが、これはロレックスのような高級腕時計と同じ材質です。SP3000、SP4000にも採用されているので、マッチング性もあります。m15モジュールも同じ904Lステンレスです。
アイソバリックとAPEXの連携という巧妙な仕組みが内部に搭載されているので、筐体もしっかりとした剛性感を持つのは理にかなっていると言えます。
このほかにもXIO用に特別調整された銀メッキUP-OCCリッツケーブル、またMade in USAという点もXIOの特徴です。
パッケージ内には本体、ケースのほかにAPEXバルブが4種類(m15は取り付け済み)、イヤピースが格納されています。
イヤピースとAPEXバルブ
*インプレッション
まずステンレス904Lの筐体が、とてもイヤフォンとは思えない質感でずっしりとした感触です。まるで工芸品か精密機械のようです。ステンレスはスプリッタや端子にまで使われています。m15バルブも同じステンレスで、これはデザイン的な統一感だけではなく、共振という点でも考えられています。
10ドライバーだけどコンパクトなのがポイントで、装着性がとても良好です。ここはアイソバリックドライバーも効いていますね。総金属ですが、重さはさほど感じられません。
SP4000とXIO
イヤピースは3種類あります。空間表現はフォームでわかりやすく、シリコンは中高域が伸びる感じです。ちなみにイヤーピースはSednaEarfit Mithrylが一番合います。独特の空間表現力と音の細かさを両立できます。
主にAK SP4000を用いて、まず標準バルブ(m15)で聴きました。m15は外音を-15dB減衰し、バランスが良く、低域の沈み込みと開放感を両立します。
一番特徴的なのは音場、というか空間表現です。
透明感が高く、音場が深く三次元的な立体感が高いサウンドでSP4000などで聴くと息を呑むほどです。左右というより前後奥行きの立体感が独特で、滑らかに立体的に広がる感じが音楽に没入感を与えてくれます。これはとてもAPEXらしい個性であり、他のイヤフォンでは得られない感覚です。初期のADELの頃から良いと思っていた個性がしっかりと受け継がれています。
細かい音再現で、解像力もかなり高いのも特徴です。ここはハイエンドイヤフォンらしいところです。
低音の解像度が高い。ウッドベースの弦の鳴りがリアルで細かい。低音の誇張感がとても高いわけではない。ウッドベースのビチカートも鋭くタイトで、低音が強い印象だがその実は低音の質が高く誇張しているわけではない。ここはアイソバリックが効いているんでしょう。
ドラムロールのような連打がとてもキレがよく小気味良いという感じです。
音調はほぼニュートラルです。ジャズの女性ヴォーカルは艶やかで生々しく、滑らかな音がここでとても生きています。また、低音はヴォーカルにまったくかぶさっていないのも特徴的で、とても明瞭に声が聞こえます。これも低音がだらだらと尾を引かないので中音域に被さりにくいアイソバリックの利点です。
高い女性の音はやはり抑えめでキツさが少なく、高音域がつんざくような傾向の音ではありません。ここはtiaの長所ですね。
中高音域は十分に伸びやかですが、刺激成分が少ないので聴きやすい音です。楽器の音は鮮明で美しく正しく感じます。弦が擦れるような細かい音はよく聴こえます。
高音域のベルやハイハットの音も響きはきれいで歪み感は少なく、芯がかっちりと強い金属らしい鳴りがします。
刺激的な音が少ないので、「アイドル」のような録音がキツめなポップもキツさが少ないので安心して聴ける。躍動感が高く、SP4000のハイドライビングモードの良さを堪能できます。
* バルブによる音の違い
標準で付属する4種類のうち、さきに書いたm15以外の3種類を替えて音を確かめてみます。
抜き差しはスムーズにできます(はじめだけ少し硬い)。ただし静かな部屋で聴き比べたので、外音の減少はあまりわかりません(電車の中で抜き差ししたくない汗)。引き抜く時には爪をかける窪みがあるので、それを見て引き抜くと楽に取れます。
* シルバー「m20」:外音を-20dB減衰(低域強く、密閉感最大)
