マクベス(左)、メフィスト
* フォルテイヤーズの設計哲学
フォルテイヤーズは大学で音楽を学び、中国古楽の音楽家でもあるRiccardo Yeh(リカルド・イェー)氏がシンガポールで創設したイヤフォンメーカーです。大学卒業後にリカルド氏は音楽家ではなくオーディオ分野に興味を持って仕事を始め、一時期はHIFIMANの日本担当だったこともあります。その後はシンガポールで日本でもよく知られるケーブルメーカーのEletechの2019年の設立に関わった後、それまではヘッドフォンや据え置きオーディオの世界に関心がありましたが、イヤフォンの進化の速さに関心を寄せ、自分の音楽的嗜好とHi-Fiオーディオへの理解を反映した製品を作るという目的のために2024年にフォルテイヤーズを設立しました。
ブランドの哲学はオペラから深く影響を受けているということです。オペラが持つ劇的な緊張感、ありのままの感情表現、そして想像力豊かな芸術性をForte Earsでも体現したいと考えています。製品のデザインもあえて華やかで演劇的に仕上げています。
なぜオペラなのかというと、彼が学生の時から熱中していたというだけではなく、オペラがワーグナーが唱えた「総合芸術(Gesamtkunstwerk)」という考え方 -- 音楽・詩・舞台が一体となって昇華するという理念であり、イヤフォンもそうだという哲学があるからです。
だからこそフォルテイヤーズのイヤフォンは、ドライバーの組み合わせから、イヤフォンのフェイスプレートの意匠、パッケージデザインに至るまでオペラをインスピレーションの中心に据えて総合芸術として設計されているわけです。
* フォルテイヤーズ「マクベス」の特徴
Forte EarsのフラッグシップIEM「Macbeth(マクベス)」はヴェルディのオペラ「マクベス」の主人公から着想を得たイヤフォンです。
マクベスはフォルテイヤーズ初の製品にして、大胆な挑戦をした製品でもあります。それは「平面磁界型ヘッドフォンの音質を、平面ドライバーを使わずにIEMで再現する」という挑戦です。これはリカルド氏がHIFIMANにいた影響の一つで、具体的には、HIFIMAN HE1000の豊かで開放的な中高域と、Susvaraの俊敏でクリーンかつ深い低域を両立させたいという狙いです。
またもう一つのマクベスのポイントはリカルド氏がコンサートホールやオペラハウスでの生演奏を聴くのが好きなので、Macbethにはまるで最高の席で聴いているかのような、没入感のある空間表現も求めたということです。
マクベスはハイブリッド・マルチドライバーモデルです。ハイブリッドといっても、オールBAドライバーにESTと骨伝導ドライバーを加えたようなユニークなドライバー構成です。
バランスド・アーマチュア:5基
Sonion骨伝導ドライバー:2基
静電ドライバー(EST):4基
「Diablo」:Sonionカスタム設計低音用ドライバー
これらをForte Relay Circuitry System(FCR)と呼ぶ5ウエイ・クロスオーバーで繋いでいます。 またAcoustic Resonance Chamber(ARC)という音響チャンバーを備えています。
マクベスには 3Dプリントレジン製シェル、ロジウムメッキ銅製フェイスプレートが採用され、ケーブルは4芯撚り線構造、26 AWG OCC銅リッツ線、Eletech特注の端子類が採用されています。イヤーピースはEletech BaroqueでS / M / L / XLの4サイズです。
このうちで特に注目すべきなのはSonionの骨伝導ドライバーとSonionの低音用ドライバーです。
Sonionの骨伝導ドライバーは最近Empire EarsやNoble Audioも採用して注目のドライバーですが、その採用についてリカルド氏は次のように語っています。
「HE1000が持つ滑らかで空気感のある自然な音を再現したいという目標はとても難題でした。HE1000の特徴は超薄型・大型ナノメーターダイヤフラムによる極めて低い歪みにありますが、BAドライバーは原理的に平面駆動型とは異なります。そこで試行錯誤の末、人間の耳が最も敏感に反応する中〜高域に骨伝導を用いると、似たような空気感と空間の煌めきを得られることを発見しました。
適切なチューニングを施すと、ボーカルや楽器がまるで"息づいている"かのように温かく豊かで、生き生きとした響きになります。まさに目指していた音です。」
一般に骨伝導の音質効果というと低音を強調するとも考えられがちですが、空気伝導では実現できない音を骨伝導で再現するという狙いがあるようです。これはマクベスの音の特徴でもある独特の鮮明なボーカル再現に繋がっていると思います。
またSonionの低音用ドライバーについてはこのように語っています。
