Music TO GO!

2005年11月27日

AKG K1000 レビュー

k1000b.jpg


- Introduction

AKGとは"Akustische u. Kino Geraete"の略ですが、これは英語に直すと"Acoustic and Cinema devices"となります。
AKGはその名のとおりに映画館に映写機とスピーカーを提供する会社としてウィーンで創立されました。第二次世界大戦直後のことです。AKGはそれからずっとウィーンを拠点としてきました。
ヘッドホンも1949年から半世紀近く製作しているわけですが、その歴史の中でK1000は1989年にリリースされて以来16年ものあいだAKGのヘッドホンのハイエンドモデルでした。しかし他のヘッドホンと比べてかなり特徴的なためフラッグシップとしてよりは特別なモデルとして考えられていたと思います。

まずはじめの特徴は普通のヘッドホンでは必ず存在するハウジングがなくトランデューサー(発音体)がむき出しになっているということです。AKGのカタログから抜粋すると、この方式の利点は大きくふたつあります。
ひとつはこれによりハウジングの響きの干渉のない音を得ることができます。このことは良く考えるとかなり画期的です。ヘッドホンは音が直接耳に入るダイレクトリスニングとは言いますが、実際はハウジングの影響を大なり小なり受けて(それを逆に生かす場合もありますが)音が変化します。またスピーカーではルームアコースティックの影響を受けますから、K1000はある意味理想的なダイレクトリスニング環境といえます。
もうひとつは立体感とか定位に関するメリットです。完全にオープンにすることによって左の発音体から発した音が右の耳にも入るために自然にクロスフィードのような効果を持ちます。またヒトの外耳には音を集める際にスペクトル定位の手がかりを与えるという役割があるそうです。つまり外耳にきちんと音を当てることが立体感を生む要素ということです。K1000は単にハウジングがないというだけでなく、両方のトランデューサーがウイングのように開く構造になっています。これはこのように外耳に音を正しく当てる角度を調節するという目的もあるように思います。
自然な音を作るというのはK1000の開発テーマであり、それを実現するためにマイクによって音の解析をしながらトランデューサーの設計をしていったとのことです。


次の特徴はK1000が非常に鳴らしにくいヘッドホンであるということです。
インピーダンスは120Ωとやや高め程度ですが、能率(感度)が74dBと異常といえるほど低くて普通のヘッドホンアンプではうまく駆動させることができません。例えば普通のヘッドホンは低くても95dB前後で、普通は100dB前後です。95dBであればかなり鳴らしにくいといわれるでしょう。ちなみにスピーカーでも86-95dBが普通です。(スピーカーの場合は95dBだと鳴らしやすいといわれます)
その代わりに駆動力の問題を克服さえすればここが最大の強みにもなります。

これらの点からK1000は標準的にはCDP/アンプのヘッドホン端子やヘッドホンアンプではなく、普通のスピーカー用のアンプで駆動することが推奨されています。そのためヘッドホン端子ではなくスピーカーターミナルに接続することになります。
ただし以前はK1000の専用にAKGからヘッドホンアンプが発売されていました。これはドイツのSACというメーカーが開発しました。(上記写真のものです)

K1000はケーブルコネクタが普通の1/4ステレオジャックではなく、XLR端子で4ピンであることも特殊な点です。普通のXLR端子はLR別でそれぞれ3ピンですが、K1000はLRとも共通のひとつの端子で4ピンです。これはそのままスピーカーのL+,L-,R+,R-に相当します。スピーカーにはさらにこの4ピンXLR端子に接続するXLRメス端子を介してスピーカーケーブルが延びている付属アダプターを使います。SACのアンプにはXLR端子のまま接続できます。これは4極端子となるためチャンネルセパレーションにも有利に働くと思います。
このようにK1000は普通のヘッドホンのように、買ってきてそのままオーディオのヘッドホン端子につなぐというカジュアルなやり方が通用しないので注意が必要です。

K1000は伸縮するヘッドバンドがあり、それなりに頭にフィットします。ハウジングがないため、頭に対してはこめかみのところのサポートと頭頂部の3点で支えます。頭頂部は一点ではなく、ある程度の幅をもっているので一点が圧迫されるという感触はありません。重量はハウジングがないのでそれほど重くありませんが、こめかみにサポートがあることで違和感を覚えます。ただ私の場合は音楽が鳴り出すとあまり気にならなくなります。
3時間くらいかけているとさすがにやや締め付けを感じますが、ハウジングがないことで蒸れないので、ここは普通の方式と一長一短だと思います。
K1000のパッケージには格納のための立派な木箱が付属してきます。生産はたしか手作りでひとつひとつにシリアルが付きます。


k1000a.jpg


- Sound Impression

わたしはK1000の専用SACアンプを使用していますので、このインプレはその組み合わせにおいてほぼ20から30時間程度の時点でのものです(SACアンプについては別記事で書きます)。K1000は鳴らしこみにくくエージングの先はまだ長いのですが、はじめのひと山は超えた気はします。
CDPはLINN IKEMIです。なおSACアンプの電源ケーブルはハイエンドホース3.5に交換しています。

さきに述べたようにK1000は利便性を犠牲にしても、音の理想を追求したヘッドホンといえるでしょう。実際にK1000で聴いてみると圧倒されるのはその理念がもたらす、いままでに聴いたことがないほどの音のかたちです。
まずひとつひとつの音が非常に純粋であることです。これは一言で言うと単純ですが、実現はむずかしいことです。それぞれの音はすばらしくタイトで余分なたるみがまったくなく、音に色付けや余分な響きが皆無です。これにはたしかにハウジングの干渉のない余分な付帯音を排除した効果もあると思います。
余分な鳴りがないといっても、響きがあるべきところはそれを響きの形として明瞭に描き出します。そのため音の厚みがあり、響きは適切にしてかつリアルです。

ここがひとつのポイントだと思いますがヘッドホンの能率が低いということはノイズも拾いにくいということで、結果的にSN比が高いということです。それが背景が漆黒と評されるゆえんです。K1000では背景は黒い壁ではなく、底知れないどこまでも深みのある漆黒の池にノイズが落ちていくような恐ろしさがあります。ノイズを漆黒の闇に引きずり込んだあとには、真空のような静寂がのこります。IKEMIもSACアンプもSNの高さでは定評があり、もちろんシステムとしてのSNが重要であることは言うまでもありません。
そうしてピアノが音をポーンとひとつ刻むたびに音が漆黒の背景に明瞭で純粋な形をもって浮かび上がります。
その音の形の彫刻のような美しさにはただ感動します。

また音の立ち上げと立ち下げの反応が非常に早く、さきの音の形の明瞭な鋭さ(きつさとは別)とあいまってキレがよくリズムの歯切れがいいハイスピードな音楽の流れを作り上げます。スピード感はさらにSACアンプとのシナジー効果で加速します。
そしてSNが高いということは底のノイズのちりが高くならないので、外来の雑音に埋もれずにソースの微弱な音の信号を取り出す力が強いということにもなります。つまり解像力が高く聴こえるということです。そしてK1000はCDの録音の良否に挑戦します。
ギターソロの曲において、ただの一本のギター演奏にかくもたくさんの音が入っているのかと改めて驚かされます。
ピックがひっかき、弦が響き、胴が共鳴する、奏者は呼吸し、衣擦れの音がする、これらが全て異なる音で異なる場所にきちんと再現されるのは圧巻です。


その広がる音場のすばらしさを享受するためには適切なウイングの位置決めが必要です。音楽によっても異なるかもしれませんが、先に述べたように個々の耳の個性に合わせていくという考え方もあると思います。そこでK1000を頭に装着してまず行うのはこの「K1000の儀式」です。
最も閉じるとややうるさいごちゃごちゃした感じがありますが、開いていくとそれが整理されてあるべきところに徐々に置かれていきます。そして開きすぎると散漫に遠くなるので適当なスイートスポットを探すということになります。
こうして得られる音場はまるでシアターの中にいるようです。ヘッドホンとも2chスピーカーとも違い、5chのシアターのまん中にいて頭の両側の左右に広がる感じがします。


全体的な音のバランスはとてもフラットで低い方も高い方も強調がありません。
ただハウジングがないせいか、やはり他のヘッドホンよりはちょっと腰高には感じます。SACもそうですが寝起きの悪いアンプと組み合わせると、聴き始めはこの感じが助長されます。そのかわり高めに感じる割には意外に子音もきつくありません。
むしろK1000の問題点は低域にあります。
はじめにいうとK1000の「ふつうの」低音の締まりは力強くタイトで、ベースやバスドラなんかは小気味良くて意外とロックにもあいます。しかし10Hzなど低域側に広く伸びる最近のヘッドホンに比べると重低音の伸びがありません。そのため打ち込み系・トランス・クラブ系はいまいちとなるでしよう。
またこうした系統でなくてもアレンジで重低音を入れるのが最近の音楽のはやりですが、音のかなめがそうした重低音にある音楽だとK1000ではそうした部分がすこっと抜けて拍子抜けしてしまうこともあります。
K1000は比較的古い設計ですが当時はこうした音作りの傾向はなかったでしょう。またハウジングもないので低域を作ることが難しいともいえます。

30Hzまで性能ではうたっていますが、ユーザーマニュアルについている周波数曲線を見ると50Hzまでは恐ろしくフラットですが、そこから急に落ち込みます。ピアノの最低音は25Hz、ベースギターやコントラバスは40Hz程度ということですのでこれらの最低音はレスポンスがむずかしいかもしれません。ただしふつうは低音といってもこんな低い音はそうでるわけではなく、オーディオにおいてはだいたい60Hzから120Hzが低音の良否を決めるそうです。そういう点ではクリアしているといえます。
いずれにせよアコースティックな楽器についてはよいのですが、電子的な重低音はうまくありません。こうした点でいまメインのヘッドホンをK1000一本というのはややきびしいかもしれませんし、音楽を選びます。


音楽の相性としては器楽曲ではこれに勝るものはないでしょう。ただしヴォーカルに関してはK1000が捨ててしまった余分な色つけが欲しいという気もします。ギターとピアノについては満点をあげたいくらいですが、ヴァイオリンについてはやはりヴォーカルのようにやや色がほしい気もします。これもDAC-1のようなものであまり色がないと色が欲しくなるという、ちょっと贅沢な悩みではあります。
ジャズもいい感じです。ベースのピチカートが気持ちよく響き、ハイスピードでグルーヴィーです。
オーケストラものについては普通のヘッドホンにはないオケの広がり感がありK1000の良さを堪能できます。
それとアタックやインパクトがあるので意外とロックにあいます。かなりかっこよく鳴らしますが、古めのものがよさそうです。


本来の音のインプレは他のヘッドホンと相対比較をしたほうが分かりやすいと思います。しかしK1000の場合はあまりに個性が強いのであえて今回はそれをしませんでした。他との比較についてはまた別に簡単に記事にしたいと思います。
K1000に関してもレーダーチャートで満点というわけではありませんが、突出した良さがありやはり個性が光ります。
性能を引き出すのに手間がかかる上に、これひとつで全てはまかなえません。しかし、惹かれます。
これはAKGが音の理想を追い求めたことに対する共感といえるかもしれません。
空間に満ち溢れるK1000の透明な音にはただ感激します。
あるいはこれがウィーンの澄んだ空に響き渡る鐘の音なのかもしれません。
posted by ささき at 00:11| Comment(9) | TrackBack(0) | __→ AKG K1000, SAC amp | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
K1000自体にも凄く惹かれるものがありますが、
専用アンプとのセットとなると、更にAKGの真髄が味わえるのでしょうね
とても読み応えのあるレビュー、参考になります
他のヘッドホンとの比較レビューも引き続き楽しみです
Posted by ためごろう at 2005年11月27日 19:03
ためごろうさん、コメントありがとうございました。
専用アンプの方も見ての通り全身放熱フィンという形にたがわず相当熱くなりパワーを感じます。表面温度はHD-1Lとは比較にならないくらいです。真空管アンプのValveX並みかもしれません(^^
K1000だけでなくこちらの方も普通のヘッドホンアンプと一線を画していますので、こちらもそのうちレビューしたいと思います。
Posted by ささき at 2005年11月27日 21:02
こんにちは、非常に興味深いレビューです。読んでいて、人を引き込むものがありますね。なんというか、買いたくなるコピーとでもいうのか。上手な文章で。格好のユニークなところ、専用アンプの必要なところなどSTAXとも共通するものがありますが、なぜSTAXにしなかったんでしょうね。その道は素直すぎてイヤとか?誰も登ったことのない最高峰を登ってみたい、冒険家の気持ちみたいなもんでしょうか。
Posted by ひろ at 2005年11月28日 17:50
それと、写真が上手です。
ささきさん、プロの写真家なのですか?
Posted by ひろ at 2005年11月28日 17:52
ひろさん、コメントありがとうございます。
やはりレビューを書くものは自分でも気に入っいてそれを伝えたいわけですので、買いたくなるといってもらえるとうれしいです。

STAXに興味がないわけではなくて、ヤフオクのサーチアラートには入れてますが(笑)まあダイナミック方面をもう少し見てみたいので、ちょっと後ですね。。

写真の方も感想ありがとうございます。写真は趣味でやっているだけです。
調子に乗って壁紙にしてしまいました(^^
Posted by ささき at 2005年11月28日 21:45
レビューを読んで使いこなしは難しそうですが、きちんと調整した時の音を聴いてみたいと思いました。

写真のライティング何か、プロ並みですね・・・
Posted by ゴーヤ at 2005年11月29日 12:55
ゴーヤさんもコメントありがとうございます。
たしかにK1000はK1000だけの世界がありますので、挑みがいがあると思います。

この写真も実は手持ちでストロボ一本でやっていたりします(^^
でもけっこう撮れてしまうものです。
Posted by ささき at 2005年11月29日 21:19
sasakiさん
こんにちわ、いつもブログ大変楽しく読ませて頂いています。
k1000について、パワーアンプケーブルの繋ぐ方法はご存知でしょうか?
宜しくお願い致します。
Posted by オウ at 2015年06月18日 13:53
K1000ユーザーです。
10年以上使っていて今日初めて気が付いたのですが、こめかみにあたるクッション部は調節可能なんですね。
二つに分かれたクッションの後頭部側をスライドさせて、クッション間の幅を調節できます。

あらためて良くできたヘッドホンだと、感心しました。後継機が欲しいです。
Posted by ヨシダ at 2016年04月08日 22:20
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