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2020年08月05日

完全ワイヤレスの「左右同時伝送」とMCSync方式の謎の解明

ASCII.jpにRHAの完全ワイヤレスTrueConnect2のレビュー記事を書きました。なかなか音質に優れたイヤフオンですが、ポイントの一つは「左右同時伝送」です。

https://ascii.jp/elem/000/004/022/4022322/

Rha-TrueConnect2-gallery-1-badge.jpg  IMG_0303_filtered_s.jpg
RHA TrueConnect2

今回はじめてAiroha(MediaTekの子会社)のMCSync(MultiCast Synchronization)方式を採用した「左右同時伝送」イヤフオンを使ったのですが、たしかになかなか優れた方式です。再生やスキップも左右別々にできるので完全に左右で双方向の伝送をしています。
従来のTWS Plusや前に書いたTempow( http://vaiopocket.seesaa.net/article/460813992.html )、あるいは最新の標準規格のLE Audioも含めて完全ワイヤレスの「左右同時伝送」には本来スマホ側の対応が必要になるため、例えばTWS Plusではクアルコムと疎遠のiPhoneでは使えないのが大きな難点です。LE AudioはiOS14で対応するかもしれないけど未知数ですし、OSのフラグメンテーションが多いAndroidではプロファイル更新が必要な点は不利です。

しかしMCSyncではスマホ側の対応の必要がありません。そのためAndroidでもiPhoneでも変更なしで使えます。これは大きなメリットであり、最近採用例が広がってきた大きな要因でしょう。ソニーのWF1000XM3の「左右同時伝送」もカスタマイズしているけれどもこの方式を使っているようです。
またクアルコムの新しいTrueWireless Mirroringも同時伝送に関してはTWS Plusの延長ではなく、McSyncと似たような方式ではないかと推測されます。

ただ、この方式の謎はなぜBluetoothのA2DPの1:1制限にかからないか、ということです。そもそもA2DPがひとつのオーディオデバイスとしか伝送できないという制限があったので、従来の完全ワイヤレスでは片方で受信してもう片方に転送するという手間をかけてたわけです。そしてこの過程で(ほぼ水分で)電波を通しにくいユーザーの頭を挟んで接続性に難が生じ、遅延も大きくなっていたわけです。これについては調べてもなかなか載ってないのですが、自分的に納得できないと気持ち悪いのでまずちょっと推測してみました。

これは推測なのでASCII記事には書かなかったのですが、おそらくペアリングするときは片側だけペアリングして、ペアリング成功するともう片方に接続情報(ペアリングコードやアドレスなど)を転送して、それから左右ユニットが(本来片側のみが受けるべき)同じ通信を受信し、右ユニットはRチャンネルのみ再生、左ユニットはLチャンネルのみ再生するんではないかと思います。もし違ってたら私がこの方式を特許に出しますw

それでだいたいのあたりを付けて次にUS特許データベースを検索してみました。すると次の特許を見つけました。

Hsieh; Kuen-Rong (Hsinchu, TW)
Assignee: Airoha Technology Corp.
Bluetooth audio packet sharing method
U. S. Patent 9,794,393 , November 27, 2015


おそらくこれがAirohaのMCSyncの特許(の一部)だと思います。特許だから広く請求を得るために一般的に書いてありますが、骨子は複数のBluetoothデバイスがあったときに、一つ目のデバイスが確立した接続情報(link information)をブロードキャストするという点です。二つ目以降のデバイスはその情報を使用して一つ目のデバイスと同じ接続を利用することができます。
ここでは共有するBluetooth接続情報はBDアドレス, Bluetooth clock, channel map, link keyとされています。BDアドレスはBluetoothのMACアドレスのことです。それならBDアドレスって別々のデバイスが同じアドレスを持てるのか、と思いますがそこをなんとかしたからこそ2つのデバイスが1つのデバイスとみなされてA2DPの制限にかからないのでしょう。Bluetooth clockはBTデバイスの内部クロックで周波数ホップのタイミングなどで使います。channel mapは左右チャンネルではなくBTが周波数ホップするときのチャンネルです。Link keyはマスター・デバイス間の暗号カギでペアリングコードですね。これらの情報を左右デバイスが共有することで、スマホから見るとあたかも一つのユニットとだけ伝送してるように見えるので、1:1制限から逃れられるというわけですね。

*ちなみに周波数ホップについては下記のKleerの時に書いた記事の4をご覧ください。ただし最近ではBluetoothもチャンネル専有方式が可能になっていす。
http://vaiopocket.seesaa.net/article/109198956.html

公開特許なので図を引用しますが、fig2を見るとまずスマホとBTデバイスで接続を確立し、その情報をブロードキャストするとあります。
mc.gif
cf. fig2 of U. S. Patent 9,794,393

またこの方式では2個を超える音声接続が可能となるのでブロードキャストができますね。Link情報の共有の方法はA2DPである必要はないので複数のデバイスとコネクションが張れます。

ちなみに特許では「完全ワイヤレスイヤフォンの左右同時伝送方式」というアイディア自体は特許になりません。実現可能な仕組みを提示して初めてその実装方法が特許になりますので、クアルコムが似たような方式だけれども違う実装を提示すればそれは特許の抵触にはならないでしょう。クアルコムのTrueWireless Mirroringでは親子のロールスワッピングを前に打ち出してますし、それでSynchronizationではなくMirroringという言葉を使用しているのではないかと思います。

さて仕組みを自分的に(だいたい)納得したところで今後を考察してみると、MCSyncあるいは同様な方式が普及していくと、iPhoneで使えないTWS Plusは分が悪くなり、プロファイル更新が必要で古いOSでは対応できない出たばかりのLE Audioも先行きは怪しくなって来ます。ただクアルコムのTrueWireless Mirroringを採用しているQCC514x/304x系の新SoCはLE Audio Readyを表明しているので両方に保険は掛けてあると言えます。
ただしMCSyncが無敵かというと、クアルコムのQCC514x系の新SoCはAirohaよりも消費電力でアドバンテージがあるようなので、その他いろいろオンチップ機能を考えると十分巻き返しは可能かもしれません。
ただMCSync方式はやはり「ゲームチェンジャー」でしょうし、これが強者クアルコムの一角を崩すとなると、もちろんSoCはこの二社だけではなく中国製の低価格オンチップANC付きSoCとかいろいろ出てきてますし、完全ワイヤレスSoCはちよっとした戦国時代の様相を呈してきたのかもしれません。



posted by ささき at 11:33| __→ 完全ワイヤレスイヤフォン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする