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2008年09月03日

容疑者Xの献身 - 東野圭吾

以前書いた東野圭吾の直木賞受賞作、容疑者Xの献身が文庫で発売されたのでさっそく読んでみました。

(*以降で核心には触れませんが、まっさらの気持ちで作品を読みたい人は本記事を読まない方が良いかもしれません)


読み終えて思ったことはこの作品は東野圭吾のこれまでの集大成的なものであるのではないか、ということです。

東野圭吾という人の特徴の一つは理系出身の作家であるということで、この物理学者と数学者というテーマの取り上げ方は東野作品らしいと思います。
本作品はTV化もされたガリレオシリーズの初の長編という位置付けですが、「天空の蜂」とか「鳥人計画」なんかでもその片鱗はのぞきます。

しかし同時に感じた疑問はこれがなぜガリレオシリーズか、ということです。「さっぱりわからない」とTVシリーズの湯川のように言いたいところですが、原作ではこの台詞はありません。
ガリレオシリーズなら瞬間移動とか予知のようにオカルトじみたありえないトリックを科学的に説き明かすというのが筋なのですが、本編はそうしたものではなく、むしろ地味な刑事物のような展開なのに湯川がからむというのがちょっとポイントです。
いままでのガリレオシリーズの謎が物理の問題であったのに対して、今回は数学の問題である、ということかもしれません。


また、読んでいると男が女に献身的にするという切なさの構図が「白夜行」とか「幻夜」に重ね合わせられると思います。これらでは女性があまりに現実ばなれしていたけれども、今回はかなり等身大に描かれている点がちょっと異なります。
動機というのはミステリーではおまけのように扱われてきた、というか本格ものでは論理的な展開を図るためにかえって動機を排除させようという面もあると思います。動機よりも可能・不可能という論理性に重きをおきたいということでしょう。

しかし本来、人が犯罪を犯すという特別な行為に出るのは、大きな理由があるはずでそこに人間というものが見えかくれすると言えるでしょう。東野作品では「悪意」くらいからそうした動機という点を大きくテーマに据えようとしているように思えます。
数学的な犯罪の論理性と、人間感情という非論理性の狭間が本作品のおもしろさのひとつと言えるかもしれません。


それとミステリーの技術論的なことになりますけれど、これわたしもやられたと思いましたが、ちょっと叙述トリック気味なところがあります。
(あとで調べたことですが)実際にこの作品が本格ものかどうかという論争があったようです。ミステリーにおいて本格ものというのは読者と探偵役がフェアに同じ情報を共有するということですので、こういう定義では本作は本格ものとは言えると思います。ただし読者へのミスリードの向け方がちょっと叙述っぽいところがあるように思います。
そのために読者もひっかかってしまい、中盤でなんでこんな簡単な事件だし地味な展開なんだろう、とだるさを感じるかもしれませんが、もしそう思ったら警察と同様にまんまと作者と犯人の術中にはまっています。

ちなみに本作品は犯行描写からはじめる倒述の形態をとっていますが、倒述と叙述はちょっと違います。叙述はトリックというよりも小説技法と言えるでしょう。叙述は東野圭吾が初期のころによく使ったもので、どの作品がそうかは書けませんが、もともとは新本格といわれる作家たちが旧態依然としたパズルのようなトリックを駆使するのを揶揄するために使っていたと思います。ただ折原氏などがちょっと行き過ぎなくらいに叙述技法を使うので、それ自体はあまり特異なものとは言えないかもしれません。
また、東野作品は最近は白夜行などの文学的な路線にあり、そうした技巧的な側面は封印したものと思っていました。つまり本作も男女関係がテーマのひとつであり、その延長の文学的な作品とうっかり捕らえてしまいます。
つまりは本作は東野ファンであるほどひっかかってしまうというわけです。


あと結局は素直に泣けるんですが、これも初期の東野作品によくあったパターンのように思えます。白夜行みたいに「これで終わり?」みたいなものよりもこうしたストレートに感動させてくれるほうが東野作品としてはあっているように思います。

こうしたいままでの作品の集大成的な感覚はスティーブンキングの「it」を読んだ時にちょっと似た感じを受けました。そうした意味では本作でいままでの功労として直木賞を取ったというのはいえているのかもしれません。


いずれにせよ、まちがいなく良い作品だと思います。
この作品はTVシリーズと同じキャストで映画化されます。
http://yougisha-x.com/
配役を見ると石神と工藤のイメージが原作とは逆のように思えますが、この辺になにか意図がありそうです。また、柴咲コウの役柄は実はガリレオシリーズの原作にはないのですが、映画化はいろんな意味でちょっと楽しみです。



posted by ささき at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | ○ 日記・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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