Music TO GO!

2007年03月22日

グレングールドは電気ピアノの夢を見るか?

「君は砂漠を歩いている」
「どこの?」
「それは関係ない、どこかの砂漠にいるんだ」
「なぜ?」
「理由は何でもかまわない、そこにカメが現われる」
「カメだって?」


- 映画「ブレードランナー」より
フォークト=カンプフ検査(人間とネクサス6の区別をする試験)の部分


機械はどこまで人にせまれるのか?
もしコピーがオリジナルと同一であったならば、その違いはなんなのか?
SFのテーマであったこうした問いかけがいま現実のものになったのかもしれません。
3/21に発売されたZenphの自動演奏による「ゴールドベルク協奏曲の再創造」は演奏を楽しむというほかにもちょっとそうしたことを考えさせてくれます。

今回のシステムですが、まずグールドの55年マスターテープをZenph社のソフトウエアで解析します。
ソフトウエアでは読み込んだ信号から雑音とピアノの音を分離して、強さ・音程・アーティキュレーション(スラーなど音のまとまりの単位)・ペダリング、さらには鍵盤をどういう角度で叩いているかまで解析できるとのこと。その結果を膨大なMIDIデータにして出力し、それをYAMAHAのDisklavier Pro自動ピアノで自動演奏します。ちなみにハンマーの打弦するタイミングは100万分の1秒の精度だそうです。
プログラマはジョン・ウォーカーというピアノの学位とソフトウエアの博士号を両方持つ人でグールドの大ファンだそうです。演奏は昨年の9月25日のグールドの誕生日に行われました。録音は5chのSACDとダミーヘッドを使ったバイノーラルの録音をしました。

まずオリジナルの55年録音と81年録音の大きな違いは演奏のスピードにあります。55年録音ではテンポが非常に速くエネルギッシュに聴こえます。
反面で55年録音をベースに81年録音を考えると、速い曲(たとえば2トラック目)では3割くらい遅くなった程度ですが、遅い曲(たとえば1トラック目)では2倍の時間をかけています。つまり速い曲はやや遅く、遅い曲はかなり遅くと、曲によって使い分けているところが81年の熟練が見えるところです。
次にこのZenph版と55年録音を比べてみると曲の長さはまったく同じです。
このことからもZenph版ではかなり正確に55年録音をコピーしているというところがわかります。

次に音のレビューですが、わたしはCD層を聴いていますが、ハイブリッド盤のCD層はあまり音はよくないと思うので正確なレビューというわけではないかもしれません。実際にピアノの音の鮮明さは81年録音のリマスターもののほうが少なくともCDで聴くには上だと思います。
ここはちょっと残念ですので、個人的にはHDCDでCDのみの盤をだしてほしいところですね。

ぱっと聞いた印象は、55年録音を81年のグールドが弾いているという感じがします。
オリジナルのスタインウエイと今回のヤマハではピアノ自体がちがうこともあるでしょうけど、荒っぽさがなくてわりと丁寧に聴こえます。
ハミングがないのはいいのか悪いのかわかりませんが、ちょっとさびしい気はしますね。

バイノーラル録音では実のところ、バランス駆動ヘッドホンで聴いても、ポータブルで聴いても、おっと驚くほどのリアリティはないんですが若干の音場の変化はあります。


全体にCD専用機では音質でちょっと不満もありますが、演奏の忠実度という点では驚きますね。一般的な自動ピアノというイメージではなく、人間が弾いているとしか思えません。
たしかに上に書いたようなわずかな違いはありますが、それもプログラムを変えればなくなる程度のものかもしれません。そうすると冒頭の問いに行き当たるわけです。
人(グールド)と機械(Zenph)の違いはなにか、ということです。

グールドは何回もリテイクして録音をしたそうですが、Zenphのプログラムは当然ワンテイクだけでしょう。逆に間違ったテイクをプログラムが解析してもなんの疑問もなく機械はそのテイクを演奏するでしょう。機械は間違いを犯しませんが、間違いの意味も分かりません。
そうしてみると、間違いを犯すと言うこと、そして間違いの意味を考え、それを乗り越えるために納得するまで繰り返す向上心、上を目指し次を造る気持ちというのが、人と機械の一番の違いなのかもしれません。
ピアニストは単に音符をなぞってコピーしているのではなく、そこに自分を表現しているわけです。

ちなみに自動演奏するピアノのことを英語では「プレーヤー・ピアノ(Player Pinano)」といいますが、アメリカの文明風刺作家であるカート・ヴォネガットが文明社会を風刺するために書いた小説のタイトルが「プレーヤーピアノ」というのも面白い符合ではあります。

Reality is that which, when you stop believing in it, doesn't go away.
- Philip K. Dick


posted by ささき at 20:28| Comment(2) | TrackBack(0) | ○ 音楽 : アルバム随想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
既に化石と化したMIDI規格は名前ばかりで、各社ののシーケンサーソフトは規格の10倍以上の精度で動かしていますし、いい加減何とか規格整備をして欲しいと思うこの頃です。

YAMAHAの一番正確なレコーディングは鍵盤の押す速度まで記録すると聞いています。それでも完全再現は難しいと言われていますが。。生ものですし、キリがないないですよね。(^^;
Posted by rabbitmoon at 2007年03月23日 12:25
ラビさん、どもども。
わたしはMIDIは詳しくないですが、普通のMIDIとは違うといっていたのでそうしたメーカーで拡張されたなにか記録方法を取っているのかもしれません。Desclvier自体も市販のものか、Zenph用のカスタムかというところまでは分かりません。
Zenphに関しては打鍵を記録するのではなく、音のデータから解析するのでなにか微妙なレイテンシーや差異のようなものも補正しているのではないかと思います。
Posted by ささき at 2007年03月23日 21:12
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック