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2014年05月04日

JH Audioのカスタムイヤフォン、ロクサーヌ(Roxanne)レビュー

Roxanne(ロクサーヌ)はジェリーハービー率いるJH Audioのカスタムイヤフォン(IEM)の新世代フラッグシップモデルです。実のところ、このカスタムイヤフォンの世界自体がジェリーの創始したものであり、ロクサーヌにはその歴史とノウハウの蓄積が詰まっています。
そこでまずその歩みからロクサーヌに至るまでを昨年カスタムブックのインタビューをしたときの記録から明らかにしていきます。

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JH Audio Roxanne Custom

* ロクサーヌへの道

ジェリーハービーはミズーリ州のセントルイスに生まれました。空手を教えていた時にあるミュージシャンと知り合いとなり、以後深く音楽業界にかかわっていくことになります。やがてサウンドエンジニアの道を歩んだ彼はバンドのライブサウンドミキシングの世界に入り込んでいきました。そしてタスコサウンドでトップエンジニアたちとの交流の中から技術力を身につけていき、デビッド・リー・ロスやヴァンヘイレン、キッス、リンキンパークなど一流ミュージシャンのサウンドを担当しています。
そして1995年、ヴァン・ヘイレンのライブサウンドの担当をしていた時、バンドのドラマーであるアレックス・ヴァンヘイレンにインイヤーモニター(以降IEM)を使用してもらう機会を得ました。当時のIEMは未成熟でメーカーもイヤフォンよりもアンプ機材のほうに気を取られていたといいます。アレックスはそのIEMが気に入らず、ジェリーにもっと良いものを探すかあんたが作ってくれよ、といったそうです。その言葉をきっかけにジェリーはイヤフォンの開発に取り組むことになり、その時に生まれたイヤフォンはのちにUE5になりました。
アレックスはそれを気に入ってくれ、他のミュージシャンもその噂を聞きつけてジェリーに依頼するようになっていきます。そこでジェリーはIEMを商売にすることを思いつきます。Ultimate Earsという名前はツアーの最中に生まれ、それがジェリーの会社の名前となりました。
やがてUE5は業界のスタンダードになり、エアロスミスがグラミー賞授賞式の演奏でも使用したんですが、ジェリーはそれを見て感銘したといいます。ジェリーがUEの製品で気に入っているのはTriple.Fi 10 proだそうですが、やはり一番初めに生まれたUE5は格別だそうです。

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Shure E5c

この時にシェルの制作をしていたのはWestoneでした。Westoneはヒアリングエイドでは老舗ということもあったんでしょう。
ShureがIEMの開発をするという際にもジェリーが協力して、UE5はShure E5のベースとなりました。そのさいにもWestoneがシェルの設計をしていたといいます。WestoneはUEと別れた後にShureのユニバーサルを作成していた技術を応用してUMシリーズを作成することになります。
これがIEMの誕生と、それにまつわる我々のよく知るIEMの老舗であるUE、Shure、Westoneの関係です。

その後UEは大きくなっていき、ジェリーのコントロールも利かなくなっていきます。そのためTriple.Fiの開発も会社ともめながら隠れてやっていたほどだったそうです。Triple.Fi 10 proはそれまでのカスタムを母体としていないユニバーサル独自設計というユニークなものでした。
やがてジェリーは大きくなりすぎたUEを去ることになります。設計者が現役のプロエンジニアという起業精神を守るために。
これはAppleとスティーブジョブスの関係を想起させますね。アメリカではベンチャー精神と大企業のはざまではこうしたことはよくあるのでしょう。

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JH Audio JH13

その後ジェリーは自らの会社であるJH Audioを起業します。キャッチフレーズはHear No Evil。これはEvil(悪)を悪い音に例えて、Hear No Bad-Audio(悪い音は聴くな)と言う意味でつけたそうです。(ちなみにHear no evil, Speak no evil, See no Evilで日本語で言うところの、みざる・きかざる・いわざるの意味になる)
そして記念すべき初代フラッグシップであるJH13を発表します。これは2009年のHeadFiのCanJamでのことです。JH13は片側6基のドライバーを持つ画期的なIEMでした。3Wayですが同じ帯域に二個のドライバーをタンデム配置することで、一つのドライバーの負荷を減らします。これはライブ経験の多いジェリーのPAを応用した発想によるものです。
このJH13をきっかけに、IEM業界はさらなるマルチドライバー化に動かされていくことになります。

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JH Audio JH16

次にJH Audioが発表したのはJH16です。これはライブパフォーマンスを行うドラマーがステージ上で消えやすい低域を補完するために開発されました。そのため低域ドライバーを4基タンデム(クワッド)配置して片側8基としています。ひとつの帯域にドライバーを4基配置するという発想はこのままロクサーヌに引き継がれます。また消えやすい低域を補完するために低域を増強するという考え方もロクサーヌの可変ベース機構につながります。

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JH Audio JH3Aと専用JH16

この同じ帯域でのドライバーの複数配置の他にもうひとつジェリーが注力した特徴があります。それは位相の適正化です。バランスド・アーマチュアドライバーは音の細かな再現性には秀でていますが、一つのドライバーの帯域が狭いため、広帯域化するには低音や高音を別々に担当させ、マルチドライバーとすることが一般的です。
しかしながらマルチドライバーになれば、ドライバーの発する音はバラバラに耳に届くことになり時間的な(位相の)ズレが生じて音がぼけたり立体感が喪失したりする原因となります。
それを根本的に解決しようとしたのが帯域ごとにアクティブクロスオーバーを持つJH3Aです。これはもともとジェリーがUEに居た時代の特許でしたが、ジェリーがUEを離れたことで、彼がその特許を使えなくなるという皮肉なことになり、完全には実現できませんでした。

そこでパッシブに位相の問題を解決しようとしたのがFreqPhaseです。さきに書いたように低音域、中音域、高音域とドライバーが分かれている時はそれぞれから出た音に時間特性の違いが起きます。低域から出た音は遅れ、高音域から出た音は早く着きます。それをイヤピースのところで同じにするために長さを調整して音導菅を作り、同時に到達するようにしたものです。
普通は音が中心から5度ほどずれてしまいますが、これによりヴォーカルもドラムのキックもぴったりと中心に会うようになります。また位相に問題があると音が滲んでしまいますが、その問題も解決できます。

そして、これらのFreqPhase、4基のドライバー、ベースの補強という考え方を総括したものとして、最新のフラッグシップ、ロクサーヌが生まれたというわけです。
ロクサーヌはこのようにジェリーとIEMの長い道のりの上に設計されたものです。

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JH Audio Roxanne

* ロクサーヌの特徴

ロクサーヌはTHE SIRENS SERIESという新しい製品系列のフラッグシップとして位置づけられたカスタムイヤフォンです。またユニバーサル版も用意されています。AK240用のAKR03モデルにはAK240用のバランスケーブルも付属します。

THE SIRENS SERIESという名前の由来はギリシャ神話に登場するサイレーン(セイレーン)から来ています。これはいままで数字で名前を付けてきて、それに飽きてもっと楽しくセクシーな名前を付けたかったことによるそうです。サイレーンとは声の魅力で船乗りたちを岩に引き寄せてしまう一種の魔女です。もともとはギリシャ神話ですけど発音が問題なので英語名にしたそうです。
そのサイレーン姉妹の長女がロクサーヌというわけです。これは女性の名まえとしてはイヤフォンによく合うからということです。技術的なものよりセクシーな名前を付けるというのが面白いだろう、とジェリーは語っていました。
下記はJH Audioのロクサーヌ商品紹介ページです。
http://www.jhaudio.com/content/sirens-roxanne

ジェリーはロクサーヌは正しい位相で広帯域を誇るフラッグシップにふさわしいIEMと言っていました。この一言がロクサーヌの特徴を端的に物語っています。
ロクサーヌの特徴とは以下のものです。

1. 片側で計12ドライバーを搭載した「soundrIVe Technology」を採用

帯域特性、周波数特性という点では片側で計12ドライバーという点がポイントです。
ロクサーヌは低域、中音域、高音域に分かれた3Wayですが、各帯域ごとに4基のBAドライバーが採用されています。これは1ユニットで2個ドライバーのデュアルユニットを2ユニット組合わせているようです。それが帯域ごとに3組あるので計12基というわけですね。
ジェリーはロクサーヌはイコライゼーション無しに23KHzまで周波数特性が延びた初めてのイヤフォンだと語っています。それはこの帯域ごとの4基のドライバーの機構によって達成されたといいます。
JH16では4基の低域ドライバーをすでに採用していたのですが、ロクサーヌではそれを中音域と高音域にも拡張したわけです。これには内部配線にも工夫が必要でした。

2. 各帯域の位相を極限まで正確に制御した「FreqPhase」を採用

位相特性はジェリーのもうひとつのテーマです。位相は各ドライバー間の音の遅れ・不揃いなどによるもので、位相特性を改善することで音のイメージングやフォーカス(音のピント)を改善します。
ロクサーヌ開発においては、先に述べたFreqPhaseとその役割においても大きな発見があったと言います。この技術をいち早く応用したロクサーヌの位相はかなり正確ということですね。

3. 新開発のケーブルとロック式プラグを採用

独自開発した4 pinコネクターは、アーティストがライブパフォーマンス中でも耐えられるように設計されたものです。
いままでの2ピンプラグには抜けやすくイヤピースをなくしやすいという欠点がありました。スタジオでミュージシャンがイヤピースをなくすというのは一大事であり、それを避けるためには、もっとしっかりとしたプラグを持つケーブルが必要だったのです。ジェリーが作るものはこのようにまずプロユースを前提とした頑強なものですが、それらは同時にオーディオファイルでももちろんうまく使えるというわけです。

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この4ピン・コネクターは従来のものより頑丈である上に、低中高の回路の信号線がそれぞれ独自に本体に接続されているので、コントロールできる範囲がより広くなっているのも特徴です。このため後述の可変ベース機構も可能となりました。
このケーブル用パーツは技術的にオープンにする予定で、WhiplashやMoon Audioなど他のメーカーにもパーツを提供して作れるようにするつもりだということです。

4. 可変ベース調整機構を採用

ロクサーヌはまた、低域用ドライバーをフラットから+15dBまで調節できる点でも初めてのイヤフォンです。だからどんな低域でもリスナーは自由に調整をすることができるわけです。

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5. カーボン製のシェルをオプションとして採用

最近ではイヤフォンにチタンなどいろいろな素材も使われてきていますが、反面みな似たり寄ったりになってきています。
ジェリーはカーボンは金属材よりセクシーだし、ほかのメーカーとの差別化になると言っています。これは音質面よりは単にデザインの問題ですが、軽くて強固という利点もあります。
また航空機にも使用される頑丈なアルミニウムにカーボンを使用した高級感あるオリジナルキャリングケースも用意されています。

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* 耳型取得 (東京ヒアリングケアセンター大井町店)
まずカスタムIEMの注文は耳型(インプレッション)の取得から始まります。今回は東京ヒアリングケアセンターの大井町店にお願いしました。
下記はホームページです。
http://tokyohearing.jp

ここは大井町のNikon光学通り(大井町光学通り)を少し行ったところにあります。大井町店は行きづらいですが、こちらの方が予約は取りやすいという利点もあります。
東京ヒアリングケアセンターは青山店の方が有名ですが、もともとは大井町店がはじまりで、ここのおやじさんの息子さんが青山に店舗を拡張したということです。ここも超有名アーティストのインプレッション採取などがあり、青山という土地柄が大事でもあるのでそちらにも店舗を増やしたということです。この大井町店のおやじさんは某オーディオメーカーSのOBで、かなりオーディオ系にも詳しいのでオーディオ話で盛り上がってしまいました。またこの方はこの道19年というベテランでもあります。ただそれでも人の耳は千差万別なので日々勉強と話していました。

プロのイヤモニ経験も豊富なのでプロフェッショナルという点で耳型採取に関しては安心だと思います。実際に技術的にも丁寧に対応してくれました。耳の毛の立ち具合で耳型の遮音性も異なるようで、そうした点や個人の耳の左右差などかなり細かいところまで注意を払って取ってくれました。(ただしここは採取した耳型についてはウエブへの写真アップは禁止という注意事項があります)

またどこでも同じですが耳型採取に関しては下記2点を厳守願います。
1. 自分で耳型を取らない
2. 行く前に耳掃除をする

注文は国内代理店ミックスウェーブさんのホームページをご覧ください。
http://www.mixwave.jp/audio/jhaudio/roxanne.html
またこちらはフジヤさんの販売ページです。
http://fujiya-avic.jp/products/detail57784.html

いまはそれなりに時間がかかると思いますので納期は確認した方がよいかもしれません。

* 到着とファーストインプレ

だいたい発注から4カ月くらいで手元に届きました。注文したのはフルカーボンシェルにロクサーヌのロゴ入りのオプション設定です。フルカーボンシェルはフェイスプレートだけではなく、シェル全体をカーボンで成型するものです。

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フルカーボンシェルモデルは航空機グレードアルミとカーボンの立派なケースに入ってきます。
しかしロクサーヌのカーボンシェルモデルの存在感は感動的です。思わず興奮気味にTwitterで何件か写真を撮って連続tweetしてしまいました。まるでモデル撮影みたいにずっと写真を撮っていたくなった、とその時に書きこんでますが、まさにジェリーの言うとおり、ロクサーヌはセクシーです。私もいくつもカスタムIEMを注文してきましたが、出来をみて感動したというのははじめてですね。例えるとAK100とAK240のようなもので、質感と高級感で他のカスタムIEMと比べてもまるで別格に思えます。

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ちょっと高いけれどもロクサーヌをオーダーするときはカーボンオプションをオススメします。所有感・もつ喜び満足感がちがうと思います。
良くライカや時計なんかでも「持つ喜び」って表現がありますが、カーボンロクサーヌとAK240で思うのはポータブルオーディオで言われることのなかった持つ喜びという言葉が当てはまることです。従来のハイエンドオーディオにはそれがあったと思います。
ポータブルオーディオが文化という面でもそうした先達にならんだ文化の成熟に来たかという感を新たにしますね。ライカも外見だけでなく100年経ってもいまだに画質でもカメラ世界のトップクラスです。そうした外見と中身が高い次元で調和したレベルの高さがポータブルオーディオでも出てきたと思います。

ちなみにカスタムIEMとしてのフィットもピッタリです。これはインプレッションの東京ヒアリングケアセンターとJH Audioの両方がよいということですね。

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改良されたケーブルはかなり太く、これまた存在感があります。いまのところまだ交換ケーブルは他のメーカーから出ていませんが、期待したいところです。またロクサーヌは標準ケーブルでも音質は悪くないと思うので、この標準ケーブルのAK240バランス版が早くほしいところです。
またロクサーヌで画期的なのはL字タイプのプラグなのにステムが長いんでHugoでもミニプラグにちゃんとはまるところです。

* 音質検証と考察

試聴では主にAK240を使いました。断りがない限りはAK240での感想です。
まず思ったのは試聴で聴いた印象からだいぶ改良されたということです。特に高音域のレスポンスです。ロクサーヌは昨年あたりは試聴ユニットで何回か聞きました。試聴機ではやや高域が出ないという感もありましたが、この製品版のロクサーヌはそうしたことはなく、鮮明でのびやかな高音域が感じられます。これは23kHzまで伸びることをうたった主張通りに思えますね。このことはワイドレンジ感・広帯域感につながります。

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AK240とRoxanne

全体的な音質のレベルはかなり高く、フラッグシップとしての余裕が感じられます。直前まで聴いていたそれまでのフラッグシップモデルであるJH13やJH16の音質をエージングゼロの時点でも軽く凌駕しています。JH13やJH16はリケーブルしていて、ロクサーヌは標準ケーブルなのに、です。
JH13(標準ケーブル・non-FP)とロクサーヌを聴き比べてみると、JH13にしたときに音空間が小さく感じられます。またロクサーヌでは楽器がより明瞭に分離されていて位置関係が団子にならずに聞き取れます。ロクサーヌは音が濃いというより音が豊かという感覚でしょうか。それと細かいところでロクサーヌのほうがきつさが少なくなめらかな点も感じられますが、これはケーブルの違いもあるかもしれません。また全体に音楽をより正確に再現しているように感じられます。

周波数特性的にはJH13に近いと思います。フラットに近く低域がやや強調されているという感じでしょうか。これは可変ベースを調整しないデフォルトでの印象です。一般的にはデフォルト位置でベースレスポンスも十分に得られていると思います。以下音の印象は可変ベースのデフォルト位置によるものです。

ロクサーヌで聴いてぱっと一番初めに感じることは音空間の広さとスケール感の豊かさです。これはエージングされてなくてもそう思いますが、この音空間の再現力が優れているのはFreqPhaseによるものではないかと思います。私のJH13は最も初期のものなのでFreqPhaseではありませんから一層そう思のでしょう。ロクサーヌにはJH13のこじんまり感がなく、ヴォーカルの口の大きさとか、楽器配置の立体感などもフォーカスがあったピントがはっきりしてる感があります。おそらくこれで楽器の音像の解像感もエッジが立っていてより高く感じられるのだと思います。
これは上で書いたワイドレンジ感と合わせてオーケストラものを聴くときにスケール感豊かに再生できます。またジャズトリオでは切れのあるライブが再現できます。

音色の良さ、正しさ、描き分ける色彩感もロクサーヌの良さです。楽器の音の明瞭感が高く、高音域のレスポンスがよいこととあいまってとてもクリアでみずみずしい感じがします。全体的な音の濃さと濃密感はJH13に似ていて、1964Earsなどに感じられる軽いものではありません。楽器の音色はリアルで脚色なく音色の美しさを堪能できます。このリアルな感覚は解像力の高さと関係していて、情報量がとても高いために楽器の再現がリアルであると感じるのだと思います。
音の豊かさはアコースティックで複雑な要素をもった楽曲でよくわかります。単に濃いというより色彩感の描き分けに優れていて、音色がリアルです。赤ん坊の鳴き声が効果音で入った曲では思わずその方向に振り向いてしまったほどです。方向までわかったというのはFreqPhaseの威力でしょう。
様々な楽器が紹介されるマイクオールドフィールドのチューブラーベルズ後半パートの楽器音も単にきれいとかではなく、いままで気がつかなかったくすんで響きれない金属質の音色までわかります。ヴォーカルの声質も上質です。

このようにスケール感よく、JH Audioらしい音の密度感も濃いところもさらに磨かれ、AK240の音がさらに良くなるのが感じられます。AK240と合わせると掌に50万円近くの機器をにぎっていることになりますが、それに見合う音の豊かさがあります。

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また、個人的に思うロクサーヌのポイントは鳴りの良さだと思います。
音が濃いと書きましたが、JH13的なやや暗さはなく、軽快感があります。発音体が軽やかによく動くという感じです。かといって音自体は1964的な軽さではなく、濃密だが軽快という相反する要素の両立も感じられます。たとえば1964 V6SとJH13を比べた時のようなJHの重厚さは感じられるが、暗いという印象ではなく明るくはつらつとした方にやや振られている感じです。
鳴らしやすいゆえにソース機器の性能を120%出しきれて空気に伝えているという感じが味わえます。能率が高いというのもありますが、それより「鳴りが良い」と言うオーディオ用語をあてはめる方があってると思います。

これは理由の一つには4x4x4のタンデム(クワッド)ドライバー配置が利いていると思います。同じ帯域に複数のドライバーを配する手法はジェリーがUE11で低域デュアルを採用した時から試行していたようですが、二個のドライバーを採用することでヘッドルームに余裕ができて歪みを減らすことが出来るとジェリーから聞きました。
これは歪みが少なくリアルな楽器の音色再現ができるということもあるし、負担が減ることによる余裕が鳴らしやすさにもつながると思います。それを1帯域ドライバー4つにまで拡張したのがJH16の低域だし、それを中音域と高音域にまで適用したのがロクサーヌだとジェリーは言っていました。こうした並列(タンデム)のドライバー駆動はジェリーが長年携わってきたライブステージでのPA運用からもノウハウを得ているのでしょう。これによりロクサーヌはJH13より軽く明るく動くようになっているのだと思います。

そのため、ロクサーヌはアンプ二段重ねのような本格的なポータブルシステムの音を受け止められケーブルの微妙な違いまでよく再現するだけではなく、iPhone直やハイレゾDAPのようなシンプルなシステムでもその能力を発揮します。
この点で特筆すべきはやはりさきにも書きましたがAK240との相性の良さでしょう。AK240とロクサーヌの両方の高い性能がより高めあい、磨きあいます。音的にもきつさは少なく、上質であることをうかがわせます。ここはバランス再生をそのうちぜひ試したいところです。
AK100MKIIとも相性よく再生ができます、やはり音が美しくバランスが良いのでかなり上質な感覚があります。

これは須山さん曰くですが10-12kHzをいかに伸ばすかがイヤモニ設計の一つのポイントだそうです。須山さんは得意のチタン加工技術によるチューブでそれを稼いでいくようです。
作り手によってイヤモニもさまざまな考え方があると思いますが、ドライバーを二基にすれば3dBあがり、より高域特性を稼ぐことができます。また位相を揃えることで原音に揃えるのがジェリーの考え方なんでしょう。複数ドライバーで一つのドライバーの負担を減らすともども、PAの経験がベースになっているようです。23kHzをうたうロクサーヌはそこから始まっていると思います。


* ロクサーヌの新機軸

ロクサーヌではケーブルが刷新されたとともに可変ベース機構と新型プラグが導入されました。可変ベース機構は左右独立の小さなダイヤルを付属のマイナスドライバーで調整するものです。デフォルトでは中央よりややベース強めになっているように思います。左方向に回すと低域が減少しますが同時によりすっきりとした音再現になるように思います。反対に回すと低域が増すとともによりアグレッシブになるように思います。EstronケーブルのVocalとBaXの違いにも似ています。同じような考えでケーブルのインピーダンスを変えるんでしょうか。単に低域を増減するというよりも、標準のロクサーヌをもっとモニターライクにもできますし、もっとロックポップ向けにもできるという感じです。

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プラグは今回の目玉の一つです。いままでの2ピンと呼ばれるカスタムのプラグは脆弱なものでしたが、ロクサーヌではロック機構がついてより確実に止められるようになりました。これもジェリー曰く「私の作るものはすべてプロ前提で作られる」ということです。
ロクサーヌの発売された初期のころにここの部分が弱いといった批判が出ていたこともあるのですが、いまのものは強化されています。それにしても力を変な風にかけすぎてはいけないということで、ジェリーが下記のYoutubeに正しいプラグの着脱方法についての説明をしています。
https://www.youtube.com/watch?v=ZBCRR7oRM6s

それと付属品としてカスタム用のコンプライフォームがついてきました。JH Audio向けのOEM品となっています。カスタムの隙間にいれることでさらに密着性を高めるというものです。いまひとつ低域がでないというときには使ってみるのもよいかと思います。

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* まとめ

マルチドライバーIEMのドライバー数は片側2個か3個から、最近は10個、12個と大幅に増えてきています。これはあたかもデジカメの画素数競争のようなインフレーションにも見えるかもしれません。しかし、それにはさまざまな理由と方向性があると思います。
たとえばNobleのK10のように10ドライバーがあるが2個ずつデュアルは同じ帯域でペアごとには違う帯域を受け持つというものもありますし、ロクサーヌのようにデュアルをさらにペアにして帯域は増やさずに並列配置するドライバー数を増やすという考え方もあります。それはひとえに設計者の思想によるものです。  

ロクサーヌの良さはさまざまな言葉で表現できます。空間の広さ・密度感・解像力・情報量の豊かさ・音色再現性の高さ、などです。しかしながらそのポイントは鳴りの良さと正確な位相特性にあり、それが優れた空間表現力や音の再現力の高さを実現しているのだと思います。
これらは一帯域に複数のドライバーを配し、位相を正確にするFreqPhaseを採用するということで、JH13のタンデムドライバー、そして同じ帯域に多くのドライバーを並列で使うというPAの発想とそれを拡張したJH16の4基拡張(可変ベースにもつながる)、FreqPhaseモデルの位相適正化、そしてJH3の試行の線の延長にあるものといえます。いわばいままでのジェリーのイヤモニ制作とライブステージエンジニアとしての膨大な経験とノウハウの集大成と言えるでしょう。
つまりロクサーヌはイヤモニの歴史を作ってきたジェリーハービーの長い経験に裏打ちされたもので、他ではまねできないような高い完成度を誇っていると言えます。


JH Audioはジェリーがやりたいことをやるための会社です。そのためにさきに書いたように大企業化したUEを辞めてまで自分の会社を持ったわけです。将来の計画について聞いた時も、適度にぼやかしながら、うちは小回りの効く会社だから柔軟にいろいろ開発できるよ、とも言っていました。
JH Audioについてはカスタマーサポート・納期で不満の声も聞かれますが、JH Audioのシェアは全米で活動するバンドのかなり多くであると聞いています。そのユーザー数の多さと、小回りの効く小さな会社で居続けるという両立をジェリーは試行錯誤しているのでしょう。
そうまでして頑張る理由についてジェリーはこう言います。
「つまるところ、私たち誰もが音楽を愛しており、自分が設計したイヤフォンを通して音楽を聞いたリスナーが良い気分になったり、感動を得られたりすれば、私の使命は達せられたことになる。」

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イヤモニの神様であるジェリーハービーと、その集大成ともいえるロクサーヌ、それはユーザーからの支援が結実したものとも言えます。そしてジェリーはインタビューの最後にこう言ってくれました。
「ミュージシャンでもない私自身がファンを持つというのは光栄なことだ。私も彼らを失望させないような良い製品を作っていきたいね。そしてユーザーからの厚い支持のお陰で、何よりも自分がやりたいことをさせてもらっている。本当にありがとう!」
posted by ささき at 10:18 | TrackBack(0) | __→ JH13, JH16 カスタムIEM | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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