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2025年03月08日

R2R DAC設計とトーンコントロールが魅力「Shanling EH2」のレビュー

EH2はShanling EH1に次ぐShanlingの新しいEHシリーズの据え置きのヘッドフォンアンプです。

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Shanlingは、1988年の設立以来、高品質なオーディオ機器を手がける中国のブランドとして、CDプレーヤーや真空管アンプからポータブルDAC、インイヤーモニターまで、多岐にわたる製品ラインナップを有しています。

* 特徴

EHシリーズは、デスクトップでの使用を前提に、小型で場所を取らないヘッドフォンアンプです。EH1がシンプルさと手軽さに重点をおいていたのに対して、EH2はさらにパワフルで、本格的なヘッドフォンアンプです。
またEH1/EH2ともに(ある世代には懐かしい響きの)トレブル(高音)とバス(低音)のそれぞれ独立したトーンコントロールが設けられています。Shanlingに聞いてみたところ、これはハードウエアによるもので、ソフトウエアによるイコライザーを好まないユーザーのために設けたとのことです。低域は±6dB、高域は±10dBの範囲で可変できます。

EH1とEH2の違いはまずサイズが違います。EH1はDC 5Vの外部電源で動作可能ですが、EH2はAC電源のみで据え置き専用として考えられています。その代わりにEH2の方がだいぶパワフルです。バランス出力で比較すると、EH1が0.4W(32Ω)であるのに対して、EH2は4.3W(32Ω)ものパワーがあります。入力もEH1がUSB-Cのみなのに対して、EH2はUSB-C、同軸デジタル、光デジタル、Bluetooth(LDAC、aptX HD、AAC、SBC対応)と豊富です。
ただし、EH2のサイズはEH1より奥行きが深い(EH1が約10cmに対し、EH2は約22cmで12cmの差)ものの、幅と高さはEH1と同じで、デスクトップに置くには依然としてコンパクトな部類です。

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そして大きな違いがDAC設計です。EH1が汎用品のCirrus Logic CS43198 DAC ICを採用しているのに対して、EH2はR2R形式の独自開発のDACを搭載しています。R2Rとは「Resistor to Resistor」の略語であり、文字通りに抵抗を組み合わせたDACのことです。形状からラダー(はしご)DACとも呼ばれます。
R2R形式のメリットとしてはいままで使われてきたCS43198のようなデルタシグマ形式のDAC ICに対して、PCM音源の時に複雑な変換が必要なくより高音質を発揮できるという点があります。このことは硬くデジタル臭い音の原因となる副作用が少ないと言うメリットがあります。デルタシグマDACではネイティブDSD再生という言葉がありますが、R2R DACではいわばネイティブPCM再生ができるのがR2R DACというわけです。
またR2R DAC採用の理由をSHANLINGに聞いてみると、SHANLINGの歴史の中でR2RアーキテクチャーDACの採用成功例は多く、この音質をより「アナログ」的で、デジタル特有の硬さが抑えられていると評価しています。近年、複数のメーカーがR2R設計を採用し始めたことで、このR2Rサウンドを好み、R2R方式のDACを求めるユーザー層が増えています。

またR2R形式のDACで特徴的なのが、デジタルフィルターのモードをNOSとOSの二種類から選べるということです。EH2では背面のトグルスイッチでNOSモードとOSモードを機械的に切り替えができます。
NOSとはNon Over Samplingのことで、オーバーサンプリングしないということで、OSはオーバーサンプリングするということです。オーバーサンプリングとはDACの内部でサンプリング周波数を高くすることで、ノイズを取りやすくするために行います。このためにSNなどの性能が上がりますが、一部情報が切り捨てられます。一方でNOSにするとOSでは除去されるはずの高周波成分が残って出力信号に混ざる可能性がありますが、これはいわば本来の情報をなるべく捨てないということです。そのため、SNが下がります。
言い換えるとOSとはノイズを効率よく取ってDA変換するということであり、NOSとはダイレクトにDA変換するということです。つまり一長一短があります。
R2R方式はPCMをそのままデコードできるので、デジタル処理は最小限で済みます。先に書いたデルタシグマ型のDACは原理的にOSが必須となります。つまりNOSというオプションはありません。一方でR2RではNOSもOSも選択可能です。つまりは両方切り替えられるのはR2Rの特徴です。
ですからR2Rでは最小限のデジタル処理で自然でアナログの音という観点から、デジタル処理がより少ないNOSがR2R形式と組み合わせることが多いというわけです。

一方でR2R DACはデルタシグマDACの逆なので、PCMには強いがDSDには変換が必要となります。EH2では「All to PCM」という思想で全ての入力をPCMに変換することで対応しています。つまりこれはShanlingのCDプレーヤーでの「All to DSD」思想の逆といえます。

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そして、もう一つ大きな違いはアンプの設計です。
EH1はSGM8262 ICを用いて価格的には一般的なオペアンプ設計がなされていますが、EH2では出力段にトランジスタを用いたディスクリート設計が採用されています。この価格帯のヘッドフォンアンプでトランジスタ出力段を持つEH2はユニークな存在です。
詳しくいうと、EH2ではBD139(NPN型)とBD140(PNP型)という対照的な二種類のトランジスタを用いてプッシュプル回路を組んでいると考えられます。(おそらくAB級)
これはEH2が4.3Wもの大出力を引き出せる理由です。また、このようなトランジスタを用いたディスクリート設計の場合には、オペアンプの設計に比べて単に性能が高いというよりも、より柔軟な設計ができて限界が高い能力を持たせることができるということが言えます。これは平面駆動や高インピーダンスなど要求の高いヘッドフォンに対してより柔軟に対応できるということです。
言い換えると、そこそこの性能の普通のヘッドフォンならば、オペアンプとディスクリートの差は大きくないけれども、要求性能の高いヘッドフォンならば差が大きくなるということです。このことからEH2はより高性能のヘッドフォンを持ったユーザーに向いています。

またちょっと面白い機能としてはUAC1.0モードがあるのでゲーム機(PlayStationやNintendo Switchなど)に接続が簡単にできるようになっています。ゲーム機にヘッドフォンアンプというと変わっているようにも思えますが、最近ゲーミング分野でベイヤーなどのハイエンドヘッドフォンが注目されていることから、こうした機能があっても良いと思います。

つまりEH2はより大きくAC電源のみの据え置き専用機であり、入力、パワー、DAC設計、アンプ設計でグレードアップされています。

* インプレッション

パッケージには本体に加え、日本仕様の電源アダプターが付属しているため、別途購入する必要はありません。標準品の電源もなかなか良いようですが、アンプなので別の専用電源にすると向上する余地はあるかもしれません。
EH1よりは大きくなったとは言え、4.3Wもの出力を有する高性能ヘッドフォンアンプとしてはかなりコンパクトで、ノートPCの横にぴったりのサイズ感です。(写真はケーブル類を外しています)

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ボリュームノブは適度にトルク感があり、バスとトレブルのつまみにはセンターにクリック感があるので、いちいち見なくてもだいたいの位置がわかります。操作系もシンプルでソースの切り替えとゲインくらいです。OSとNOSの切り替えは背面スイッチです。シンプルなデザインであまり飾り気はなく価格なりと言ったところです。
またNOSとOSの切り替えスイッチは使うたびにカチッと音がするのできちんとリレーで切り替えているようです。電源を落とす時も、ヘッドフォンを差し込む時もリレーが作動するカチッという音がします。外はあっさりとしていますが、中の作り込みはかなり丁寧なようなので、質実剛健なヘッドフォンアンプと言えます。

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試聴には主に平面型ヘッドフォンのSendy AudioのPeacockを使いました。PeacockはSendy Audioのフラッグシップ機で、詳しくはこちらの記事を参照してください。Peacockは4.4mmで試聴、ゲインはLowで十分です。

やはりEH2の良さはその音です。まずNOSモードにしてPeacockで聴いてみたところ、たまたま再生された女性ヴォーカルの歌声の美しさに驚くほど、その音色の再現力は魅力的です。性能はかなり高いように思います。
低音は打撃力が強く、相当なパワーを感じます。この辺は平面型のタイトな低音再現力を生かしています。高音域は伸びやかでシャープですが、刺激的な要素が少なく、これはR2Rらしい特徴であり、NOSでもOSでも同様に感じます。平面型の強みのワイドレンジは十分に発揮できてます。音場は左右の広さはほどほどで奥行きがある感じです。
そして中域再現力はとてもよくヴォーカルが艶かしくてとてもリアルです。価格レベルはかなり超えていると思いますね。
あまり発熱はなく、AB級らしく躍動感が高い音です。でもスペックを見ないで試聴したらおそらく滑らかさにA級アンプと思ったかもしれません。EH2は滑らか志向のR2RとAB級ハイパワー志向の取り合わせがユニークです。

HD800では6.3mm端子で聴いてみました。こちらはゲインをハイにした方が良いです。
ハイインピーダンスらしい鋭い低音のアタック感がOSモードだとかなり再現力が高く感じられます。HD800のこの鋭さが苦手な人はNOSにするとかなり和らぎます。
HD800の特徴の左右に広い音場もよくわかり、ヘッドホンに応じてそのまま音が変わる感じです。全体的にはリスニング寄りのアンプですが、こうしたモニター的な側面もあったりするのは基本的な音がよくできているからだと思います。
ただハイパワーアンプなのでCampfire Audio Claraのような高感度イヤフォンだと無音時に少しホワイトノイズが聞こえます。イヤフォンを使うならばダイナミックが良いでしょう。


EH2はNOSモードとOSモードの違いがかなり大きいアンプです。それはDSDのPCM変換の音とDSDネイティブ再生の音の違いに近いです。それがR2R設計がPCMネイティブ再生ということです。
NOSモードだと三極真空管を使っていないのが信じられないほど有機的で音楽的なサウンドで、暖かく滑らかで躍動感があります。かなり「R2Rっぽい音」です。OSモードにするとまるで異なりSNが高い現代アンプの音になります。例えばNOSだとハープの音色とか響きがよく美しく、OSだとやや無気的にはなる。その反面でドラムスはNOSだと少し甘めですがOSではかなりタイトです。
R2RなのでやはりNOSに注意が向くんですが、実のところEH2の良さはOSモードもかなり良い点です。OSでも十分に滑らかで角が少ないです。性能型と味がある音のバランスが絶妙です。
平面型はOSの方が良いと思うので、はじめはOSにして聴いた方が良いと思います。またNOSに関しては、雰囲気型の音楽や美しい音楽はNOSに切り替えると価格帯関係なくここだけで楽しめるような美しい音楽が楽しめるように思える強い個性もあります。

EH2はJ-POPなど硬い録音にとても向いているアンプです。アニソンも良いですね。特にNOSにしていると女性ヴォーカルが甘く艶やかに聴こえます。
ロックだとOSがおすすめで、ドラムの鋭いアタックが叩きつけるように気持ちよく楽しめます。NOSにすると打撃感が少し柔らかくなります。
ジャズでは現代的なジャズトリオはOSで軽快に、ジャズヴォーカルではNOSにして雰囲気感を楽しむのが良いと思います。
基本性能が高いので、複雑な作りの現代音楽や躍動感あるシンフォニーにも向いています。

もう一つの特徴のバス・トレブルのトーンコントロールのつまみですが、バス・トレブルは両方よく効いて、記憶にあるミニコンポやラジカセのバスやトレブルのように、あるいはそれ以上にかなり音が変わると思います。
最も良い使い方はヘッドフォンに合わせてイコライザーのように使うことでしょう。例えばPeacockだと低音が抑えめなので、思いっきりあげてもいいですね。ハイエンドヘッドフォンの性能のままリスニング寄りに思いっきり寄せられます。アニソン聴く人はバス下げて中域を活かすのも良いでしょう。
ハード処理のトーンコントロールなので、アプリのイコライザーと違って音の劣化が感じられません。普段イコライザーで味付けをしている人は、いったんそれを切って、これで調整し直すと良いでしょう。

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NOSモードでの個性的な滑らかサウンドと、トーンコントロールを組み合わせて自分好みの濃い味付けをしてみるとなかなか得難いオーディオ体験ができると思います。


* まとめ

Shanling EH2はハイパワーでかつR2Rの音を堪能できるヘッドフォンアンプです。NOSとOSのモード切り替え、バスとトレブルのつまみで音色を自在に操る感覚もユニークです。
つまみにはクリック感があるので、中央位置が視線を移さずとも分かります。曲の表示を見ながら片手でバスとトレブルを調整し、ベストな音を探すのは、昔ながらのオーディオの楽しみです。
Shanlingはもともと暖かみのある昔風のオーディオ的な音作りだと思いますが、EH2はその結晶のようなアンプといえます。懐かしのバス・トレブルとともにレトロ志向もユニークです。

EH2は見た目はシンプルですが音がよくコスパが高いので、ハイエンド平面型ヘッドフォンを買ったが予算が少なくなった、でもそれに見合うアンプが欲しいという時におすすめしたいヘッドフォンアンプです。
R2R設計もよく効いて柔らかい音なので、少しきつめの音のヘッドフォンを持っている人にも良いと思います。また今回は試していませんが、UAC1.0モードで、ハイエンドゲーマーにも良いかもしれません。
EH2はヘッドフォンを好きな様々なユーザーに手頃な価格で訴求できるヘッドフォンアンプと言えるでしょう。
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スティックDAC×DAC POCKETによるポータブルオーディオの勧めの記事をAV Watchに執筆

スティックDAC×DAC POCKETによるポータブルオーディオの勧めの記事をAV Watchに執筆しました。
エッセイ風の記事の第二弾で、「有線イヤフォンの逆襲」をテーマにしています。

https://av.watch.impress.co.jp/docs/review/review/1665838.html
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xMEMS社の最新ユニット「Sycamore」の記事をPhilewebに執筆

フルオープン型にも対応可能なxMEMS社の最新ユニット「Sycamore」の記事をPhilewebに執筆しました。
ノウルズカーブの記事と合わせるとフルオープンタイプの将来も見えてきます。

https://www.phileweb.com/review/column/202503/05/2539.html
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「ノウルズ・カーブ」をCESの最新展示から読み解く、の記事をPhilewebに執筆

「ノウルズ・カーブ」をCESの最新展示から読み解く、の記事をPhilewebに執筆しました。
xMEMSのシカモアの記事と合わせるとフルオープンタイプの将来も見えてきます。

https://www.phileweb.com/review/column/202503/04/2538.html

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