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2014年05月22日

Astell&KernのAKR03イヤフォンレビュー

Astell&KernフラッグシップであるAK240向けにチューニングされたイヤフォン、AKR03が登場しました。
ベースはあのジェリーハービーのロクサーヌです。まさに最高のDAPと最強のイヤフォンの組み合わせと言えます。

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AKR03の紹介に移る前にまず今回はAKRシリーズを振り返ってみたいと思います。

* AKRシリーズとは

Astell&KernはAK100をはじめとするハイレゾDAPの他にさまざまな周辺の製品も企画しています。たとえばこれまでにイヤフォンメーカーと共同でAKRシリーズとしてイヤフォンの企画を行ってきました。これはAKシリーズのDAPに合うようなイヤフォンをユーザーに提供するために既存の機種をベースにチューニングやロゴなどのカスタマイズを行って販売するというものです。

一番初めにはFitEarと共同でFitEar F111をチューニングしたモデルAK100-111iSを販売しましたが、これはAKRシリーズになる前のことです。いわばAKRゼロという感じでしょうか。

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AK100-111iS

AKRシリーズとしての第一弾はAKR01ですが、これはファイナルオーディオデザイン(FAD)と共同でheaven IV をベースにしたイヤフォンです。音的には音響フィルタを使用したチューニングを行い、ロゴの変更をしています。AKR01はAK100をリファレンスとしてチューニングをしています。
ただし日本ではAKR01という名前では出ていません。なぜかというと、これはもともと日本の企画だった「新生活セット」のバンドル品として製造されたもので、それを海外企画として発展させたものがAKR01となったからです。

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新生活セットのheaven IVとAK100

音質的にはAKR01をAK100と組み合わせた音はバランスドアーマチュアながら高域のきつさもよく抑えられ、より重心が下がるようにチューニングされたおかげか低域も十分な量感を確保していました。初期AK100は出力インピーダンスの高さから低インピーダンスのイヤフォンと合わせた時の低域のレスポンスに難点がありましたが、それはきちんと確保されるようにチューニングされていました。またカチッとした正確なAK100の音をよく活かしていたモデルだと思います。ステンレス筐体がよかったですね。
なお「新生活セット」ではeonkyoのダウンロードクーポンとmicroSDカードの32GBがセットにされていました。


次にAKR02は同じくFADのFI-BA-SSをベースにしたイヤフォンです。これはFI-BA-SSをAK120をリファレンスとして音響フィルタとケーブルをオリジナルのPCOCCに変えてチューニングしたモデルです。FI-BA-SS自体がheaven IVに比べればレベルの高いもので、AK120用という用途にあっています。これは日本でも販売され、価格は145,000円でした。

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AKR02とAK120

私はシンガポールのヘッドフォンショウではじめてみましたが、ベースのインパクトも良いし、全体にクリアで明瞭感も高く躍動感もあります。これもBAMというFAD独自のエアフロー最適化の仕組みを持っています。

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シンガポールで見たAKR02とAK100MK2

* AKR03の登場

これまでのAKRを見てもらうとわかるように、AK100をリファレンスとしてAKR01を作り、AK120をリファレンスとしてAKR02を作っています。つまり各世代ごとのAKシリーズに合わせたモデルを出していたわけです。そしていよいよAK240をリファレンスとしたAKRシリーズが登場しました。

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それがIEMの神様ジェリーハービー率いるJH Audioのフラッグシップ、最強のイヤフォンであるロクサーヌのユニバーサルモデルをベースにしたAKR03です。
プロ用のスタジオモニターとして使われるIEM(イヤモニ)ですが、このユニバーサル版では通常のイヤチップを使いますので、耳型を取る必要もありません。耳型を使って個人に合わせて作成するカスタムIEM版のロクサーヌでは制作期間が4カ月という待ちも伝えられますが、これならば特に待ちもありません。また中古で手放すときのリセールバリューも高くなります。

私はカスタム版のロクサーヌのユーザーですが、実際に使っていてAK240は普通でもロクサーヌとの相性が抜群であると思いますが、AKR03は自らがAK240ユーザーでもあるジェリーも加わってAK240に合わせてチューニングしたということです。加えて従来ロクサーヌの可変ベースも健在ですのでさらに音を自分でも調整できます。
また、なんといっても最大のAKR03のポイントは標準でAK240用の2.5mmバランスケーブルが付属するということです。ロクサーヌは後述するように専用のケーブルが必要ですが、2.5mmバランス版はまだ市販していませんので、これは大きなポイントです。


* ベースモデルのロクサーヌに関して

まずベースとなったロクサーヌについて解説します。詳しくはこちらの私の書いたレビューを参照ください。
http://vaiopocket.seesaa.net/article/396209255.html

