Music TO GO!

2008年11月06日

KleerとBluetooth

まずはじめの疑問にお答えしますと、"Kleer"の読みかたですが「クリアー」と読むようです。CESのゼンハイザーブースでのMX W1の紹介ビデオを見ているとそう呼んでいるようです。発音がまったく同じかは分かりませんが、Clearにかけているのでしょう。

Kleerはその名の通りにクリアなオーディオ伝送を行うための主にワイヤレスイヤホンのための規格です。適用範囲としては動画やマルチチャンネルオーディオにも応用できます。
形式で言うとKleerは2.4GHz帯の小電力通信ということになります。これはBluetoothとライバル関係にあるということを示します。ただしBluetoothがそもそもはUSBケーブルとかシリアルケーブルの無線による代用で機器間の接続を広くカバーするのに対して、Kleerはワイヤレスのオーディオ・ビデオ転送という点に特化しています。

さて、次の疑問は「KleerとBluetoothはどう違うのか」というものだと思います。
そこでKleerの特徴を主にBluetoothとの比較でまとめてみます。
出展はKleerのホームページからダウンロードできるいくつかのホワイトペーパーです。


1. CD品質の伝送能力

Kleerの一番の特徴はこれですが、Bluetoothに対して高音質なところが特徴です。これはCD品質の音楽データを非破壊(可逆)で送ることができるということです。
非圧縮の44KHz/16bitのCDデータの伝送には1.4112MB/sの伝送能力が必要です。BluetoothはMP3を簡略化したようなSBCという非可逆圧縮を使うのですが、Kleerではロスレス圧縮をして伝送しているようです。ロスレス圧縮を行うと1MB/s程度の伝送能力でも可能ということですが、無線での通信ということを考えるとパケットの到達ロスやミスを考慮して最低でも2MB/s程度の帯域幅が必要になるということです。
Kleerは2.37MB/sの伝送能力がありますのでこれをクリアできます。

ただBluetoothでもEty8のところで書いたように2.0規格のEDRという拡張方式を使うとこの伝送力は確保できるようです。この辺はよく分かりませんが、おそらくKleerとBluetooth EDRの差は後に述べるISM干渉の排除能力の違いで効率の差に表れるのではないかと思います。

2. 低消費電力

KleerはBluetoothに比較して約10倍の電力消費効率があると主張しています。
単純に比較すると平均的なBluetooth機器の消費電力の約150mWに比してKleerでは約30mWで済むとのことです。これだけでもすごいことですが、これではまだ5倍です。
ただしKleerの主張は伝送能力はBluetoothとKleerでは違いがあるので、この差を勘案してトータル10倍の差があるとしているようです。

3. マルチポイント伝送が可能

2008年1月のCESでゼンハイザーのMX W1が登場した時に驚かれたのは左右のレシーバーがワイヤでつながっていない、完全に独立した真のワイヤレスだったからです。これが簡単そうでできなかった理由はBluetoothだとレシーバーとトランスミッタが1:1の関係に限定されてしまうからです。
そのためにBluetoothでも片耳だけのヘッドセットなら実現可能です。しかしステレオのイヤホンの場合は両耳(つまり二台)に対して同時に送れないので、左右のどちらかで受け取って他方にケーブルで送る必要があります。

mxw1a.jpg

Kleerは"Listen In"と呼ばれる技術で1:4のマルチポイント伝送が可能です。そのため上の制約に縛られません。つまりMX W1の場合は左右の2台のイヤホンはそれぞれ本来は独立した二台のレシーバーとしてステレオの信号を受けているけれども、それぞれLかRのみ再生しているということでしょう。そのためMX W1では実際は1:2の通信をしていることになります。
実際にMX W1の説明書では同時に使えるW1は2セットまでと書いています。(Sleek Customは4セットと書いてある)

4. ISMバンドでの干渉に強い

2.4GHz帯のことをアメリカでは通称ISMバンドとも呼びます。Industrial, Science and Medicalの略です。無線LANだけではなく、コードレスフォンやベビーモニターとかこの帯域を使用する機器がかなりあるようです。
そこで、この帯域を使用する無線機器は常に干渉防止の機構を備えていなければなりません。それは自分が干渉を避けるためでもありますが、不必要に帯域を占有しないマナーのようなものでもあります。
ここは少し解説が必要かもしれません。

ISMバンドの中でも使用できるのは80MHzの帯域ですが、機器はそれを自分が必要な分(データ量)を考慮して、チャンネルという形でいくつかに分けています。送信はそのチャンネルで行われます。干渉防止とはつまり自分が使用しているチャンネルでパケットに送信エラーがあった場合、どう対処するかということです。
ポイントはこれには大きく二つの方式があるということです。ひとつはTDMA(Time division multi accsess)ともうひとつはFDMA(Frequncy division multi acccess)という方式です。

TDMAは簡単に言うとチャンネルで送信ミスがあった場合、時間をずらす、つまり混んでいたら空くまで待つという方式です。重要な点はこのときチャンネル自体は変更しないということです。同じチャンネルで空くまで待ちます。
TDMAは無線LANで使われています。これはつまり無線LANはプログラムやファイルなどの静的なデータを扱うという性質のため、1ビットたりとも欠けることは許されませんが、時間的には早くても遅れても問題にならないからです。

FDMAは簡単に言うとチャンネルで送信ミスがあった場合、周波数(チャンネル)を変えるというやり方で、つまり混んでいたら別な道を行くという方式です。たとえば音楽データなどは同時性が必要なため、空くまで待つという悠長なことは出来ません。
これに対しては受け手側でバッファを使って吸収できるのではないか、と言われるかもしれません。しかしこれは次に述べるレイテンシーの問題でそう大きなバッファはもてません。なぜかというと、オーディオバッファが大きければ多少途切れても大丈夫なのですが、バッファが大きいと動画のフレームと音声などで時間的なずれが生じてしまいます。
FDMAにはいくつかのさらにさまざまな方式があります。知っている方も多いと思いますが、BluetoothはFHSS(周波数ホッピング)という方式を使います。これは2.4G帯はどうせ込んでいるのだから定期的に周波数を変える、という考え方です。
具体的には80MHzの帯域を79の1Mhzの幅を持つチャンネルに分割して、それを決まったスケジュールで常にチャンネルを変えながらホップしていきます。

しかし、ここに問題があります。もし無線LANと同居していた場合、無線LANはTDMAですからチャンネルを動的に変えるということはないので常に同じ車線を走行します。そのため車線を蛇行してジグザクに走行するBluetoothとは常にどこかで定期的にぶつかります。そこでBluetoothではAFHという拡張方式を使用して一度ぶつかったチャンネルは塞いでしまうということでこれを回避します。しかし音声データを送信する場合にBluetoothでは最低でも20チャンネル(20MHz)は必要という仕様があるので複数の無線LANがチャンネルを多くふさいでいる場合に空きが見つけられなくなる可能性があります。

KleerではやはりFDMAですが、ダイナミックチャンネルセレクションという方式を使います。Kleerでは80MHzを16の5MHz幅のチャンネルに分割します。これは無線LANの間隙に入りやすい分割法だそうです。そしてBluetoothとは異なり、基本的には同じチャンネルを使い続けます。もし送信ミスがあった場合は空いているチャンネルをサーチしてそこに自動的に移ります。そしてまたミスが起こるまでそこを使い続けます。基本的にKleerはひとつのチャンネルで十分に音声伝送が可能です。
この方式だと無線LANが複数あってもその隙間が5MHzはあるので、そこにするっと潜り込むことで互いに干渉しないというメリットがあります。これはつまり渋滞していてもバイクなら車線間をすり抜けていくようなものです。そのすきまに別のバイクが入っていたらぐるりと見渡して空いている車線の隙間を探し、あとはそこをまた車線と平行に直進します。
そのためKleerは無線LANに影響されにくいという特性と同時に、無線LANに影響しにくいマナーの良さがあるとも言えます。

ism_band_fig1.gif
graphic courtesy of Kleer

上記の図はKleerのホワイトペーパーに掲載されている模式図です(Kleerの掲載許可を得ています)。
横軸が時間で縦軸が周波数帯です。(2.40GHz - 2.48GHz)

上の図では青のドットがFHSSでホップするBluetoothのパターンを示しています。黄色がWiFi、緑の線がKleerのチャンネルです。
常にチャンネルを動くことで黄色のWiFiと干渉してしまう青のBTのドットに対して、平行に走り干渉しないKleerのチャンネル選択がよく分かるのではないかと思います。


5.低レイテンシー

Kleerはステレオのオーディオだけではなく、動画やマルチチャンネルにも対応しています。こうした分野では音声と画像の同期や各チャンネルの整合というものが重要になります。

一般に動画やマルチチャンネルにはそれぞれ許容されるレイテンシー(遅延)というのがあるようです。
ポータブルオーディオでは100msec程度の遅延でもかまいませんが、ビデオと音声の同期を考えると45msec-70msec程度の遅延しか許されません。
マルチチャンネルオーディオ(リアスピーカー)の場合は20msec程度の遅延しか許されないということになります。

KleerではもともとCODECの負荷の少ない圧縮を使用していることもありますし、チャンネルを頻繁に切り替えることもないのでレイテンシーはBluetoothの約半分の45msecというかなり低いようです。
またバッファ長が可変であるので将来的には20msecまで短縮してAVシステムのリアスピーカーをKleerで無線化することも可能なようです。

* *


あと個人的に付け加えるならば、リケーブルを考えなくて済むのがありがたいというところでしょうか(笑)

こうした技術を総称してKleer Audio LPと呼びますが、実体はKLR3012というモジュールに集積されています。これにチップやソフトウエアが集約されているので開発もかなり楽に行えるということです。
これは韓国のDigiFiにもライセンスされていて、Sleek WirelessはこのDigiFiのOperaを使用したもののようです。この辺はウスログさんのブログをご覧ください。


Kleer機器の使用シークエンスはまず受信機の電源を長押しでオンにすると受信機のLEDが普通の間隔で点滅を繰り返します。これがEnrollment(受信待機)モードです。次に送信機の電源を長押しでオンにすると早い点滅に変わり、Associate(機器認証)モードになったことを示します。その後にすぐ点滅間隔がゆっくりしたものに変わり、これでデータ送信モードに入ったことを示します。電源オフは長押しか無入力によるオートパワーオフです。
Kleerではこうして状態遷移をLEDの点滅間隔で示すのですが、その間隔はSleek WirelessとSennheiser MX W1ではまったく同じです。これはKLR3012で制御していることが伺えます。
他方でLEDでバッテリーの残量を示す表示は異なりますので、電源管理まではKLR3012の仕事ではないということが分かります。


ちなみにKleerはアメリカの会社で所在地はカリフォルニアのクパチーノです(Cupertino, California)。
なんかよく聞いたことがある地名だという人も多いかと思いますが、まあそれがなんらかの意味を持っているならば大いに歓迎したいところです。
本稿で書いた利点はあるものの、Kleerも汎用性と普及度合いではBluetoothには遠く及びません。しかし、この辺がキーになって一気に化けるということは、意外とあるのかもしれません。
posted by ささき at 23:21 | TrackBack(0) | __→ Kleer ワイヤレス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック