今年後半の話題はソニーがハイレゾムーブメントを盛り上げたことにあります。
ここではそのフラッグシップであるWalkman ZX1と、BluetoothにS-Masterを応用したM505のインプレッションを書いていきます。
* Walkman M505
まずはじめにWalkman M505を購入しました。前にも書いたように私はスマートフォン時代のオーディオのあり方としてワイヤレスに興味がありますので、BluetoothでS-Master搭載というところに惹かれました。つまりMyst 1866みたいにまじめに音質面を設計したBTデバイスが欲しかったわけです。
M505のBT再生は品質がよく、デジタルをS-Masterでデコードしているのでしょう。実際にかなり音はよく、従来のBTレシーバーとはレベルが違います。まじめに高性能イヤフォンで聴き込めるレベルで、Dita Answerなんかで聴いても聴き劣りしないくらいです。
M505はBluetoothレシーバーとメモリーWalkmanが一緒になったような機種で、BTだけではなく内蔵メモリもあります。そこで一番の興味はM505はメモリ音源も再生できるので、BTと内蔵メモリで同一音源を聴き比べできます。M505で内蔵メモリ再生とBTで同じ音源(WAV)で比べてみると、たしかにBTでもかなり良いですが、内蔵音源と比べてよく聞くと音のエッジが鈍っていて全体にやや明瞭感が落ちています。WAVとMP3の聴き比べにも似ているかもしれません。これはたしかにSBCの非可逆圧縮のためでしょう。こうした音質レベルの造り込みをして初めてSBCとかAPTXの話になるのではないかと思います。
Myst1866とは音傾向も異なりますが、小さい割にかなり肉薄しています。ちょっとした普及クラスの高音質DAPなみといって良いレベルだと思います。
試聴してるとS-Masterのデジタルアンプのメタリックなところが耳についちゃったりしてたんですけど、自分の音源とイヤフォンで聴いてるとそこはあまり気にならないで、むしろデジタルアンプらしいピュアで精緻な良さが分かります。
M505の問題としてはBTレシーバーとしてはやや大きく、クリップの力が弱くて重さに比して落ちやすいところです。またFLACやAppleロスレスが使えないなどいくつも問題はあります。
しかし、一番の問題はこれでちょっとZX1に興味を持ってしまったという点です。
* Walkman ZX1
というわけでここにZX1があります。
仕様説明などは省きますが、Walkman F800との相違は128GBのメモリ、コンデンサーやケーブルなどアナログ・電源系の改良、アルミ切削シャーシ、S-Masterクロックの改良などです。以前書いたZ1000からはS-MasterがMXからハイレゾ対応のS-Master HXとなり、側面に操作ハードボタンが付いた点が改良ですね。
アルミ削り出しのデザインはなかなかよいのですが、アクセントともなっているイヤフォンプラグは思ったよりもいまひとつで、CORDA QuickStepのようながっちりしたイヤフォンプラグを期待していたけれどもそうではありません。背面のふくらみはアナログ部分の改良のためですが、ここはかえって持ちやすくて良いと思います。
Z1000と同じくほとんど素のAndroidベースですが、ハイレゾ化するためにサウンド周りは手が入っているでしょう。なぜ素のAndroidでは48/16が上限で、一部のAndroidプラットフォームがそれをどう回避してるかは下記の記事スレッドをご覧ください。
http://vaiopocket.seesaa.net/category/13805095-1.html
ZX1を入手した理由のひとつには今持ってるZ1000に変わるAndroidでの新しいオーディオアプリのテスト用に欲しかったというのがあります。ただこの辺ではちょっと不満もあります。
その理由はプロセッサが古いことです。ZX1ではTIのOPMAP4をプロセッサとして採用しています。Z1000のTegra2に比べてOMAP4だとほぼ同世代のデュアルコア機なんで基本性能はあまり変わりません。ただTegra2に比べると3Dとかベクター演算性能に優れ、NEONの搭載がちょっと良い点です。
http://m.pc.watch.impress.co.jp/docs/topic/feature/20120510_531266.html
ただしTegra3に比べてはかなり見劣りします。いま時代遅れとなった初代Next7よりも今ひとつというわけです。
Neutronプレーヤーのハードウエア情報画面
ただDAPには電池の持ちを考えると、クロックも控えめなこの程度で十分と思ったかもしれませんが、WalkmanがiPod touchのような汎用機を目指すなら今一つとは言えます。DSEEの計算コストもこの程度で十分かもしれないけど、後でちょっと書くようにもっとスムーズだったかもしれません。デジタル信号処理をハードでなくソフトでやるのは柔軟性も高く良いけど、それならプロセッサも奢って欲しいところ。
Z1000に比べるとFシリーズ以降はiPhoneと同じサイズにしたのでXperiaやZ1000に比べるとバッテリー搭載余地は不利になります。そのためクロックをあげにくいというのはiPhoneと同じですが、iPhoneは低クロック64bit化のように進化しますが、こうしたDAPもどきプラットフォームは取り残されてしまいます。
本来はiPod touchのSONY/Android版と言うならば、5インチが至当だと思うし、実際にZ1000ではそうだったわけですが、今度はDAPとしてでかすぎるということでFシリーズになるわけです。
この点でちょっと中途半端感をZX1でも引きずってる気はします。操作性もDX100よりは良いけど、いま一つスムーズさにかけます。
とは言え、ZX1の主眼はあくまで音質ですからそれは置いといてあげても良いのですが、なぜ汎用のAndroidベースか、というのは問わねばならないでしょう。ストリーミング対応というのはF800では重要でもZX1ではあまり大きな比重とならないでしょう。
この辺は全くの新規設計にするというよりは、F800のグレードアップで済ませた感のするところではあります。
iPhone5SとZX1
ZX1はいままでのアンプ・DAPの中でも一番バーンインに時間かかるほうです。
だいたいのアンプって100-200時間かかるって言われても20-30時間もやればだいたい音は落ち着くものですが、ZX1の場合はこういう音かなと思った見込みの音が出るのに100時間近く、初めに落ち着いてきたかと思えるまでに50-60時間かかります。バーンインすると音のきつさだけでなくベースも落ち着きます。
落ち着くとなかなか良い個性的な音を聴かせてくれます。
ZX1の音はクールで緻密・正確、細身で付帯音が少なくピュアで、低くも高くも真っ直ぐに伸びきる音です。正負左右別の電源の改良によるものか、音場が広いのも特徴です。
またジッターかよく抑えられクロック向上の効果があるのか、歯切れよく制動の効いた音で、電源向上の効果もあるかもしれません。やはりアナログ部の改良が効いていると思います。デジタルアンプとはいえ冷たく無機質になりすぎていない点は良く作ったところだと思います。そのためさきに書いたようにじっくりとバーンインが必要です。
そしてZX1のハイライトはフルデジタルアンプのS-Masterです。
よくWalkmanのDACはなに、という質問がありますが、S-MasterのDACはS-Masterですね。S-Master自体がパワーDACとかフルデジタルアンプともいうべきもので、DACとアンプが一体型です。簡単に言うとPCM/PWM変換機能付きのデジタルアンプ、という感じでしょうか。もっともWalkmanの場合は正しくはPWMではなく、SONY改良のC-PLMです。もう少しいうと、D級増幅というもの自体デジタルでもアナログでも実現できるので、本来はデジタルアンプというよりスイッチングアンプと言った方が正しいとは思います。ですのでもう一度言い換えると、S-MasterはPCMからC-PLMへの変換機能を持ったスイッチングアンプと言えるでしょう。
ZX1のS-Master HXはカタログ的にいうとモバイルに特化したS-Master MXにハイレゾ機能を加えたものです。普通S-Masterはワンチップになっていると思います(ASIC?)。
Walkman F800とコアのS-Master HXは同じですけど、ワンチップ化したものを別版にすると金がかかるので同じにしたとは言えるでしょう。その代わりアナログ部分のグレードアップと容量追加を行ったわけです。Walkman F800でもし128GB版があれば5万超えになると思うので、それを考えると2万数千円でアルミ切削シャーシとアナログ部の改良は文句のないところでしょう。またS-Master自体もZX1ではクロックの向上などを改良しているようです。
もう一つのZX1のポイントはDSEE HXです。これはサンプリングレートを192または176kにアップサンプリングすると共に補完をし、ビット幅も24bitに拡張するというものです。
