最近LINN DSなどDLNAネットワーク機器と並んでPCオーディオのキーのひとつになっているのはUSB入力のDACです。
Nuforce uDACとWavelength Proton
USB DACは目新しいものではありませんが、はじめはUSB入力はDACやアンプの付加機能的なものでした。また音質も期待されていませんでした。単にPCの楽曲が再生できればよいという、いわばおまけのための機能です。
しかし昨年2009年度のStereophile誌の年間ベスト賞を受賞したAyreのQB-9はUSB DACです。これはデジタル機材部門だけではなく、数百万円のアンプやスピーカーも含めたすべてのオーディオ機材の年間最優秀として選ばれたのです。
http://stereophile.com/features/istereophileis_products_of_2009/index8.html
これはLINNのCDプレーヤー生産停止と並んで昨年2009年度を代表する出来事だったと思います。そこに至る流れをPCとDACをつなぐUSBレシーバー(デバイス側の受け取りチップ)という観点からまとめて見ました。
(ちなみに本稿は代表的なBurr Brown系のチップについての流れですが、TI/BB以外にもUSBレシーバーはありますので念のため)
1. 初期のUSB DAC - PCM2700系の時代
USB DACの初期のUSBレシーバーの代表的なチップはTI(Burr Brown)のPCM2700系のチップでした。これはひとつにはUSBレシーバーの機能とともにDACがワンチップで内蔵されているという便利さにあります。
USBの信号を受け取るだけのはずのUSBレシーバーチップにそもそもDACがついているというのは、WindowsがUSBをサポート始めた当時のバーブラウンがUSB市場に打って出るための戦略的なものだそうです。
*PCM2702
これはDACが内蔵されているので、手軽にUSBのデジタル信号からアナログのオーディオ出力を取り出すことができます。これにより安価で小型のUSB DACが可能になりました。
しかし、さすがにUSBレシーバーにおまけについているDACなので、音質的にも限られています。またワンチップだとジッターを取り除くための機能を介在させる余地がありません。
*PCM2704以降
DACとともにSPDIF変換機能が付きました。これを使うとPCM2704自体ではDA変換をせずに、いったんSPDIFにして別の本格的なDACチップに渡してそちらでアナログにすることで高音質化がはかれます。
また、USBレシーバーとDACの間にジッターリダクションのためにASRCなどを行うICを介在させる余地も生まれます。
*PCM2706以降
I2Sをサポートしました。I2Sはクロック信号を分離できるためにSPDIFよりも有利なDACチップへのインターフェースとして働きます。このため、より高品質にDACチップまでデータを渡すことができます。
これら2700系はUSB DACの普及に役立ちましたが、同時にUSB DACは低価格向けとか音が良くないという悪評も生んでしまいました。
初期のUSB DACはオーディオ機材というよりPCの周辺機器としての考え方であったでしょう。それはオーディオ趣味という視点から見たときに受け入れられません。
しかし、USB DACをPCの周辺機器というよりも、オーディオ機器のソース機材であるという考え方をしたときに変化がうまれました。
これがいまのPCオーディオの考え方であると言えるかもしれません。ハイエンド機器の口として高品質なソースデータを供給する必要が出てきたからです。
2. USB DACのハイサンプリングへの道
PCM2700系の問題はネイティブで48/16が最大であるということです。
USBレシーバー以後にDACに入る前に88.2など高いサンプルレートに再サンプリングする手もありますが、これでは補完になってしまうので、ソースがハイサンプリングであるというメリットを生かせません。このように2700系がベースではUSBで受けるところがボトルネックになるため、ハイサンプリング時代のソースに対応できません。
またPC側のプレーヤーで88.2とか96kHzに再サンプリングしても無駄になってしまいます。
*TAS1020B
そこで出てきたのがTAS1020BというUSBレシーバーチップです。
2700系との違いは内蔵DACはないけれども、内部にマイクロプロセッサがあるのでその動作をプログラムして変更することが可能であるということです。これでUSBを受け取る振る舞いをプログラムを書いて制御することができるようになりました。2700ではそれがハードで固定なので48/16以上に対応できません。
これはレシーバー側で行うことなので、ドライバーは普通の標準ドライバーですむため余分なインストールは不要という利点もあります。
しかしこれはそう簡単ではないようです。
まず成功させたのはDACportのところで書いたようにCEntranceがTIから委託を受けてAdaptiveモードで実現をさせました。これはライセンスされてBenchmark、Lavry、PS Audio、Belcanto、Empiricalなどで使われています。これについてはDACportの項をご覧ください。
もうひとつはProtonのところで書いたようにWavelengthです。WavelengthのGordonさんはAsync転送でそれを実現させて、AyreはそのライセンスによりQB-9の成功を導きました。Async転送についてはProtonの項をご覧ください。
たぶんオーディオやっている人ならその多くはUSBとSPDIFのどちらかといわれれば、間違いなくSPDIFの方を選ぶでしょう。
わたしもGordonさんに「Protonがこれだけいいなら、Async方式のUSB-SPDIFコンバーターはすごいんでしょうね」と聞いたら、あっさりと「SPDIFにしたら音質落ちるよ、Async USB転送で直にDACに入れるのが一番良い」と言われました。それがいまのUSBの力です。
ただし公平に書くと、CEntranceのGoodmanさんはAsyncだから一概にAdaptiveよりよいわけではないと反論しています。つまりPC側のクロックを使おうとDAC側のクロックを使おうと、USBの転送自体がPC(OS)のバス占有の不確定さによって不安定であり、それによるジッターは避けられないということです。前にAsyncではDAC側にPCがあわせると書きましたが、かならずしもそうはならないということでしょうか。
WavelengthもCEntranceもUSBオーディオについては世界で一番知見があるので、私がどちらが良いと口を挟める余地はありません。ただ言えるのは、AsyncとかAdaptiveという前に重要なのは実際のプログラムコードであるということです。単にTAS1020BがAsyncモードで動作するとか、Adaptiveで動作するとか、それ自体ではなく、GordonさんやGoodmanさんの書いたプログラムが優れているという点です。それゆえ他のメーカーはそれをライセンスしているわけです。
いまの状況としてはAdaptive方式はTIの推奨として多くのメーカーに採用され、Async方式はQB-9の成功に刺激されてとくに今年のCESを見ると採用メーカーが増えてきているようです。
これらにより高性能なオーディオファイル品質のDAC機器がUSBの口を持ち、ハイサンプリングソースにも対応できるようになりました。
しかしまだ問題は残ります。96/24の壁です。
3. TAS1020Bの限界と96/24の壁
TAS1020Bで48/16は突破できましたが、96/24は突破することができません。この大きな理由はTAS1020BがUSB1.1で動作しているからのようです。USB2.0ではありません。
そのためUSB1.1の細い口に処理限界が生じるようです。たぶんこれがGordonさんの指摘した「96/24はUSB規格の問題ではなく、製品としてのチップの問題である」ということだと思います。
そこで96/24を突破するには標準ドライバーではなく、カスタムドライバーが必要ということです。これは互換性やバグの問題を生じてしまいます。
ただしこれはTIだけを責めるわけにはいきません。TAS1020Bも新しいチップというわけではないようですが、USBの周辺についても少し説明が必要です。
USBデバイスを差しても特にドライバーのインストールもなく使用できるのはデバイスの種類に応じた標準ドライバーがあらかじめOSで用意されているからです。
このデバイスの種類をクラスといいます。たとえばハードディスクをつなぐときのマスストレージクラスなんかはよく聞くでしょう。他にもいくつかのクラスがあります。それらに共通して使える標準ドライバーをクラスドライバーとも言います。
オーディオにはUSB Audio Classというクラスがあり、USB.orgで規格化されています。ところがUSB自体については2.0は当たり前でそろそろ3.0に移ろうとかという時に、USB Audio Classについては、USB Audio Class 2.0が制定されたのはつい昨年(2009年)の5月です。それまでは1998年に制定されたUSB Audio Class 1.0が生きてきたわけです。
つまりUSBが新しい3.0に移行しようというこのときにも、オーディオの世界はまだ古い基準で動いているということです。ちなみにスペックに"USB Full Speed対応"とある場合は速度は早いように思えますが、1.1動作をしているということです。この辺はカタログマジックなのですが、USB2.0であれば"Hi Speed"です。(3.0は"Super Speed")
USBの前身というとシリアルインターフェースですが、これは低速デバイス接続の代名詞でした。
いずれにせよマウスやハードディスクなどでも使う汎用シリアルインターフェースのUSBをハイエンドオーディオのデータ受け渡しに使うという考え方に周辺までもが付いていっていないということは事実だと思います。
ハードウエアのみならず、ソフトウエアのプログラムコードとも両方工夫されていることがUSB機器のポイントと前に書きましたが、つまりはUSBについては与えられたままではハイエンドオーディオについてあまり考慮されていないので、それなりの工夫しないといけないということですね。
DACportとUMPC
4. USBオーディオの今後
今年はUSB3.0元年となると思いますが、ことオーディオ分野ではUSB3.0がでたとしても改善がもたらされるかということについてははっきりとは言えません。バスの転送速度はあがりますが、対応するチップでないとそれを生かせません。
あきらかなプラスは給電能力があがるということで、これはDACportみたいに電力がほしいアンプには良いでしょう。
また別の課題もあります。
USBにしろ、SPDIFにしろ、こうしたシリアル転送方式をオーディオで使う時の問題は転送速度よりもむしろクロックと音楽データを一本の線で混ぜて送るという点にあると思います。ふたつの情報を混ぜるためには加工して符号化し、それをまた加工して戻す必要があります。これでジッターが増大します。これは前にLINNのNumerikのときにクロックリカバリーのところで書いた問題です。
PS AudioはHDMIでクロックとデータを別にI2Sで送る方法を提案してPerfectWave Transportで実現させ、また公開もしています。そしてこの方式に追随するメーカーも表れています。今後はこうした点も考慮が必要です。
もちろんUSBの有利な点はスペックよりも、いうまでもなくすべてのPCに等しく装備されているという点です。
FirewireやHDMIはすべてのPCで装備されているわけではありませんが、USBならばすべてのPC(そしてMac)で装備されています。カードスロットも不要でカバーを開ける必要もありません。USBを装備しているというのは簡単で汎用なオーディオインターフェースを持っているということと同じです。
今年のCESで出展されたResolution AudioのPont neuf/CantataシステムはUSBとネットワークの世界を融合するブリッジ製品を提案しています。これはちょっと考えられませんでしたが、今後もこうした進歩的なデバイスが出てくるかもしれません。
おそらくはUSBオーディオというくくり自体があいまいになる時代もやがて来るかもしれませんが、それはまた別の話です。
いずれにせよ普通のPCがハイエンドオーディオのラックに並べられるということを10年前に想像しえた人は少ないでしょう。そもそもPCをハイエンドオーディオに使うという発想がだれにもなかったという点がUSBの問題と言えるのかもしれません。それをいま駆け足で追いつこうとしているわけです。
「USBオーディオ」という言葉は古くからあったようでいて、実はその言葉の意味するところは新しい試みであるという考え方の変化が求められているのではないでしょうか。
Music TO GO!
2010年01月25日
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