新しいイヤフォン・ヘッドフォンのブランドが誕生しました。ALOのKen Ballが立ち上げたCampfire Audioです。日本ではミックスウエーブさんが取り扱いします。
本稿はその第一弾であるハイエンドクラスのダイナミック型イヤフォン、Lyraのレビューです。
まずはKenさんがALOという確立したブランドではなく、なぜ新しいブランドを立ち上げたのか、そこに込めた思いをKenさんへのインタビューから解説していきます。
* 新ブランドCampfire Audioについて
Campfire Audioという新しいブランドについて、Kenさんは次のように答えてくれました。
もともとALO(Audio Line Out)というブランドでケーブルを作り始めたのはIEMやヘッドフォンの音をよくするための要素の一つを自分で作りたい、ということだったということです。しかし、ケーブルというのはやはり部品の一つでしかないので、次にヘッドフォンの改造を手がけました。この作業はヘッドフォンを解体して手を加えてまた組みなおすというちょっと非効率な方法です。それにくわえてそもそもドライバーや基本設計には手を付けることはできません。
それゆえKenさんはもっと根本的に自分で一からヘッドフォンやIEMを設計・製作するという選択をしました。もちろんいまはたくさんのヘッドフォンのブランドがあるので、自分ならではの考えをそれに盛り込まねばなりません。そうして自分の考えを試しながら進んでいきたいと考えたわけです。
こうして初めてケーブルを手がけた日から持ち続けてきたオーディオへの情熱を実現するというのがCampfire Audioの目的だそうです。
Campfire Audioロゴ
ALOのある西海岸ポートランドは自然に恵まれた土地でKenさん自身もアウトドア好きだそうです。このアウトドアのひとつの象徴はキャンプファイヤーの灯りです。ぱちぱちとはぜる音や揺らめく光など、このともしびは音楽にも似て瞑想的です。つまりヘッドフォンやIEMはKenさんにとって、Campfireにも似ています。そうした思いを込めて、ブランド名をCampfire Audioとしたということです。
そしてこの西海岸の夜空を見上げた時、文字通り宇宙にいるようにも思うそうです。その美しさの中にあるひとつひとつの小さな星々がCampfire Audioの製品名になっています。
Jupiter(木星)、Orion(オリオン座)そしてLyra(こと座)です。
* Campfire Audioの第一弾、Lyra
Campfire Audioのイヤフォンの第一弾はダイナミック型のLyraです。BA型のJupiterとOrionは少し後に発売される予定です。
Lyraは2年ほど前からIE800をおおよそのターゲットとして始めたということです。IE800は使用感やデザインはもちろん、なによりもダイナミックドライバーとしての音が気に入っていて、その当時は一番使っていたイヤフォンだったということです。
人にはいろいろと好みの要素があり、ダイナミックドライバーの音を好む人もいれば、BAの音を好む人もいます。kenさん自身はダイナミックドライバーが持つ深みがあって自然で疲れ感のない音が好きだということです。
また昨今の10個も12個もあるような複雑化するマルチBAの流れに対しては懐疑的で、オーディオ的なシンプル・イズ・ベスト(less is more)のアプローチをするという意味でもシングルのダイナミックドライバーを選んだということです。
もちろんBAはBAでよいところがあるので、今回はダイナミックのLyraとともにBAのJupiterやOrionも作ったということです。
基本的な紹介をすると、Lyraはシングルドライバのダイナミック型イヤフォンです。MMCXコネクタによりリケーブルができます。
なによりLyraにはユニークな特徴があります。
ドライバーにスピーカー世界のハイエンドオーディオで使われるベリリウム・ドライバー(8.5mm径)を採用したということ、音質的な見地からのセラミック・ハウジング採用、そしてALOらしい高性能ケーブルを標準ケーブルに採用したことなどです。
* ベリリウム・ドライバー採用
