先日の春のポタ研では70万円近くの高価なDAPが話題となりました。これはLuxury & PrecisionのLP6 Tiという機種です。(正確な価格は販売店に確かめてください)
Luxury & Precisionは中国のオーディオブランドで、HeadFiなど海外フォーラムを見ている人にはおなじみでしたが、昨年からサイラスさんが国内でも扱いを始めました。昨年L3-GT、L4、L6、LP5 Ultraの記事を書きましたのでそちらもご覧ください。
http://vaiopocket.seesaa.net/article/460897457.html
Luxury & Precision LP6Ti
Luxury & Precision(以下L&P)はうちのブログでもおなじみだった、ColorFly C4の流れを汲むということです。実際L&Pで話題となったのがColor Fly C4によく似たクラシカルな形をしたLP5 Ultraという限定生産モデルでした。これは上のレビューを持ていただくとわかるように音質的には据え置きなみで、ポータブルよりも格上の印象さえ受けるものでしたが、デザインや操作性も含めてクラシカルで現代的なDAPとは言い難いものでした。
L&Pでは一方でL4やL6のような現代的なタッチUIのDAPを出していましたが、この現代的なラインの延長でLP5 Ultraのような究極のDAPを目指して開発したのがLP6 Tiです。Tiはチタンのことで、ボディがチタン製であるところから名づけられています。
*LP6 Tiの特徴
インテル製のFPGAの採用
ハードウエア的にLP6Tiを特徴づけているのはまずインテル製のFPGAの採用です。これはポータブルオーディオでは世界初ということです。FPGAを採用したDACではChord社製の製品が良く知られていますが、こうした例ではいままでザイリンクス社製のFPGAがよく使われていました。LP6Tiではインテル製の「フルサイズ工業グレードの大型FPGA」が採用されているということです。これはメーカーによるとザイリンクスの上位バージョン以上の性能を持つということです。ただし消費電流に関してはすべての部分を使用してはいないので電力消費を抑えているということです。
L&Pでインテル製のFPGAを使用したのはL&PがPCパーツ由来の仕事をしていた関係もあると思いますが、中国市場でのサポートの良さもあるということです。またL&PのCTOであるWan氏はかつてAMDの中国支社で活躍していたこともあり、こうした分野には長けていると思います。
FPGAとはプログラム可能なICのことで、FPGAを用いたDACと言ってもFPGAでデジタル・アナログ変換をしているわけではありません。そのため当然のことながらDA変換を行うDAC部分が必要です。FPGAの機能としては主にDAC部分に入る信号をきれいに整形するためのデジタルフィルタがメインですが、LP6Tiではそのほかに高音質のEQ機能、ロスレスDSD/PCM変換、超低ジッターSPDIF出力、高精度のクロックソース、ワイドバンド高速通信などの機能も含まれているということです。
ちなみにロスレスDSD/PCM変換というのはこのFPGAの効率が良く他社のようにDSD/PCM変換チップやIPコアを使用する方式に比べて、インテル製のDSP並行処理能力が高いことからそう名付けているということです。
医療用R2R DACの採用
次にLP6Tiのキーとなるのは医療用R2R DACの採用です。R2R DACとはマルチビットDACとも呼ばれ、いわゆる1ビットのデルタシグマ方式ではなく、PCMの各ビットを直接変換できることから特にPCMの再生においてはデジタルっぽさが少なくアナログライクで自然な音質に優れていると言われている方式です。ただし最近では効率の良いデルタシグマ方式が席巻しているため、ほとんど採用されなくなっています。
しかしオーディオマニア向けのDACでは音が良いことからよく採用されるのですが、多くの場合はバーブラウン(TI)のPCM1704というDAC ICが使われます。ただしこのPCM1704はすでに生産が終了していて市場デッドストックの品が使われるのですが、L&PではこのPCM1704を超えるようなR2R DACを作りたかったので医療用R2R DACを採用したということです。
この医療用R2R DACはMRIなどに使われるもので、非常に高精度です。メーカーはADI製ですが、モデルはメーカー非公開品ということです。LP6TiではこのICを4基使用しています。このDAC ICの単価はわかりませんが、MRIは数億円の製品なのでそのDACも推して知るべしというところでしょうか。LP6Tiの価格の高さもちょっとわかります。
R2R DACは精度を高めるのが難しいのですが、このICはPCM1704に比べてはるかに高精度で変換誤差が非常に少なく、低歪みで温度差のばらつきも非常に少ないということです。高精度というのはICのDA変換のエラー自体が極めて少なくリニアリティ(信号の入出力の比例性が高い)があって温度変化に強いという意味です。
