Fir Audio(ファーオーディオ)は2018年頃から話題になったブランドですが、この業界ではすでに長く様々な経験を積んでいて、その技術力を背景にしていますので全く新規のメーカーというわけではありません。はじめはクリーナーやケーブルテスターなどのアクセサリーを販売していましたが、最近ではM5やM4などの高性能カスタムIEMやユニバーサルモデルで知られるようになりました。オレゴン州ポートランドに拠点があります。
Five x Five(ファイブ・バイ・ファイブ)はそのエッセンスを求めやすい価格で提供するという目的のモデルで、そのためもあるのかカジュアルなデザインが採用されています。国内ではfinalが輸入してフジヤエービックにて50台限定で販売されています。
フジヤエービックの販売ページ
https://www.fujiya-avic.co.jp/shop/g/g200000058716/
FIVE×FIVEは名称の通りに5つのドライバーを搭載したモデルで、1基のダイナミックドライバー、2基の中音域用BAドライバー、1基の高音域用BAドライバー、1基の超高音域用のBAドライバーを搭載しています。MMCXでリケーブル可能で、2.5mmバランス端子のケーブルが標準で添付されています。国内では標準の2.5mmケーブルに加えてfinalのシルバーコートケーブル(MMCX/3.5mm)をセットにした特別仕様になっています。
* 特徴
1. チューブレス設計を採用
Fir Audioのイヤフオンは基本的にチューブレス設計が採用されています。これは通常BAドライバーと音の出るポートをつなぐ音導管(チューブ)を排した方式のことです。普通のBAドライバーではチューブ途中に音響フィルターという薄膜を使用して音の調整をするのですが、そうすると音が濁りやすくなります。このチューブレス方式では音導管を排して口を広げ、音響室を設けてそこで出音の調整を行います。このことにより音のロスを少なくします。音響フィルターを使わないで音の鮮明さをアップさせるので、フィルターレス設計と言い換えても良いかもしれません。
またFir Audioのダイレクトボア機構では鼓膜との距離をできるだけ短くすることにより、高域のロスを最小限にとどめ歪み感を抑制し、伸びやかな高域を実現するとしています。
2. タクタルベース機構
低域に割り当てられているダイナミックドライバーを、イヤホンの筐体全体を振動板のように使用するように設計し、音を豊かに響かせるように鳴らす機構です。タクタル(TACTILE)というのは手触り・触覚という意味の英語ですが、海外のオーディオレビューでもよく使われる単語です。日本語にしづらいんですが辞書には"tactile = producing a sensation of touch"とあるので手触り感を生み出すような音、リアル感のある音、と考えればよいのかもしれません。
3. 「第二の鼓膜」ATOM技術を採用
筐体内部ドライバー前方の圧力を外へ逃がし鼓膜にかかる過度な圧力を調整する機構です。これにより、メリハリのある力強いサウンドでありながら、サウンドステージは広くまた聴き疲れがしにくい音質を実現するとしています。
これは他でADELやAPEXと言っているものと似た技術だと思います。私も2016年にKickstarterでADELのX2イヤフオンを購入してわずか1万円程度で驚異的な音質だったのにはちょっと驚きました。
http://vaiopocket.seesaa.net/article/437594645.html
これは通称「第二の鼓膜」とも言われていて、2枚目の鼓膜という半透過の薄膜をベントのところに設置するものです。閉ざされた耳道内の不要な圧力をこの薄膜がうけて、実際の鼓膜の負担を軽減してくれるというもののようです。耳に優しいとも言いますが個人的には音質向上の効果が高いと思います。またこの圧力を可変することで音をチューニングすることができます。
Fir AudioのカスタムIEMでは同様のADELとかApexのように取り外せるフィルターバルブを設けるオプションもありますが、ユニバーサルのFive x Fiveではモジュールは別ではなく内蔵となり、端子の根元部分にダイナミックドライバー用のベント穴と一緒に設けられています。(他のFirユニバーサルでも同じ)
* インプレッション
実機を見てみるとウサギのイラストがカジュアルな製品らしい雰囲気を醸し出しています。
フェイスプレートはプラスチック製に見えますが、樹脂でありながら金属にも迫る高い強度と耐衝撃性を持つという、デュポン社のDelrinという特殊な樹脂が使用されています。本体は耐食性と強度に優れた航空機グレードのアルミニウム合金の切削筐体です。筐体はさほど大きくはなく、軽量で装着感も良好です。標準ケーブルはしなやかで取り回しやすいケーブルです。
シリコンチップのSMLの他にフォームチップ1サイズとダブルフランジ1サイズが同梱されています。
まず2.5mmで聞いてみます。A&K SE200のAKM側を使います。
音は個性的で極めてレベルが高く、極めて開放感があり鮮明な独特の音質です。バランスだとはわかっていてもまさに三次元的と言えるような開放感ある空間の広がりに感銘します。すかっと晴れ上がってクリアで明瞭感が高く、ぞくぞくするような独特の音の深みが感じられる。
音の解像力も高く、声の質感が艶やかで肉質感も高くリアルです。低域の量感はたっぷりとしていてロックなどでは迫力があります。Fir Audioの他のIEMは聞いたことがないですが、少なくともFive x Fiveは全体にモニター的ではなくコンシューマーよりの音造りをしているように思います。
やや低域寄りの音なので特に男性ヴォーカルに深みがあって味が感じられますね。高音域は開放感があって楽器の響きが美しい音です。シャープながらきつさを感じにくいところも「第二の鼓膜」技術らしいかもしれません。きつさが少ないのでアニソンやポップスのような硬い録音でも聴きやすく、かつ引き締まってスピード感があります。
独特の鮮明さから中高音は美音系と言ってもいいくらい音はきれいです。
低域は叩きつけるようなパーカッションがとても歯切れが良くシャープでタイトな音再現を楽しめます。低域の量は多いと言っても解像力も高く引き締まって鋭いベースサウンドを実現しています。
国内版ではfinalの3.5mm端子のシルバーコートケーブルが付属してきます。2.5mmだけだとMojoに使用できないとか不便でもあるので3.5mmケーブルがあると汎用性は向上しますね。
final製ケーブル
次に3.5mm finalケーブルで聴いてみるとシングルエンドだけれどもとても開放感があり鮮明な音で、バランスだけでこの音になっているわけではないのがわかります。また聴いてみるとこのfinal製ケーブルはとてもFive x Fiveの音との親和性が高い音で、鮮明で音に深みのあるVxVの音をさらに引き出してくれるようなケーブルだとわかります。またバランスの標準ケーブルと似た個性で音の違いの違和感も少ないようです。十分検討した上で添付しているように感じます。
* まとめ
さきに書いたように2016年に初の「第二の鼓膜」搭載イヤフォンであるX2というイヤフオンを聴いたときにもわずか$100の価格でも説明がし難いほど独特の透明感と空間の立体的な広がりを感じたけれども、たしかにここにも同じDNAを感じます。音の広がりというよりは独自の開放感といったほうがいいように思いますね。それがハイエンドイヤフォンになり、独自性と高音質を両立したように思います。
いずれにせよプレーヤーをいろいろ変えてみても、ケーブルを変えてもこの独特の開放感と鮮明さや引き締まったサウンドはあるので、とても強い個性をもった高音質のハイエンドイヤフォンだと言えるでしょう。