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2019年04月08日
MEZEの新フラッグシップ、平面型のEmpyreanレビュー
MEZE Empyrean(エンピリアン)はMEZE Audioの新しいフラッグシップ・ヘッドフォンで、平面駆動のダイナミック型ヘッドフォンです。このタイプは一般的に静電型と区別してマグネット設計からアイソ・ダイナミック型と言います(オルソ・ダイナミック型とも言います)。日本語で等磁力型と言っているのはこの翻訳だと思います。
MEZE Audioは工業デザイナーでありオーディオマニアでもあるMeze Antonio氏が創設したブランドで、99 Classicは昨年度の音楽出版社のヘッドフォンアワードを受賞した名機です。
しかしMEZE Audioと言えば99 Classicなどの手ごろな価格でデザインと音質の調和したヘッドフォンのブランドというイメージでしたが、なぜ一足飛びのように平面型のフラッグシップを出したか少し疑問に思いました。これについてはもう一社、RINARO社の存在がポイントになります。EmpyreanではあちこちにRINARO社のブランド名も記載がされていますね。
この点については昨年Meze Antonio氏とRINAROの責任者とお会いして直接話を聞いてきました。
* Empyreanのはじまり
RINAROは旧ソビエト時代からある会社でウクライナ政府出資の会社です。さまざまなエリアでヘッドフォンやカーオーディオの経験があるそうですが、なかでも平面駆動型は30年もの経験があるということです。平面ダイナミック型で30年前というとあれですか、と聞いてみたところ口を濁していたので、もしかするとその辺に関係があるのかもしれません。このようにずっとOEMのように開発してきたので、自社の名を出した製品はEmpyreanが初となるそうです。
Empyreanでの担当はRINAROがドライバー部分と音響設計の担当で、MEZEはそれ以外すべて(構造設計やハウジングデザインなど)となるそうです。
つまりMEZEが急に平面型を出したわけではなく、他社の技術ベースがあるということです。この協業は2016の秋にドイツのショウで出あったことで、MEZEは最高の技術がほしかったし、RINAROは自分の技術を世に出したかったので協業体制が始まったということです。つまりEmpyrean(天国とか最高という意味)の始まりです。
もともとMEZEは99クラシックのようなデザインと音のバランスの良いヘッドフォンが評判だったので、実のところディーラーも99クラシックの続きのようなものを望んでいたそうです。しかし、ここでRINAROと出会ったことで、デザイナーとして最高のものを作りたい夢がかなうという機会が訪れたと考えたそうです。デザイン(快適性)と音質という最高のシナジー(相乗効果)が達成できるというわけですね。ビジネスよりも作りたいという情熱だとMEZE Antonio氏が言っていました。この情熱という部分が音質面でのチューニングにもポイントになると思います。
* Empyreanの特徴
1. ハイブリッドのコイルパターンとマグネット
平面型では振動板すべてが動くために、振動板にプリントされたボイスコイルパターン(形状)が音のキーの一つとなります。これがEmpyreanの革新なのですが、Empyreanではスイッチバック(ジクザク)とスパイラル(らせん)の組み合わされたハイブリッド型のコイルパターンが採用されています。等磁力ハイブリッド配列ドライバーと呼ばれています。
もちろんボイスコイルだけではなく、マグネットもパターンに応じたハイブリッド形状をしています。この平面型ドライバーはMZ3と呼ばれています。
スイッチバック(ジグザグ)は低域に特化し、スパイラル(らせん)は中高域に特化したコイルパターンだそうです。ポイントは中高域用のパターンは耳に近い位置に置かれているということです。これによって耳の中での不要な反射を抑えて耳に直接入れるという考えです。これによって不要な共振を抑えて元の音を忠実に再現しているとのこと。低域の方はあまり指向性がないので、そこを分けたということでしょう。
従来の平面型と比べての長所としては、聴覚的に音場が良くなるとかハーモニックディストーションが低くなる。またワイドレンジが実現できるということだそうです。
2. 軽量化設計と高能率化