これによって、LP6TiのダイナミックレンジはPCM1704UK(選別品)を32個搭載したDAPに相当し、SN比はPCM1704UKを8個搭載したDAPに相当するということです。また歪率でのTHDもPCM1704UK搭載DAPの約半分ということです。
つまりR2R DACというのは音は自然でよいが性能的には最新のデルタシグマDACに負けてしまいます。LP6Tiでは医療用の高精度DACを採用したことで、音の自然さも性能の高さも両立できたということですね。
そもそもオーディオ用DACでなくてもよいのか、と素人考えしてしまいますが、その点について出てくるのが先ほど説明したインテル製のFPGAです。このデジタルフィルターの性能が良いために、オーディオ用にこの医療用DACを採用できたということもあるということです。
つまりハードウエアとしてのキーはインテル製FPGAの採用とR2R DAC ICの採用で、面白いことにこの二つは関連しているということです。
購入者による音のカスタマイズが可能
LP6Tiのユニークな点のひとつはDAPに自分の音の好みを反映できるということです。カスタムイヤフォンのJust earっぽい感じのサービスです。ポータブルマニアなら電力消費はもっと多くてもよいから音質を上げてほしい、ということを思ったことのある人は多いと思いますが、それが実現できるというわけです。
これには大きく分けて2種類あって、カスタムリストの1-2はFPGAの設定で、こちらは一回程度は後で無料で変更してくれるということです。これはメーカーによるファームの直接の変更で、ユーザーが自分で変更できるわけではありません。
カスタムリスト
1:音楽ジャンル(POP・アニソン・演歌・EDMなどなど)
2:ボーカル調整(ボーカルの遠さ近さ・横音場の広さ)
3-7の項目はハード設計を直接変えるために納品後の変更はできないということです。
3:ヘッドフォン回路オペアンプ選定(電力消費と音質の兼ね合い)
4:LPF入力電圧の調整(LPF電圧の上下で信号の歪みと動作時間の兼ね合い)
5:出力インピーダンスとZobelフィルター(出力インピーダンスの大きさと保護フィルター設定)
6:ヘッドフォン回路オペアンプ入力電圧と出力電圧(音質と電力消費の兼ね合い)
7:LPFの調整(クラシック音楽で効く信号と位相の兼ね合い)
このほかにもLP6TiではTC4チタニウムを採用したチタン製の筐体や、デジタルとアナログ別でそれぞれ高品質な電源部、高出力のヘッドフォンアンプの搭載なども特徴的です。4.4mmのバランス出力も備え、バランス出力では特に低能率のヘッドフォンでの性能を高め、シングルエンド出力では通常のヘッドフォンやイヤフォンに向けた設計をしているようです。コンデンサーなども軍用グレードの高品質品を使用しているとのこと。(オペアンプのExcelsというのは既製品オペアンプをL&Pがリブランドしたもののようですが、詳細は不明です)
このためにHD800用の専用ケーブルも開発しています。
音源はマイクロSD(FAT32のみ)と64GBの内蔵ストレージです。スペック上の再生時間は7時間となっています。
* HD800専用ケーブル(別売)について
LP6TiではHD800を開発リファレンス機として使ったということもあり、LP6Tiの能力をフルに発揮するために高純度金メッキPCOCC銅線+らせん状の銀メッキという線材を用いた別売りのケーブルも用意されています。これはUltimate Zone U75というケーブルで4.4mmのバランス仕様です。
* インプレッション
試聴用にはマルチドライバー機のCampfire Audio Solaris(4.4mmバランス)とヘッドフォンにはHD800(6.3mm)を使いました。
パッケージは木製の化粧箱が採用されていて、ふたをスライドして開ける方式です。開けると中にLP6Ti本体とUSBケーブル、ヘッドフォン用の標準端子アダプター、保証書が入っています。
本体はL&Pらしくいかにも精密機器というか精巧な金属の塊という感じのデザインですが、持ってみると意外に軽いのに驚きます。チタンは非常に硬くて薄く作ることができるので航空機の軽量化にもよく使われています。材質感はアルミとも違った硬質感がありますが、両側面は木製のプレートがはめ込まれていてよいアクセントになっています。
上部には端子が並んでいます。ヘッドフォン用6.3mm、バランス用の4.4mm、ラインアウト専用(固定出力)の3.5mm端子があります。ボリュームはガード付きで適度なトルク感があるところが好印象です。
側面には電源ボタン、再生、バック、先送りのハードボタンがあります。
底面にはSPDIF出力のRCA端子、マイクロSDスロット、USB端子がありUSB DACとしても使えます。
UIはタッチ操作が可能で独自OSらしいきびきびとしてとても反応が速く感じられます。
設定項目としては基本的なリピートなどの再生設定、グライコ的なEQ設定(プリセットもあり)、またかなり詳細な音質に関する設定があります。デジタルフィルター設定ではおなじみのSLOW/FAST roll-offなどのほかに低遅延やNON Over Samplingなども選択できます。
