1. ヴァリエーション
少し前ですがSONYがゴールドディスクでクラシックコレクションを限定仕様として発売しました。24kのCDとともにその売りのひとつはDSDリマスターです。
わたしが気になったのはグールドのゴールドベルク変奏曲(81年録音)のデジタル録音からのリマスタリング(DSDリマスター)です。
実はこの81年録音にはもともとデジタル録音とアナログ録音の二つのマスターがあります。世界で一番日本で売れたというゴールドベルク変奏曲(81年)ですが、通常知られているものはこのときのデジタル録音によるマスターです。81年はまだデジタルの揺籃期でありデジタル録音の可能なスタジオはニューヨークにあるだけでした。グールドは完全主義と技術志向の人であり自ら願ってこの録音はデジタルで行われました。しかし当時の多くのデジタル録音もそうだったようですが、バックアップのためにアナログでも録音が行われました。別テイクではなくまったく同じ演奏です。
普通売られているゴールドベルク変奏曲はこのときのデジタルマスターから作られていますが、2002年のグールド没後20年を機会に作成された記念盤である"Sate of wonder"という3枚組みのCDセットには、アナログ録音の方がより音楽的という理由で81年録音のアナログマスターからデジタルリマスターされたものが収録されました。
そして今回はデジタル録音からリマスターされたものが発売されたわけです。
こうしていまでは81年録音については3バージョンの異なるゴールドベルク変奏曲のマスターがあります。
それで今回オーディオ的な興味からその3つを聴き比べてみました。それぞれ81D(初期のデジタルマスター)、81A(アナログからのリマスター)、81DSD(今回のデジタルからのリマスター)とします。
まず81Dと81Aを比べてみると81Dの方がピアノの音やグールドのハミングははっきりくっきりと分かりますが、音がやや薄く深みにかけるように感じられます。81Aはやわらかくウェットで聴きやすいのですが、ピアノの音の輪郭がはっきりとはなぞれない感じです。ただしリマスターされているのでクリアさはそれなりにあり、ハミングなどの微細音の鮮明さは81Dと引けをとりません。また81Aではテープヒスが少し聴こえます。
81Dと81DSDとを比べてみると81DSDはさらに音がクリアで、面白いことに音場が広く感じます。リマスターで音が明瞭でクリアになるのは分かりますが、音が広がるというのはおもしろいことです。ステレオのセパレーションがよいという感じで定位感もよく聞こえるかもしれません。
81Dと81DSDの差はそれなりにありますが、音の傾向が同じために差はあまり劇的ではありません。81Dと81Aは個性の差としてかなり分かりやすく、この二つは持っていても聞き分けれると思います。
これらの差はS6とSP25で聴くとわりとはっきり分かりますが、ヘッドホンオーディオだと差が小さくなります。ポータブルだと差は分かりますが微妙になります。ポータブルの場合はアナログ録音ものがお勧めです。
2. 再創造
ところでグールドはゴールドベルク変奏曲を3回録音しました。
ひとつはこの一番有名な81年録音で、もうひとつは以前書いたデビュー版でもある55年録音です。グールドは81年録音のあとほどなくして死去しているので、ゴールドベルクにはじまりゴールドベルクに終わったことになります。これはAriaにはじまりAriaに終わるゴールドベルク変奏曲になぞらえて彼の人生の完全性を語る人もいます。
そしてもうひとつはザルツブルクでのライブの録音があります。グールドは人嫌いでコンサート活動からは早々と隠退してしまいました。そのためライブ音源はあまりありません。
実はグールドとゴールドベルク変奏曲についてもうひとつおもしろい話があります。今度は55年録音です。
55年は前に一度書きましたが、上に書いた"Sate of wonder"でさらにデジタルリマスターされているのでこれにもいくつかバージョンがあることになります。ただ55年録音はもとがモノラルのものなので若きグールドの熱い演奏自体は楽しめるものの、どうリマスタリングしたところでオーディオ的に優れたものではありません。
ところが昨年の秋ごろにこの55年録音をヤマハの自動ピアノが特別に開発したソフトウエアによって55年のグールドの録音どおりに忠実に自動演奏を行ったそうです。ニュースはこちらです。
http://prosoundnews.com/articles/article_4462.shtml
プログラムを開発したのはこのZenph Studioです。こちらに記事があります。
http://www.zenph.com/sept25.html
そのときに最新の機材によって録音して最新版のマスターができたということで、今月の後半にもそれが発売されるということです。
「ゴルトベルク変奏曲、再創造 (Zenph Re-Performance) 」です。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2520431
こうしてグールドの古典が最新のマルチチャンネルSACDとして発売されることになりました。おまけに実際のグールドの耳の位置にバイノーラル録音のダミーヘッドとマイクをつけたので通常ありえない、ピアニストが聞く世界まで録音してしまいました。
こうしたことには賛否があるかもしれません。しかし観客の拍手禁止運動まで展開しようとしてひとりの世界で完全な音を作り出そうとしたグールド自身は、彼自身をも排除したこの演奏に実は一番興味があるのかもしれません。
Amazonのバナーは一番左がアナログマスター、真ん中がデジタルマスター(DSDリマスター)、右が今回の自動ピアノ録音のCDです。
Music TO GO!
この記事へのトラックバック
素敵な記事・・勉強になりました
そういえば社会現象まで引き起こした方でしたね
LDもいくつかありました
ショパンやラヴェルを排したプログラミング、
生コンサートからの撤退、実に興味深い方です
そうそう
電話魔は私に似ているかも(^^;
無人島にもって行きたいレコードはという質問
アンケートに、カラヤン/ベルリン・フィルの
「シベリウス/交響曲第5番」、65年録音のもの
をたしか選んでました
それ以外にも・・・実に楽しい方です
私も大好きです
発売するくらいだから、じゅうぶん、
聴くに耐える内容だろうと思います。
しかし、これが使いものになるのなら、
ささきさんもお書きになっているように、
グールドの路線をさらに徹底して、
アーティストはスタジオで完璧な演奏を収録し、
それを自動演奏するプログラムに変換すれば、
さまざまにコストやリスクのある生演奏は
必要なくなったりして、、、、。
さてゲテモノかさきがけか、どちらでしょう。
つい買ってしまいそうな気もします。
コメントありがとうございます。
たしかにエピソードが多い人ですね。この記事を書くときに図書館に行ってグールド関係の本を何冊か読んでみたんですが、エピソードは書ききれないくらいです。
それらの本の中で面白かったのは夏目漱石の「草枕」がグールドの愛読書だったというところから、グールドと漱石を語るという本です。
http://www.sakuhokusha.co.jp/book/kusa.htm
ちょっと強引なところはありますが、なかなか面白かったです。
このZenphのプログラムはかなり高度なもののようで、演奏のレベルはかなり高いと思います。特に耳の位置でバイノーラル録音したものは楽しみですね。これはヘッドホン向きになるでしょう。
自動演奏の問題はなかなかに深いものがありますね。いまは映画でもモーションキャプチャとCGの応用で俳優はいらないんじゃないかという話まで出てきてますし、これからの課題という感じなのでしょうね。
バッドマンが着地して歩くシーンを
CGで描いたら役者から差し替えようにと
言われ論争になった話がありましたね・・・。
確かに聴いてみたい興味はありますが、
ちょっと複雑な気持ちになりました^^;
まあ仮に完全コピーであったとしても、演奏者の耳の位置でのバイノーラル録音のようにいままでに出来なかったことができるというのはやはり新しいことが出来る可能性というのもまたあるのでしょうね。