リリースから引用すると、FitEar TOGO! 335は、ベーシスト、ドラマーからの「より低音域部の情報量とリニアリティを」という声に応え開発されたユニバーサルタイプのイヤーモニターということです。つまりカスタムイヤーモニターMH335DWをベースに、BAドライバーの構成は同じです。本稿はそのレビューです。
* TOGO!334からTOGO!335へ
2011年に発売されたFitEar TOGO! 334はカスタムイヤフオンとユニバーサルイヤフォンの音質がはじめて同じになったという点で、イヤモニ・ハイエンドイヤフオンの記念碑的な製品でした。それまでは我々のようなマニア層にとっては最高音質を得るのはカスタムイヤフォンだったんです。
FitEar TOGO! 334
カスタムイヤフォンのイヤピース版をいまユニバーサル(万能という意味で)イヤフォンと言いますが、それはそもそもTOGO334が初めてでした。つまりカスタムと同じ製法で製作して、イヤピースを付けられるイヤフォンのことです。
この件についてはジェリーハーピーがヘッドフォン祭に来た時に直々に須山さんをほめていたことが私には印象的でした。彼のtriple.fi 10 proもたしかにハイエンドイヤフオンではありましたが、カスタムとは同次元で語られてはいませんでした。それまではユニバーサルイヤフォンというのはソニーなど大手が開発して量販店で売っているようなイヤフォンのことを言っていたわけです(米でも)。
こうしたユニバーサルイヤフォンはカスタムのデモ機にも似ていますが、それは間に合わせ的なもので、カスタムとユニバーサルの違いを踏まえてもっと単体としてチューニングされている必要があります。もちろんカスタムには内部ドライバー配置も耳に合わせて変更されたりする場合があるという違いはあるのですが、TOGO334の登場は画期的でした。ちなみにこの名前はうちのブログ名にインスパイアされたそうですのでありがたいことです。(TO GOにはカスタムと違って店からすぐお持ち帰りできるなどの意味もあります)
ちなみに当時の須山カスタムの名称には意味があり、334の場合は3Way + 3 units + 4 driversという意味です。これはひとつのBAユニットに2つのドライバーが入っているものもあるためです。335だと(Low 2, Low-Mid 2, High 1)で、DWはダブルウーファーの意味です。大型のBAドライバーを2基使っています。
MH334のダブルウーファー版としてMH335DWというカスタムはずいぶん前からあったのですが、この二基の大型BAドライバーにこだわったことで優れた低域再現性を得る半面で、ユニバーサル版を作るという段になるとその大きさが災いしてしまいます。また低域が増えると高域もそのままというわけにもいかないようです。そうして335ユニバーサル版はひとまず据え置かれて、カスタム版が335DW SRなどに進化を続けます。(TOGO!334でもコンパクトにするのはかなり大変だったそうです)
そうしている間にイヤフオン技術も進歩を続け、3Dプリンターの導入も含め、さらに最近開発のFitEar Universalの楕円形ステムの開発もあり、総合的にTOGO! 335を開発する素地が整ったというわけです。
ユニバーサルイヤフォンはカスタムとは違い、イヤピースを付けなければなりませんが、そのステム(ノズル)の部分の太さが制限となってしまい、音質に悪影響を与えたりもします。特徴的な楕円形ステムは、Universalでの開発から生まれたもので、これは外耳道が楕円形をしているということで、そこに円形のものを通すよりも楕円形のものを通すほうがよりフィットしやすいということだそうです。これも工作難易度が高いので実現には時を待つ必要があったそうです。
TOGO!335ではUniversalで得た知見をもとに形状と角度が考えられて遮音性と装着性に優れたメリットを得ているということです。
* インプレッション
パッケージングはペリカンケースで提供されています。
本体は黒かソリッドだったこれまでのFitEarユニバーサル製品とは異なり、スモーク半透明の美しいシェルに覆われてドライバーも透けて見えます。
TOGO!335の使いこなしはせっかくの低音を漏らさないためにも、まずイヤピース選びから始まります。標準イヤピースははまりやすいのですが、やや耳にうまくはまっていない感があるので最近はやりの別売りイヤピースをお勧めします。しかしこの楕円形のステム形状のためにややイヤピース選びはてこずります。
私はしばらく指とイヤピースを格闘させてコツがわかったのですが、TOGO!335のイヤピースをはめるコツは楕円形ステムの短辺ではなく長辺の方からいれることで、短辺からだと入りにくいです。ケーブル端子側の長辺に親指を端子方向からあてがって、他の指で支えて押し込む感じです。
いくつか試して一番良かったのはAET07です。はまると標準イヤピースよりもだいぶ遮音性が改善され、たっぷりの低域が得られます。またAET07の良い点は音の輪郭が鮮明な点で、高性能イヤモニに向いています。AET08もより低域を太くしたい人にはよいでしょう。
SednaEarfitLightは装着感は標準よりも良い感じで、やはりたっぷりとした低域を得られます。ただし低域を抑えめにしたいときはひとサイズ小さ目のほうが良いと思います。
emiraiさんのところの新しいe-proはわりと楽に入ります。軸が柔らかいのと、傘をひっぱって変形させやすい点が良いですね。また音バランスが標準に近い感じで、音の広がり感に良い感じです。
いずれにせよイヤピースが決まると、装着感は極めてよく耳にもフィットします。大型すぎて座りが良くないということもないし、重いということもないです。この辺は長い開発の効果が出ているのだと思います。
音質は極めて高く、特にポイントである低域の存在感が高いのが特徴的です。これは単に低音がポンと盛り上がっているというのではなく、中低域から低域、超低域にかけての厚みと豊かさ・量感があるという感覚です。低音の質が良く量感もあり、かつ自然に聴こえるという、他のイヤフォンではなかなか味わいにくい世界を楽しむことができます。
これは低域ダイナミックのハイブリッドではなく、オールBAならではのことだと思います。そして大型BAドライバーの2発でなければ実現できないことでもあると思います。これは大型スピーカーで小口径ウーファー2基よりは大口径ウーファー1基でなければ得られない音があるというのと似ていて、ラージモニターをリファレンスとした音作りを掲げるFitEarらしい音作りでもあると思います。
低域の量感があるためにスケール感も大きくオーケストラやクラシックを聴くのにもよいと思います。打ち込み系の電気的なベースの打撃感も気持ちよくパワフルです。またヴォーカルもやはり男声ヴォーカルの太さの再現の良さが印象的ですね。
低域が多めと言っても中音域にかぶるようなものではなく、発音自体は明瞭に聴き取れます。ゲーム・オブ・スローンズ挿入曲のザ・ナショナルが演奏するThe Rains of Castamereなど渋いヴォーカルにベースがかぶさる曲などは感動的です。また厚みを活かしながらもあくまで自然に聴こえるというのがわかります。
音再現は有機的でしっとりとした美しい音楽を聴くのにもよい。無機的という意味ではモニター的でないですね。
また声がかすかに聴こえていく小さなレベルまで良く聴こえる。こういうのこそハイレゾ向けと言いたくなります。細かい音の明瞭感が高い点に関しては隠し味にこっそりESTが入っているかと思ったくらい、とても細かい音がたくさく聴こえます。
能率はやや高めですので、ボリュームは少し絞ってから再生したほうが良いと思います。ただしホワイトノイズが気になるほどではないと思います。
アコースティック楽器の音色がとてもリアルであり、特にウッドベースは弦の鳴りや響きの音再現が良いですね。ピチカートの切れもよいし、バスドラの音も迫力あります。低域の太さ、解像力など低域の質の部分はやはりこのイヤフォンならではというものがあるでしょう。良録音のジャズとか、例えばヘルゲリエンなどは特にToGo335DWが光る部分です。
また低域に埋もれずにハイハットなど高域が鮮明な点も注目ポイントだと思います。音の定位感・立体感も高いので、楽器の配置もわかりやすいのではないかと思います。
この辺りはイヤモニらしい正確さもきちんと把握された点だと思います。エンジニアの杉山氏、原田氏の助力も的確なのでしょう。MH334やTOGO! 334に比べてもこちらはいわゆるベースプレーヤー用ですが、カールカートライトにもちっょと聴いてもらいたい気がしますね。
* まとめ
もっと低音がほしいけれども、質の良い低音が欲しくて、もちろん全体に的確な音再現がほしいというユーザーに向いていると思います。
オールBAのポテンシャルを再認識させてくれるイヤフォンであるともいえるでしょう。