さて、そろそろ夏休みの自由研究の発表を行いたいと思います。
今年のテーマは「ヘッドホンのバランス駆動」としました。
Head-Fiの全国大会の記事でも書きましたが、これはダイナミック型ヘッドホンの性能を向上させる手段として最近話題になってきているものです。
HD-1LやP-1の次のステップのヘッドホンアンプとしてバランス駆動に対応したHeadampのGS-Xを発注したのですが、かなり時間がかかり先日到着しました。そこでこの機会にまだあまり知られていないバランス駆動そのものを含めた多面的な記事にしたいと思います。本稿ではまず基礎編としてバランス駆動そのものについて書いてみます。
1. バランス駆動とは
はじめに実際の写真を見た方が分かりやすいと思います。
ヘッドホンのバランス駆動とは下の写真のようにヘッドホン側のケーブルを二本のバランス(XLR)コネクタを持ったケーブルに変更して、アンプの出力(バランスコネクタ)に接続するものです。ヘッドホンアンプは先に書いたHeadampのGS-Xで、ヘッドホン側はSennheiser HD650にMoon AudioのBlueDragon V2バランスケーブルをつけています。
バランス駆動させるにはBenchmark DAC-1やWadiaのCDPなどの(ボリュームを可変できる)バランス出力からとる方式もありますが、本稿ではGS-Xのように専用のアンプとヘッドホンをバランス接続させる専用の端子を使う方式について書きます。
2. バランス駆動に必要なもの
まずバランス駆動のために必要なものはバランス接続用の専用のヘッドホンアンプと専用のケーブルです。バランス方式に対して従来の3極の端子を持った方式はシングルエンド(SE)とも呼ばれます。
2.1 ヘッドホンとケーブル
ケーブルはHD650を中心に交換ケーブルがいろいろと入手できます。例えばここでよく書いているLarryさんのところ(headphile.com)やDrewさんのところ(Moon Audio)で扱っています。下の写真はDrewさんのところのBlueDragonV2のゼンハイザー版です。
Larryさんのところではバランスのコネクターのところにオスとメスがあるので選択に注意が必要です。通常はオスですが、前出のDAC-1やWadiaなど可変出力の付いたXLR<出力>コネクタへの直差しのためにメスコネクタが用意されていると思います。ここで話しているバランス対応アンプを前提とするとオス(male)コネクタになります。
またGRADOを使いたいときはケーブルの改造が必要なのでDrewさんのところではGRADOのケーブル変更品も扱っています。DrewさんのところもLarryさんのところも基本的にGRADOのRS-1などの木製ハウジングの改造は請け負っていないと思いましたが、これはハウジングを開けるのに木だとリスキーだからだそうです。そのためDrewさんのところではGRADOにケーブルを送って製造段階でつけてもらっているということです。
この他ではCardasやEquinoxのStefan AudioArtでもHD650用のバランスケーブルを扱っています。
ここでHD650用のケーブルが多いのはケーブル交換が簡単ということもありますが、もうひとつ理由があります。HeadFiを読んでいるとヘッドホンによってバランス駆動の効果の大小が異なるようで、効果的なものとしてHD650がよくあげられています。後述しますがバランス駆動の大きな利点は駆動力の向上なので、もともとドライブしにくいHD650が適切といえるのでしょう。
2.2 ヘッドホンアンプ
バランス接続用の専用のヘッドホンアンプは従来は背面にあるXLRのバランス接続端子がヘッドホンを接続するために前面にもあります。
また従来のアンプではRとLの2チャンネルの出力だけあれば良かったのですが、バランス駆動(つまり内部がフルバランス設計)ではR+/R-とL+/L-の4つの出力チャンネルが必要です。さらに電流が多く流れるようになるので従来アンプに比べると電源を含めた見直しが必要です。
このため専用アンプは高価になる傾向があり、選択肢は多くありませんでした。
従来からあった代表的なバランス対応アンプはHeadRoomのBlockHeadやSinglePowerのSDS XLR、またHeadampのGilmore Balancedなどです。これらを見ると分かりますが、それぞれ従来もともと彼らのラインナップにあったアンプ(それぞれMax、SDS、Glimore Reference)をバランス対応に転用したものです。
しかし、Headfiの全国大会のところで書いたように最近でははじめからバランス駆動用に設計されたいわば新世代アンプも出てきました。また価格もかなりこなれてきたようです。
これらはHeadampのGS-X、Moon AudioのLuna、RSAのB52、RudiのRP1000やNX33などです。HeadRoomも上級機にBalanced Maxというバランス駆動対応のものがあります。また自作系ではSFTオーディオなんかもバランス駆動アンプを用意しています。
SDS XLRでは$5000-$8000程度もしていたバランス対応アンプですが、GS-Xでは$1800、NX33では$1300というくらいまで値段は落ち着いてきました。
3. バランス駆動の仕組みについて
ヘッドホンのバランス接続はHeadroomのBlockHeadが嚆矢だと思いますが、BlockHeadはもともとMaxという単体アンプを二つ連結したものです。ひとつの単体アンプは通常RとLの二つのチャンネルへの出力をしますが、BlockHeadでは2つのチャンネルでRかLの片側を駆動しています。
つまりオーディオアンプでいうところのブリッジ接続(BTL)をしていることになりますが、このことからバランス接続の実体が推測されると思います。ここではより詳細にバランス駆動について見ていきます。
3.1 接続に関して
意味を多少明確にすると、ここでバランス駆動といっているのはバランス接続でヘッドホンを駆動することです。
そこでまずバランス接続についてもう少し詳細に見ていきます。
標準プラグ(3極)で接続する普通のヘッドホンは(R/L/G)の3本の信号線がヘッドホンのドライバに接続されています。ヘッドホンの場合は一部のケーブルを除くとグランドは共通です。これに対してバランス接続ではひとつのXLRプラグあたり3本の信号線(+/-/G)があるのでそれが二本ですから、6本の信号線になります。つまり(R+/R-/L+/L-/RG/LG)となります。ただしRG/LGはバランス接続で必要なものではないのでここでは省きます。
通常の3極の接続ではグランドは0VでRないしはLにプラスの電圧がかかるわけです。この方式は片側のみに信号が流れるのでシングルエンドまたはアンバランスと呼ばれます。
他方でバランス接続ではRとLのそれぞれの+/-極には同じ大きさで+には正相で、-には逆相で信号が流れます。つまりR/LとGの関係と違い、+と-は同じ大きさでつり合っているのでバランスといいます。
3.2 バランスとブリッジ
バランス接続を実現するためにはアンプ側に+と-に独立したアンプ回路で-からは逆相で出力されるような仕組みが必要です。つまり片チャンネルあたり二つのアンプ(2チャンネル)が必要なのでRL両チャンネルでは出力が4チャンネル必要です。
実際これはバランス接続というよりも、ブリッジ接続という言ったほうが正しい理解が得られると思います。ブリッジ接続というのは二つのアンプ回路の間にスピーカーが負荷としてブリッジされているという意味です。
海外でさえあまりバランス駆動にたいして理解が得られているとはいえません。よくある誤解はヘッドホンケーブルが長くないのにバランス接続は意味がないだろうということです。普通オーディオ機器でXLR(バランス)ケーブルが使われるのは主にプロがスタジオで長いケーブルを引き回すときに使うからです。このときに+/-でバランスしているというのはノイズをキャンセルするのに役立つわけです。
それも利点ではありますが、いわゆるバランス駆動の眼目はむしろそこよりもブリッジ接続したときの利点が適用されることにあります。
例えばスピーカーアンプで言うとアキュフェーズのフルバランス構成のパワーアンプA30は純A級増幅のため片チャンネルあたりわずか30Wの出力です。しかしA30には同じアンプを2つ使用したときに効果的な運用が出来るような接続オプションが2つあります。ブリッジとデュアルモノです。
二台のA30をブリッジモードで使うと片チャンネルの出力は倍の60Wではなく4倍の120Wになります。これは電流と電圧がそれぞれ二倍になるからでしょう。
http://www.accuphase.co.jp/model/a-30.html
ただしデュアルモノ(RL同位相を出す)で使うと片チャンネル60Wです。これはスピーカーとの接続によって使い分けるもので、バイアンプにするときはデュアルモノが最適ですが、シングルポストのスピーカーに高出力がほしいときはブリッジにします。
ただしA30はブリッジを念頭に入れた設計なのでこうなりますが、すべてのBTL可能なステレオアンプがブリッジ接続をすると出力が4倍になるわけではありません。これは次のアンプ編で説明します。
4. バランス駆動の効果
それでは結局のところ、バランス駆動にすると音質にどういうメリットがあるのでしょうか。
この辺は基本的には実際にHD650とGS-Xを聴きながらどういう特徴があるかをコメントしていきたいと思いますが、まず机上の利点をまとめてみたいと思います。
バランス駆動のメリットはまず大電流を引き出せるのでヘッドホンの駆動力が高くなるということと、アンプ側から見た負荷が減るという点ですが、これにより得られるバランス駆動での利点はスルーレートの向上があげられます。
つまり音が大きくなるということではなくスピード感が向上するとかよりダイナミックに感じるということです。実際にHeadFiにあげられるレビューを見ているとバランスタイプのアンプはみなダイナミックであるという評判があります。
これは特に高インピーダンスとか低能率など駆動しにくいドライバに有効であるといえますが、他方で低インピーダンスに対して脆弱性をもつ可能性があります。これもアンプ編で書きます。
またバランス接続をすることの利点として信号線を分けられることによるクロストークの減少がありますので、定位・音場の再現力で有利であるということもあげられます。これは明確なメリットになると思います。またバランス自体のメリットとしての低ノイズ化にももちろん効果があるでしょう。
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個人的には他のオーディオアンプに比べるとヘッドホンアンプはまだまだ性能の向上する余地があると思います。
HD-1LとP-1はたしかにすぐれていますが、それゆえにさらに上を見たくなってきます。その次のレベルのアンプを考えるにいろいろと候補はあったのですが、将来性に惹かれてバランス駆動の選択をしてみました。
次の記事ではアンプの方の紹介としてHeadampのGS-Xについて書いていきます。
Music TO GO!
2006年08月19日
この記事へのトラックバック
記事の内容にびっくりしたので思わずコメントしてしまいました
私もGS-Xを注文していて、つい先日到着したところなのです
もしかすると並行して製作・発送されたのでしょうか?
ヘッドホンはDrew氏のケーブルをつけてもらったGS1000を使っています
恥ずかしながら私は詳しい知識なくGS-Xを購入したので
大変参考になります
今後の記事にも期待しています^^
左右の音の完全な分離とかバランスとかの機械的な部分で調節がいかに難しいかを実感している日々でございます。違いを判ってしまう人の耳も凄いですが、アンプの設計・実際に作っている人たち凄過ぎます。
HeadAmpサイトのK1000の画像ががカッコ良いですね(笑)。普通サイズでこのカラーリング・形で耳当て式があったら、かなりCoolだと思いました。(^^
ブログ拝見しました。ほんとに待ちが長かったですよね〜
GS-1000を使われてるということでインプレ楽しみにしています。
新モジュールも登場が見えてきたので情報交換して行きましょう!
たしかに普通のアンプより精度の高さは必要でしょうね。
わたしもこのつぎはK1000にバランスコネクタをつけてみようと思ってます(^^
ここ数日の暑さでとろけている頭では、なかなか理解が大変ですが、ついて行きたいと思います。次のGS-Xのレポも期待してます。
>HD-1LとP-1はたしかにすぐれていますが、それゆえにさらに上を見たくなってきます。
同感ですが、私はしばらくこのレンジでの使用が続きそうです。(^^;
わたしも良く分からなかったので、自分なりに納得するためにいろいろ調べて書いてまとめた、という感じです。
GS-X編はもうちょっとお待ちください。わたしも暑さでとろけていますので(笑)
知りませんでした。いやもう、650だろうが何だろうが首根っこ押えつけて、ぶいぶいドライブしそう。(^^)
たしかにこれで聴くとHD650の持つポテンシャルというのを改めて感じます。
やはり鳴らしにくいスピーカーにはそれなりのアンプを、というのはヘッドホンにも当てはまりますね。
すごくやってみたいけど、いま気軽にバランス試せて且つ投資効果がありそうなポテンシャルを持っているのってたぶんHD650だけですよね。
っていうか、HD650ってまるでバランスで使うために作られたような仕様ですもんね。
ゼン以外では両出しで交換できてバランス駆動したら面白そうなのはソニーのQ010があるけどディスコンしちゃったし。
他の物でやるには改造が必要なのが最大のネックですね。
でもその前に音の傾向をいろいろとつかんでいるというところです。