AK T8iEはベイヤーダイナミックとAstell & Kernの共同開発による高性能イヤフォンです。
構成はシングルダイナミックを採用していて、最近トレンドのハイエンド・ダイナミックの流れの一つともみなすことができます。
Astell & Kernはこれまでもハイエンドイヤフォンを販売してきましたが、JH AudioとコラボのAKR03がAK240をリファレンスとしてロクサーヌUFをチューニングしたのに対して、AK T8iEは一からの新規設計がなされています。今回はAK380をリファレンス機として使用したようですが、特定の機種に対してのチューニングというはされていないようです。
ベイヤーとAstell & KernのコラボレーションはA200P(日本ではAK10)の開発から始まり、T5pを2.5mmバランス化したAKT5p、T1 2ndをAstell & Kern向けにアレンジしたAK T1pなどが行われています。
AK T8iEもその延長ですが、特筆すべき点はこれがイヤフォンであるということです。ベイヤーは戦前から続く伝統を受け、ずっとヘッドフォンのメーカーとしてやってきたわけです。ですからこうしてハイエンドのイヤフォンを開発すると言うこと自体画期的なことと言えるでしょう。あのベイヤーダイナミックがノウハウを活かした高性能イヤフォンを開発したこと自体がAstell & Kernとのコラボの大きな成果と言えるでしょう。
AK T8iEの製品紹介ページは下記リンクです。
http://www.iriver.jp/products/product_114.php
* 特徴
AK T8iEの特徴はまずイヤフォンとして初のテスラ・テクノロジーを搭載したことです。テスラ・テクノロジーとはT1ではじめて採用されたベイヤーの独自技術です。
T1に限らずスタジオや放送局向けのプロ仕様ヘッドフォンはインピーダンスが高く設定されています。こうした高インピーダンスのヘッドフォンは音量を上げるためには大きな出力が必要で鳴らしにくくなってしまいます。そこで、鳴らしやすくするためにドライバーの磁束密度を上げて能率を高めると言う手法がこのテスラテクノロジーです。T1は1テスラを超える磁束密度をもった初めてのヘッドフォンです。これはそれまでの二倍くらいの強度です。
マグネットは大型化するため一般的な中央ではなく、コイルを囲むようにリング状に配されて、これがテスラドライバーの特徴ともなっています。
その後この磁束密度を高める手法は他のヘッドフォンメーカーでも高音質化のキーとして採用するようになり、ベイヤーでもT51pのようにインピーダンスの高くないコンシューマーヘッドフォンでも高音質化のために採用されるようになってきました。
しかしながらそれらは大きなヘッドフォンでの話であり、それよりはるかに小さなイヤフォンにこの技術を収めるには単なる思い付き以上の高度な技術力が必要となります。例えばテスラドライバーはマグネットを大型化することですから、そのリングマグネットも小型化しなければなりません。
AK T8iEではT1比で1/16もの小型化を実現したということです。その磁力はサイズを考慮するとT1/T5よりも強力なほどだといいます。
ダイアフラムは11mmの大型のもので、豊かな低音をもたらしています。ダイアフラムは髪の毛の1/5という1/100mmの薄さです。
テスラテクノロジーはまた単にマグネットを大きくするだけではなく、いかに効率的に磁束を利用するかということにも注力されています。例えばギャップ部分に磁力を集めるなどですが、これは逆に言うと磁力を無駄に外に放出しないということも意味していると言います。
ハウジングは重厚感があり、非常になめらかでキズに対しても強いクロム合金で、表面には3層コーティング(銅+クロム+企業秘密)がなされていて、鏡面仕上げになっています。
AK T8iEで特徴的なものの一つはイヤチップです。良く言われるようにダースベイダーのヘルメットのような(わたし的にはフリッツメットと呼びたいですが)非対称形のユニークなイヤチップを採用しています。これは耳への装着性を重視して設計され、チップをはめこむステムは面積を最大にして音質を稼ぐために楕円形をしています。