やはりLyraの最大の特徴はイヤフォンにベリリウム・ドライバーを採用したということです。ベリリウムと言っても削り出しではなく、極薄のPET(プラスチックフィルム材)にベリリウムをCVD(化学蒸着法)で蒸着させたものです。オーディオにおいては特性の高さから、ベリリウムがハイエンドオーディオにつかわれてきました。たとえばかつての名器であるYAMAHA NS-1000やNS-2000などです。これらはベリリウムを真空蒸着で製作していました。フォーカルなども採用していますね。
一方でベリリウムは扱いの難しい材質ですが、Lyraにおいては国際機関における検査に合格しているということです。
ベリリウムは大変硬度の高い素材であり、これを振動板に使うことで音の伝搬において不要な偽信号を排除して、結果的に高音域をより上に伸ばし、低音域においてはひずみを減らすことができます。
正確に音の信号を伝えるということはどういうことかというと、たとえばDACがアナログ信号を正しくデジタル信号に変えるように、ドライバーでも電気信号を正しく音の信号に変えるということで例えて考えることができます。ベリリウムはこの「変換」プロセスにおいて、構造的な強み、音の速さ、高い硬度(ヤング率)において形が変わりにくいため、音も正しく伝えられるというわけです。
(ちなみにCampfireではCVDによるダイヤモンド・ドライバーのヘッドフォンも開発しているそうです)
もちろんダイアフラムだけではなく、日本製のボイスコイルなど高品質部品を組み合わせてドライバーが形成されています。
* セラミック・ハウジング採用
このセラミック素材はZrO2(Zirconium Oxide Ceramic)というもので、高密度のセラミックです。これで音響室を作ることにより、解像力が高くひずみの少ない自然な音が得られます。
ハウジング(シェル)に関してはポリカーボネイトから流体金属に至るまでさまざまな素材を試したのですが、セラミックが最高だったということです。測定した周波数特性(50Hz - 20kHz)は似たようなものだそうですが、実際に聞いた時の音は大きく違ったということ。ほかの素材の音が薄かったのに対してセラミックは深くて自然だったそうです。もちろんコストは高くなってしまいますが、音質向上は十分それに見合うということです。これは実際にポリカーボネイトと流体金属でまったく同じシェルを作成して聴き比べてみた結果で、そう判断したそうです。
* ALO品質の高性能ケーブルを標準ケーブルに採用
もちろんALOらしくケーブルははじめから優秀なケーブルが標準ケーブルとして付属しています。これは高純度銀メッキ銅のTinsel Earphone cableで、普通ならばリケーブルするための高性能交換ケーブルです。
標準でついてくるのは3.5mmですが、4芯線なので音の広がりの良さが期待できます。
またTinsel Earphone cableには2.5mmのバランスケーブル版もあります(後述)。これはAstell&Kern 第二世代以降DAPやALOのCDMで真価を発揮します。
普通の標準ケーブルはPVC(塩化ビニール)被膜をしていますが、これはFET(テフロン)を使用していて、電気的にも耐久性でも優れています。MMCXプラグなどはカスタムメイドでブラスなどではなく、焼き入れしたベリリウム銅を採用しています。このためとても高い硬度を持っています。普通のブラスを使ったMMCXパーツは使っているうちに柔らかくなってはまりが悪くなりますが、このケーブルはそうしたことのない強い硬度を持っています。
* Lyraの質感
Lyraは簡素な紙製の箱に入ってきます。シンプルなパッケージですが、これはさきに書いたようにアウトドアというところからCampfireの理念が来ていますので、環境対応ということだと思います。
箱を開けると中から革製のケースが出てきますが、これはなかなか高級感あってよくできています。
ケースを開けるとまずケーブルが出てきますが、標準ケーブルの枠を超えるような高品質ケーブルがはじめからついているのが目で見てもわかります。MMCXで交換可能ですが、しばらくは必要ないようにも思いますね。
本体はコンパクトで、セラミックらしくかなりガッチリと硬い感じがします。全体的に質感は高いと思います。プラグ周りも含めてモノとしては精密感さえ感じる、という感じですね。
チップはフォームチップが二種類で、一方は柔らかくフィルター付き、もうひとつはやや硬めで高反発です。デフォルトは後者で、下記の音質はほとんどデフォルトのチップを使っています。またフォームに加えてシリコン(ラバー)チップもついています。
コンパクトなので装着感は悪くはありませんが、標準的というところだと思います。
