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2021年12月10日

finalブランドの名を冠する完全ワイヤレスイヤフォン「final ZE3000」レビュー

先日のヘッドフォン祭で披露され、ひときわ注目を集めた新製品がfinalブランドの名を冠した初めての完全ワイヤレスイヤフォンが「final ZE3000」です。(特別モデルを除く)
そのZE3000がいよいよ来週12月17日(金)から発売されます。本日から予約開始で、想定販売価格は15,800円(税込)です。
本稿では開発情報も交えてこの期待の製品を解説・レビューしていきます。

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ZE3000という名前からはfinalユーザーならばだれしもかつての名機である「final E3000」を思い浮かべるでしょう。
finalとしてもやはりE3000には特別の思い入れがあるということです。この価格帯でこうした本格的な音造りのイヤフオンは売れないと一部では言われながらも、音は地味だが聞いてもらえればわかると発売したE3000は、SNSや口コミなどにより高評価が伝わりロングセラーとなる商品となりました。開発側としてもfinalブランドを冠するに当たって完全ワイヤレスの音のスタンダードを作りたいという思いがあったようです。

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ZE3000の特徴と技術

ZE3000はかなり細かな技術の積み重ねで開発された製品ですが、キーとなる大きな特徴は二つあります。ベント無しで音響空間の圧力を最適化する「f-Linkダンピング機構」と新設計ドライバー「f-Core for Wireless」です。

finalは音響工学や音響心理学など正しい理論から正しい開発を行おうとするスタイルのメーカーです。そこでZE3000の開発はそもそもなぜ完全ワイヤレスの音が悪いのか、それはよく言われるようなコーデックの問題なのだろうか、という根本的なところから開発をスタートさせたということ。そこでfinalではまず完全ワイヤレスイヤフォンならではの防水や形的な制約から生じる音響的な歪みの大きさという点に着目をしたそうです。

例えば防水を求められると、ドライバーの正しい動きのために不可欠なベント穴を設けるのが難しいために低域に問題が生じ、それを高域でバランスをとるので音に不自然さが出てしまう。これが完全ワイヤレスイヤフォンがみな同じような音のよくないサウンドに陥ってしまう原因ではないかと気がついたということです。そこでZE3000では内部設計に工夫をしてベント穴と同じような効果を持つチャンバー機構を設けたのがまず一つ目のポイントです。これは「f-Linkダンピング機構」と呼ばれています。
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f-Linkダンピング機構

またドライバー自体にも自製が可能なfinalの強みが活かされています。私もZE3000の話を聞いたとき、はじめはAシリーズのF-Coreドライバーを搭載するのではないかと思っていたんですが、実際には完全に新設計のワイヤレス専用のドライバーが搭載されているそうです。それが新設計ドライバー「f-Core for Wireless」です。
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f-Core for Wireless

ZE3000のドライバーは形式的には6mmのダイナミックドラバーですが、興味深いことにスピーカーのような独立したエッジがドライバーの振動板周囲に設けられています。このサイズでは接着剤の重さも制限となるのですが、ZE3000のドライバーではエッジがシリコン製でそれ自体が接着する機能を持っているために軽量化と振動板の動きのスムーズさが両立されているとのこと。これはこのクラスでは従来はできなかったことですが、製造方法の工夫により可能になったということです。このためにZE3000のドライバーは6mmだが実質的に9mm相当の音を出すことが可能で、歪みなく大きな低域がだせるといいます。これも他の完全ワイヤレスとの差別化できるポイントです。

このようにアコースティック設計をこだわったためにZE3000の筐体はやや大きくなっています。その装着感の改善のためにfinalではAシリーズで適用した三点支持(finalが考えるIEM型の最適解)を応用しています。角ばったデザインなのは、わざとエッジ(稜線)を作ったデザインにして持つ場合を誘導しているということです。タッチコントロールの箇所もあえて正面ではなく、その斜め後ろにしたのがポイントです。
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マニュアルから

また完全ワイヤレスイヤフォンはケースが重要でもあります。ZE3000では筐体同様に人間工学的な考慮により角があるので入れやすい設計がなされています。これは形や材質などがその物自体の扱い方を説明している「アフォーダンス・デザイン」という考え方です。
ケースがポケットに入るようにした点も改良点です。これは深さに対して左右をわざと伸ばしたことで実現されているそうです。このために手で握りやすくもなっています。またよく見ると上下の線が非対称であるなど細かいところに気配りがあります。
外観としては高級カメラに見るようなきちんとした熱塗装を施したシボ塗装を適用している点でも価格を超えた高級感があります。
そしてケースは他社製のイヤーチップの装着も考慮されているとのこと。もちろん全てではないですが、可能な限りイヤーピースを入れる部分の深さや広さを取っているということです。ここはマニアックなfinalの面目躍如というところでしょう。

ZE3000ではSoCにクアルコムのQCC3040を採用していますが、このイコライザーのチューニングについてもまずドライバーユニットを仕上げて、それでできないことをEQでやるという考え方を取っているとのこと。前出したようにまずドライバーを完全に仕上げたことでこれが可能になったわけであり、イコライザーを不出来なドライバーを叩き直すために使用するのは音質を劣化させることだということです。
そしてなにより、こうした手法をとることにより有線イヤフォンではできなかったことが(電気回路と一体になった)完全ワイヤレスでは可能になるとのこと。

ZE3000の仕様は再生時間は7時間で、採用コーデックはSBC/AAC/aptX adaptiveです。付属品は充電ケース・イヤーピース5サイズ(SS/S/M/L/LL)・USBタイプC充電用ケーブルです。カラーはブラックとホワイトの二種類が用意されています。

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ZE3000のインプレッション

実際にデモ機を借りて使用させてもらいました。
*以下のインプレや写真は主に量産前モデルを使用しましたので製品版とは違う点もあるかもしれないことをお断りしておきます。

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製品パッケージ

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ZE3000のカラーバリエーション

ZE3000の充電機能付きのケースはとてもスリムでポケットに入れやすい形状をしています。agのTWS04Kではポータブルバッテリー付きのアイディアは良かったんですが、やや大柄で取り扱いにくかったのでこの点は助かります。
ケースと本体は表面にシボ加工が施されているので高級感があります。持った感じは軽量です。ケースは底面のUSB-C端子で充電を行います。

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ag TWS04Kとの比較(手前/右がTWS04K)

ZE3000ではケースを開けると電源オンとなります。この点はケースから取り出すとオンになる「ag TWS04K」とは異なります。また充電状態表示も異なりますので、TWS04Kユーザーなどはまず説明書を軽く読むことをお勧めします。電源オフと充電開始はケースを閉めることで行います。本体はやや大柄ですが、軽量で耳へのすわりは良好です。
フェイスプレートの面積の広い部分がボタンではないので装着してから指でつまんで位置を修正しやすい点もポイントです。操作したい時は押しやすく、実際に使ってみるとこの多面体デザインは理にかなってると思います。頭を振っても外れる感じは少ないですね。
再生停止などはタッチボタンですが、いわゆるフェイスプレートではない傾いた位置にあります。いままでの完全ワイヤレスだとフェイスプレート部分にボタンがあるので耳にイヤフォンを押し込む際にボタンを押したりしてしまいがちでしたが、この形状だとそういうことは少なそうです。人間工学的にもよく考えられたデザインです。

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音のインプレッション

ZE3000のサウンドは、ぱっと一聴してすぐに他の完全ワイヤレスと違いがわかるような違いがあります。試聴中は本当にケーブルがないかを無意識に思わず何回か触りたくなりました。そのくらいは不思議な違和感すら思えます。
刺激的な成分が少なく、滑らかで豊かな厚みがあってきちんとオーディオの音がするワイヤレスイヤフォンで、TWS04Kとの違いもまずそこに気がつきます。

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聴き進めるとアコースティック楽器の音がきれいなことに気がつきます。歪みなく、すっきりした端正なサウンドです。音色の違いが分かりやすく、かつ高音域などで痛みが少ない音です。
アコースティック曲でフライド・プライドの"My Funny Valentine"を聴いてみましたが、こうした生ギターとヴォーカルだけのシンプルな構成で真価が分かります。生ギターの解像力が良くて歯切れが良いと同時に痛さのある角は取れて滑らかでアナログ的です。音が芳醇な感じです。ヴォーカルは鮮明であると同時に肉質感があって女性ヴォーカルの官能的なささやきが艶かしく感じられます。全体的に音楽が豊かに楽しめるサウンドです。実のところ朝飯後にどれちょっとエージングできたかな、と軽く聴き始めたところあまりに良い鳴り方なので、もうそのまま試聴タイムになだれ込んだ感じでした。

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帯域バランスは3000番の名のように整っていて自然で誇張感は少ないですね。音の広がり方は標準的な感じですが、不思議な奥行き感というか立体感があります。曲と録音を忠実に再現するスタンダードな音ですが、もちろん先に書いたように無機質的ないわゆるモニター的なサウンドではなく、有機的に音楽を楽しめるのはいままでのfinalイヤフォンらしいと思います。

高域のベルの音が極めて美しいので歪み感がとても少ないのだと思います。高音域は鮮明でいて、かつきつさがとても少なく感じられます。低域は過不足感はなく、とてもタイトで引き締まり、打撃感が今までにない感触の良さがあります。ロックやヘビメタを聞くと気持ち良いですね。ドラムスの叩きつけるような連打が気持ち良くそしてきちんとダイナミックらしく重く感じられます。低域の量感自体は十分にありますが、比べてみるとTWS04Kの方が低音が出ていてZE3000は抑え気味なのでやはり3000番台の音らしく思えますし、コンシューマブランドのagとの切り分けもできていると思います。