オンオフで試してみるとDSEE HXの効果はCDリッピング音源でもあるし、これはヴォーカルがかすかにため息のような微妙な表現をするときに差が出ます。たとえばSHANTIのLotus flower/Memoriseの29秒あたりのところとか、聴き比べるとDSEEオンの標準プレーヤーの方が音数が多く細かな音のグラデーションが表現できています。さらにDSEEを入れると空気感は向上してやや厚みが増すように思います。
ただしソフトウエア由来のジッターが付加されるのか、切れがやや鈍くなり軽やかさシャープさがやや減衰するようにも思えます。ここも聴き比べ(と電池の持ち)で決めても良いと思います。またDSEE設定がメニュー深いのでClearAudioと位置を変えて欲しいところです。
ヘッドフォンのEdition8を使用して、同じく薄型ハイエンドDAPのPCM1794搭載のAcoustic Research ARM1あたりで音質を比べてみると、オーディオ機器としての音の良さはARM1の方が上かと思います。ZX1は透明感に優れ切れも良いですが、豊かさとか厚みが足りないので、やはりZX1はその性格をうまく使うのがポイントでしょう。また、そこを足そうとしてHPA-2などを使うと逆にZX1の良さが劣化するので、そこはやはりZX1の単体 - S-Masterの良さを生かす方向が良いと思います。
ARM1とZX1
イヤフォンとしては反応の速いダイナミックイヤフォンとしてDita Answerが一番ZX1を光らせると思います。もう少し先鋭さを抑えて普通っぽく聴かせるにはK3003が良い感じでした。マルチBAだとJH13あたりでしょうか。
Dita Audio AnswerとZX1
ヘッドフォンではHD800でも音量は取れるけれども、あまり向いていないと思います。キャラクターとしては向いているようにも思うけれども、ちょっと分かりません。Edition8でも悪くないけど、ZX1の音の軽さが耳についてしまいます。そうじてヘッドフォンに対してちょっと弱いように思います。音量が足りないわけではないけど、ゲインを足したくなります。ゲインという概念があるかどうか知りませんが、S-Masterのその辺の問題のようにも思えます。ただ試してないけどCD900STとは合いそうに思います。
音質からいうとたしかにとても高いですが、どちらかというと、他のハイレゾプレーヤーとは音質のレベル差ではなく音の性格が違うものと考えた方が良いと思います。逆に言うと、これを感じたので買っても良いかなと思いました。それはデジタルアンプならではの音です。iQubeのDAP版、と言う感じです。
ただ音自体は低域強めで全体にメリハリがあります。ただせっかくの良い素材に化学調味料をふりかけるようなClearAudio+はなぜこれをZX1に付けたか、上に書いたことに加えて位置づけに疑問を感じるところではあります。
標準プレーヤーとNeutronの画面
プレーヤーアプリとしてはNeutronとKamertonを入れました。Rockboxは入れてません。
依然としてNeutronとKamertonと標準プレーヤーとでは多少音の差はあるけれども、Z1000のときに比べたようなNeutronの絶対的な優位というのはないと思います。むしろDSEEなどの機能でハイレゾ相当の情報量を扱える標準プレーヤーの方が、ZX1の性能を生かせるため向いているかもしれません。DSEEオフの音が良いならNeutronが良いでしょうね。
また(試聴機でしか聞いてないけど)HPA-2などと組み合わせるとアナログちっくな音になり、たしかに別の面で音は変わりますが、これだとZX1の良さを失っていると思います。やはりZX1は単体使用して、上のようにハイスピード系でコンパクトにまとめると一番良いように思います。HPA-2をつないだ方が音が良いと感じた人は、はじめからZX1ではなく別のハイエンドDAPの選択を考えた方が良いと思います。
そういう意味でもZX1はたしかに優れたところがあるけれども、唯一無二のDAPというわけではないと思います。フルデジタルのS-Masterを特徴とするDAPで、数あるハイエンドDAPのひとつにすぎません。
アナログアンプのHAP-2でつなげるなら別の選択があると思いますし、別のハイエンドDAPもあるし、別のポータブルアンプがあります。AK120なりHiFiManHM901を試聴した方がよいでしょう。他にもAK100+HiFi M8とか。