能率はそれほど低くなく、iPhoneでも余裕をもって音量を取ることができます。
* Lyraの音質
Lyraの魅力はやはり音質にあると思います。全体的な音質レベルの高さもDita AnswerやIE800なみにダイナミックとしてはトップクラスにあると思いますが、Lyraはその独特な音再現に特徴があります。
一番初めに箱からだして聴いてみて、その独特の聴いたことがないような音再現に耳を奪われました。
これはどう表現すればよいかちょっと困るんですが、はじめに思ったのは、もし「これが新発明のバランスド・アーマチュア型ダイナミックドライバーです」と言われていたらそのまま信じたかもしれないという感じです。
ダイナミックの音ではあるけれども、バランスド・アーマチュアと比べたときにダイナミックに欠けているような細やかさ・繊細さ、たとえば弦楽器がこすれる松やにが飛ぶようなという感じの繊細さ、楽器音のエッジの鋭さをも兼ね備えているような感じです。
はじめは慣れてるはずのAK240で聴いたんですが、ちょっと驚きました。あまり独特で面白かったので、いつもならここでダイナミックだからエージングに入れるとこですが、Lyraはしばらくエージングしないで聴いていくことにしたくらいです。まずはじめの時点で十分いい音だし、音の変化をリアルタイムで聴きたいからです。後になってレビューするのでエージングしなきゃな、と思ってからしたくらい。
とくにバイオリンやヴォーカルなどでよくわかります。ホーミー(喉声)のような細かく震える特殊な唱法ではいっそうリアルさが感じられます。
Ditaがストレートなダイナミックらしい音を突き詰めていってかつ洗練させた感じとすると、こっちは今までにない感じの高品位なダイナミックの音だと思います。
レビュー的に書くと、Lyraの音はかなり高いレベルの音色表現力、空間表現の深みがあります。音のインパクトもビシッと力強くシャープで歯切れよく聴こえます。楽器音はかなり鮮明に再現されます。また音色はニュートラルで余分な着色感はありません。(たしかベリリウムは内部損失が大きく固有着色が少なかったと思います)
楽器音はとてもきれいですが、脚色的に味付けがあってきれいなのではなく、ひずみなく澄んだ音だからきれいに響くという感じです。特にピアノの音がきれいです。透明感が高く、かつヴォーカルの声はかなり明瞭に聞き取れます。
音調は明るく鮮明で、解像力がとても高いと感じられます。それはあたかもほかのイヤフォンで聴いたときには埋もれていた微小情報が立体感を丁寧に再現しているかのようです。また空間表現も深く立体感があり、独特の彫りの深さがあります。音の輪郭のあいまいさというのがありません。この辺はシングルゆえの位相の正しさもあると思います。
帯域的には高音域が強いとか、低音域が盛り上がってるとか、そうした誇張感はなく、普通に音楽を聴くのにバランス良い感じ。気持ち低音域が少し強目でロックポップを楽しく聴けるバランスで、この辺はチップでも調整できます。高域や子音のきつさは私が聞いた範囲ではあまりないと思いますが、シャープ感は強いので音源やDAPの組み合わせによっては少し出るかもしれません。そういう時はソフトフォームのチップで緩和できると思います。
思うんですけど、Lyraは音源の良さやDAPの良さをそのまま再現する感じです。これは簡単なことではなく、KenさんがDACの例を出したように、音の電気信号を音の空気の信号にイヤフォンが「変換」する際に、変換しきれない微小情報や、正しく変換できないひずみがあります。
Lyraはその間に挟まった時の濁りが極めて少ないように思います。
私であればカメラのレンズで例えたいですね。高級レンズならばシャープで歪みない像と同時に、途中の光のロスが少ないので透明感が高く濁りない絵を見せてくれます。そうしたすっきりとした細部の見通しの良さです。
DACの優れたDAPでは音再現が凄まじいのはいうまでもなく、iPhoneだとはじめは、おっiPhoneの音がこんなに良くなった、と思うと同時に、しばらく聴くとiPhoneのDACのあらがいやでも聞こえてきてしまうという感じですね。普通のイヤフォンだと再現しにくい、または埋もれてしまうようなDAC性能の微少なニュアンスを引き出す感じです。
音楽的にはロックポップ系では、インパクトが強いのでドラムやベースは歯切れ良く気持ちよく聴けます。ヴォーカルも明瞭で聴き取りやすく、ノリやスピード感もよいですね。