「低域に関しては、量感を抑えながらも深く俊敏にしたいと考えました。低音が多すぎると繊細な音場を壊してしまうので、最初はダイナミックドライバーを試したものの理想に届かず、最終的には完全特注のBAドライバーを作ることにしました。それが"Diablo"です。
構造的にはBAですが、その音は引き締まり、深く伸びていながらもリラックスして聴かせる、独自の仕上がりになりました。音場を濁らせず、土台としての重みを加えつつ、Macbethの優雅で広がりのある世界を支えてくれます。」
マクベスの音の特徴の一つは見せかけの低音ではなく、本当に低い音がきちんとたっぷり出ているということです。Diabloはその辺りに効いているのでしょう。
またクロスオーバーであるFCRについてどのようなものかと質問したら以下のように答えてくれました。
「よくFCRはどんな技術なのかと聴かれるのですが、私にとっては技術というより哲学に近いです。内部回路は可能な限りシンプルに設計し、余計なパーツを省きます。これによりエネルギー伝達効率が高まり、各ドライバーが最小限の干渉で"自由に歌う"ことができます。
この設計思想のおかげで低インピーダンス・高効率を実現し、強力なアンプがなくても高音質を楽しめます。ただし、ソースやケーブルの品質に敏感になる面はありますが、それも含めて音作りだと考えています。
また、ヴィンテージパーツについてもよく聴かれますが、本当に90年代〜2000年代初頭に製造された希少なインダクタや抵抗を集めて使用しています。これらは現代部品にはない音の個性を持っていて、デザインの中に織り込むのが楽しいんです。」
音響チャンバーのARCについては以下のように答えてくれました。
「ARCについては、私自身がアコースティック楽器奏者だった経験から生まれました。フェイスプレートの材質や厚み、仕上げによって音が大きく変わることに気づいたのです。
従来の設計では共振を抑えることを重視しますが、私は逆に完全に共振を消すのは不可能なら、それを楽器の一部として活かせばいいと考えました。フェイスプレート自体を"鳴らす"設計にし、その響きも含めてチューニングしています。つまり私のIEMを聴くときは、ドライバーだけでなくフェイスプレートの素材そのものも一緒に歌っているんです。それって面白いと思いませんか?」
この辺りはいかにも彼がプロ並みの演奏者であるからこその考え方だと思います。
* フォルテイヤーズ「マクベス」のインプレッション
実際にデモ機を試用してみました。
まずフォルテイヤーズのイヤフォンはパッケージが豪華で凝っています。これは「総合芸術」の考え方でしょう。
パッケージはまるでオペラの舞台セットのようで、内箱には高級感のあるケースも入っています。
試聴はAstell & KernのハイパワーDAP「KANN Ultra」で行いました。のちのメフィストも同じです。
接続して気がつくのはEletechの端子類がとても精巧にできていることです。4.4mm端子はDAPに確実にはまり、2ピン端子は特に精巧でしっかりとはまります。
Eletechのイヤーピースも耳にピッタリとはまりきちんと遮音効果があります。この辺も「総合芸術」の一部なのでしょう。
またフェイスプレートがかなり豪華な造形ですが、これ自体「鳴り」の一要素となっているという点がオーディオマニア心をくすぐります。
ハイエンドらしく音空間が広くて立体的、全域で高性能で解像度が高い音が感じられますが、特に印象的なのは低域の存在感です。これはコンシューマモデルのように単に100-200Hzあたりの低音が盛り上がって低域があるように見せているのではなく、その辺は誇張感が少なく、存在感があるのはもっとずっと下の低く地下に沈み込むような深い超低域です。そこがとても量感があり、超低域がブォーンと唸るような豊かな重みを感じます。
そのためとてもフラットに近く聴こえるけれども、低音が重いという不思議な感覚が味わえます。これはたしかに平面型を連想するような良質なワイドレンジ感があります。これはBAウーファー「Diablo」の効果でしょう。
圧倒的に太い超低域ですが、BAウーファーらしく余分な膨らみがなくクリーンで、低音の解像感も高いです。ウッドベースの弦鳴りが気持ち良く高い解像感が感じられ、ピチカートも歯切れよくリズムを刻みます。
低音は太いだけではなくインパクトがあり、ズドーンというような、いままであまり聴いたことがないほど特徴的な低域再現力があります。沈む低域というよりも、低域に溺れそうなほどです。
もう一つマクベスの音で注目ポイントはボーカルの透明感と存在感です。声が浮き上がるように存在感があり、クリアで歌詞が明瞭に聴こえます。背景のバックバンドの音と混ざりません。声が掠れてふるえて消えていく様が見事に再現できています。会場の前列で聴くように、ボーカルが前に出てくるのもポイントです。楽器音でも中高音域はクリアで鮮明、伸びやかで切れ味が鋭いと感じます。
SHANTI「メモライズ」では息遣いがリアルで、声質も艶かしく魅力的です。ライブ会場の前の席で聴いているように声が前に出てくる感じです。細かな再現が圧倒的ですね。
またマクベスらしく、オペラ「トゥーランドット」のアリア「誰も寝てはならぬ」で聴いてみると、声が会場に響き渡るように朗々と歌い上げる様が気持ちよく、盛り上がるオーケストラの迫力の中でも声がかき消されないほどの存在感があります。
この辺はかなり独特のサウンドなので、Sonionの骨伝導が効いているように思う。
解像力も高く、同じ曲の16bit版と24bit版を比べてもかなりはっきりと差がわかる。スピード感もあり、上原ひろみ「ALIVE」のようなハイスピードのジャズ演奏では気持ちよく疾走感を感じられます。
もちろんハイエンドらしく全体に高音質ですが、特に低域とボーカルに個性が光ります。
* フォルテイヤーズ「メフィスト」の特徴
フォルテイヤーズによる第二作「Mefisto(メフィスト)」は、シャルル・グノーの《ファウスト》とアッリーゴ・ボイトの《メフィストフェレ》からインスピレーションを得たということです。これらのオペラでメフィストが放つ圧倒的な声は、誘惑と魅惑を象徴し、「メフィスト」はその本質を音で表現しているとのこと。
リカルド氏は「メフィスト」の開発の経緯について以下のように語っています。
「マクベスは国際的に大きな反響をいただきましたが、一部のリスナー、特に米国のユーザーから「低音がやや上品すぎる」との声をいただきました。実際、私自身もマクベスが一部の低音好きには少し穏やかに感じられるかもしれないと予想していました。そこでマクベスをリリースする頃にはすでに次のモデル「メフィスト」の開発を始めていたのです。
名前はオペラ「ファウスト」に登場する悪魔「メフィストフェレス」から取りました。カリスマ性と複雑さを持つバス・バリトンのキャラクターで、このIEMに込めた「ダークで官能的、そして圧倒的な力強さ」というイメージにぴったりでした。」
メフィストはハイブリッド・マルチドライバーモデルです。マクベスよりも従来的なBA+ダイナミックドライバーの構成に近い感じです。おそらく「低音がやや上品すぎる」という問題に対する回答なのでしょう。特徴的なのは平面駆動ドライバーです。
バランスド・アーマチュア:4基
デュアル7.8mm LCPダイナミックドライバー
ナノダイアフラム平面駆動ドライバー(Aria):1基
クロスオーバーは4ウエイのFCR、音響チャンバーはARCの他にDiabolic Isolation System(D.I.S.)を搭載しています。FCRは、日本製の廃盤ヴィンテージ・インダクターコイルを採用しているようです。
メフィストには3Dプリントレジン製シェル、スターリングシルバー製フェイスプレートが採用されています。ケーブルは4芯撚り線構造、線材は25 AWG シルバー+SPC(銀メッキ銅)+銅で、2ピン端子です。イヤーピースはEletech Baroque StageでサイズはS / M / Lの3種類です。
リカルド氏はメフィストの音作りについて以下のように述べています。
「メフィストではマクベスの理性的で洗練された音作りを捨て去り、特に50Hz以下の再現が難しい超低域に強烈なエネルギーとインパクトを持たせました。そのために改良型LCPダイヤフラムを用いたデュアルダイナミック・ドライバーシステムを採用し、速くキレのあるレスポンスと豊かなトーンを両立しました。さらに新開発のDISシステム(加圧型低域チャンバー)を搭載し、エネルギーロスを最小化。力強い低音をダイレクトに耳まで届けています。
そしてMefistoの個性を決定づけるのが、ボーカル表現です。男性でも女性でもセクシーで誘惑するような歌声を再現するため、特注のAria平面駆動ナノツイーターを導入しました。当初はソニオン製の静電ツイーターを試しましたが満足できず、試験的に開発していたこの平面ツイーターを使ってみたところ、驚くほど理想的な結果が得られました。
ただしAriaは非常に高効率で音が明るすぎるため、丁寧にチューニングしました。最終的にはCanJam NYCで静電版と平面版を持参して試聴してもらい、多くの方がAria版を支持してくれたので正式版に採用しました。Ariaのダイヤフラムには特殊な表面処理と独自のナノコーティングも施しています。
さらにMefistoでもクロスオーバーにはヴィンテージパーツを使い、今回はOCC銅線の内部配線も加えました。すべてはAriaドライバーの特性を引き立てるための工夫です」
このように一見するとメフィストはBA+ダイナミックドライバーのクラシカルな設計のように見えますが、特注の平面駆動ドライバーを加えた点がポイントになっています。
* フォルテイヤーズ「メフィスト」のインプレッション
パッケージはマクベス同様に凝った作りの箱ですが、マクベスよりもややコンパクトです。
フェイスプレートはシルバーでマクベス同様に豪華な造形です。このシルバーのイメージが銀線のような音のシャープさを想像させてくれます。
音質はメフィストもハイエンドらしく全体に高品質で、楽しく聴ける優等生的な上手なチューニングがなされています。全体的にマクベスよりも密度感がある音です。
パワーを感じる音で、メフィストも低域が印象的ですが、超低域に特徴があるマクベスとは異なり、もう少し上のいわゆる低域のあたりが多めでインパクトをより強く感じます。これがおそらくダイナミックドライバーを採用したポイントで、マクベスの上品すぎる低音とは異なったよりパワフルでエネルギッシュなインパクトを感じます。ダイナミックにしてはよく引き締まったサウンドです。アタック感やインパクトの強さはマクベスよりもやはりダイナミックのメフィストが上だと思います。
一般的なハイブリッドに比べると全体のバランスが良く、低音の誇張感が少ないと思います。ダイナミックドライバーをよくコントロールしています。
また重低音というくらいサブベースはたっぷり出ているが、マクベスとは違うものでより従来的な感覚です。
高域は落ち着いていて刺激的な音は少なく、ベルの音は端正だがやや控えめです。明るめのサウンドのマクベスに比べると、メフィストは少しダークな感じがします。ここは意図的なところだと思いますが、ギターの弦の音はシャープだが落ち着いているように感じられます。
やはりメフィストの強みは全体にスピード感が高い点で、この点ではマクベスよりも思わず乗ってしまうノリの良さがあります。
上原ひろみ「ALIVE」を聴いてみると、マクベスよりも全体のメリハリがあり、ドラムスのパンチが強く感じます。どちらもスピード感がありますが、マクベスでは落ち着いたジャズプレーヤーがテクニカルに上手に曲の旨みを引き出しているような演奏、メフィストではより若々しいプレーヤーが情熱的でパワフルに演奏しているように聴こえます。
ボーカルはバックバンドと適度に混じり合い、全体に自然な音です。
SHANTI「メモライズ」ではマクベスほどの細かい声質の表現はないが、自然でなめらかです。BAにしては無機的ではなく甘さが少しあるのが良いですね。ここはビンテージパーツの効果なのかもしれない。
オペラ「トゥーランドット」のアリア「誰も寝てはならぬ」の同じ部分をメフィストで聴いて、マクベスと比べると、メフィストの方がより声に焦点が当たり、マクベスは声が浮き上がってオーケストラサウンドとバランスを取っているように聴こえます。
まとめ
Forte Earsのフラッグシップ「マクベス」とセカンドモデル「メフィスト」は、どちらもオペラのドラマチックな世界観を反映した個性的なIEMです。「マクベス」はフラットでワイドレンジなチューニングが魅力で、独特な超低域の深み(Diabloドライバーの効果)とクリアで息づくようなボーカル再現(骨伝導の工夫)が光ります。「マクベス」は理知的で上品、洗練された新しい音の世界を楽しみたい人、例えばクラシックやジャズの繊細なニュアンスを求めるリスナーに特におすすめです。
一方、「メフィスト」は低域のインパクトを強化した味付けで、密度感が高くエネルギッシュなサウンドが特徴です。デュアルダイナミックドライバーとAria平面ツイーターの組み合わせにより、パワフルでセクシーなボーカル表現を実現し、ロックやEDMのようなダイナミックなジャンルでノリ良く聴きたい人に向いています。「メフィスト」は官能的で力強く、伝統的なハイブリッド構成にフォルテイヤーズらしいひねりを加えた点が、差別化のポイントです。
デモ機を試聴してみてどちらも個性的なモデルだと感じましたが、個人的に欲しいと思ったのはどちらかというと「マクベス」です。なぜかというと、今まで聴いたことのない新しい音世界が広がっているように感じられたからです。それは平面型の音を通常型のイヤフォンで出すというリカルド氏の挑戦が成功したという証拠なのではないでしょうか。
これは個人的な好みでもあるので、興味のわいた方は店頭などで試聴の上で選ぶと良いでしょう。
いずれにせよ、両モデルに共通するのは、高品質なEletechパーツの採用やマニアックなヴィンテージパーツの活用、そしてリカルド氏の音楽家としての哲学が息づいていること。これにより、単なるイヤフォンを超えて「総合芸術」としての音楽への没入感を楽しめるのがフォルテイヤーズのイヤフォンと言えます。
マクベスの製品ページはこちら。
https://audiopassion.jp/products/macbeth
メフィストの製品ページはこちら。
https://audiopassion.jp/products/mefisto

