今年期待のEdition8に続いてゼンハイザーHD800が昨日発売されたとフジヤさんから連絡があり、いま家にやってきました。
今回は引取りではなく配送にしてもらって正解、という箱の大きさです。中は木の箱というわけではありませんがインナーケースが入っています。
装着してもまるで装着してない様に周りの音が筒抜けで聞こえ、軽さやフィット感のよさもあってまるで装着してないように思えます。
ただつくりの質感のよさでは全体にEdition8の方が高級感があります。
試聴はいろいろな曲を聞きたいのでPCオーディオのCardDelux->光デジタル(Opc-X1)->Headroom Balanced Desktopで聴きました。Balanced Desktopはシングルエンドとして片方のみ使います。
*ファーストインプレッション
プレーヤーのSongbirdを立ち上げたんですが、そのときにポーンとピアノの音がひとつしました。プラグインの都合で立ち上げたときに続きの音が鳴ります。
その音があまりに綺麗でリアルだったので本来考えていた曲をやめて、ずっとそのまま聴き入ってしまいました。
エレクトリカ系のKido TakahiroのRippleというピアノアンサンブルの曲ですが、音の世界にそのまま吸い込まれたという感触です。幾重にも複雑に重なり合う音が印象的です。
Jan Garbarekとヒリアードアンサンブルの名アルバム、Officiumではヒリアードアンサンブルのコーラスが幾重にも響くようなホールの広がりと背景のヤンガルバレクのサックスが鋭利に静寂を切り裂くさまがまるで眼前に広がるように見えます。そう、聴こえるというより見える感じがします。
ここにはあまり聞いたことがないような奥行き感と、定位を感じる空間表現があります。定位というスピーカーオーディオの言葉を使いましたが、これはおそらくスピーカーオーディオに親しんでいる人にも強くアピールするでしょう。
音や音色がリアルという感じで、楽器の音はそれらしく、ヴォーカルは肉質感あふれています。器楽曲とかヴォーカルものはかなり強力な再現力をもっていて危険な魅力にみちています。
いつも聴くFakieのファンタジーではKeikoさんのヴォーカルがここで聴こえてほしいという適度な距離感をもって、ライブのようにリアルで精彩に歌い上げるようです。
全体に音のバランスが良く、縦にも横にも奥にも高い方にも低い方にもよく伸びてよく広がっているという感じです。周波数的なワイドレンジと立体的な空間表現の豊かさがうまくマッチして独特のHD800の世界を作り上げています。歯切れが気持ちよくスピードがあり、リズムのノリのいい感じでロックにもいい感じです。実際思ったよりポップ・ロック曲をたくさん聴いてしまいました。
解像力が高いというよりもリアルと言いたいと思います。繊細なさざなみのようなSTAXとは違う感覚がある、細かいけれどもダイナミックらしい芯があってシャープでしっかりした音です。
上から下までよく整った統一性のある音で、ゼンハイザー的なウォーム感は控えめではあると思います。上から来たものをそのまま下に流すようなピュアな再現です。少しだけWaonなど96/24のソースも聴いてみましたが、まさに息を呑むような再現力があります。上流にこうした良いソースを持っている人には特にお勧めです。
ただ冷たいとか分析的というのではなく、なにか音楽に引き込まれる魅力があるのはゼンハイザーらしい良さです。
懸念としては少し高域にきつめのブライト感があるけれどもSONYのヘッドホンのように刺さるわけではない程度です。また低域はタイトで質感があり質はよいんですが、少し軽めに感じられるところは好みを分けるかもしれません。ただバランスが悪いとは感じません。
いずれにせよいままでのは箱から出してから数時間程度のコメントです。これからがちょっと楽しみですね。
ヘッドホンショウで聴いたときはハイスピード・フラット・ニュートラルとEdition8とイメージが重なって聴こえたんですが、こうして聴いてみると両者違う魅力を持っていることに気がつきます。もちろんオープンとクローズの差はあるけれども、キャラクター的ななにかですね。
ケーブルについてはEdition8とは違いこちらはバランスのリケーブル前提なんですが、いま考えているのはHD800のハイスピードキャラクターを推し進める方向でApuresoundのV3を使うか、キャラクターの特性を調整する方向でMoon AudioのBlackDragonか、どちらかを考えてます。
いまは後者に傾いてますが、Drewさんに聞いてみるとBlackDragonはPlugに対してちょっと太いということです。まあEdition7を頼むときもそういわれたのを無理を言ってやってもらったのではありますが、、
いずれにせよDrewさんはまだプラグを入荷できてないようです。
このようにHD800で特徴的なのはまずワイドレンジとクリーンでリアルな音再現、そして音場の広さ、立体感、奥行き感です。
どうしてこんな音がでるのか不思議ですが、この音を生み出したHD800の特徴について考えてみたいと思います。
*リングラジエーター
まずHD 800で特徴的なのはリングラジエーターと呼ばれる大口径のドーナッツ型のドライバーです。
カタログにはスプリアス振動を抑えたとありますが、スプリアス(spurious)は偽のとか誤ったという意味ですので、本来は不要なものとか意図しない振動と言うことです。
HD800の振動板はドーナッツ状なので、直径は確かに大きいんですが、面積は大きく増えてないようにも思えます。
なぜリング状なのかということを少し考えて見ましょう。
ここで逆に中がドーナッツのように中空ではなく普通のダイアフラムのように詰まっていると仮定します。このほうが面積が大きいので無駄なくよいように思えますが、その中の部分は直径が大きくなるほど振動の基点であるコイルのところからの距離が長くなってしまいます。すると振動が始点であるコイルのところから徐々に中に向かって伝播していくと、ダイアフラムの物性的な剛性によって振動の周波数が基点と異なりやすくなります。中まで正しく伝わらないで、たわみやすいということです。これは分割振動と呼ばれますが、高域で顕著です。
ところが中を中空にすれば、こうしたことがおきにくいまま、ダイヤフラムを大きく、マグネットやコイルを大型化することが可能です。低域では面積が大きい方が有利ですが、サブウーファーに見られるように振幅(excursion)を深くすることでも同様に低域に必要な空気のマスを大きく動かすことができます。ここでは大型化したマグネットが有利に働いていることでしょう。
つまり中空にしたことにより高域のゆがみが減り、大型化したマグネットにより低域も豊かになっているということなのではないかと思います。
これが驚異的なワイドレンジを得ている理由のひとつでしょう。スペックの6Hz-51kHzは-10dBですからあんまり現実的な数値ではありませんが、スピーカーでよく使われる-3dB(聴覚上半分)でも14Hz-44kHzと驚異的にワイドレンジです。
また音の歪み感のないクリーンさもこれによっているように思います。これがリアルな音再現の秘密のようにも思います。
*傾けたドライバーの設置
もうひとつはドライバーを傾けて外耳にあたる角度をつけているということです。立体感や音場生成に寄与するでしょう。
これはUltrasoneのS-Logicを意識しているようにおもえますが、ハイエンドのHD800自体もEdition7/9の成功に刺激されたということもありそうに思えます。
*ドイツ製であるということ
HD800のポイントのひとつは誇らしげに書かれている"Made in Germany"です。
いかに設計がよくても製作が雑では品質の高さは達成できません。この音の上質さを考えるにこれは十分納得できます。
いまでは"Made in Germany"というのはひとつのステータスでさえあります。
しかし、19世紀にさかのぼると世界的に品質の高さをうたわれていたのは産業革命を成功させたイギリス製品でした。
1876年に開かれた万国博覧会のときにはまだ「ドイツ製」というのは安かろう悪かろうの代名詞であったということです。そこでドイツ製品はそれをなるべく隠すように英国製らしく装っていたそうです。そのためドイツ製品はイギリスから"Made in Germany"と明記するように求められてしまいました。実はこれが"Made in Germany"の始まりであるといわれています。
その後ドイツはマイスター制度を軸に工業立国を果たし、20世紀の高品質の象徴としていまの地位を得ます。
ブランドは作られるものであり、生得権のようなものではありません。"Made in Germany"は楽して得たものではなく、こうした歴史があります。だからこそ、価値があるわけです。
わたしはカメラではライカM6をも使っていました。
60年代にはカメラはレンジファインダーという形式で光学的にファインダーで距離を計測してピントあわせしていましたが、そのファインダー製作にはかなり高い工作精度が求められました。日本は当時カメラ技術でドイツを追いかけていましたが、M6の始祖であるライカM3のあまりの高精度なファインダーの品質の高さに日本勢はレンジファインダーを真似るのをあきらめざるをえませんでした。そしてもっと生産が楽で精度が要求されない一眼レフという新しいタイプのカメラの開発に注力し、これがその後の明暗を分けました。
しかしそのライカでさえ大半がポルトガルで製作された後に最後にドイツで組みたてられて"Made in Germany"と刻印されるいまの時代に、全部ドイツの本社工場で作るというゼンハイザーのこだわりはたいしたものです。
こうしたこだわりが、メーカーとしての矜持を感じさせます。
本当はHD650と比較試聴した方が記事が書きやすいと思って、HD650を用意していたんですがやめました。それほど独特な音表現がHD800にはあります。
価格差からHD800がHD650の3倍とか4倍いいのかと揶揄する声もあるかもしれませんが、HD650が何個あってもHD800の音にはなりません。また、両者は別のものであるとも言えます。
そうした点ではHD700ではなく、HD800という少し離れた名前の意味を音楽を聴きながらふと考えていました。
Music TO GO!
2009年07月02日
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