Music TO GO!
2008年02月16日
YAMAHA HP-1とオーディオの時代
趣味の世界は単に高性能を求めるのだけが道という訳ではないと思います。例えばカメラではわたしは高性能の一眼レフを使う一方でライカやツァイスレンズなども使ってました。
これらにはいまの効率優先の時代にはないものがあります。昔のものは良かった、というとノスタルジーに捉えられることもありますが、「古き良き時代」にはエンジニアがコスト度外視で理想を込め、職人がたっぷり時間をかけて製作したものの魅力があります。
オーディオも例外というわけではありません。一昔前のアルテックのスピーカーとかマランツの真空管アンプなどを追い求めるというヴィンテージの楽しみもあるでしょう。
ヘッドホンも趣味としてみるとなかなかに深い世界です。それなりに歴史がありますし、興味を持ってみるとより広くいろいろなものが見えてきます。
オーディオとしてのヘッドホンの世界にもヴィンテージという楽しみがあると思います。たとえばシーラカンスのようなベイヤーのDT48Eなんかも当時の音を伝えるおもしろみがあると思いますし、ソリッドな手ごたえがあります。また今よりも一昔前の方が技術的にも画一化されてなく、さまざまな試みがあっておもしろい時代だったとも言えるかも知れません。そのひとつが以前取り上げた静電型とダイナミックのハイブリッド2wayであるAKG K340です。
ここではそうしたヴィンテージ・ヘッドホンの中からYAMAHA HP-1を紹介したいと思います。ただしこれもやはり単にノスタルジアを楽しむというだけには止まりません。
YAMAHA HP-1は1976年に発売されたので、もう30年以上前のヘッドホンです。しかし見ていただくと分かるようにデザインからして最新のものに引けを取らないばかりか、より洗練されているとも言えます。
これはアメリカから入手したものなので箱などの仕様は国内向けとは異なるかもしれません。
ほぼNOS(新古状態)で眠っていた個体です。
たしかにいまの目から見ても実に魅力的なフォルムに包まれています。
YAMAHA HP-1の特徴はまずこのようにイタリアの工業デザイナー、マリオベリーニのデザインによるすばらしい意匠です。
ヘッドバンドにマリオベリーニのサインがあります。
実はHP-1はまだYAMAHAのホームページに掲載されています。下記のリンクです。
http://www.yamaha.co.jp/design/products/1970/hp-1/index.html
読まれると分かりますが、現在でも掲載されている理由はYAMAHAの工業デザインの歴史を示すものです。
マリオベリーニはやはり上のページに掲載されているテープデッキ(YAMAHA TC-800)などでもデザインの才を見せていました。TC-800のカタログにはHP-1も使われています。
ここでちょっと興味を引くのは、上のページに記述されているように、この個性的なデザインはHP-1の音(ドライバー)の特徴も表象しているということです。
その特徴とはYAMAHA HP-1がオルソダイナミック(Orthodynamic)というダイナミック型の平面型駆動方式を採用していることです。
オルソダイナミックはダイアフラム(振動板)が一枚の薄い金属のフィルム状の発音体になっていて、それがほぼ同径の互いに反発するマグネットにはさまれた形になっています。ヴォイスコイルは発音体のダイアフラムに螺旋状に一体化されて組み込まれています。つまりダイナミック型の一形態ですので、特に静電型のような専用の機器を必要としません。
ただしオルソダイナミックではダイアフラムにヴォイスコイルが組み込まれているために発音体の厚みが約12ミクロン(HP-1)と、薄さという点では1-2ミクロン程度の静電型には及びません。
もっともオルソダイナミックの眼目は軽いダイアフラムによる精細な鳴りやダンピングの良さというわけではありません。
オルソダイナミック方式を採用した狙いは「分割振動」の除去です。
分割振動とはなにかというと、たとえばスピーカーなどは中央にヴォイスコイルがあって、そこがスピーカー全体から見ると一点で振動してその振動がコーン紙の中心からだんだん外周に伝わります。その伝搬はコーン紙の物性的な剛性に大きく依存しているわけです。
そのため、ある周波数でその振動が伝わりにくいという現象が起きます。そうなるとコーン紙の中心と外周では振動が異なってしまいます。コーンが別々の振動をする場所に分割された状態になるのでこれを分割振動と呼びます。
これがピークやディップなどの不規則な凹凸の原因のひとつと言われていますし、特に高域での特性が悪化します。ダイナミック型において高域特性を改善するために、ドーム型などの専用のツィーターが必要な理由の一つがこの分割振動です。
しかし、もし振動板が全面で一様に振動するならばこうした現象はおきません。つまり全面(平面)駆動方式です。
ダイナミック型でそれを実現したものがこのオルソダイナミック方式、もうひとつはご存じのSTAXに代表される静電型です。海外では平面駆動方式(特にオルソダイナミック)を指して単にPlanar(平面)とも呼ばれます
面白いことに、今回オルソダイナミックや全面駆動の技術についていろいろと調べていると参考になる製品はスピーカーも含めて70年代から80年代までに集中していることに気が付きました。つまりオーディオの黄金期と言える時代とオーバーラップしていますし、その時期だからこそ追及されたテーマであると言えます。
あるオーディオ雑誌のインタビューで現在YAMAHA HP-1と同様なものを製作できるか、という質問をYAMAHAの元技術者にしたそうですが、可能だが恐ろしく高くなると言う答えが返ってきたといいます。
おそらくオーディオの黄金期と呼ばれた時代には金をかけても理想を追求できたのでしょう。しかしその後に産業が斜陽になると手間と金をかけて理想を追うよりも、効率的に従来技術を高めるという方向に来たのは時代の成り行きともいえます。
しかしいままたピュアオーディオが復権されつつあり、ヘッドホンに注目が集まる中では少し見直されてもよいのかもしれません。ヴィンテージオーディオの楽しみというのはこうした「ふるきを訪ねてあたらしきを知る(温故知新)」という側面があり、考えさせられます。
結局過去を見るということは別な角度から現在を見るということにもなるのでしょう。
さて、YAMAHA HP-1の音についてですが、もうひとセット入手した分をAlexさんのところにリケーブルに出しました。これは1.2mミニでポータブル用に作成してもらいました。
下記のA Pure Soundのリンクに画像があります。
http://apuresound.com/images/cables/portable/hp1/
オーディオの黄金期の理想を今のケーブルで生かすというのもまた趣味の楽しさでもあります。
高インピーダンスなどHP-1の特徴はまだありますが、次の機会にはそれをどう鳴らすかも含めて、このリケーブルしたHP-1を中心に書いて見たいと思います。
この記事へのトラックバック
とっても興味深く、また深く言及されていて、ひさびさに「なるほど〜〜」とうなりました。
自分はHP-50Aの改造(ステレオ化&MDR-CD900STのケーブル1m)ですが、バランスドアーマチュア的な響きもあり、聴いていて気持ちいいです。鳴らしにくいですけど。(−−;
歴史とか、作った人とか、一見直接は関係ないように見えても多面的にいろいろと見てみると、より深く楽しめるようになるのが趣味の世界の面白さではないかと思います。
またたしかに要素技術としてはマグネットにしろ振動板の材質にしろ現代のほうが進歩していると思いますが、今の技術に過去の理念を生かす余地もまたあるようにも思いますね。
昔持っていました。HP-1は繊細な音が印象に残っています。ただ、大音量で鳴らすヘッドホンではなかったです。ドライバーがへたりそうで…。
今の機器で鳴らしたらどんな音を出すのか興味津々です。レビュー楽しみにしています。
あの頃のYAMAHAはsilky toneといわれて、いい製品を沢山出していました。
名残でGT-2000が今でも現役です(笑)