ロクサーヌはTHE SIRENS SERIESという新しい製品系列のフラッグシップとして位置づけられたカスタムIEMです。IEM(In Ear Monitor)とは主にミュージシャンがステージで使うモニター用のイヤフォンのことで、日本ではイヤモニなどといわれます。これは高性能なので、ミュージシャンでなくても、オーディオマニア層によく使われるようになってきたというわけです。IEMは個人の耳型を取得して作成されるカスタムIEMと、通常のカナル型イヤフォンのようないやチップを使用して誰でも使えるユニバーサルに分かれますがロクサーヌではユニバーサル版も用意されていて、AKR03はこのユニバーサル版をベースにしています。
ちなみにTHE SIRENS SERIESという名前の由来はギリシャ神話に登場するサイレーン(セイレーン)から来ています。

ロクサーヌではまず、バランスドアーマチュアドライバーを片側で計12基も搭載した点がポイントです。バランスドアーマチュアはダイナミックに比べてより細かな音を出すことができますが、帯域特性が広くないのでマルチユニットを合わせて高性能イヤフォンを設計するのが一般的です。
ロクサーヌは低域、中音域、高音域に分かれた3Wayですが、各帯域ごとに4基のBAドライバーが採用されています。これは1ユニットで2個ドライバーのデュアルユニットを2ユニット組合わせているようです。それが帯域ごとに3組あるので計12基というわけですね。これによってひとつのドライバーの負担が軽減されてよりゆがみの少ない正確な音が再現できます。このためロクサーヌはイコライゼーション無しに23KHzまで周波数特性が延びた初めてのイヤフォンとなりました。
JH16では4基の低域ドライバーをすでに採用していたのですが、ロクサーヌではそれを中音域と高音域にも拡張したわけです。

また各帯域の位相を極限まで正確に制御した「FreqPhase」を採用しています。
これはどういうものかというと、位相は各ドライバー間の音の遅れ・不揃いなどによるもので、位相特性を改善することで音のイメージングやフォーカス(音のピント)を改善します。低音域、中音域、高音域とドライバーが分かれている時はそれぞれから出た音に時間特性の違いが起きます。低域から出た音は遅れ、高音域から出た音は早く着きます。それをイヤピースのところで同じにするために長さを調整して音導菅を作り、同時に到達するようにしたものです。ロクサーヌでは改良されたこの技術を使用しています。

またケーブルとプラグも改良があります。いままでの2ピンプラグには抜けやすくイヤピースをなくしやすいという欠点がありました。
独自開発した4 pinコネクターは、アーティストがライブパフォーマンス中でも耐えられるように設計されたものです。

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この4ピン・コネクターは従来のものより頑丈である上に、低中高の回路の信号線がそれぞれ独自に本体に接続されているので、コントロールできる範囲がより広くなっているのも特徴です。このため後述の可変ベース機構も可能となりました。
ロクサーヌはまた、低域用ドライバーをフラットから+15dBまで調節できる点でも初めてのイヤフォンです。だからどんな低域でもリスナーは自由に調整をすることができるわけです。


* AKR03のインプレッションと試聴レビュー

AKR03はユニバーサルですから、一般の箱に入って提供されます。

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AKR03はカーボンのフェイスプレートを採用しています。この辺も高級感があるところですね。シェルは半透明で12ドライバー(6ユニット)の構成がよくわかります。12ドライバーは2個ずつドライバー(発音体)が格納されたデュアルのBAユニットが並列配置で2個ずつ、一帯域ごとに組になり、(2x2ドライバー)x3wayで12個のドライバーが効率よく格納されているのが分かります。

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特徴的なのはステムの部分で、ここは以前のユニバーサルの試聴機と比べると新設計のようです。やや大柄で3穴が確保されています。帯域ごとに別のポートになるのは正しい周波数特性を得るうえでも重要なポイントです。

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この太めのステムと12ドライバーをおさめたやや大きめのシェルのために、全体は少し大柄なイヤフォンとなっていますが、装着性は悪くありません。ただ人によってはステムがやや太すぎるきらいはあるかもしれません。

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イヤチップは少ないほうですが大中小のラバーとフォームチップがはいっています。私はもっぱらラバータイプを使用しています。理由は後でも書くようにAKR03は十分なベースレスポンスがあるので、フォームだとベース過剰になりがちだからです。

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ケースは円筒形のユニバーサル版についてくるものが使われています。またシェルのロゴはJH Audioのロゴと、Astell&kernのロゴがそれぞれ左右に別々にプリントされたカスタムロゴを使用しています。


以下の試聴では主にカスタム版のロクサーヌと比べてみました。もちろんカスタムとユニバーサルではそれ自体が違いますが、ロクサーヌの純正のユニバーサル版は持っていませんし、音傾向の比較をするという点であればカスタム版との比較でもかまわないと思います。
主に標準(ミッドのラバー)チップをつけて聴いています。ケーブルは同じく3.5mmのシングルエンド(バランスでないもの)を使用しています。また使用している機材はAK240です。