平面駆動型と言えば鳴らしにくいヘッドフォンの代名詞ともなっているように、アンプ側の駆動力も必要になるのが普通です。そこで高能率化、つまり鳴らしやすくすることが特に最近の平面型ダイナミックヘッドフォンのキーとなっています。Empyreanでもこの点に注意が払われています。
Empyreanではまずドライバーを楕円形にして有効ドライバー面積を広くし、振動板を軽量化することで高効率化が図られています。
また振動板には特殊なポリマー材料を使って超軽量になりひずみも下げています。振動板の厚みは非公開なため書けませんが、だいたいこのタイプでは標準的だと思います。そのためキーはこの素材がとても特殊だということです。なぜかというと、同じ平面型と言ってもアイソ・ダイナミック型ではコイルが必要なために静電型ほど振動板は薄く作れないので、素材が軽いというのは大きく有利な点です。
このように軽量なため高音域が110kHzまで出せるという点がもうひとつのポイントです。
普通のヘッドフォンではシンプルなバーマグネットを使いますが、より高能率なマグネットを作れたので軽く済んでいる(従来他社製品の1/2くらい)ということです。これも軽量化に貢献しています。
イヤパッドは磁石がないのに磁石のようにくっつくのですが、これはドライバー用のマグネットをうまく使っています。このイヤパッドの金属はフェライトで知られるフェロ磁性体というもので、このネットのおかげで磁場を拡散させずにドライバーに効率よく閉じ込めて12%ほど効率化し、またこの金属ネットのために人に届くような強い磁界を95%もさえぎってくれる優れた設計です。
* インプレッション
MEZEといえばやはり美しいデザインですが、Empyreanもまるで未来ガジェットを見るように優れたデザインです。
HeadFiでも発表された当時はMEZEホームページに発表されたEmpyreanの背景のレインボウカラーのデザインがスタートレックのイメージデザインと似ているので、かなりスタートレックを意識したのではないかと書かれていましたね。まさに宇宙船をほうふつとさせる美しくて頑丈なデザインです。ドライバーハウジングのメッシュもCNC加工され、デザイン性とエアフローを両立させているようです。機能的にもよく考えられている点が工業デザインという感じです。
ハイブリッド平面型コイルパターンがRINARO社の功績であるのと同様に、Empyreanの外形デザインは工業デザイナーたるMeze Antonio氏の面目躍如と言えるでしょう。
ヘッドフォンはアルミのトランクに格納されていますが、このトランクはなかなか高級感があって優れたものだと思います。
ヘッドレストは独特の形状で頭によくフィットします。これは装着した時に頭に沿うように密着することで圧力が分散されます。頭に装着した時に感じる軽量感は手に持った時よりも高いので、圧力を分散させるヘッドバンドの設計が優れていることが良くわかります。
サイズ調整はスライドバーを使うのですが、この感触も高級感があって、がっちりと固定されます。
また側圧は開放型にしてはわりと高い方で、頭にしっかりと密着します。装着感に関してはかなり良好で、最近ではAudioquestのNighthawkと同様に人間工学的によく考えられたヘッドフォンであると思います。
試聴で長時間聴いていても耳が痛くなるとか疲れてしまうということはありませんでした。これは音の優しさという点もあります。
ケーブルはミニXLRで接続する方式で、この方式は他でも採用されているので交換ケーブルも見つかるかもしれません。ケーブルは購入時にいくつかの端子のタイプが選べます。
鳴らしやすさに関してはHD800と同じボリューム位置だとより大きな音になるので、平面型にしては能率もよく鳴らしやすい方だと思います。ここは最近の平面型らしい点ですね。アンプのLowゲイン位置でも音量は取れるくらいです。
ポータブルプレーヤーでも十分音は取れますが、Empyreanの性能を引き出すにはハイエンドのDAPかまたはやはり据え置きのシステムを使ったほうが良いと思います。一般的なヘッドフォンアンプでも音量は問題ないと思います。
* 音質
第一印象は楽器音や声のリアルさと、音の豊かさや厚み、音の立体的な広がりに圧倒されるということで、多声のアカペラヴォーカルを聴くと感動的です。
思っていたよりも低域の量感がたっぷりとあるのが第一印象ですが、低域に重みが感じられ質感表現に優れています。特にAudiophile Recordingsなど試聴によく使われる良録音ではかなり良質な低域を堪能できます。
高域もどこまでも伸びる感じでかなりワイドレンジ感があります。試聴のさいにはMeze Antonioもいたのですが、コメントを言うとハイはロールオフしないだろう、と言っていました。