ネットを見ててもなんとなく思いますが、おそらくZX1のユーザーの多くはこのポータブルオーディオ分野に今までなじみのない人たちだと思います。ZX1ではじめてこの分野に足を踏み込んだ人は多いと思います。そうした意味ではこの分野のパイの大きさを広げているということはありますし、そうした人たちがまた別の選択を考えるきっかけになればよいと思います。それでまたこの分野は広がっていくでしょう。
* SONYの今年
これは個人的な視点で気がついたけど、今年はカメラも含めてSONY製品をいっぱい買ってます。つまり上で書いたことは逆も言えます。従来SONY製品のファンがZX1で本格的なポータブルオーディオのマニアック世界にはまるように、いままでSONYを買ってなかった私のようなマニア系の人がSONYを買ってます。
今もα7Rにちょっと興味惹かれてます。考えてみるとZX1、RX1と言ったSONYのマニアックハイエンド製品を両方持ってる人は珍しいかもしれません。ちなみにRX1のレビューはこちらです。
http://vaiopocket.seesaa.net/article/364970256.html
SONY RX1
RX1はズームに慣れた人には使えないでしょうし、QX100なんかは欠点だらけだけど他にない製品です。そういうのがいいんです。
RX1なんかは半年使ったけど、まだ凄いと思うし、持ち出すたびに面白いって思います。DP3Mと持ち出すと画質は一長一短ではあるので両持ちしたいことはあるけどカメラとしては別物です。DP3Mはセンサーにシャッターを付けて箱に詰めた機械だけど、RX1は紛れもないカメラです。
シグマもカメラメーカーとは言えないレンズメーカーではあるけど、SONYもミノルタ吸収したとはいえ家電メーカーです。しかもRX1は実装技術その他で家電メーカーの強みも活かしてるし、ちょっと脱帽のところはありますね。
また最近のSONYで良いと思ったのはα7用のFEレンズ群が、ツァイスというプレミアレンズなのにあえて明るさを抑えているところです。
35mmなら35/F2が売れ線だけど地味レンズの代表の35/F2.8にしてますし、50mm標準はF1.4ではなくキット入門レンズの代表のようなF1.8です。またあえてダブルガウスでは50mmよりもっと設計が楽な55mmにしてるのもポイントです。
これは小型のα7に合わせたコンパクト化ということもありますが、あえて性能を高めるために半段から一段暗くするというのは、いままでの国産レンズではなかったことです。そもそも明るさが売りだったのは戦前のゾナーF1.5の時代にISO10程度しかフィルムの感度がなかったからですね。それをISO100000の時代にまで引っ張ってるってのはどうなんでしょうというのもあります。でもそこには明るくないとカタログでアピールできないから売れない、という理由がありました。
暗いレンズは特に球面収差などレンズの性能を低減する諸収差補正の必要が大きく軽減されるので本来高性能レンズに向いているのだけれど、考えると不思議なことに明るいレンズの方が性能が高いイメージがあります。これはメーカーが暗いレンズだと売れないということで、暗いレンズは低価格の普及品にして、カタログスペックを宣伝できる明るいレンズにコストをかけて高付加価値にしていたからです。
いままでそれをやらなかったのはライカですが、ライカでズミルクス(F1.4)よりズミクロン(F2.0)が高性能レンズ・名玉として有名なのはそういうことです。同じコストをかけて設計したら暗いレンズの方が光学性能は高くなります。これは本来は普通のことなんです。
いままで国産のカメラメーカーができなかったのは、その普通のことです。だからツァイス銘のプレミアムレンズの明るさで抑えるっていうSONYのやり方は注目に値すると思います。
これはオーディオ製品でも同じことです。みなが買うWalkmanだからこのくらいの値段にして、そこから性能を逆算する、だからこの程度の音質でいいだろうというやり方ではなく、あえてそこを度外視して音質ありきでコンデンサーやワイヤーにまで細かく気を配って設計しているというのは、本来はオーディオ製品ならそうすべきことです。それがZX1の良さです。
たぶん最近SONYがよくなってきたと感じるのは、本来当たり前にすべきことを当たり前にやるようになってきたから、ではないでしょうか。
Music TO GO!
2013年12月30日
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