低域がかなり重みを増して、地鳴りのような低音が楽しめます。これ結構良い感じで、かなり超低域まで出るように感じられます。200Hz前後よりも特に超低域が増える印象です。ただしヴォーカルの艶かしさがやや減退するようにも感じます。
中高域の伸びはm15よりもやや曇りが出るようにも思いますが、これでも悪くないレベルです。低音はたっぷりあるのに高音域も出るのでワイドレンジに感じます。楽器の鮮明さはやや減退しますが、ドラムの打撃感は迫力が出ます。メタルなどに良いですね。
* ゴールド「m12」:外音を-12dB減衰 (低域やや弱く、開放感強め)
標準よりも低音が軽く感じられます。ヴォーカルはからっと軽やかな感じになり、艶かしさはないがこれはこれで良いというか、ヴォーカルにはちょうど良いかもしれません。低域の被りも全く感じません。女性ヴォーカルの声はm15よりも鮮明できれいです。ポップの女性ヴォーカルはm15よりも向いているように思います。ジャズヴォーカルはm15の方が艶かしく感じます。
中高域はキラキラとした鮮やかな感じが出てきます。とても伸びやかでシャープです。やや刺激的ですが、ハイハットやシンバルはより響きが綺麗になり、鮮明さを増します。
音場感も開放的な感じになり、ミュージシャンの立つステージが広くなるように感じます。女性ヴォーカル主体の時や、アニソンなどに向いてます。
* ブラック「mX」 :外音を-10dB減衰(低域弱く、開放感最大)
低域はさらに軽く弱くなりウッドベースがウッドベースらしくなくなります。中高音域の鮮明さは強くなり、やや刺激的な音になります。
おそらくこのプラグはミュージシャンがステージ上で外の音を聞きたい時やなど、なにかの理由で使うものではないかと思います。
ちなみにバルブを完全に外しても音は普通に聴こえます。この時はブラックに近い音になります。そういう意味ではブラックは穴のダストフィルター的なものかもしれません。
バルブを外した状態
* LUNAとの比較
同じAstell & KernブランドのLUNAとも比較してみました。どちらもかなりレベルの高い音ですが、それぞれの違いは設計の特徴を体現しています。
LUNAは平面型なのでより中高域で音のキレが高く速く、躍動感というかキレの良さというか、独特のスピードの速さがあります。
一方でXIOはやはり独特の深みのあるAPEXらしい音空間が魅力的で、これはLUNA(というか他のIEM)でも再現しにくいものです。ただしLUNAでは別の意味で鮮明な音像により立体感が高く、声もより明晰に聴こえます。もちろんXIOであればプラグを交換することで音を変化させることができます。
LUNA(左)とXIO
全体的な音の印象はLUNAは平面型にしてはユニポーラ型設計により低音が出るのでリスニング寄りですが、XIOはやはりダイナミック型ハイブリッドらしくよりリスニング的な音を聴く楽しみがあります。これもプラグを変えるとより変化するでしょう。
実のところ基本的な音性能では甲乙つけ難いとは言えますが、それぞれの個性、LUNAなら平面磁界型、XIOならAPEXとバルブ交換式という特徴の差が大きいと感じます。このように両者はどちらが良いというよりも、個性が違うものという感じが強いですね。
また両者ともAKオリジナルらしい造形の魅力もあります。LUNAのチタン削り出しの金属感、XIOの高級腕時計のようなステンレスの金属感はそれぞれに個性的です。ただSP4000と合わせるときにはXIOの方が見た目の一体感はあります。
* まとめ
XIOは音楽的でかつ音性能が高いというサウンドです。64 AUDIOが与えてくれたAPEXとアイソバリックドライバーの連携力をしっかりと活かした「圧力と音響を耳元で操る精密機械」という側面もあります。
APEXベントの他にない音の個性に加えて、イヤフォンの基本性能がとても高いこと、そして904Lステンレスの魅力的な持つ楽しみがXIOにしかないという魅力を作り上げています。モジュールを交換するたびに音が変わる楽しさは、まさに自分好みのサウンドを「チューニング」している実感があり、いじりがいのある製品とも言えます。64 AUDIOの個性とA&Kの個性がうまく融合した、Astell & Kernのコラボ製品らしいイヤフォンと言えるでしょう。