また110kHzという領域では聴覚的には感じられませんので、倍音成分が豊かという方向に効果が出ていると思います。実際に音の厚みとか豊かさからくる音楽性というのがEmpyreanの大きな特徴だと思います。音の厚みというか濃さがスーパーツイーターのついたスピーカーに近いものを感じさせるような気がします。
また音の立体感に優れていて、音が空間を移動するタイプの録音では気持ち悪くなるくらいリアルに感じます。マルチドライバーイヤフォンだとこのイヤフォンは位相がよく合っていると言いたくなるタイプの音だけれども、この場合はおそらくこのリアルさはハイブリッドコイルパターンの良さのように思いますね。
HD800と比較して平面型を実感するのは音のトランジェントが速いことで、音の立ち上がりと立ち下がりが速く歯切れがよい音です。この辺もMeze Antonio氏にコメントを言うと、振動板の軽さが効いているんだ、と言っていました。振動板が軽いことと、剛性が高くたわまないということの両立は難しく、この実現はかなり大変だったようです。
しかし反面でシャープな音のヘッドフォンにありがちな高音域やサ行の音の痛さが少ない感じですね。これは実にHD800と比べてもより顕著で、音の高級感というようなものを感じさせます。
楽器音やヴォーカルがリアルで、細かい音の明瞭感が高く感じられます。細かい音が消え入りそうな表現にも長けていて、解像力が高いということもあるけれども、それよりも情報量が多いという言葉を使いたいですね。
バイオリンの音や楽器音がきれいで澄んでいるのも特徴的で、おそらく歪感がとても少なく正確な音が出ているのだと思います。楽器の擦れる音や金属を叩く音などの響きの良さがとても印象的です。
また開放型の典型的なHD800と比べると、少し密閉型に近い密度感のある音を感じます。モニターではなくリスニング寄りの音で、アナログ的なやさしさと滑らかさがありデジタル的に硬くてきついのではありません。音楽を楽しむタイプですね。ただ楽器の音や声など音自体はとてもリアルで高忠実に思えます。
イヤパッドは主にアルカンターラで聴いたのですが、レザータイプにも交換してみました。、Empyreanでは着脱がとても簡単なために音を変えたいというときに手軽にできるのが隠れた魅力かもしれません。
レザータイプはとても革の高級感がありかつ装着感も柔らかい仕上がりです。高級ヘッドフォンを使用しているという満足感が得られるでしょう。レザータイプでは少し密閉型に近いようなやや重みを増した低音域のインパクトが感じられます。ただ音の広がりと開放感らしさはアルカンターラのほうが良いように思えますね。ここは着脱の容易さもあるので音楽の好みやジャンルで手軽に取り換えて使うのが良いと思います。
オーケストラや多声アカペラなど複雑で多彩な音楽で光るヘッドフォンだと思います。よく試聴に使うアカペラグループThe Real GroupのWordsではそれぞれの声の音域の広さ、豊かさに驚くとともに、声が空間のあちこちに浮かび上がり、それがまとまってひとつの厚いハーモニーを奏でるさまがよく分かります。こういう曲では空間に音のないところと、あるところがかなり明瞭にわかります。
またGo Go PenguinのようにEDMっぽいユーロジャズなどでは躍動感や重み・パワー感が楽しめます。最新アルバムのA hundrum StarのRavenでは冒頭のピアノの叩きつけるような響きが感動的なほどに美しく響き、続くハイスピードなドラムスやベースの低音の豊かさ・体が動き出すような躍動感に圧倒されてぞくぞくとする感動が味わえました。音に密度間があって躍動感があるのでこうした音楽にも良く向いてますね。
これだけ音が分厚くて濃い音で、かつ軽やかに躍動感を感じるヘッドフォンは他にあまり例を見ないほどではないかと思います。重くて量感のある低域から、リアルな中音域、美しく伸びあがる高域までワイドレンジ感も圧倒的です。
Empyreanについては設計の様々な要素がうまく調和して最高の音を奏でているという感じです。聴いているうちに音の厚みや豊かさ、リアルさやスケール感にどんどんのめりこんでいって、音楽に引き込まれていく感じがします。豊かで深みのある音空間に音楽の感動が感じられますね。
聴くほどに良さがわかるので、じっくりと聴くと聴くたびに発見があると思いますし、それだけ手間をかけて丹念に設計した成果だと思います。
月末のヘッドフォン祭ではぜひテックウインドさんのブースで聴いてみてください。