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まずぱっと聞いた音質はさすがロクサーヌでかなりの音質レベルの高さを感じます。またカスタム版と同様にユニバーサルの試聴機とは音が違うことが感じられます。違いは高音域の伸びと華やかさですね。
またカスタム版と共通した音の広がりの良さ、深みがあって厚みを感じる立体感の高さを感じます。そして音再現のこまやかさ、音色の良さ・音の色彩感の豊かさを感じるところもカスタムと同じです。

違いは周波数特性です。とても整ってベースがやや強めながらフラットな感じのある標準のカスタムロクサーヌに比べると、AKR03はかなり低音域が豊かで、音の雰囲気感・空気感がより出ている全体にメリハリがついた強調感のある音になっています。これはベースを基底にピラミッドバランスの音でもあり、骨太でより脚色感があります。比較するとカスタム版はほっそりとした感じ、引き締まってより正確な感じですね。高域もAKR03の方がやや強調感があるかもしれません。
プロ用のカスタムロクサーヌに比べると、よりコンシューマー的な味付けともいえるでしょう。これはAK240がAK120に比べれば、スタジオしようというよりも、むしろハイエンドオーディオ的な音楽リスニングを目指していることを考えると方向性はあっているかもしれません。AK240自体はあまり着色感は強くありませんが、もともとバランスが良いので、こうしたコンシューマー的な味付けのイヤフォンと組み合わせることで、より音楽を楽しく聞くことができると思います。
これはたとえるとJH13とJH16にも似ている気がします。AKR03がJH16に相当します。また音圧が違っていて、ユニバーサルの方が能率が高い気がしますね。おそらくインピーダンス低めにして良い意味で柔らかく甘めの表現にしてると思います。

さらに低域を可変ベースで高めてみるとベースヘビーになりますが、音楽再生的には魅力的でもあります。なぜかというと、AKR03の興味深い点はかなり強調された音作りと言っても、破綻してるほどドンシャリではなく、全域に派手めですが、きちっとまとまった音つくりもしっかりと感じられる点です。派手なロックを聴くとベースがブンブンと唸ってドラムスがバリバリと音を立てても、次の曲のバラードではアコースティック楽器やしっとりとしたヴォーカルが普通にさらっと聴けてしまいます。キレがあるのでカッコ良く、ヴォーカルも明瞭なので、迫力はありますが丸まったダンゴ感がありません。
性能が低いイヤフォンがベースヘビーだとうるさいだけですが、ベースのロクサーヌがとても音が整っているのでこの辺がなみのイヤフォンとは血統が違うことを感じさせます。逆にもとのロクサーヌの魅力も再確認できますね。

ちょっと聴いていてAKR03はEdition7/9を思い出しました。久々にEdition7/9的な「高級ドンシャリ」みたいな感覚もちょっとあります。つまり高性能でかつモニター的でない遊び要素を持っているといいましょうか。もちろんJH13とJH16のたとえのように失われた低域をカバーする必要がある場合にモニターにも使えるのかもしれませんが、もっと楽しめるベクトルを持ったものといった方がよいでしょう。
高性能なイヤフォンはたいてい「モニター的」で落ち着いた「クラシック・ジャズ向け」なんだよなーと嘆く人に高性能だけどロックポップ・エレクトロをカッコ良く迫力満点に聞かせてくれるイヤフォンでもあります。
でもジャズもカスタムのように細身でよく切れる代わりに、AKR03は太く厚く迫力があります。現代的なジャズトリオよりはスモーキーな雰囲気が合うとは思いますが。もちろん太いといっても比較的ということで、普通のイヤフォンよりはずっと切れ味は鋭いですね。

写真フィルムではかつて富士フィルムのベルビアが派手な色再現と強いコントラストで記憶色と評されたことがあります。これは忠実ではないかもしれないけど、こうであったと強い印象で記憶に残った色、あるいはこうでて欲しいという色ですね。
ロックやジャズはこうなっていてほしい、ライブはこんなカッコよかったよな、というそうした人の記憶・願望に正しいイヤフォンがAKR03なのかもしれません。

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カスタムロクサーヌと2.5mmバランスケーブル

そしてバランスケーブルですが、今度はAKR03でバランスケーブルを使うと立体感が増すというより、音場がリアルで自然になるという方が良さそうに思います。また音が端正に聴こえるようになりますが、AKR03自体はわりとシングルエンドで迫力ある再現でも十分良いので、このバランスケーブルはカスタムロクサーヌによりよくあうように思います。
カスタムロクサーヌに2.5mmバランスケーブルを使うとヘッドフォン・イヤフォン的な不自然さが少なくより自然に聴くことができます。これはちょっと独特の音世界ですね。

*そして

というわけでレビューを書きましたが、このAKR03、なんと発売初日で即売り切れてしまいました。。これは香港でも同じだったそうですが、さすがに人気が高いですね。
ただAKRシリーズというものを俯瞰的に見てみるのもまた別な意味で、AKシリーズの世界を知る糸口になるのではないかと思います。

posted by ささき at 08:06 | TrackBack(0) | __→ JH13, JH16 カスタムIEM | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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