ケーブルシースにはKevlar素材を採用し、細くて軽いケーブルを実現しています。またTPE(熱可塑性エラストマー)によるタッチノイズ軽減も工夫されています。ケーブルは40,000回、プラグ部分は100,000回もの屈曲テストを実施したそうです。
ケーブルはMMCXでリケーブル可能となっています。Astell & Kern製品らしく2.5mmバランスケーブルが付属してきます。
もちろんAK T8iEはベイヤーのプレミアム製品らしくドイツ製で最高の機能とワークマンシップを実現しています。
* 開封と装着感
箱はこれもAtell & Kernらしく高級感を感じさせる豪華なものです。内箱にはイヤフォン本体と3.5mm、2.5mmバランスの両方が格納されていて、保証書がはいっています。
さらに内箱には側面に引き出しが設けられていて、そのなかには5タイプのオリジナルイヤーチップと3種類のコンプライイヤーチップ、そして革製のキャリングケースが入っています。ケースは箱型のシンプルなものです。またケーブルクリップもなかなか高級なものが同梱されています。
イヤーチップの装着は向きに注意する必要があります。フランジの長い方をL/Rの刻印と反対側にします。これはかなり遮音性に影響するので、チップの向きは細かく調整したほうが良いと思います。
耳への装着はカナル型と呼ばれるインイヤータイプと、耳に置くイヤフォンの中間的な装着方法だと思います。ただしきちんと装着しないと低音が出ないだけでなく、外からノイズがはいりますので装着については試行錯誤して個人のベストを見つけるのが良いと思います。
基本は大きめのチップを使い、耳に置くだけでなくちょっとねじ込むと良いように思います。するとチップのフランジがかぱっとはまるポイントが見つかるように思います。ここは人それぞれですが、このイヤフォンのツボは確実な装着方を見つけることかもしれません。
この方式は快適性が高いのもまた事実で、イヤフォンもケーブルも軽量なのと合わせて付け心地はかなり快適です。音のきつさが少ないのと合わせると長時間リスニングにも良いでしょう。
メモリワイヤーはないけれども耳に回しやすく、ワイヤーに適度な摩擦力があるので問題はないと思います。ただしチョーカー(スライダー)はきちんと締めた方が良いでしょう。
* 音質
試聴は主に開発にも使われたというAK380AMPで聴きました。基本的にはシングルエンド(3.5mmケーブル)で聴いています。
エージングなしでも耳にした瞬間にいままでのイヤフォンとは鳴り方が違うと感じられます。ダイナミックでは今までにない音で、一言で言うと余裕がある音と言う感じです。イヤフォンだけど、ヘッドフォンで聴いてるみたいというか、そういう意味で音に余裕がありますね。広がりというよりは余裕という感じでしょうか。
音自体はダイナミックらしい音で、暖かみや柔らかさがあり、ドライとか分析的という音ではありません。音が滑らかで階調再現力が高いのも特徴で、マルチBAだとこういう滑らかでスムーズな音って出ないように思います。
音はヘッドフォンで例えたくなりますが、Dita AnswerやLyraをEdition 8とするなら、AK T8iEはEdition 5でしょうか。ベイヤーでいうとT1に対してのT5pですね。
スピーカーだと良く音像型と音場型って言う分類があります。この定義自体が曖昧で感覚的なものだと思いますが、あえてこの例えを使うと、AK T8iEは音場型のイヤフォンという感じでしょうか。最近のIE800、Answer, Lyraなんかは目の前にくっきりと楽器の音の形を描き出すという意味では音像型って言ってもよいでしょう。
シングルダイナミックでここまで音世界の奥深さを再現できるのは少ないと思います。空間表現力だけではなく、豊かな情報量もその音世界の構築に寄与してますね。音の余韻が豊かで美しく、ヴォーカルが艶っぽい感じです。たっぷりとある低域も音に重厚感をもたらしています。
端的に言うと音楽的なイヤフォンとも言えます。もしかすると柔らかさとか音楽的と言うと、甘くてにぶい音質の丁寧表現じゃないか、と裏読みされるかもしれません。しかし、AK T8iEに関してはそういう事はなく、たくさんの細かい音が次々に湧き上がってくる感覚が味わえます。ただLyraなどの先鋭なタイプのダイナミックに比べると柔らかくなだらかな印象です。
AK T8iEの音を聴くと思うんですが、解像力というか情報量もとても高いんだけど、表現力をそれに頼ってなく、音世界を豊かにする補助的な意味で情報量が豊富にあると言う感じです。
AK T8iEは柔らかいという音表現がにぶいの丁寧語とは違うことだと教えてくれます。
ダイナミックだからエージングすることで甘さはだいぶ消えますが、ただAK T8iEはエージング前の音もなかなか甘い感じがプラスに働いて良いと思うので、ゆっくり楽しんで聴くと良いと思います。
もうひとつAK T8iEを聴いていて思ったのはシングルエンドとバランスでかなり音が変わり、それぞれ良いという点です。同じAK380AMPで聴いても、ケーブルを変えることで2つの味が楽しめると言う感じです。
シングルエンドだと柔らかめでふわっとした感じ、緩め、低音域はピラミッド型で重厚感があってゆったりして多め、迫力やスケール感を重視したいとき、などの印象です。
バランスにすると横方向というより奥行き感が出て、低域はよりコントロールされて抑制されるようになります。音場だけでなく音像もきちっとしてタイトになり、低音域も締まってタイトなパンチを感じます。スピード感や切れの良さも感じられます。
AK T8iEの場合はシングルエンドとバランスのどちらが良いというより好みの問題に思えます。
シングルエンドで普通に音が良いのでいろんなDAPにも合わせられるのも良い点です。
AK JrではJr特有の低域のパンチと中高域のきらびやかさを活かして楽しく音楽を聴くことができるのもダイナミックならではだと思いますね。
音が耳に近く感じられ、迫力を一層感じます。楽器再現の正確性とかキレの良さ、音の細やかさでは上位機種に譲りますが、華やかな魅力があります。なにより軽くて音が良い組み合わせです。
また、こうしてプレーヤーのグレードの差が明確に出てくるというのもAK T8iEが高い能力を持っている証拠だと思います。
Linumバランス
もともとのケーブルもわりと良いと思うけど、リケーブルしてみるのも新たな面を発見できます。
ただAK T8iEの場合はコンパクトさと独特の装着性がポイントなので、ゴツいのよりなるべく軽量ですっきりしたケーブルが合うと思います。
そういう点では細いEstron Linumシリーズが好適だと思いますし、音質的にも楽器音の明瞭感を高め、透明感をいっそう引き上げてくれるように思います。AK T8iEの隠れてた能力が聴こえてくるようです。
ただ一方でややキツさも聴こえてくるようになるので、標準ケーブルはAK T8iEの穏やかな周波数特性の調整にも一役買っていたのかもしれません。
またLinumではプラグ部分がストレートなので装着性に影響するかもしれません。標準ケーブルのプラグ部分はだいぶコンパクトに出来ていると改めて気付かされます。
* まとめ
装着が独特なので、それを自分なりにうまくこなせると、他のイヤフォンにはない情報量豊かで余裕ある上質な音世界を堪能できます。高性能イヤフォンらしい細かく緻密で、かつ迫力ある空間の両立はAK T8iEならではのものだと思います。
またダイナミックらしい暖かく豊かでパンチのある中低域も魅力です。モニター的に分析的に聴くと言うより音楽を楽しむと言う聴き方が向いていると思います。軽量であり、深く差しこまないこともあって、長時間のリスニングも快適にこなせるという利点もあります。
一方でバランスで聴いたりリケーブルすることで性能を高めていくようなポテンシャルの高さも持ち合わせています。
パッケージはAstell & Kernらしい高級感が演出され、AKハイエンドDAPとあわせて音質でも作り込みでも満足できる組み合わせとなります。
AK T8iEはダイナミック型らしいダイナミック型イヤフォンとも言えるでしょう。
世界初のダイナミック型ヘッドフォンであるベイヤーダイナミックのDT48は1937年以来ほとんど変わらず最近まで生産がおこなわれていました。それだけはじめから高い能力を持っていたわけです。ベイヤーダイナミックの初の本格的イヤフォン製品であるAK T8iEもまたはじめから高い能力を持っています。それはAK T8iEはベイヤーの長い伝統とノウハウ、そして最新の技術をそのまま凝縮した、ベイヤーの強みを活かしたヘッドフォンのミニチュアのようなイヤフォン製品だからと言えるのかもしれません。
Music TO GO!
2015年12月08日
この記事へのトラックバック