本論のバランス駆動の音のコメントの前に、まずヘッドホンアンプとしてのGS-Xの実力を把握してみようと思います。
GS-Xではヘッドホンのバランス接続もシングルエンド接続(普通の標準プラグ)もできますが、これらは両方に共通する印象です。
1.1 GS-Xの基本的な性格
GS-Xはニュートラル基調で帯域バランスは良好です。わずかに暖系かもしれませんが、ウォームすぎる感じや特定帯域の強調、色つけはあまり強くは感じません。味で聴かせるほうではありませんが、分析的なわけでもなく動的な意味で音楽的な印象があり、聴いていてつまらない音ではありません。
また音もよく整っていて歪みも少ないすっきりとした音のように思えますが、これはバランス駆動でより顕著になる長所です。
GS-1はSNの高さに定評がありますが、たしかに背景は評判どおり漆黒の闇の黒さを感じます。ゲインをハイポジションにしてもかなり黒さは保たれます。その黒い背景に美しくきれいに音が形良く響きます。
小さい音もきっちり分離するので解像力もよいのですが、音が硬かったり鋭角的なことはありません。実際にバランスでもシングルエンドでも子音のきつさはかなり抑制されています。高域はきちんと上に伸びてロールオフしていないので、これはかなりのレベルの高域のコントロールと言えます。
これらのことからバランス駆動対応という点を除いても、基本性能はかなり高いと思います。また全体になかなか優等生的で絶妙な音のバランスであると思います。
1.2 GS-XとHD-1L
次に聴きなれたHD-1Lと比べてみます。
ヘッドホンは両方ともK701のシングルエンドです。接続はHD-1LはAudio Quest AnacondaでRCAアンバランス接続で、前に書いたようにGS-Xで使っているDiamond3とはほぼ同等グレードです。
まず気が付くのは音の性格の違いで、音はHD-1Lのほうが前に出ていてGS-Xはやや落ち着いた感じがします。ただしGS-Xは音は前に出なくても動的な感じがあります。
左右の音場の広さはシングルエンドではそれほど変わりません。相対的にはHD-1Lがやや高域よりでGS-Xはやや低域よりに聴こえます。難としてHD-1Lはやや高域がきつく感じます。GS-Xは洗練されてきつさはなく、シングルエンドでも厚みがあります。
GS-Xの方が高解像ですがそれほど差は大きくないようです。低音はGS-Xの方が低く沈み量感もあります。
端的に言うとシングルエンドでもGS-Xの方がHD-1Lより上ですが、低域性能を除くとそう圧倒的な差ではないように思えます。

2. バランス駆動とシングルエンドとGS-X
ここからがメインですがバランス駆動(XLRプラグ)とシングルエンド(普通の標準プラグ)を交えてさまざまなヘッドホンで聴いて見てGS-Xとバランス駆動の音のコメントをしていきたいと思います。GS-Xのゲイン切り替えはこうしていろいろなヘッドホンを聞くときになかなか役に立ちます。
2.1 GS-XとSennheiser HD650
2.1.1 バランス駆動(Balanced BlueDragon V2) HD650
ここが今回のメインテーマでもあります。興味あるのはやはりバランス駆動になってなにが違うか、ということでしょう。
使用ヘッドホンは前に書いたとおりHD650にMoon AudioのBlueDragonV2をバランス仕様にしたものです。
まず感じるのは音の広がりですが、左右に広くなるだけでなく空間に満ちわたるように音が広がります。左右に広がるだけならパワーアンプをステレオからモノブロックに変えたような左右のセパレーション向上の感覚で、いわばステージの面積が広くなるような感じです。しかし、ここではプリアンプを良いものに変えたような空間的な広がり感、コンサートホールがより大きくなるような感じがあります。
良録音で環境音(足音やささやき)が入っているとかなり気持ち悪いくらいリアルに聴こえ、あまり感じたことがない感覚で背後に去る足音が聴こえることがあります。
そして単に音場をそのまま左右に引っ張って伸ばしただけではありません。GS-Xのバランス駆動の大きな特徴は音の密度がぐっと濃くなるように感じることです。
これは音量が大きくなるということではありません。オーケストラの構成人数が大きく増えたと言う気もしますし、ヴァイオリンだけの音にヴィオラをユニゾンで重ねたような厚みが深くなる感じにも似ているかもしれません。別なたとえをすると果汁20%のジュースと100%のジュースの違いかもしれません。このためにGS-Xのバランス駆動のときの音は独特の質感というか重量感・密度感を持っています。
これは後で書きますがバランスからシングルエンドに戻したときにより変化がよくわかり、バランスからシングルエンドにするとちょっと拍子抜けするような音の軽さ・薄さを感じます。
またGS-Xでは躍動感が顕著です。ノリの良い曲を聞いていると自然にヒザが腕が体が勝手にスイングしだします、不思議です。躍動感というよりパワー感がみなぎると言った方が良いかもしれません。
実際に事前に思っていたのはスルーレートが上がるならば、スピード感の強い歯切れの良さを強く感じる音ではないかということでした。しかしそうした歯切れ・立ち上がりの俊敏さも悪くはないですが、それよりもそうしたエネルギッシュな感覚を受けます。
それとシングルエンドからの変化では音が先鋭になるというより純度があがり、音数も増えるように感じます。ピアノの音はよりきれいに響き、ていねいにワックスをかけなおしたように輝きます。
2.1.2 BlueDragon V2 HD650 (シングルエンド)
ここでは同じヘッドホンで同じケーブルを使って接続だけシングルエンド(標準プラグ)にしてみます。CDPからの入力はバランス入力のままです。
方法としていつもはHD25に使っているBlueDragonV2(mini端子)に標準変換プラグをつけました。ただし長さはこちらは1.5mで上のバランスは2.5mという違いはあります。
前のバランス接続から変えてぱっと感じるのは音がこじんまりとして軽く(薄く)なるということです。
まず音場が狭くなるだけでなく、空間に音が満ちるような独特の空間表現も消えます。また骨太さ・厚みがなくなって軽くなり、一瞬あれっという拍子抜けた感じがします。さきほどの躍動感も後退します。
ただし繋ぎ変えてもケーブルが同じブランドなので音調は同じで解像感や帯域バランスなど性格は同じです。下記のストック(HD650標準ケーブル)に比べると音がシャープで透明感も高くこれだけ聴けば悪くありません、というか少し聴くとこれがいままで聴きなれてきた音だということに気が付きます。
やはりバランスとはずいぶん違うと感じます。下に書いたストックとBlueDragonの差よりもずっと大きいですね。
またバランスはシングルエンドに比べると音のあいまいさや歪み感も減っていたという感じがします。
上記印象はボリューム位置によりませんが、迫力が減った感じがするためシングルエンドだとボリュームを上げたくなります。
2.1.3 ストックのHD650 (シングルエンド)
参考までに上の状態からケーブルをもとの標準でついていたHD650標準ケーブルに戻しました。ちなみにストック(stock)とは改造していない、とか買ったままの状態というような意味です。
するとBlueDragonにくらべるとややクリアさが後退しておとなしくなります。ただし全体に落ち着いた丸いやさしさが出ていわゆるゼンハイザーHD650の音といえます。
これはいつものケーブル交換による音の違いです。
もちろんGS-Xの基本性能が高いのでこれで聴いてもかなり満足感は高いものがあります。
2.2 GS-XとEdition7 (シングルエンド)
Edition7(シングルエンド)とバランス駆動のHD650で比較するとこれは曲によるという感じもします。HD-1LとかP-1などでは、いままではHD650とEdition7はずいぶん差があると思ってましたが、そうした差はありません。
クラシックの器楽曲やジャズのピアノトリオのような楽器が少なくて純粋に楽器の音をくっきり見せるという点ではまだEdition7に軍配が上がるような気はします。これはHD650の限界というか性格的なものからきているように思えます。
ただしサラブライトマンのクエスチョン・オブ・オナーのような複雑にミックスされた曲ではあきらかにバランス駆動のHD650の方が素晴らしくよく感じます。Edition7の音が軽く感じます。
GS-Xのパワーも手伝ってシングルエンドでも低音の量感はEdition7の方がまだ大きいけれども、このレベルになるとHD650の方が帯域バランスがよいという長所も向上するため好感触です。
2.3 GS-XとAKG K701とGRADO HF-1 (シングルエンド)
GS-Xのよくコントロールされた子音のきつさの少なさはAKG K701で生きてきます。K701はいままで聞いたアンプの中で一番良い印象があります。GS-Xはシングルエンドでも十分パワーがありゲインも変えられるので、K701を楽にドライブできます。
またK701とGS-Xはキャラクター的にもバランスよく相性のよさを感じます。ある面で落ち着いてもいて、かつアグレッシブでもあるというAKGとK701のキャラクターもきちんと生かされていると思います。音色がきれいというK701の特徴も強く感じます。
K701はシングルエンドでも音場はわりと左右に広いのですが、これはK701のケーブルのグランド線がセパレートされているからのようです。そのため自分で改造できる人はケーブルはそのままでプラグの端末処理だけ変えることでバランス接続に対応できるそうです。
GRADO HF-1では子音のきつさが気になるレベルで残ります。ただGRADOの明るさとノリのよさはシングルエンドでもわりとGS-Xと合います。少し書いたようにもともとKevin Gilmoreがdynaloという設計をしたのは彼のGRADOのためとも言われていますので、GRADOとは相性はよいかもしれません。
サラブライトマンのクエスチョン・オブ・オナーではK701の方が破綻なくポップオペラのポップとクラシックのクロスオーバーした妙味を残さず崩さず上手に鳴らしますが、HF-1の方が単純に気持ちよくアップテンポにのれます。ただ音はK701の持つ洗練さではなく全般に荒さを感じますが、HF-1はSR225ベースなのでこの辺はフラッグシップのK701とは差が出るところです。
器楽曲でヴァイオリンとギターのデュオはK701だと文句ないですが、HF-1だとやや軽めで音もささくれて痛さが耳につきます。ジャズトリオだとK701はまたそつなくならして、HF-1に比べると貫禄勝ちします。
ちなみにGRADO HP-2とK701をシングルエンドで比べるとやはりHP-2はGRADOという気がします。K701は落ち着いていてHP-2はややのりの良さを感じます。
3. バランス駆動とダイナミック型ヘッドホン
こうしてまとめて試してみるとバランス駆動の音はこれまでのシングルエンドに比べて単に音がよくなったというよりも、なにか質的な違いがあるようにも思えます。
それを言葉で表現するのはいささかやっかいでした。そのためにこれだけ冗長にいろいろと書きましたが、まだ足りないようにも思えます。
しかし質的に変わるといっても性格が変わるわけではありません。
たとえばヴァイオリンの再現性に関して難点を言うと、HD650では少し高域表現に物足りなさを感じます。GS-X自体の高域もやや抑制されてるというのもありますが、高域はもともとのHD650の弱みというよりアキレス腱でもあります。前に書いた根岸通信のケーブルのように、このHD650の高域再現性もシングルエンドでは気にならなくてもバランス駆動だと気になるという問題のような気がします。
HD650のきりっときれいなシンバルの音がする高域の再現性はわるくはありません。しかしアキレスが射られたかかとのように普段は問題なくてもよりシビアな状況下では弱みが浮き彫りにされてきます。
バランス駆動もマジックではありません。都合よくHD650がそこだけK701にはならないのです。
一番初めの記事でバランス駆動は「ダイナミック型を」向上させるものであると但し書きをしました。なぜかというと一方の静電型はもともとここで書いているバランス構成だからです。
静電型はその基本的なプッシュ・プル接続をする部分でバランス構成が必要なため、音に妥協しないことが自然にできました。接続は左右で+-が分離していてグランドが共有ということもありません。しかもバイアスをかけるためにドライバが必要なので自然にヘッドホンアンプもつきます。それが基本的な発音原理の差とは別に、静電型が音質に優れると高評を得ている理由のように思えます。
しかしそれにくらべてダイナミック型は妥協の形態のまま進化して来ました。
バランス駆動はマジックではありません、しかしダイナミック型ヘッドホンの進化のためのひとつのステップのように思えます。
実際にシングルエンドのいままでかなり高性能と思っていたヘッドホンと聴き比べるとよくわかります。
前にストックのHD650はケーブル交換したHP-2と同じ土俵に立てない、と書きました。しかしここでHD650は逆転しました。HD650のバランス駆動したものはHP-2のケーブル交換したものをシングルエンドで使用したものよりあきらかに上です。BlueDragonのケーブル単体でもかなり追いついていますが、音の広がりや厚みでバランス駆動のHD650が好印象です。
良いアンプに出会うとスピーカーが歌うようになる、とよくオーディオでは言います。
わたしにはHD650がよく歌うようになったと、確かに感じました。
言葉では説明できない内容だと思いますが、それでも多角的なレビューで、随分と想像しやすくなっていると思います。
でもやはり聞いてみたいですね、正直なところ。(^^
読んでいてK701との相性が随分良いように見受けられました。そういえば、サイトではK1000が使われていましたね。あの大きさと装着感は、STAXと変わらない気が・・。(^^;
たしかにK1000と組み合わせるというのはわたしも考えています。
でも、K1000については実は別の解法も用意してまして、、(笑)