私が最近注目している技術のひとつはMEMSスピーカーです。
MEMSスピーカーとはダイナミックドライバーやBAドライバーのようなイヤフォン向けのドライバーで、最新の半導体技術を応用した「シリコンドライバー」あるいは「半導体ドライバー」ともいうべきものです。
この供給元大手のひとつであるxMEMS社の担当者に直接話を聞いてデモ機を聞く機会を先日得ました。
* MEMSとは
xMEMS社は2018年にアメリカのシリコンバレーで設立した会社です。アメリカの他には台湾にも技術センターがあるそうです。
MEMS(メムズ: Micro Electro Mechanical Systems)とは半導体の製造プロセスでICと同じくシリコンウエハーから切り出す機能集約型のチップのことです。MEMSが普通のICと異なる点は、シリコンの一部が電圧をかけることで振動できるということです。つまりシリコンが振動することで空気を動かして音を出すことができます。
MEMSがつくられるシリコンウエハー(8インチ)
この応用として広く使われているのはスマートフォンなどの超小型のマイクですが、近年ではスマートグラスや補聴器にも応用が進められ、いよいよイヤフォン・オーディオの世界にも進出がはじまっています。
* MEMSスピーカーとは
MEMSスピーカーは原理的には圧電方式(ピエゾ)で、電圧をかけることでシリコンの一部が振動することで空気を動かします。
シリコンを振動板として用いた時の利点はまず材質が硬くて早いということです。硬度を示すヤング率はチタンの5割り増しくらいあり、軽量化が可能です。また振動板がたわみにくいので平面型のように振動板全体で一様に空気を動かすことができます。
MEMSスピーカーの振動部分
またシリコンから製造して組み立てる必要がないという特徴のために製造誤差が極めて小さいということです。普通のドライバーはいくつかのパーツからなり組み立てを要するので製造にばらつきが生じるために、左右の特性をマッチングさせる必要がありますがMEMSの場合にはその必要がありません。このため左右の位相特性に優れ、スピーカーアレイのような複数の使い方にも向いています。
ICのようなシリコンチップそのものですので超小型で低消費電力、かつ防水されています。また非磁性体という特徴もあります。衝撃に強く1万Gまで耐えられるというのはイヤフォンを落としても壊れにくいということにもつながります。
音響特性としては高域の感度が高く、軽量でたわみにくいので高域でロールオフしない点がまずあげられます。このため実用的に40kHz以上を再生することが可能となります。加えて帯域特性が広く、ダイナミックドライバーのワイドレンジ特性にBAツィーターを加えたユニットをシングルドライバーで実現できているような面もあるかもしれません。
またインパルスレスポンスに優れていて、リンギングが少ないのでアーティファクトによる着色感がつきにくい特徴があります。これは原音忠実につながるでしょう。
入力してからの遅延が少ないという点もあります。ダイナミックだと0.2msかかるところがMEMSはほぼゼロということ。位相特性についてはダイナミックドライバーの7倍有利ということで空間オーディオにも向いています。
* xMEMS社のドライバー製品
xMEMSのMEMSスピーカーはダイから切り出して組み立てる手作業の必要がなくSMT(表面実装)が可能です。
xMEMSのMEMSスピーカーのドライバーユニットにはいくつか種類があり、M1と呼ばれる第一世代のMontra(フルレンジ)、M2と呼ばれるMontra Plus(フルレンジ)、最も小さなCowell(2Way向き)がラインナップされています。Montraであれば渦巻き状の振動板が6個でひとつのチップ(ドライバーユニット)、Montra Plusであれば観音開きの振動板が2つで一つのチップです。実際のドライバーにはチップの他に昇圧するためのAptosと呼ばれるアンプユニットが必要となりますが、1.9mm x 1.9mmと超小型です。
ちなみにイヤフォンに用いるためにはダイナミックドライバーのようにベント穴が必要となるようです。このベント穴自体をMEMSで開閉できるようにするユニットも開発中だそうです(Dynamic Vent)。
実際の製品は完全ワイヤレスイヤフォンとして年末から来年初めまでには出てくるということです。おそらくCES2023では話題の一つになるのではないかと思います。
* 実機のデモインプレ
次に実際に開発中のユニットを用いたデモ機を試聴させてもらいました。これはHeadFiでCanJamに用いられたものと同じとのこと。いくつかあるそうですが、その一つで最新のM2ユニット(Montra Plus)が搭載されています。
システムはイヤフォンの中にMEMSスピーカーが搭載され、基盤の差している部分が昇圧回路です。PC側はUSB端子に小型のDACが挿入されていて、基盤にはアナログで入力されます。(黒いのは電池です)
PC内部にはイコライザーが設定されているそうです。電気部分はイコライザーもDACも完全ワイヤレスならばSoCの中で完結できそうですね。
音は予想していたよりもかなりレベル高いと思いました。
解像力が高く明瞭感があって、かつ力強いサウンドです。不思議とダイナミックドライバーっぽい厚みがあって無機的な感じはしません。高域が綺麗で伸びやか、低域もタイトでパンチがあります。
フォーカスがピンポイントでヴォーカルが囁くように聞こえます。特にダイアナクラールのヴォーカルの肉質感というか滑らかさ、無期的でない感じが気に入りました。
MEMSスピーカーの音については、はじめはドライで無機的な音を想像してたけど、実機デモ機を聴いたらダイアナクラールのヴォーカルにガーンとやられてしまい、いろいろ聞いた後にもう一回聴き込んだくらいです。
ちょっとMEMSで見当違いをしてたのは高音域に強いという情報からBAに置き換わるように思っていたことですが、もしかするとBAだけではなくダイナミックドライバーに取っても脅威になるのかもしれません。
こんなおもちゃみたいな電気部分のデモ機でこの音というのがちょっと驚かされました。正直言ってこのまま製品化していいかなという音です。価格的にもそう高価なものではなさそうです。きちんとした製品をもっと良いDACなどで聞いてみたいと思いました。
日本でも来年のポタ研で参加を予定しているということなので、来年はMEMSスピーカー元年となることを楽しみにしています。
Music TO GO!
2022年10月26日
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