昨日はShureの新フラッグシップイヤフォンの発表会に行ってきました。
今回発表されたのはSE846という3Way 4ドライバーのモデルで高域1、中音域1、低域2のドライバー構成です。
プレゼンはイヤフォン部門のマットエングストロームとショーンサリバンによって行われ、技術解説は主にショーンサリバンによって行われました。いままで5xxだったのになぜ8xx?という問いに対しては特に意味はないけどすごいのができたから8にした、ということでした。
ショーンサリバンとマットエングストローム、右はショーンとSE846
今回の製品に関するひとつのキーは新技術ということです。プレゼン的にもかなり濃い技術的な解説が満載でした。下はShureのポリシーに関するプレゼンです。フラットというのはスタートであってゴールではないということなどが語られました。そして新技術のキーとなるのは下記でも書かれていますがイヤフォンの物理的な制約です。そうして生まれたのが今回の新フラッグシップであるSE846です。開発には数年を要したということ。
ティーザーのシェルのサイズから4ユニットになるのは事前に噂されてたんですが、予想外だったのは新機構の低域ドライバーのローパスフィルターです。席についてリリースを読むと、あれ、このローパスフィルターってFitearパルテールの考え方と似てる、ということに気が付きました(ローパスはつまりハイカットということ)。実際にイヤフォンにはサイズ的制約がある、という点からマルチウエイでのネットワークの最適化を図るという発想は同じですね。
ローパスフィルターの技術解説ではまずイヤフォンに使用される技術をエレクトリカル、メカニカル、アコースティックの各領域(ドメイン)にわけて解説されました。エレクトリカルドメインはつまりクロスオーバー・ネットワークで絵画の絵の具に例えていました。メカニカルドメインはドライバーでこれは絵画のブラシ、アコースティックドメインでこの新方式であるローパスフィルターを採用しているわけです。ここは絵画ではアーティスト自身の画力に相当するということ。
いままで低域ドライバーの領域で効果的な周波数の最適化(つまりハイカット=ローパス)ができなかったのはこの前パルテールのところで書いたのと同じでイヤフォンの物理的サイズの制約でスピーカーのようなかさばるクロスオーバーが使えないということによるとのこと。
この新設計のローパスフィルターはとても複雑な仕組みであり、構造的に最近まで作ることはできなかったとのこと。ステンレス板にレーザーカッティングされた迷路のような回廊は4.5インチ(11.3cm)の長さとなるそうです。この仕組みによって90Hz近辺からなだらかにハイカットするとのこと。90Hzというポイントは試行錯誤で決められたようです。
図の青い線はSE535のような通常のイヤフォンの低域ドライバーのもので、このように高い周波数も低域ドライバーに入ることで低域ドライバーの不得意な領域を再生してしまうことで歪みが生じてしまいます。これはつまり他のドライバーの音域とオーバーラップして中音域に悪影響を与えたりします。赤はSE846のものでゆるやかにロールオフしています。つまり他の音域には影響を与えずに低域だけ担当すればよいというわけです。
もう一つのポイントは音の個性を変えるために交換式の音響フィルターを採用したということです。これは交換式のノズルインサートという機構を採用しています。このノズルインサートは高域ドライバーと中音域ドライバーの経路だけに関係します。ここで1kHz-8kHzにおけるサウンドを調整します。これは2.5dB程度の違いがあるようです。このフィルターの後で低域ドライバーのローパスフィルターから出た音と合流するとのこと。
この精密なノズルインサートの交換については下記のHeadFi-TVの中で実際に動画でJudeが解説してます。ちょっとすごいですね。4:20あたりからです。
ローパスフィルターともどもShureの精密工作にかける情熱にも頭が下がります。
このサイズでこれだけの技術を詰め込めたのは開発者自身が驚きだったということ。イヤフォンの開発というのはまず物理的な制約から始まるということも思わせてくれます。
SE846のスペック上のインピーダンスは9オームと低いけれども、マルチウエイBAの場合は周波数でのインピーダンス変動が大きいため目安程度に考えてほしいという感じでした。ちょっと本題とはなれますが周波数とインピーダンス変動に興味ある方は下記のTylのinner fidelityのMeridian Explorerの記事をご覧ください。
http://www.innerfidelity.com/content/meridian-explorer-case-study-effects-output-impedance
これはMeridian Explorerの出力インピーダンス高い問題(AK100みたいな)があってその解説です。見るとLCD2が周波数によるインピーダンス変動がなく平面型の長所の一つが見て取れると思います。
さて、この新技術がSE846ではどう音に反映されているのか、音をRWAK100で聴いてみました。
全体の音の個性はSE535の延長であり、SE530の音はもう過去の話という感じです。SE535と比べてみましたが、音質のレベルは一クラス以上は上であり特にスケール感では際立ってよいですね。低域のレスポンスも強すぎない程度に十分あります。フラッグシップらしい堂々とした素晴らしい音質です。
そしてやはりパルテールに似て音が整理されているというかSE535と比べてすっきりとした音ぬけの良い印象もあります。SE846を試聴したあとでショーンサリバンにローパスフィルターの効果から期待される音質は?って聞いてみたらやはり上図の青線で示される領域(中音域など)でmuddy(濁り)にならないpurity(純粋さ)ということでパルテールの狙いと同じような答えでした。
SE846とパルテール
ただし独特の透明感・ピュアな音色はパルテールの方が際立っているようには思えます。SE846でのこのローパスフィルターの効果はむしろ4ユニットものマルチドライバーのスケール感や豊かさを殺さずに、つながりも良く上手に自然な音の一体感を作り出しているというように感じました。大味にならず繊細で自然な音を実現しています。つまり同様な技術を採用していてもSE846とパルテールではベクトルが異なるのかもしれません。
前出のHeadFi-Tvの動画中でもJudeはSE846の音のコメントとして中音域のclarity(透明感)が素晴らしく、ベースは中音域に悪影響(harm)せずにソリッドでインパクトフル、そしてvisceral(理屈抜き, 心の底からの)であると言っています。ベースが強すぎないのでジャンルは選ばないだろうとも語っています。
SE846はこのように単にShureの新フラッグシップで音が良いというだけではなく、パルテールともども今後のイヤフォンの進化を考える上での重要なマイルストーンとして興味深いと思いました。想定価格は12万円前後と安くはありませんが、さまざまな意味で注目製品と言えるでしょう。
Shureももちろんヘッドフォン祭に出展します。ぜひこの新技術を志向したフラッグシップを体験しに来てください !
Music TO GO!
2013年05月10日
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