CHORDというとQBD76や、かつて知られたDAC64のようにハイエンドオーディオの代名詞の一つで、ヘッドフォン世界からはやや遠い存在でした。しかし、今回そのCHORDがポータブルヘッドフォンアンプを開発しました! その名もHUGO(ヒューゴ)というもので、入力はすべてデジタルで行う超高性能DAC内蔵ポータブルアンプです。入力は384kHz PCM、DSD 128、そしてBluetoothにも対応します。
画期的な点はCHORDはHUGOをCodetteシリーズのようなコンシューマ向けの安い製品ではなく、CHORDでも最上クラスを意味するリファレンスグレードの製品として考えているということです。
ほかのオーディオメーカーでもエントリークラスとしてヘッドフォンやPCオーディオ製品を出すことはよくありますが、CHORDではHUGOをリファレンスグレードであるとしています。理由は後で分かってくると思います。
HugoのDAC部分はQBD76やDAC64ではおなじみのパルスアレイDACを採用しています。ESSやWolfsonなどの出来合いのDACチップではなく、FPGAで構成されたカスタムメイドのDAC回路です。しかもこのパルスアレイDACは新世代のもので、スペック的にQBD76をさえ上回る点もあります。ポータブルで、ですよ。またポータブルにも適合できるように特に低消費電力に力点が置かれています。
ちなみにHugoという名前はYou Go(ユーゴー)というところからきた英国モンティパイソン流の英語のごろ合わせです。これはWherever you go(あなたのいくところ、どこへでも)というところから来たもので、ポータブル製品を表しています。
* Hugo発表会とCHORDのこれまでとHugo開発の背景
本日はCHORD社から創始者であり開発チーフでもあるジョンフランクスが来日して、プロトタイプを持参してのデモを行ってくれました。
また、私がインタビュアーとなっていくつか質問をしています。その内容はフジヤさんの動画で後に公開予定です。
本日が一般にはワールドプレミアになります。ただし本日はプレビュー的なもので、正式な発表会は後で開催されます。本日持参してくれたのはプロトタイプで、情報も開発段階のものですので念のため。
ジョン・フランクスはChordの創立者で、もともと航空機開発の電源開発に関わっていました。話を聞いてみるとコンコルドなどにも関わっていたようです。
CHORDには他社と比較するのではなく、自分で最高のものを開発するという哲学があるということで、自分たちが目指すものは高品質でありハイエンドと位置付けられているとのこと。製品はオペラハウスのPA用のアンプとして数百台も採用され、自然な音再現が評価されているそうです(下の写真)。
CHORDではジョン・フランクスは主にCHORDのコンセプト全般とアナログまわり関係を担当していて、ロバート・ワッツはデジタル関係を担当しています。ロバート・ワッツとはスタジオに出入りして出会いました。彼はDAC開発をしていてユニークなゲイトアレイを使用した市販品のDACチップではない、それらを超えるDACを開発していました。これがのちのFPGAを使用するパルスアレイDACになります。
上の写真ではジョン・フランクスはDAC64の基盤を持って説明しています。右はDAC64の基盤です。
当初のDAC64では音は良かったが熱くなるのが難点だったということ。QBD76はさらに進化したFPGAにより性能があがり熱効率と消費電力は改善され、QBD76は発熱しなくなりました。これはFPGAを使ったDACのメリットでありムーアの法則で良くなって来たというわけです。
さらにFPGAのサイズメリットを生かすためにコンパクトなQuteHD/EXが出てきました。
この辺りで最近は若者はあまりハイエンドは買わなくなったということも合わせて、なにができるかを考えていたということ。そこにソニーが出した例のDAC付きヘッドフォンアンプ(HPA-1)に考えさせられ、我々もできるのではないかと14ヶ月前にロバート・ワッツに相談したということです。
そこでロバート・ワッツは新しいFPGAのXilinx Spartan-6を使うアイデアを持ってきました。これはQuteのものより高性能で低消費電力でした。性能面でいうと、各機種のタップ数(処理の細かさ)はだいたい次のようになります。
DAC64 1024
QBD76 17000
Qute 8000
Hugo 26000
タップ数が増えるほど処理能力は上がります。つまりQuteにおいてはQBD同世代のFPGAを採用してQBDのスケールダウン版だったのでいったん処理能力は下がりましたが、最新のFPGAを採用したHugoはQBDより性能が上がったわけです。ここにCHORDが自信を持ってリファレンスクラスという理由があります。
性能面でいうとなんと、HugoはTHD -140dB(DRもほぼ同じ)を達成しているのです!
ポータブルで、ですよ。据え置き高性能DACでも100dB越えたら高性能でしょう。ジョンいわく「ロバートから提示されたものを見た時は、まるで他の惑星から来たようだと思った」です。
さらにHugoではFPGAのあまりあるパワーを使ってFPGAでデジタルボリューム(32bit)を作りました。これも高精度なタップ数ゆえにロスはほぼ皆無ということです。ボリュームは光学エンコーダで読み取られます。
上の写真はHugoの内部画像です。右と左端のバッテリーが大きいのがわかります。
* Hugoと最新技術
CHORD社の製品の特徴はパルスアレイDACやWTAフィルターのような先進的なデジタル回路と、SMPSのように強力で高品質のスイッチング電源が特徴です。
また航空機グレードのアルミ切削のシャーシもこのクラスのオーディオには欠かせません。そしてHugoはこれらのすべてを備えた生粋のChord製品です。妥協はありません。ビーズブラスト(サンドブラストより細かい)処理による表明仕上げも特徴的です。
実のところ限られた電源を有効に使わねばならないポータブルではこのCHORDの効率の良い電源が有効で、CHORDはポータブルにも通用できる要素技術を持っていたと言えるかもしれません。
そして、CHORD製品をポータブルにするのに必要なもうひとつの要素技術は低消費電力です。この新たな第6世代のパルスアレイDACでは特に低消費電力に重きが置かれています。
例えばDAC64では、4つのXilinx 100,000ゲート・ロジック・アレイFPGAが搭載され、それぞれ3.3V/8Wのパワーを供給する必要がありました。それは人の体温くらいに発熱する効率の悪さでした。
HUGOに採用された第6世代Xilinxは0.7V以下になっています。HUGOには1個(*初出時2個と書きましたが1
個です)の低消費電力のXilinx Spartan-6が搭載されていますが、バッテリー・パワーを効率的に運用するために超高効率スイッチング・レギュレーターを採用し、これらの1.2MHzスイッチング・レギュレーターとともにスイッチング・ノイズから完全に解放され、負荷の高い再生状態にあっても電力消費は低く抑えることを可能にしています。
もちろん性能面でも向上が図られています。CHORDでは独自のWTAデジタルフィルターも自慢の技術ですが、HUGOのWTAフィルタリングでは16個のカスタム・デザインDSPコアが208MHzのスピードで動作して26,368タップもの高精度でWTAフィルターを実装しています。さきに書いたようにDAC64ではわずか1,024タップの精度ですし、なんとこれはあのQBD76より1.5倍も上回ります。設計者自身ここまで可能とは思っていなかったが、実現できたと語っています。
これによりTHD -140dBというポータブル機材ではありえないような、というか据え置きハイエンド機器でもほとんどみないようなレベルの数値が実現できているということです。
まさに最新のデジタル技術が惜しげもなく採用されていて、いままでのポータブル機材とはあきらかにレベルが異なるのが分かると思います。
いままでは据え置きで使い古された技術をコストダウンしてポータブルに導入と言うケースがほとんどだったと思いますが、このHugoではまさに据え置きホームオーディオでもないような最先端の技術が採用されています。それがリファレンスクラスです。
* Hugoの仕様
ここでHugoの仕様をまとめたいと思います。
ケースはいままでのCHORD製品同様にCNC切削による航空機グレードのアルミシャーシです。入力はデジタルのみで光(TOS)入力、SPDIF入力、USB入力(2系統)、そしてBluetoothです。
光(TOS)入力は192khz対応で、SPDIFは352/384kHzまで対応しています(両方とも24bit対応)。USBは2系統あって、ひとつは48kHz/16bit専用のもので、こちらはスマートフォンやタブレットでの利用を想定していてドライバーレス(USB Class1)です。もうひとつはPC/Macからの接続を想定したHD入力のもので、こちら352.8/384KHzで32bit入力まで対応していますが、カスタムドライバーのインストールが必要です。
確認しましたがスマートフォン用USB入力はバスパワーではなくセルフパワーですから、USBはiPad/iPhoneからも受けられます。実際につないで確認しました。
もちろんDSDに対応していて、DSD128(5.6MHz)にも対応しています。DSDネイティブ再生にはDoPを使用します。BluetoothはApt-Xに対応したものです。金属のシャーシだけれどもプラスチックの窓を設けてアンテナ効率を高めています。高性能オーディオではまだBT対応も数少ないですが、やはり個人的にはスマートフォン・タブレット時代のポータブルオーディオではワイヤレス対応が必要であると考えています。
またCHORDはQBD76も含めて伝統的にBT技術をも探求していてその成果のひとつとも言えます。BTは完全ではないが、進化を続けているというわけです。
出力系統はミニヘッドフォン端子(3.5mm)が2つ、標準端子(1/4インチ)がひとつあります。またRCAアナログ出力が一組ついていますので、DACとしても使えます。実際にCHORDのハイエンドアンプのシステムとつないでライドーの新型スピーカーで鳴らしましたが、据え置きに勝るとも劣らない音質です。これだけの音質のものですので、ぜひとも家でも使いたいものですし、多くの人にとっては"My first CHORD"となるでしょう。
入出力とサンプリングレート、ボリュームレベルは多色のLEDで示されます。サンプリングレートはCHORD独特の窓で、ボリュームレベルはボリュームノブが光ります。
またこれもさきに述べたように、HUGOにはデータロスを最小限にした先進のデジタルボリュームが内蔵されています。またクロスフィードも内蔵されているようで、これはデジタル領域で動作します。
電池の持続時間も気になる人は多いと思いますが、電池はこのスペックにしては長時間の12時間も動作します。製品化までにはさらに伸ばしたいとのこと。フル充電時間は2時間で済むそうで、1時間充電で通常の使用は可能と言うこと。
アンプセクションはデジタルではなくアナログアンプです。アンプ部分も充実していて、後段はディスクリートバッファでパワーも十分あります。8Ωのヘッドフォンもドライブできるのでスピーカーでさえ鳴らせるということです。
* Hugoの使い方
秋のヘッドフォン祭に間に合う予定もあったのですが、万全の体制で臨むため時間を取りました。前回のポータブル研究会でジョンフランクスが来場したことを伝えましたが、あのときも日本のポータブル文化を視察していって、同時に必要な仕様の見直しをはかったりもしています。光やSPDIFなどを含めたデジタル入力の充実も日本のファンがポータブルでデジタル入力を先進的に使っているのを見越しての改良点です。
下の写真はAK100と光接続したHugoです。
このようにHugoは光入力やSPDIFミニ端子もついていますので、光出力付きのAK100やSPDIF付きのAK100 B-specなどさまざまなデジタル出力を持ったプレーヤーと組み合わせることができます。
また、44kHz専用USB端子があるので、スマートデバイスのiPhoneやiPadとカメラコネクションキットを介してUSB接続でデジタル出力を出せます。またAndroidともUSB OTGを使えば接続可能でしょう(未確認)。
またBluetoothの搭載はスマートフォンをケーブルから開放して真の自由さを謳歌できます。もちろんBTチップ内蔵のプアなDACではなく、超高性能のパルスアレイDACを使用していますのでおそらくBluetoothというものを見直すことでしょう。
もちろんPCやMacからは(超)高性能のヘッドフォンアンプ付きのDACとして使用できます。このくらいのレベルならばたいていの据え置き機は勝負にならないと思います。
アナログ入力はありませんが、そもそもHugoはDACがポイントですし、多くのソース機器の出力を大きく凌駕しているで必要はないですね。
Bluetoothワイヤレスやタブレット専用44kHzUSB入力など、いまからの時代を見越しての設計、そしてユーザーがどう使うかを考慮した設計がなされていると思います。
ボリュームは表面の丸いノブで音量を上げると色が変わります。丸窓もQuteHDのようにサンプリングレートで色が変わります。iOS7のiPhone5でもカメラコネクションキットで再生ができました。
試聴は短時間ですが、Edition 8とHD800で聴きました。
音は端正で澄んだ音であり、雑味がなく伸び切っています。粗さがなく上質でキレが良く正確さを感じます。また高解像度ですが自然であり、滑らかで荒さがありません。DAC64のイメージかもしれません。
アンプ部分もなかなか出来がよく、痩せた感じはなく豊かな感じですね。据え置きなみの音と言って良いと思います。ベースやドラムスのインパクトやキレの良さは言うまでもなく、かなりパワフルでHD800をグイグイとひっぱってドライブします。それでいて音が上質で高級オーディオらしさがあります。
下の写真のようにHugoをスピーカーオーディオにつないでパソコンからUSB DACとして音楽再生しましたが、据え置きDACと変わらないくらいのレベルの高い音でした。これも驚きです。
高解像力でかつ自然な音、それが高性能オーディオの証明でしょう。
なおケーブルもスマートフォン対応を含めて始めからいろいろと付属してくるそうです。
* Hugoがもたらす世界
最近はポータブルオーディオもさかんになり、ハイレゾ対応も含めてオーディオ製品としての品格が求められるようにもなってきました。
Hugoは価格的には予価は約英1000ポンドとポータブルとしては高価格ですが、これは途中過程をちょっと知ってる私からするとバーゲン価格と言って良いと思います。ほとんど儲けはないでしょう。すでに書いてきたことを見ていただければ、内容的にもそれは納得してもらえると思います。
Hugoはいままでにないグレードのポータブル製品と言えると思います。それを出すのがCHORDの矜恃です。
ポータブルオーディオの世界がHugoの登場でより上に拡張されたとみるべきでしょう。まさにリファレンスクラスのハイエンド・ポータブルオーディオです。
ジョンフランクスはCHORDの強みは完全を望む情熱であると語っています。
いままでのポータブルアンプは「最高の音質を追求しました」とか「コスト的に妥協しませんでした」といっても、ある枠があってそれを超えない範囲でのことだったと思います。ハイエンドオーディオメーカーのCHORDの参入によりその枠は広がり、HUGOはその枠を超えています。
HUGOはポータブルオーディオが安かろう悪かろうという世界から、真にスピーカーオーディオに比肩するようなオーディオ世界の仲間入りをする一歩となる歴史的な機器となるでしょう。
しかし、とうとうポータブルオーディオの進化はTHD -140dBという域まで達した最新のパルスアレイDACを採用したポータブルアンプまで登場するに至りました。ポータブルオーディオだからこそ、小型化への必要性がその進化をプッシュしたとも言えるかもしれません。
ポータブルオーディオはガレージメーカー主体から大手メーカーの参入に発展し、いまやハイエンドオーディオメーカーも参入しました。来年からのこの世界にますます期待が高まります。
最後にジョンが語ったことを紹介します。
"なぜ日本を初めの発表の地に選んでくれたのですか?"という問いにはこう答えています。
「日本は技術においても世界をリードしているが、モバイルオーディオ界でもそう思っている。日本のユーザーの質は高く、日本でまず評価して欲しいと考えた。」ということです。さきのDita Audioのダニーも同じことを言っていましたが、いまや日本のユーザーの熱意が世界から注目されています。
そしてジョンは最後にこう結んでくれました。
「みなさんが私の子供であるこの製品を好きになって欲しいと思います。人は40年前にステレオに驚いて音のリアルさに満面の笑みを浮かべました。ぜひこのHugoでまた同じように驚いて笑みを浮かべて欲しいと思います。」
Hugoは2014年CESで正式に発表され、2014年前半に販売が開始される予定です。
Music TO GO!
2013年11月27日
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