DACモードに並列モードとタイムシェアリングというのがありますが、並列モードはチャンネルごとにDAC二つが同時に動作、タイムシェアリングは1つのサンプリング周期内でDAC二つが交互に動作するということのようです。
またDCオフセットのオンオフはオンにすると直流信号の修正をするが電力消費がかさむという設定ということです。
はじめにSolarisで4.4mmバランスで聴き始めました。ゲインは設定項目にあります。
音質はとても透明感が高くて美しく、かつパンチがあって歯切れが良いのが特徴的です。現行品と比べてみると、LP5 Ultraなみの据え置きに近いクラス上のアンプ性能と、L6のような洗練されたサウンドを併せ持つ感じですが、実のところ音質はずっと上のレベルにあることに驚きます。
静かな曲を聴くと消え入るような小さな細かい音の再現にも優れているのがわかります。透明感がとても高く、楽器の音が美しく聴こえます。またヴォーカルの声の艶やかさとリアルさも秀逸です。アコースティック楽器の音色がとても端正で澄み切った感じがするのはR2R DACの美点でもありますが、加えて回路の良さ、歪の少なさで雑味のない端正な音が出ているとも感じます。
ダイナミックレンジを強調しているだけあって、試聴曲のパイプオルガンの音域の広さは圧倒的です。Solarisのような空間再現性に長けたイヤフォンでは音の迫力に圧倒されます。低音域もかなり深く下に沈み込み、高域はどこまでも伸びていくかのようです。
パンチがあってロックやアニソンなど動的な曲での打楽器が気持ちよく、躍動感にたいへい優れています。かなりアンプのパワーがあってトランジェントにも優れているので歯切れが良いですね。おそらく電源の良さもあると思います。必要な時に素早く電流が出ている感じです。
またこうして歯切れの良さやパンチを強調してもきつくなりにくいのもR2R DACでPCM音源を聴くときの良い点だと思いますね。
かなりパワフルで高出力志向であることがうかがえます。どちらかというとヘッドフォン向けの設計がなされていると思います。
そこで次にヘッドフォンのHD800で聴いてみました。まずノーマルのケーブルを使って聴きます。
たしかにリファレンスとしてHD800を使ったというだけあってかなり良い組み合わせだと思いますね。HD800の独特の空間表現力がとてもよく再現され、自然で広い音空間が楽しめます。
また音の自然でリアルな再現力にちょっと驚かされます。アカペラコーラスなどはまさに耳元で本当に歌っているようなリアルさです。もちろんパワーもあって躍動感も楽しめます。HD800でパンチのあるベースや打ち込み音が出るのがちょっとすごいと思いますね。音の細かな残響、ホールトーンの表現も優れて聴こえる。
たしかにHD800とLP6Tiの組み合わせはR2R DACの面目躍如というか、リアルさがちょっとすごいレベルにあると思います。まさにHD800が生き生きとしているようで、おそらくLP6TiのDACもかなりハイエンドに近いようなレベルににあるのではないかとも思いますね。据え置きのヘッドフォンアンプでもなかなかこのレベルのDAC内蔵アンプはないように思います。
HD800の別売りケーブルを付けてみると、冷っとしていた音にやや温かみが加わります。標準のケーブルが冷たく客観的な音だとすると、こちらはより音楽的な楽しみを持った音と言えるように思います。楽器音がより美しく、ベルの音も澄んで聞こえます。また楽器音もヴォーカルも滑らかで気持ちよいですね。標準ケーブルとは使い分けてみてもよいでしょう。
また平面型ヘッドフォンとしてHIFIMAN HE580を使ってみました。これはHD800よりもやや鳴らしにくいのですが、十分に音量は取れてよい音で鳴らすことができました。ただ相性としてはHD800のほうが良いと思います。
まとめ
音質の高さは圧倒的で、間違いなく現行DAPトップクラスの一つですが、LP6Tiではダイナミックレンジやトランジェントといった性能面の高さと、楽器の音色の良さといった感覚的な良さの両面に優れている点が素晴らしいですね。特に音再現の美しさ・細かさなどDACのレベルはポータブルを超えている感じで、もし試聴会に行くときはイヤフォンで日頃聞いているにしてもぜひHD800を持って行って試してみてください。
カスタマイズは使用イヤフォンやヘッドフォン、また好みにもよるのでまず試聴したほうが良いでしょう。
わたしなら3はdefault、4は(2)、Zobelフィルターは3か4、出力インピーダンスは1か2、7は1か2、入力電圧は4か5、出力電圧は3か4にするかなと思います、まあオーダーできませんが(笑)考えるのもちょっと面白いですね。
LP6Tiはたしかに高価格も納得できるような高品質・高精度の設計と面白いカスタマイズのサービスですが、日本向けの数は少ないそうです。3/30(土曜日)にフジヤエービックで試聴会を行うそうなので興味のある方はどうぞ参加してこの音を確かめてください。