しかしながらLyraの真価は24bitでの良録音を再生したときです。たとえばLINNの24bit クリスマスアルバムなどです。おそらくは安易なハイレゾ主張ではない本当の音源の良さを再認識させてくれるイヤフォンの性能がわかると思います。
もちろん16bit CDリッピングでも生楽器の良録音の生々しさには感動するでしょう。ぜひ良録音を良いDAPで聴いてみてください。
美は細部に宿ると言いますが、24bitハイレゾ音源でその細部をもたらすのは拡張された最下位8bitの部分です。しかしそれは-96dBから-144dBというものすごく微細な音の成分で、引き出すのは容易ではありません。いわばなくても音楽は聴けるけれども、上質の音楽体験には欠かせない8ビット、それを引き出すのが優れたイヤフォンであり、Lyraにはそれができると思います。
* バランス化
次にもう一段階の高みに行くためにLyraをバランス化してみました。他の条件を合わせてバランス化の効果をはかるために、これにはAk380と、ALOのTinsel eaphone cable balanced(2.5mm)を使用しました。これならば線材やケーブル設計は同じです。
Tinsel balanced
実際この組み合わせで使ってみると、Lyraがバランスでこそ真価を発揮するというのがわかります。
同じタイプのケーブルでバランスにしただけですが、Lyraの表現力に滑らかさと暖かみが加わってより音楽的でダイナミックドライバーらしい魅力がわかります。より自然な音になっているようにも思います。比較するとシングルエンドでは硬さというかほぐれなさが残ってたかもしれません。
シングルエンドではわりとモニターライクな実直な側面を聴かせますが、バランスでは余裕があってその分が別な良さを引き出している感じです。
おそらくはLyraに能率とはまた別な鳴らしにくさがあって、バランスで駆動力が高くなったことでよりスムーズになるようになったという感覚でしょうか。
いずれにしろLyraにバランスはおすすめです。
* まとめ
Lyraは全体にとても完成度が高く、ダイナミックのハイエンドクラスの新顔といってよいと思います。装着感の良さはもう少しほしい気がしますが、音的には申し分がないですね。
帯域バランスよく、音場感・立体感も素晴らしく、楽器の音再現は抜群です。また独特の解像感の高さはポイントになると思います。
ベリリウムドライバーとセラミックハウジング、そしてALOケーブルの相乗効果は高いと言えるでしょう。
Lyra + Tinsel balanced + AK380
ダイナミック型イヤフォンをAK380やAK240、PAW Goldのようなハイエンド機で使いたい人にはDita Answerともどもぜひ第一選択にお勧めします。AK380の高い解像感を生かしながらダイナミック型を楽しみたいという贅沢な要求にもこたえてくれるでしょう。
また日頃シングルドライバーのダイナミックなんて、と思っているハイクラスのマルチBAカスタムユーザーにも聴いてほしいですね。Kenさんが言うようにシングルなのでクロスオーバーのないシンプルさ・位相の正しさというのもプラスであると思いますが、そうした良さも発見できるでしょう。
私にとっては新しい音の世界を聴かせてくれるという期待感があり、楽しみにAK380とカバンに入れています。Lyraを高性能DAPと良録音に組み合わせるとマジックのような凄みのある音再現を聴かせてくれます。
しかし、Campfire Audioのラインナップは一作目から全開で来たっていう感じです。まさに意欲作ですね。
LyraはCampfire Audioブランドここにありというメッセージを十分に発信してくれたと思います。
MixwaveさんのLyraのページはこちらです。
http://www.mixwave.co.jp/dcms_plusdb/index.php/item?category=Consumer+AUDIO&cell002=Campfire+Audio&cell003=Lyra&id=30
Lyraは本日から予約開始、発売日は明日(8/21)です。
価格はオープンで、市場想定価格は92,500円です。
ぜひこの意欲作を店頭で聴いてみてください。
Music TO GO!
2015年08月20日
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