包み込まれるような音の広がり感も極めて良いですし、音の厚みがアンプが入ってるかのようなのもポイントです。ただZE3000に専用アンプや専用DACはないので、SoCの電気的な部分にも相当なノウハウの蓄積が秘められているようですね。そこもまずagで経験の蓄積があったからでしょう。
ワイヤレスっぽくないと同時にデジタルっぽくない音と言えば良いか。。デジタルを極めればアナログ的な滑らかさになるのかもしれませんね。

「ワイヤレスイヤホンは有線より音が悪い」のか

最後にワイヤレス対有線イヤフォンを試してみました。finalでは開発目標として「E3000の音質を超える製品をつくりたい」ということがあったようですので、ここではあえてE3000より上位モデルのA3000/A4000を選びました。ほぼ同価格帯でありワイヤレスだからというハンデはありません。
このためまだ3.5mm端子の付いていたiPhone5を取り出してきて有線のA3000/A4000とワイヤレスのZE3000をMusicアプリで聴き比べてみました。楽曲はアップルロスレスです。ワイヤレスではAACでしょう。

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A4000(有線)とZE3000

曲を聞き比べてみると、やや音再現に違いはありますが、それほど音質レベルは差がないように感じられます。音の個性的にはやはりA3000により近い音です。強いて言うとA3000/A4000の方が中高域が強めに出ますが、ここがコーデックのせいかチューニングの違いかはわかりません。一方でヴォーカルはZE3000の方が明瞭感があって歌詞がわかりやすい感じです。音の広がりは同じくらいです。
良録音の器楽曲で比べてもZE3000は細部の解像力でも負けていないように思います。プレーヤーの演奏中のため息やハミングなどもリアルにわかります。

DACやアンプなどの電気回路が優れた良いDAPを使うとA3000/A4000ではさらに良くなり、ZE3000では電気回路がイヤフォン側固定なので差異は少ないとは思いますので、有線かワイヤレスかはDAPを併用するかスマホだけかなどの使用環境によるかもしれません。いずれにせよ同じような価格で同じような音質レベルの製品を提供できるようになったのではないかと思います。

まとめ

ZE3000はオーディオファイルで音にうるさいという人が聴いても納得できるくらいのレベルはあると思います。いままでいくつも完全ワイヤレスイヤフォンを聴いてきましたが、音質に関しては値段に関わらずにお勧めができます。
TWS04Kでもとても良い音だと感じていたけれども、ZE3000を聴くとそれは「ワイヤレスにしては良い音」だったと気がつかされます。つまりそれが当たり前だと思い込んでいたわけです。ZE3000はE3000がエントリークラスイヤフオンのスタンダードを書き換えたように、ワイヤレスイヤフォンのスタンダードを書き換える存在になりうるかもしれません。

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ヘッドフォン祭で本機が披露されてから価格を3万円くらいと考えてた人も多いと思います。実際に音を聴いて製品を手に取るとZE3000を「ANCなしですが音がいいので3万円です」と売っても全然おかしくないでしょう。高価なANC付きモデルと音質で比べたらZE3000の方が良いと思います。ANC自体も振動板で逆位相出してるので音がいいというわけでは無いでしょう。つまりANCがないからこそ良い音が出せるという点もあると思います。
もちろんANCが必要な人もいますし、ASMR向けが欲しいとか低音もりもりが欲しいという人はまた別の選択もあると思いますので、そこは製品多様性の選択だと思います。ただ低域もりもりが欲しいという人でもZE3000の低音を聞いてみると考えも変わるのではないでしょうか。ただしダイナミックなのでエージングはきっちりとしたほうが良いです。
いずれにせよE3000がそうであったように、ZE3000も聴いてもらえば違いがわかるというな音に仕上がっていると思います。

先に書いたように完全ワイヤレスは有線とは違って電気回路が入っていますから、ある意味では有線なみのワイヤレスに留まらずにワイヤレスと有線のいいとこ取りをしたような位置付けになり得ると思う。
私もワイヤレスイヤフオンだから音が悪いという図式には以前から懐疑的でした。ワイヤレスでケーブルがないなら数万円もするような高級ケーブルを買う必要はありません。スマホではなくイヤフォン内部に電気回路があるのはショートシグナルパスの極みでもあります。コーデックの問題を差し引いても本来はワイヤレスの方が音がよいのではないだろうか?とも思っていました。
final ZE3000はそうした私の長年のわだかまりを解消してくれた「ワイヤレスイヤフォンの新スタンダード」となってくれることに期待しています。
posted by ささき at 12:00| __→ 完全ワイヤレスイヤフォン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする