本記事はiBasso Audioの新製品DX260のレビュー記事です。
その前に簡単にiBasso Audioとポータブルオーディオの歴史を振り返ります。
DX260とCampfire Fathorm
わたしはiBasso Audioの製品は2007年のiBasso D1から使っていますが、これはポータブルヘッドフォンアンプに初めて本格的なDACが搭載されたことで当時は画期的な製品でした。それだけではなくD1は2007年当時からMCU (Micro Controller Unit)を入出力コントロールに使用するなど先進的な技術を搭載していました。そしてiBassoは大型だったD1をよりコンパクト化したD10でこのカタチを進化させ、iPodとアンプ二段重ねのポータブルオーディオ世界を牽引していきます。
次に画期的だったのは2012年のDX100で、これは今で言うハイレゾDAPです。これはAndroidをOSに使いながらもAndroidの制限であるミキサーをバイパスしてハイレゾ再生を可能とし、当時最新だったDACであるESS ES9018の性能を引き出しています。これがDX260の直接の先祖にあたります。このAndroidのミキサーバイパス方式は今は普通ですが、iBassoが先駆けで極めて先進的で画期的なDAPでした。
このようにiBassoは10年以上もこのポータブル業界を牽引してきた会社で、先進的でかつマニアックなメーカーです。
iBasso D10(左、2009)とiBasso DX100(2012)
そしてDX100の最も進化したものが最新作のDX260そしてDX180です。両者の違いは簡単にいうとDACの種類・数と価格で、それぞれDX240、DX170の後継機にあたります。
この他にiBassoにはMAXラインモデルがありますが、MAXラインが物量投入型の直球勝負のフラッグシップであるのに対してこのDX260/DX180は最新技術を投入したラインナップです。
すでに述べたようにiBasso Audioはこの分野では常に先進的な技術を導入する会社で、DX260、DX180もその例外ではありません。DX260、DX180を外見からパッとみるとカジュアルなDAPのように見えますが、その実はかなり高度な機能を内に秘めています。
DX260とPathfinder
* DX260の特徴
1. 8基のDAC ICを組み合わせた高音質設計、ディレイパラレルの採用とアナログFIRフィルター
DX260はシーラスロジックのフラッグシップDACチップのCS43198を8基搭載しています。しかしDX260のポイントは数ではなくその使い方です。iBassoらしくFPGAとの組み合わせで8基のDAC ICをピコ秒レベルでデータ送信を制御、従来的な「シンクロナス・パラレル出力」に加えて新しい「ディレイ・パラレル出力」を可能としています。
ディレイパラレル図
それぞれのDACの波形のギザギザの部分が重なり合ってスムーズになっています
DX260での特徴は「ディレイ・パラレル出力」で、これはDACチップの出力を少しずつずらしながら合算する方法です。これにはDACチップをグループ化するためにx2とx4のモードがあります。(DX180ではx2のみ)
これは出力波形のギザギザになっている部分を重ね合わせることで滑らかにする効果があります。こちらはiBasso開発に「ディレイ・パラレル出力」について聞いたコメントです。
"Delay-parallel is our FIR filter. You can imagine that several identical waveforms with a little delay are superimposed. As a result, the analog signal is more accurate and smoother."
(ディレイパラレル は当社のFIRフィルターです。 少し遅延した複数の同じ波形を重ね合わせることを想像してください。その結果、アナログ信号はより正確で滑らかになります)
言い換えるならば、デジタルカメラに最近よく搭載されているピクセルずらしによる超解像出力に似ているかもしれません。ただしiBasso開発に「これは解像力(resolution)を向上させるものですか」と聞いたところ、"resolutionというのはデジタルでの概念ですが、この機能はいわばアナログ領域のものです"と返答が返ってきました。この辺りが本機能をアナログFIRフィルターと呼んでいるゆえんかもしれません。つまり「ディレイ・パラレル出力」という機能はあくまでアナログでの音をスムーズに改善する機能ということのようです。
iBassoでは最大4基までの「ディレイ・パラレル」により、ハードウェア・アナログFIRフィルターを形成し、複数のDAC間の差異を無くすことで性能を向上させると書いています。DX260ではこうした機能によりSN比が最大133dBと驚くほどの性能を実現しています。
DX260とFathorm
2. Androidのミキサーのバイパス、および独自OSの切り替え方式の採用
DX260は基本的にAndroid 11をそのまま使用したDAPで、ストリーミングを再生したいときにはApple MusicやAmazon Musicなどのアプリをそのままインストールできます。またのちに述べますが、USB Audio Player ProやNeutronなどマニアックなAndroidらしいアプリもインストールすることができます。ローカル音源の再生にはMango PlayerというiBassoの音楽再生アプリがプリインストールされていてすぐに使用できます。
基本はAndroid端末そのものなので、例えばDX260のマニュアルをダウンロードしてAdobe readerをインストールして開くことができます。SNSアプリをインストールすればフィードで流れてきた気になる曲をそのままクリックしてすぐ良い音で聴くことができます。
ただしAndroidをそのまま使う時にはAndroid 14以降の「ロスレスUSBオーディオ」機能を使用しない限りはミキサー制限のためにハイレゾ・ロスレスでの再生はできません。そのためにiBassoでは冒頭で書いたようにDX100からそれをバイパスする仕組みを有しています。DX260でももちろんミキサーをバイパスできるのでハイレゾ・ロスレスで出力できます。
この件についてどのようにしてロスレス出力を実現しているのかをiBasso開発に聞いてみました。
"We modified Android's mixer, audio flinger, and audio hardware abstract layer. Android's SRC issues have been resolved since DX100"
(Androidのミキサー、audio flinger、オーディオハードウェアアブストラクトレイヤーに手を加えています。こうしてAndroidのSRC問題はDX100以降解決されています)
解説するとミキサーはDAP上で使われる音源のサンプルレートを一つに変更するソフトのこと(でないとDACに送れない)、audio flingerとはAndroidにおける基本音声システム(Core Audioのこと)、ハードウェアアブストラクトレイヤー(通称HAL)は音をドライバーに送る前段です、
これによりMango Player以外のApple MusicやAmazon Musicアプリでストリーミングを再生する時にもAndroidのミキサーをバイパスしてハイレゾ・ロスレス音源を再生できると開発は言っています。こうしたOSに近い仕組みに手を加えたからでしょう。
そしてDX260はMango Playerと同じ操作感で使用できる独自OSの音楽再生専用OSのMango OSがインストールされているので、Androidと切り替えて使うことができます。ただしMango OSではWi-FIとBluetoothは使えないので、多機能が使いたい時はAndroid、音質を重視したいときはMango OSと切り替えて使うことができます。
* インプレッション
DX260の魅力の一つはサイズ感です。大きさの割には軽く、それでいて金属のシャーシの高級感を感じるデザインが採用されています。標準添付のケースは透明のスマホケースのような樹脂製で、高級感はありませんがとても実用的です。大きさが適度でシャツの胸ポケットやジーンズの前ポケットにも入れることができます。
ボリュームのトルク感は軽めですがクリックはしっかりあって回しやすい設計です。設定で画面が消えている時は回らないようにすることができます。ボリューム付近の整備用の背面パネルがメカらしく、デザインのポイントになっています。
バックパネル
ユニークなのは付属品にエージング用のケーブルが入っていることです。エージングケーブルはインピーダンスを持ったケーブルで、実際にイヤフォンを接続しなくてもエージングができます。実際にイヤフォンを繋ぐと音漏れがするので便利に使えると思います。推奨エージング時間はメーカーによると200時間ということですが、私は50時間ほどエージングしてから聴き始めました。
電池の持ちが良いのも特徴で、エージングしてる時に測ったら連続で13-14時間ほど持つようです。
まず透明感の高いCampfire Audio Fathomを用いて聴き始めました。AndroidのMango Playerで初期設定です。エージングなしでまず少し聴いてみましたが、いきなり透明感の高い鮮烈な音が出てきたのでちょっと驚きです。
それからのエージングには付属のエージングケーブルを使ってみたんですが、エージング中に音漏れがしないのは良いですね。エージングの進み具合も良好に思えます。エージングを進めると粗さが取れて滑らかになっていく感じです。
DX260の音は、中高域の鮮烈なほどのクリアな鮮明感と低域のパンチの強さの気持ちよさがまず特徴的です。音調はニュートラルで着色感がなく、いつもの少し暖かみのあるシーラスロジックの音ではなく無着色のESSの音のように感じられます。というかCS43198の音というよりもAKMやESSの最上位機種のような音です。この辺はマルチDACの効果かもしれません。
透明感の高さは印象的なほどで、とても細かい音が聞こえます。SN比が極めて高い感じです。音像が鮮明でくっきりはっきりとしています。くっきりはっきり系に振り切ったような鮮烈でクリアなサウンドです。研ぎ澄まされた日本刀のような切れ味で、このSN比の高さは価格帯を超えた音質だと思います。
中音域のヴォーカルの歌詞はかなり明瞭に聞こえ、どちらかというと女声の方が得意だと思います。
高音域は突き抜けるようにシャープに伸びていく。金属が擦れる音のシャープさはあまり聴いたことがないほどの鋭さがあるけれども、それほどきつさは感じられません。高音域のベルの音が澄んで美しいので歪み感も少ないと思う。
とてもワイドレンジで低域は深く、低音はタイトでパンチが鋭く重いのでロックでも思わず聴き入ってしまいます。DX260の低域は解像感のある質の高い低音を楽しむスピード感あるスリリングな低音再現が楽しめます。
音場が立体的で昔のロックを聴いても音に奥行き感が感じられる点も良いです。
DX260とFathorm
* イヤフォンを色々と変えてみる
次にいろいろとイヤフォンを変えて聴き比べてみました。
Campfire Audio Pathfinder
オールBAのFathomと異なりハイブリッドモデルです。
ハイブリッドらしく低音がうなりを上げ、かなり迫力があります。少しモニター寄りだったFathomとの組み合わせよりもさらにリスニング寄りの音に感じられ、低音のパワー感が一層感じられます。DX260のアンプ部分のパワーもかなりあると思います。ジャズを聴くとギターの端切れがとてもシャープで気持ち良い。元気があるサウンドです。
音の広がりがやはり立体的で、奥行き表現に長けていて空間が感じられます。
qdc White Tiger
2EST+6BAモデル。プロ御用達のqdcブランドらしくモニター的で原音忠実的に聞きたい時に向いた組み合わせです。低域もよくコントロールされて全体に明瞭感が高く、スピードがあります。低域も深くパンチがありますが、Pathfinderよりは抑えめとなります。
iBasso 3T-154
15.4mm大口径シングルダイナミック。例えると暴れん坊の3T-154をうまく慣らしてテームしているという感じです。低音は弛まずうまくコントロールしています。ミドルゲインにするとより暴力的なパワフルさが再現できます。男声の時はダイナミックモデルがより合うかもしれません。
ちなみに付属ケースの端子の切り欠きは3T-154の太めの端子のサイズに合わせたようで、ぴったりと装着できます。
DX260とFathorm
DX260自体はフラットでニュートラルかつアンプのコントロール力もあるので、イヤフォンの個性を引き出しています。イヤフォンを変えることでモニター的に聞きたいか、リスニング的に聞きたいかを選べます。
強いてあげるなら、DX260に向いているのはハイブリッドかマルチBAモデルです。BAの音のシャープさを特にうまく引き出すDAPと言えます。
* Androidモードで音楽アプリを色々と変えてみる
Androidモード、Mangoプレーヤー画面
DX260の基本的な使い方は、Androidモードで標準のMango Playerを使って内蔵メモリやSDカードの音楽を楽しみます。また、そうしたSDカードなどローカル音源を聞きたい時はMango OSモードにするとさらに音質よく聴くことができます。しかしMango OSではWiFiやBluetoothが使えないのでストリーミングを聞きたい時はAndoidモードにしてApple MusicやAmazon Musicをインストールすることになります。
DX260はAndroid OSモードにしている時はGoogle Playストアが使用できるAndroid11端末と同じなので、多彩なアプリをインストールできます。標準でインストールされている「アプトイデ」も3rdパーティーのアプリストアです。またAmazonも独自のアプリストアを持っています。いろいろとアプリを変えて楽しめるのがAndroidの良い点ですが、その自由な分でリスクもあるので注意は必要です。
まずストリーミングを楽しめたい場合には「Apple Music」や「Amazon Music」のようなストリーミングサービス純正のアプリをインストールできます。
Apple Musicアプリ
Apple Music画面
画面も広く操作感も軽いので、スマホを使っているのとさほど変わらない感覚で使用ができます。搭載しているSoCはSnapdragon660なのでミドルクラスのスマホなみです。スマホと比べると少し画面が狭くて本体の厚みがある感覚です。画面はスマホよりは小さいものの、フォントも見やすく画面遷移も十分に早いと感じます。ストリーミング用としては文句ない使い勝手だと思う。
Amazon Musicアプリ
Amazon Music音質設定画面
Amazonアプリはやや遅く感じますが、これはアプリの問題だと思います。Amazonのアプリはなんでもアプリ内に入れるので重いのですよね。
オーディオ品質を見ると96kHz/24bitの曲はデバイスでも96/24でデコードされているので、先に書いたように3rdパーテイーのアプリによるストリーミングでもハイレゾ対応がなされているようです。
音質も良く、クラシックでのフルートや楽器の音色がとても正しく再現されているように感じられます。
Bandcampアプリ
これは私がいつも新曲をチェックするために使っているインディーズ・マイナーアーティスト用の配信サイトです。これも十分に使用でき、かつiPhoneとは違ってこのアプリから直で買うオプションが見えているのはオープンなAndroidらしいところです。
またAndroidの魅力は自由度が高いことなので、オーディオマニア向けの音楽再生アプリも選べます。例えば高音質に振ったマニアックな「Neutron Player」や、多機能な「USB Audio Player Pro」です。多機能という点では「PowerAmp」アプリなども定番ですが、オーディオマニア向けというのとはちょっと違うかもしれません。
Neutron Playerアプリ
Neutronプレーヤー、オーディオハード画面
これは高音質に特化したアプリでAndroidのMango Playerよりも高音質で再生できるように思います。再生タブで64bit処理、リサンプリングでオーディオファンモードを選んでおくと良いと思う。
前に使っていた時よりもDAPの性能が上がっているせいか、より音が良くなっているように思いますね。より音が細かく濃く聞こえます。
上のようにハードウエア画面でARMアーキテクチャの隣に+NEONと表示されてあればそのプロセッサではNEON対応しています。NEONとは音楽データのような大量データを高速に処理するための専用部分です。DX260ではNEON対応されています。
Mango Playerとはまた異なる高音質が楽しめるので、切り替えて使ってみるのもよいかと思います。
USB Audio Player Pro(UAPP)アプリ
USB Audio Player ProのTIDAL画面
通常Android(Android13まで)はミキサー制限でハイレゾ・ビットパーフェクト出力ができませんが、アプリ側で独自のハイレゾ・ロスレス出力ができるようにしたアプリです。
以下はDX260での設定の例です。
設定→「内部オーディオドライバ」=ハイレゾダイレクトドライバ(DAP内蔵DACを使用)
設定→「ハイレゾドライバ」→「ビットパーフェクトモード」=オン
またUSB Audio Player Proアプリ内でRoonやAurdivanaのようにTidalとQobuzを呼び出すことができます。
TIDALアプリは日本ではGoogle Playストアではダウンロードできないので、TIDALをAndroidアプリで聞きたい時に使えます。またTIDALを聴きながらUAPPの機能もフルに使えます。MQAデコードもできますが、TIDALはMQAを廃することを決めたのであまり意味がないかもしれません。さらにuPnP(DLNA)サーバーの音源も再生できるなど多機能な音楽再生アプリです。
このようにAndroidでアプリを変えて音質を変えたいとか弄っていきたいというときに、iOSにはないAndroidらしさが楽しめるので、iPhoneユーザーがDX260を買うと新鮮な楽しみ方ができると思います。
DX260とPathfinder
* 音質設定での音質変化を楽しむ
設定変更はゲイン、デジタルフィルター、FIRモードなどが変更できます。デジタルフィルターはDACのデジタルフィルターを変更することで、これは他のDAPでも可能です。
DX260独自なのはFIRモードです。これは特徴のところに書いたマルチDACの使い方を変更するモードです。FIRモードをnormalからx2、x4と変えていくと音が滑らかになり、より濃くなっているように思います。x4からNormalに戻すと音が軽く硬めに感じます。やはりx4がもっとも音質が良く感じられます。
* Mango OSモードに変更して音質変化を楽しむ
DX260ではAndroidの他にiBasso独自のMango OSという軽量OSが搭載されています。音質設定や使い方はMango Playerと同じで戸惑うことはありません。他のアプリは動かないMango Player専用のOSモードみたいな感覚です。ただしBluetoothやWiFiサポートもないので、ストリーミングはできません。単体でSDカードや内蔵音源などローカル音源を楽しむ時のモードです。
音質はAndroidモードのMango Playerよりも、Mango OSモードの方が鮮烈でちょっと驚くほど鮮烈な高い音質を味わえます。Androidモードから一枚ペールを剥がした感じです。
FIRモードの差もMango OSの方がより違いが分かります。Mango OSモードでFIRのx4モードの音質は価格以上の性能を感じさせると思います。
* USB DACモードを使う
USB DACモードでの使用例
DX260はUSB DACにもなります。注意点はこのときケーブルに関してはOTGではなく、通常のUSB-Cデータケーブルを使用することです。iBassoの開発によると、DX260においてUSB-DACとして使用する際には、USB SLAVEとして認識されるのでOTGではない普通のUSB-Cデータケーブルを使用するということです。
USB DACモードを使うにはプレーヤーの設定画面から切り替えて使用します。特徴的なのはこの時に充電するかどうかを選択できることです。充電しないにするとノートPCと接続する時はノートPC自体のバッテリーを使わないでDX260側のバッテリーを使うことができるので、ノートPCでもバッテリーの持ちを気にせずに使用できます。DX260自体がコンパクトなのでMacbookと合わせてもそんなに邪魔にならずに使用できます。
音質もかなりレベルの高いものです。MacのAudio Midi画面を見ると384kHz対応のようです。
macOSのAudio MIdi画面
* Bluetoothレシーバーモードを使う
Bluetoothレシーバーでの使用例
iPhone 15 Pro MAXと接続してみました。接続自体は普通のBluetooth機器と同様に簡単にペアリングすることができます。レシーバーとしてのコーデックはAACとSBCのみとなります。
音質もそれほど劣化を感じせずに使うことができるので音質も十分に実用的です。ただしDX260本体がストリーミング可能で多機能なので出番は少ないかもしれません。
* まとめ
DX260は第一に鮮明でクリアな音が堪能できるDAPです。パンチがあって躍動感のある点も良いと思う。
そして第二にとにかくモードが多く使い出があるDAPです。デジタルフィルターも多彩、Androidでアプリを変えたり、Mango OSモードもあるのでものすごく多彩な音質オプションが選べます。もちろんこの他にイコライザーも使えます。ノートPC側の電池を使わないUSB-DACにもなりますし、Bluetoothレシーバーとして使用すればWi-Fiやテザリングのできない環境でもストリーミング再生が使用できます。SPDIFがついているのもD1から知ってる私にとってはiBassoらしい感じはします。その点でぶれてないですね。
DX260とFathorm
そしてDX260の良さは圧倒的な音質の良さとサイズ感がうまく組み合わされているところです。最近は完全ワイヤレスイヤフォンの進化で有線イヤフォンの出番が減る傾向にありますが、その中でもDAPを持ち出して使いたいという気にさせてくれるDAPといえます。わかりやすい鮮烈なサウンドで、完全ワイヤレスでは到達できないレベルの音質を明示することで、有線イヤフォンの有意さを示しています。サイズ的には日本の事情に即しているDAPのように思います。やはり手持ちの有線イヤフォンを高性能DAPで活かしたいけど、DAPが重いと持ち出すのに躊躇するという方にはおすすめです。
Music TO GO!
2024年08月30日
2024年08月29日
USoundがDCバイアスゼロでのMEMSスピーカーの動作を発表
先日USoundがバイアス電圧がゼロでのMEMSスピーカーの動作を発表したと書きましたが、これはUSoundに問い合わせてみたところ正しくないということがわかったので訂正します。
正しくはMEMSスピーカーが動作するために必要なDCバイアスがゼロでも動作するようになった、これは消費電力の面と実装面積で有利となる。動作させるためのオーディオ信号の昇圧はやはり必要であるということです。
これはUSoundの"Conamara"MEMSスピーカーが対象となります。Conamara はUSoundのMEMSスピーカーの円形のMEMSスピーカーユニットのシリーズです。ツィーター向けとフルレンジ向けがあります。
"Conamara"MEMSスピーカー(右)と従来型ドライバーの比較 (USoundホームページより)
正しくはMEMSスピーカーが動作するために必要なDCバイアスがゼロでも動作するようになった、これは消費電力の面と実装面積で有利となる。動作させるためのオーディオ信号の昇圧はやはり必要であるということです。
これはUSoundの"Conamara"MEMSスピーカーが対象となります。Conamara はUSoundのMEMSスピーカーの円形のMEMSスピーカーユニットのシリーズです。ツィーター向けとフルレンジ向けがあります。
"Conamara"MEMSスピーカー(右)と従来型ドライバーの比較 (USoundホームページより)
2024年08月22日
JBLが液晶UIでAuracast対応のTour Pro 3を発表
JBLのケースに液晶画面搭載の完全ワイヤレスイヤフォンシリーズでTour Pro 3が海外発表されました。
注目点はこれがJBLとしては初の完全なAuracast機能を備えているという点です。
スマート充電ケースのディスプレイのAuracastボタンを使用して、Auracast対応デバイスとオーディオコンテンツを簡単に共有でき、ケースと付属のアプリをタップするだけで既存のブロードキャストに参加できるとあります。
これがなぜ注目かというと、以前アスキーに書いた記事でAuracastアシスタントの記事を書いたのですが、それが実際にTWSのケースで実現されたからです。
TWSはスマホからの伝送を受けるのが常識ですが、Auracastでの大きな変化はそれがスマホ外からの伝送をTWSで受ける点です。しかしTWSには画面がないので複雑なUIを持てません。そこで代理でUIを提供するのがAuracastアシスタントです。
Auracastアシスタント概念図
Auracastアシスタントはスマホのアプリが提供することが普通ですが、もちろんスマホでなくても構いません。そこでJBL Tour Pro3ではケースの画面がそのUIの役割を果たしているようです。下の画像はJBLホームページの画像ですが機内映画を見ている人がJBL Tour Pro 3で
さらに画面を拡大すると、液晶にはAuracastボタンの他に、BluetoothアイコンとAuracastアイコンが描かれてその切り替えができるという点に注目できます。
Auracastアシスタントではチャンネル選択の他に、まずスマホから聴いているのか(ユニキャストモード)と、Auracastのブロードキャストモードを切り替える必要があります。そうでないとストリーミング音楽を楽しんでいるTWSを、電車内のAuracast放送に切り替えることができません。
こうしたユニキャストとブロードキャストの切り替えが実際に実装されているのを見るのは興味深いことです。
ちなみにTour Pro 3では従来機種よりも30%画面が大きくなっているとのこと。
実際にTWSがAuracast対応されたと言ってもそれが使えなければ意味がありません。こうして実用的な機能を見るとAuracast普及に一歩近づいた感があります。
JBLの製品ページ
https://news.jbl.com/en-CEU/239681-enjoy-everywhere-entertainment-with-jbl-tour-pro-3-leading-the-next-generation-of-tws-earbuds
注目点はこれがJBLとしては初の完全なAuracast機能を備えているという点です。
スマート充電ケースのディスプレイのAuracastボタンを使用して、Auracast対応デバイスとオーディオコンテンツを簡単に共有でき、ケースと付属のアプリをタップするだけで既存のブロードキャストに参加できるとあります。
これがなぜ注目かというと、以前アスキーに書いた記事でAuracastアシスタントの記事を書いたのですが、それが実際にTWSのケースで実現されたからです。
TWSはスマホからの伝送を受けるのが常識ですが、Auracastでの大きな変化はそれがスマホ外からの伝送をTWSで受ける点です。しかしTWSには画面がないので複雑なUIを持てません。そこで代理でUIを提供するのがAuracastアシスタントです。
Auracastアシスタント概念図
Auracastアシスタントはスマホのアプリが提供することが普通ですが、もちろんスマホでなくても構いません。そこでJBL Tour Pro3ではケースの画面がそのUIの役割を果たしているようです。下の画像はJBLホームページの画像ですが機内映画を見ている人がJBL Tour Pro 3で
さらに画面を拡大すると、液晶にはAuracastボタンの他に、BluetoothアイコンとAuracastアイコンが描かれてその切り替えができるという点に注目できます。
Auracastアシスタントではチャンネル選択の他に、まずスマホから聴いているのか(ユニキャストモード)と、Auracastのブロードキャストモードを切り替える必要があります。そうでないとストリーミング音楽を楽しんでいるTWSを、電車内のAuracast放送に切り替えることができません。
こうしたユニキャストとブロードキャストの切り替えが実際に実装されているのを見るのは興味深いことです。
ちなみにTour Pro 3では従来機種よりも30%画面が大きくなっているとのこと。
実際にTWSがAuracast対応されたと言ってもそれが使えなければ意味がありません。こうして実用的な機能を見るとAuracast普及に一歩近づいた感があります。
JBLの製品ページ
https://news.jbl.com/en-CEU/239681-enjoy-everywhere-entertainment-with-jbl-tour-pro-3-leading-the-next-generation-of-tws-earbuds
2024年08月21日
xMEMSがMEMS空冷ファンを発表
xMEMSがMEMS技術を応用した空冷ファンを発表しました。
https://xmems.com/press-release/xmems-introduces-1mm-thin-active-micro-cooling-fan-on-a-chip/
このxMEMS XMC-2400 μCoolingチップはおそらく熱くなる一方のスマホの空冷に使われるのではないかと思えます。MEMSはチップなので、SoCやCPUとの実装の相性がよいでしょう。MEMSベースなので超薄、静音でCPU/SoCの冷却ができるというわけです。
同種のファンに比べると96%もコンパクトということです。
あと特筆すべきは超音波技術を使用したxMEMSサイプレスと同じ製造プロセスのようです。サンプル出荷は2025/Q1とのこと。
(xMEMSホームページより)
公開された動画を見ると、チップでチップを冷やすMEMS空冷ファンの様子がわかりやすいと思います。サイズ的には10mmx7mmなのでSoCよりもやや小さいくらいですね。
https://xmems.com/press-release/xmems-introduces-1mm-thin-active-micro-cooling-fan-on-a-chip/
このxMEMS XMC-2400 μCoolingチップはおそらく熱くなる一方のスマホの空冷に使われるのではないかと思えます。MEMSはチップなので、SoCやCPUとの実装の相性がよいでしょう。MEMSベースなので超薄、静音でCPU/SoCの冷却ができるというわけです。
同種のファンに比べると96%もコンパクトということです。
あと特筆すべきは超音波技術を使用したxMEMSサイプレスと同じ製造プロセスのようです。サンプル出荷は2025/Q1とのこと。
(xMEMSホームページより)
公開された動画を見ると、チップでチップを冷やすMEMS空冷ファンの様子がわかりやすいと思います。サイズ的には10mmx7mmなのでSoCよりもやや小さいくらいですね。
2024年08月08日
Campfire Audioのひとつの集大成「Fathom」レビュー
Campfire Audio「Fathom(ファゾム)」はCampfire Audioの最新モデルで、6つのバランスド・アーマチュアドライバーを搭載したオールBAモデルです。約10年積み重ねてきた経験の集大成として開発されています。
Fathomの設計目標は「レコーディングされたオリジナルの音に忠実なサウンドを提供し、音楽を明瞭かつ深みをもって音楽を奏でること」とされていますが、それはどういうことかということを紹介していきます。
そのドライバー構成は高域(超高域)にBAドライバー2基、中音域にBAドライバー1基、低域にBAドライバー2基とAndromedaに似たオールBAドライバーの設計です。ただし最新の成果を取り入れて、新しいドライバーを採用している点が異なります。特に高域は新しいKnowlesのドライバーを使用して、クロスオーバーポイントを低く取ってツィーターのカバー領域を広く取っています。
A&K SP3000とFathom
* Ken Ball氏インタビュー
Fathomは設計者のKen Ball氏のLess is more(シンプルイズベスト)の設計哲学が反映されたものであり、ドライバー数が多くなりすぎないように工夫されたイヤフォンでもあります。
直接開発者のKen Ball氏に聞いてみました。
Q: 今回の名前の「Fathom」の由来を教えてください
KB : Fathomは6feetの深さ(日本語で一尋)という意味ですが、これは6つのドライバーを意味しています
Q: Fathomのページに「フェイズ・ハーモニー・エンジニアリング/Phase Harmony Engineering」という新しい言葉を見つけたのですが、これを説明してください
KB :フェイズ・ハーモニー・エンジニアリングとは、CampfireのIEMを設計する様々な方法の一つです。ご存知の通り、Campfireの設計はすべて、2人のメカニカルエンジニアの協力を得て、私が100%自社で行っています。CampfireのIEMを作る興味深い方法の1つは、ドライバーを慎重に選択し、すべてのドライバーが互いにどのように機能するかということです。
他の多くの音響エンジニアは、信号経路に多くのパッシブコンポーネントを追加したり、ローパスフィルターやハイパスフィルターを追加したりして、無理やり調和(ハーモニー)を取ろうとします。私はドライバーのマッチングに多くの時間を費やし、機械的なアナログ空間のフロントエンドとバックエンドの負荷(音響ボアと空気室)、音響ダンパーを使用して、位相が問題にならないことを確認します。BAドライバー、平面型ドライバー、ダイナミックドライバーど、ドライバーから始める場合、私はまずドライバーが本来持っている自然な位相に対してドライバーをマッチングさせたいと考えます。最初から位相に問題があるドライバー同士を使うことはしません。こうすることで、よりクリーンなオーディオマニア向けIEMのために、たくさんの不要な部品の使用を避けることができます。
これは、私が長年かけて学んだ音響の「黒魔術」のひとつです。
Q : FAHTOMに使われている高・中・低域のBAドライバーとless is moreの設計思想の関係について教えてください
KB : 私たちは位相特性が互いに競合しないBAドライバーを選ぶことに多くの時間を費やしています。周波数特性がうまくカバーできるBAドライバーを選ぶのも一つの方法ですが、位相が問題にならないようにするのも一つの方法です。そうしないと、ドライバーの固有周波数出力がキャンセルされてしまいます。さらにフロントエンドの負荷(アコースティックボア)とバックエンドの負荷(空気量)の3Dモデリングによって、位相と周波数を操作することができます。私は抵抗、コンデンサー、インダクターなどの電子部品によって何かを強制する必要がないように、これらすべてを行うようにしています。
私はクロスオーバーの少ない設計が好きなのですが、Fathomの場合、2基のツィーターBAには高い値のコンデンサーが付いていて、このコンデンサーによって高域の伸びと出力を向上させています。また、ミッドドライバーも高い低域をカバーするように調整しています。
パッシブコンポーネントが少なければ少ないほど、音質ははるかにクリーンで信号の劣化や色付けが少なくなります。よりオーディオマニア的なピュアリストアプローチ(ショートシグナルパスなどを好むこと)ですが、3Dモデリングでボアの前面を空間的に操作する方法について十分な知識を持っていなければ、優れた周波数特性を得るのははるかに困難です。私たちの内部3Dプリント構造はモノリシック3Dプリントであり、3Dモデリングが得意なので、このバランスを達成することができます。
このようにFathomではこれまでのCampfire Audioの集大成とも言えるシンプルイズベスト、いわゆるピュアリストアプローチを突き詰めて、余分なものを極力取り払い地味に調整することで、最新ドライバーのもつ能力をさらに引き出しています。またFathomではTAECが採用されていないのですが、それはこうしてドライバーの能力を最大限に引き出した結果のようです。
また周波数特性では2Kから10Kにかけてピークがなくフラットな点がポイントだと教えてもらいました。シンプルでかつ素直という基本的なことを極限まで突き詰めたのがFathormの設計思想だと思います。
* インプレッション
外形的には虹色に輝くパーツが特徴的で、シェルが美しくブラックのアルミニウム筐体に良いアクセントになっています。アルミニウム筐体はファセットカットと呼ばれるCampfire Audio独自の多面体です。
Fathomにはポルトガルの工房にて手作りで作られているレザーケース、 3.5mm、4.4mm の2本のTime Stream Cable、イヤーチップ各種、クリーニングアイテムが付属しています。パッケージはAndromeda Emerald Seaあたりの流れに沿ったものです。
本体はコンパクトで女性でも十分に装着できると思います。これも多ドライバーになりすぎない長所です。
イヤーピースはフォームとシリコンチップが同梱されていて、どちらもよくフィットします。Kenさんはシリコンチップがおすすめとのこと。フォームもよくできていて、こちらの方が中間サイズの調整がしやすいのでより広いユーザーにハマりやすいと思います。フォームだから高域が落ちるということも少ないよくできたフォームチップです。
能率は高めでAndromedaほどではないけれども、ボリュームは絞ってから聞き始めた方が良いでしょう。
A&K SP3000とFathom
まず驚いたのは、Astell & Kern SP3000でエージングしようとして音量合わせるためにちょっと聴いた時に心が震えたということ。音の純度が高く、透き通るような山奥の清流のようです。
エージングして聴き進めると、とても歪みが少ないサウンドで、音は端正ですっきりとしています。着色感も少ないんですが、わずかに温かみがあって無味乾燥には感じません。
古楽のバロックバイオリンを聞いてみると、シンプルな音でも豊かで濃い倍音成分がたっぷりと入っています。おそらくレコーディングしたスタジオかホールに響くようなトーンもよく聞こえます。音楽的でいながらも、とてもHi-Fi的なオーディオ再現性が高いことがわかります。
A&K SE300とFathom
楽器音はとても美しくリアルで、特にピアノの音色がとても良く、グリッサンドで連続的に撫でるように響く音がとても心地が良い。フォルテの強い打鍵が力強さだけではなく音の美しさが伝わります。ピアノはSNの差がよく出る楽器の一つですが、聴覚的なSN感の高さとともに歪み感もとても少ないと感じられます。アコースティック楽器に強いはもちろんですが、実のところ電子楽器の音再現も美しく感じられます。付帯音で美しく感じさせる美音系ではなく、正確に音が出ていて歪み感が少ないから美しいというべきかもしれません。
高域表現はベルの音が息を呑むようなリアルさで感じられます。またハイハットの細かいシャープさもよく再現されて、刺さるようなキツさはあまり感じません。この辺はよく調整されていますね。
中音域の楽器再現とヴォーカルは出過ぎず引っ込みすぎずちょうど良い位置にあると思う。そのためバックバンドとのバランスが良く感じられます。
女性ヴォーカルの透明感がとてもよく再現されて、声質がとても美しく再現できます。反面で男性ヴォーカルはやや綺麗すぎるかもしれません。
低域表現はパンチがあって力強い、BAのベースの音です。例えばメタルを聴くと上品すぎるきらいはあるが、パワフルで躍動感がある音楽をうまく表現します。ただし上品すぎるけらいはあるので、この手の音楽を聴くときに好き嫌いはあると思う。低音の量感はなかなか上手いところにあって、フラットなほど少なくはないが多すぎるわけではないです。
音の純度の高さという他にFathomの良さのもう一つのポイントは立体感に優れているということで、位相特性が揃っているからだと思う。これはジャズトリオのように配置がわかりやすいというだけではなく、高木正勝やSaycetなど打ち込み系やエレクトロニカのよう電子音が散りばめられた音楽でも音場の気持ち良い立体感と囲まれ感を感じることができます。
ジャンル的には上品な感じの音なので室内楽やジャズトリオがよく合いますが、中域が良いのでヴォーカルものも良いですね。またスピード感があって、ロックでも躍動感が感じられます。これもピュアな設計の一環だと思う。
DX260とFathom
DAPの相性で言うと能率が高めなので、やはり一番向いているのは背景ノイズの極めて少ないSP3000です。SP3000持ってる人には特におすすめです。音的な相性ということで言うと次に良いのはR2R DACで音色が美しいAstell & Kern SE300とやはりSN感がよく透明感が高いiBasso DX260です。
* まとめ
Campfire Audio Fathomはピュアな音色表現と、立体感に秀でたハイエンドIEMで、中高域だけではなく低音も良くオールBAモデルらしくタイトで切れ味が良い音が楽しめます。プレーヤーによってはダイナミックとのハイブリッドかと思うような迫力も楽しめます。
Andromeda Emerald Seaとも音質は異なりますが、系統としてはAndromedaが好きな人は好むタイプだと思います。
そういえばCampfire Audioももう10年になるんだと気がつきました。
Kenさんに色々と聞いて思ったんだけど、イヤホンの設計ってほんとに細かな努力と経験が必要だと思います。前にウエストンのカールカートライトに話を聞いた時にも思ったけど、ほんとイヤフォンの音質って細かい部分のちょっとした工夫、でも豊富な経験に裏付けられた工夫が大事なんですよね。
FathomはそうしたKenさんのLess is moreのオーディオ哲学と、10年の経験が生んだ傑作ということができると思います。
Fathomの設計目標は「レコーディングされたオリジナルの音に忠実なサウンドを提供し、音楽を明瞭かつ深みをもって音楽を奏でること」とされていますが、それはどういうことかということを紹介していきます。
そのドライバー構成は高域(超高域)にBAドライバー2基、中音域にBAドライバー1基、低域にBAドライバー2基とAndromedaに似たオールBAドライバーの設計です。ただし最新の成果を取り入れて、新しいドライバーを採用している点が異なります。特に高域は新しいKnowlesのドライバーを使用して、クロスオーバーポイントを低く取ってツィーターのカバー領域を広く取っています。
A&K SP3000とFathom
* Ken Ball氏インタビュー
Fathomは設計者のKen Ball氏のLess is more(シンプルイズベスト)の設計哲学が反映されたものであり、ドライバー数が多くなりすぎないように工夫されたイヤフォンでもあります。
直接開発者のKen Ball氏に聞いてみました。
Q: 今回の名前の「Fathom」の由来を教えてください
KB : Fathomは6feetの深さ(日本語で一尋)という意味ですが、これは6つのドライバーを意味しています
Q: Fathomのページに「フェイズ・ハーモニー・エンジニアリング/Phase Harmony Engineering」という新しい言葉を見つけたのですが、これを説明してください
KB :フェイズ・ハーモニー・エンジニアリングとは、CampfireのIEMを設計する様々な方法の一つです。ご存知の通り、Campfireの設計はすべて、2人のメカニカルエンジニアの協力を得て、私が100%自社で行っています。CampfireのIEMを作る興味深い方法の1つは、ドライバーを慎重に選択し、すべてのドライバーが互いにどのように機能するかということです。
他の多くの音響エンジニアは、信号経路に多くのパッシブコンポーネントを追加したり、ローパスフィルターやハイパスフィルターを追加したりして、無理やり調和(ハーモニー)を取ろうとします。私はドライバーのマッチングに多くの時間を費やし、機械的なアナログ空間のフロントエンドとバックエンドの負荷(音響ボアと空気室)、音響ダンパーを使用して、位相が問題にならないことを確認します。BAドライバー、平面型ドライバー、ダイナミックドライバーど、ドライバーから始める場合、私はまずドライバーが本来持っている自然な位相に対してドライバーをマッチングさせたいと考えます。最初から位相に問題があるドライバー同士を使うことはしません。こうすることで、よりクリーンなオーディオマニア向けIEMのために、たくさんの不要な部品の使用を避けることができます。
これは、私が長年かけて学んだ音響の「黒魔術」のひとつです。
Q : FAHTOMに使われている高・中・低域のBAドライバーとless is moreの設計思想の関係について教えてください
KB : 私たちは位相特性が互いに競合しないBAドライバーを選ぶことに多くの時間を費やしています。周波数特性がうまくカバーできるBAドライバーを選ぶのも一つの方法ですが、位相が問題にならないようにするのも一つの方法です。そうしないと、ドライバーの固有周波数出力がキャンセルされてしまいます。さらにフロントエンドの負荷(アコースティックボア)とバックエンドの負荷(空気量)の3Dモデリングによって、位相と周波数を操作することができます。私は抵抗、コンデンサー、インダクターなどの電子部品によって何かを強制する必要がないように、これらすべてを行うようにしています。
私はクロスオーバーの少ない設計が好きなのですが、Fathomの場合、2基のツィーターBAには高い値のコンデンサーが付いていて、このコンデンサーによって高域の伸びと出力を向上させています。また、ミッドドライバーも高い低域をカバーするように調整しています。
パッシブコンポーネントが少なければ少ないほど、音質ははるかにクリーンで信号の劣化や色付けが少なくなります。よりオーディオマニア的なピュアリストアプローチ(ショートシグナルパスなどを好むこと)ですが、3Dモデリングでボアの前面を空間的に操作する方法について十分な知識を持っていなければ、優れた周波数特性を得るのははるかに困難です。私たちの内部3Dプリント構造はモノリシック3Dプリントであり、3Dモデリングが得意なので、このバランスを達成することができます。
このようにFathomではこれまでのCampfire Audioの集大成とも言えるシンプルイズベスト、いわゆるピュアリストアプローチを突き詰めて、余分なものを極力取り払い地味に調整することで、最新ドライバーのもつ能力をさらに引き出しています。またFathomではTAECが採用されていないのですが、それはこうしてドライバーの能力を最大限に引き出した結果のようです。
また周波数特性では2Kから10Kにかけてピークがなくフラットな点がポイントだと教えてもらいました。シンプルでかつ素直という基本的なことを極限まで突き詰めたのがFathormの設計思想だと思います。
* インプレッション
外形的には虹色に輝くパーツが特徴的で、シェルが美しくブラックのアルミニウム筐体に良いアクセントになっています。アルミニウム筐体はファセットカットと呼ばれるCampfire Audio独自の多面体です。
Fathomにはポルトガルの工房にて手作りで作られているレザーケース、 3.5mm、4.4mm の2本のTime Stream Cable、イヤーチップ各種、クリーニングアイテムが付属しています。パッケージはAndromeda Emerald Seaあたりの流れに沿ったものです。
本体はコンパクトで女性でも十分に装着できると思います。これも多ドライバーになりすぎない長所です。
イヤーピースはフォームとシリコンチップが同梱されていて、どちらもよくフィットします。Kenさんはシリコンチップがおすすめとのこと。フォームもよくできていて、こちらの方が中間サイズの調整がしやすいのでより広いユーザーにハマりやすいと思います。フォームだから高域が落ちるということも少ないよくできたフォームチップです。
能率は高めでAndromedaほどではないけれども、ボリュームは絞ってから聞き始めた方が良いでしょう。
A&K SP3000とFathom
まず驚いたのは、Astell & Kern SP3000でエージングしようとして音量合わせるためにちょっと聴いた時に心が震えたということ。音の純度が高く、透き通るような山奥の清流のようです。
エージングして聴き進めると、とても歪みが少ないサウンドで、音は端正ですっきりとしています。着色感も少ないんですが、わずかに温かみがあって無味乾燥には感じません。
古楽のバロックバイオリンを聞いてみると、シンプルな音でも豊かで濃い倍音成分がたっぷりと入っています。おそらくレコーディングしたスタジオかホールに響くようなトーンもよく聞こえます。音楽的でいながらも、とてもHi-Fi的なオーディオ再現性が高いことがわかります。
A&K SE300とFathom
楽器音はとても美しくリアルで、特にピアノの音色がとても良く、グリッサンドで連続的に撫でるように響く音がとても心地が良い。フォルテの強い打鍵が力強さだけではなく音の美しさが伝わります。ピアノはSNの差がよく出る楽器の一つですが、聴覚的なSN感の高さとともに歪み感もとても少ないと感じられます。アコースティック楽器に強いはもちろんですが、実のところ電子楽器の音再現も美しく感じられます。付帯音で美しく感じさせる美音系ではなく、正確に音が出ていて歪み感が少ないから美しいというべきかもしれません。
高域表現はベルの音が息を呑むようなリアルさで感じられます。またハイハットの細かいシャープさもよく再現されて、刺さるようなキツさはあまり感じません。この辺はよく調整されていますね。
中音域の楽器再現とヴォーカルは出過ぎず引っ込みすぎずちょうど良い位置にあると思う。そのためバックバンドとのバランスが良く感じられます。
女性ヴォーカルの透明感がとてもよく再現されて、声質がとても美しく再現できます。反面で男性ヴォーカルはやや綺麗すぎるかもしれません。
低域表現はパンチがあって力強い、BAのベースの音です。例えばメタルを聴くと上品すぎるきらいはあるが、パワフルで躍動感がある音楽をうまく表現します。ただし上品すぎるけらいはあるので、この手の音楽を聴くときに好き嫌いはあると思う。低音の量感はなかなか上手いところにあって、フラットなほど少なくはないが多すぎるわけではないです。
音の純度の高さという他にFathomの良さのもう一つのポイントは立体感に優れているということで、位相特性が揃っているからだと思う。これはジャズトリオのように配置がわかりやすいというだけではなく、高木正勝やSaycetなど打ち込み系やエレクトロニカのよう電子音が散りばめられた音楽でも音場の気持ち良い立体感と囲まれ感を感じることができます。
ジャンル的には上品な感じの音なので室内楽やジャズトリオがよく合いますが、中域が良いのでヴォーカルものも良いですね。またスピード感があって、ロックでも躍動感が感じられます。これもピュアな設計の一環だと思う。
DX260とFathom
DAPの相性で言うと能率が高めなので、やはり一番向いているのは背景ノイズの極めて少ないSP3000です。SP3000持ってる人には特におすすめです。音的な相性ということで言うと次に良いのはR2R DACで音色が美しいAstell & Kern SE300とやはりSN感がよく透明感が高いiBasso DX260です。
* まとめ
Campfire Audio Fathomはピュアな音色表現と、立体感に秀でたハイエンドIEMで、中高域だけではなく低音も良くオールBAモデルらしくタイトで切れ味が良い音が楽しめます。プレーヤーによってはダイナミックとのハイブリッドかと思うような迫力も楽しめます。
Andromeda Emerald Seaとも音質は異なりますが、系統としてはAndromedaが好きな人は好むタイプだと思います。
そういえばCampfire Audioももう10年になるんだと気がつきました。
Kenさんに色々と聞いて思ったんだけど、イヤホンの設計ってほんとに細かな努力と経験が必要だと思います。前にウエストンのカールカートライトに話を聞いた時にも思ったけど、ほんとイヤフォンの音質って細かい部分のちょっとした工夫、でも豊富な経験に裏付けられた工夫が大事なんですよね。
FathomはそうしたKenさんのLess is moreのオーディオ哲学と、10年の経験が生んだ傑作ということができると思います。
2024年08月07日
Campfire Audioがデュアルプラナードライバーの新IEMを海外発売開始
Campfire Audioがデュアルプラナー構成の新製品「Astrolith」を8月6日から海外発売開始しました。価格は$2199とハイエンド製品です。
ホームページはこちらです。
https://www.campfireaudio.com/pages/astrolith
(画像は上記ホームページより)
Campfire Audioは宇宙関係のネーミングなのでAstrolithとはカナダのモントリオールで開発中の月面探査機を意味していると思われます。
Astrolithは14.2mm低中域用のプラナードライバーと6mmの高域用のプラナードライバーの2基の平面磁界型ドライバーが搭載されています。
14.2mmのドライバーはSupermoonに搭載されたドライバーの改良型で、6mmの方は新規開発のようです。特に6mmのドライバーはPPRと呼ばれる新しいレゾネーターチャンバーを組み合わせているようです。Particle Phase Resonator (PPR)が採用された理由は新開発の6mmプラナーがとても高速な過渡応答特性を有していることによるようです(atypicalと書いているのでかなり特殊なようです)。その6mmドライバーを"smooths and tempers"とあるので音をスムーズに調整して和らげる働きをしているようです。TAECは高域を伸ばすように調整しますが、PPRはきつさを和らげるように調整するように思えます。
14mmドライバーはAAOIと呼ばれる音響チャンバーを兼ねた半透明のシェルに格納されています。
このPPRと6mmドライバー、14mmとAAOIがそれぞれ独立したコンポーネントに格納されていて、チャンバーによる音響的な調整がなされクロスオーバーレスで使用されています。Kenさんはシンプルイズベストが信条なのでクロスオーバーレスを好んで採用していますね。
性能的にはとてもインパルスレスポンスが高いのでグラフを見てもダイナミックドライバー(赤)と比べて音の正確性が高いことが見て取れます。またプラナーは帯域によるインピーダンス変動が極めて少ないので音が低域で膨らむということもないでしょう。
音質はいくつか海外でレビューが出ていますが、Astrolithはワイドレンジでスピードが速く解像力が高いが、高音域はとても洗練されてるという感じのようです。
イヤフォンにおける平面磁界型ドライバーのひとつのリファレンスとなりえるかもしれません。
2024年08月02日
Philewebに鹿島建設の立体音響技術「OPSODIS」の記事を執筆
Philewebに鹿島建設の立体音響技術「OPSODIS」の記事を執筆しました。
小さなサウンドバー上のスピーカーから後ろに回り込むような音が聞こえてくるのは圧巻です。
興味ある方はどうぞ。
脳が “バグる” 立体音響体験。クラファンで1億円を突破、鹿島建設のスピーカー「OPSODIS 1」は何がスゴい?
https://www.phileweb.com/review/article/202408/02/5689.html
小さなサウンドバー上のスピーカーから後ろに回り込むような音が聞こえてくるのは圧巻です。
興味ある方はどうぞ。
脳が “バグる” 立体音響体験。クラファンで1億円を突破、鹿島建設のスピーカー「OPSODIS 1」は何がスゴい?
https://www.phileweb.com/review/article/202408/02/5689.html
2024年08月01日
アクセル・グレル氏の新たな挑戦「Grell OAE1」レビューというか考察
DROP+Grell 「OAE1」はかつてゼンハイザーの顔としてヘッドフォン祭にも来日していたアクセル・グレル氏が、ゼンハイザーを退社してから個人ブランドとして開発したヘッドフォンです。
アクセル・グレル氏は1991年からゼンハイザーに在籍してゼンハイザーの歴史に残るフラッグシップ機であるHD600、HD650、HD800などを手掛けた開発者として知られています。ゼンハイザーの中心人物ともいうべきアクセル・グレル氏は、ゼンハイザーのヘッドホン部門がソノヴァに買収される前にゼンハイザーを離れて自らの名を冠したGrell Audioを立ち上げています。
アクセル・グレル氏が自分の理念を込めて開発したヘッドホンがGrell OAE1と言えます。OAE1の販売は海外の通販サイトで自社開発も行うことで知られているDropが担当しています。そのため名称はDROP+Grell 「OAE1」となっています。価格は先行版が$349くらいとそう高くはありません。
こちらホームページです。
Grell OAE1
https://grellaudio.com/products.html
Drop販売ページ
https://drop.com/buy/drop-grell-oae1-signature-headphones
OAE1の特徴はアクセル・グレル氏が取り組んでいる「ヘッドフォンの外形デザインと音質」というテーマを文字通り形にしたことです。それについては「多くのリスナーはヘッドフォンの周波数特性を測定するが、実際に知覚される音はヘッドフォンのジオメトリ(形状や大きさ)とアコースティックインピーダンスに大きく左右される。これはイヤカップの中の音場の形と方向性が空間再現に重要だからだ」とCanJamで開催されたセミナーの概要に書いています。
OAE1ドライバー配置(ホームページから)
それを実現するためにOAE1ではイヤカップの中でドライバー配置を耳の前方に位置させた独特の配置がなされています。それを可能な限り開放されたイヤカップデザイン、および低域を出すためのディフューザーと組み合わせています。振動板は40mmのバイオセルロースのダイナミックドライバーを採用、振動板は外縁部(エッジ)を有していて、ボイスコイルの作り出す定在波を吸収する仕組みになっているとのこと。
グレル氏の考える振動板の配置の進化は、Headfiのインタビューで見せたグレル氏のジェスチャーからわかります。
左から従来のヘッドフォンのドライバー配置、HD800でのドライバー配置、OAE1での配置
これはホームページの動画から、実際のドライバーを頭に当てたところです。
ちなみにS-Logicでのドライバーも傾いていますが、OAE1ほど前方にあるわけではありません。
Edition 15のS-Logicドライバー
ヘッドフォンとしての特性は仕様から抜き出すと周波数特性が12 - 32,000 Hz (-3 dB)、6 - 44,000 Hz (-10 dB)、インピーダンスは38Ω、能率は106 dB (1 kHz, 1 VRMS)です。
ホームページの音の特性のところに"front oriented loudness diffuse field equalization"とありますが、これはOAE1がリスナーに音が前方から来るように感じさせると同時に、拡散音場(音があらゆる方向から均一に到来する音場)に基づく自然な音のバランスを保つように音が調整されているという意味です。
実際に購入した方から借りて試してみました。
イヤパッドもヘッドパッドも価格的にはそこそこ悪くはなく、ハウジングもかなりがっちりとした剛性ある作りです。側圧は強めで、クランプでがっちり固定される感じです。イヤカップも小さめで調整してもほんとに頭にぴったりはまり余裕が少ないのですが、これはOAE1の設計がドライバーの位置に依存しているので装着位置が大事だからと思います。
サイズはHD800よりだいぶ小さく、OAE1の後にHD800を装着するとかなりゆるゆるに感じられます。
HD800とOAE1
ケーブルは2.5mmのTRRS(4極)端子を用いてヘッドフォン側と接続し、3.5mm(6.35mmアダプタ)と4.4mmバランスのケーブルが2本付属しています。少し特徴的なのですが、3.5mmケーブルは両側出しで、4.4mmケーブルは片側出しです。ヘッドフォン側端子は両側についていますが、どちらも問題なく使用できます。つまり両方挿しても片方だけ挿しても機能します。
このケーブルについてのHeadFiのGrell氏のコメントを引用します。
"OAE1には4極の2.5mmソケットが左右に付いています。どちらも左右のバランス信号の入力として機能します。ソケットは4極オーバーヘッドケーブルで接続します。片側4極ケーブルは、左側または右側に差し込むことができます。両側2極ケーブルを使用する場合は、信号がオーバーヘッドケーブルを経由して余分な経路を通らないようにするため、右側のプラグ(赤い絶縁リング)を右側のソケットに、左側のプラグを左側のソケットに差し込みます。片出しケーブルを使用する場合は、右手を使う場合は左のソケットに、左手を使う場合は右のソケットに差し込むことをお勧めします"
もともとプロのモニターが左片だしなのは仕事をするため右手に邪魔にならないようにするためだそうですが、やはりプロ畑のGrell氏なのでその辺も考慮しているように思います。またヘッドフォン側ケーブルは奥まで深く挿入する必要があります。
個人的には4.4mmの方が音が良く、主に左片だしで使用しました。
4.4mm方出し
能率が低めなのでヘッドフォンアンプを使ったほうが良いと思います。比較用にHD800初代を用意しました。
OAE1の音は、はじめに少し違和感を感じますが、音場感が独特で音楽が浮遊しているようなちょっと不思議な感覚があります。音場に奥行き感がある感じですね。S-Logicに似ているかというとそうかもしれませんが、S-Logicよりも音の奥行きがあるように思います。曲に離れたところでビンが割れるような効果音が入っているとちょっとハッとするくらいのリアルさで少し離れたところに感じられます。
通常のヘッドフォンに比べると音が真ん中に集まって、前方定位のように聞こえますが、距離が頭外に出るというわけではないように思えます。つまりスピーカーの方から聞こえてくるのではなく、通常のヘッドフォンよりも前方に音が集まっています。
音が前方にあるというよりも、感じるのは音場の奥行き感です。通常のヘッドフォンでは左右のカップ方向の線上に散っていた音が、前よりの奥行きのある音場に集まった感じです。サントラ的な雄大な音楽とか、音が空間に散らばるような音楽を聴くとわかります。ヘッドフォンをHD800に変えて同じ曲を聴くと音が平面的に感じられます。
音質自体はHeadFiの初期試聴コメントでは高域が強すぎるというコメントが多かったのですが、帯域バランス的には低音がやや強めの普通のヘッドフォンの音として感じられます。帯域バランス的に似ているのはHD800ではなくHD650ですね。フラットなHD800よりも低域は聴覚的に出ていると感じられます。ただ楽器音の着色感の少なさはHD800に近いと思います。
楽器音や解像力・歪み感自体はハイエンドというわけにはいかないと思うけれども、価格的に考えると悪くはないです。
音が特徴的なので、はじめ少し違和感を感じるところもありますが、聴いているとなれます。これはfinalのZE8000に近い感覚があるかもしれません。
HeadFiにもOAE1の音に違和感を覚えるというユーザーもいますが、それに対してGrell氏は次のように述べています。
“生演奏やリスニングルームでフルレンジスピーカー(14Hzから22,000Hzの3dBカットオフ周波数)を使ったリスニングの経験が豊富な人なら、OAE1を理解する(好きになる)のは簡単だと思います。ヘッドフォンのみのリスニング経験が豊富な人には、OAE1は最初は少し馴染みにくいかもしれません。しかし、私たちの内部のDSP(脳)はとても柔軟です”
位相遅延のような少し曇る感覚があるというユーザーもいるのですが、これはその通りです。この問題についてGrell氏は次のように答えています。
“(なぜ遅延が生じるかというと)OAE1の場合には外耳道入口での位相応答が、音源が頭に対して90°(270°)の角度ではなく、頭の前方0°から60°(300°)の角度のものだからです。
このような角度から音波がやってくると、低い周波数が直接外耳道入口に届きます。なぜかというと周波数が高くなるにつれて音波がビーム状に伝播するため、高周波数の音波は前方から直接耳道に入らず、耳介(ピンナ)に反射して耳道に入ります。この反射により遅延が生じ、その遅延時間はトラガスから対トラガスおよびヘリックスまでの距離を音速で割った値の2倍の長さとなります。この遅延時間は耳の大きさにより異なりますが、0.06msから0.12msの範囲です。つまり低域の音よりも高域の音の方が遅れて届くわけです。
私たちの脳は、この遅延が前方の自然音源を聞くときに発生することをよく知っています。しかし、従来のヘッドフォンで聴く場合にはこの遅延が発生しないことを学んできました。したがって、OAE1はより正確なサウンドを提供しますが、最初は慣れないサウンドに感じるかもしれません”
ちなみにトラガスから対トラガスまでの距離の2倍とは下の図のような意味です(耳のイラストはAI生成)。直進性が高く曲がりきれなくて耳穴に入れなかった高音が耳たぶに当たって反射して耳穴に入るまでの時間ということですね。
つまりOAE1の方式ではドライバーをでた音が周波数によって広がり方が違うので這うような低域は直に耳穴に入るけど、直進性の高い高域は外耳に反射してから入るので、低域に対して高域に遅延が生じるということです。普通のヘッドフォンでは耳穴の真横から音が出るので低域も高域も同時に耳穴に届いてしまいます。
つまりOAE1の方式の方が本来音の聞こえ方は自然だけれども、耳に対して直で音がくる普通のヘッドフォンに耳が慣れている人はそれに対して脳の補正が効いてしまっているので、ヘッドフォンの音の聞こえ方に慣れてしまっている人はOAE1の音に慣れるのに時間がかかるということのようです。
この仕組みは脳の学習を見込んでいるので、ZE8000のように慣れる時間が必要になります。HD800を聴き込んでOAE1に移ると変な感じに思うけれども、ずっとそのまま聴いていると普通に聞こえてきます。耳に直接入れるイヤフォンの場合に比べるとヘッドフォンでは耳介を使うことができるので慣れの問題はそう大きくはないかもしれません。逆にいうと自然な音再現のために外耳を積極的に使うのがOAE1と言えるかもしれません。
SignatureモデルなのでGrell氏のサインが見えます
ASMR音源はHD800よりもリアルで耳に近くASMRらしく聞こえます。この点でフルオープンに近い形状だけれどもクロストークの効果は少ない、あるいは期待していないと思います。つまりフルオープンにも見えるけれどもAKG K1000のように左右の音をまぜて立体感を高めるというアプローチとは異なるということだと思います。
音は普通の開放型のように外に漏れますが、低域用にディフューザーが設けられているのでどの帯域がどのくらい漏れるのかは分かりません。
また映画鑑賞にも向いています。低音がかなり出るので迫力があるということ、それと独特の音のリアル感です。Apple TV+で映画「グレイハウンド」を観てみましたが大西洋の荒波を切っていく音はかなりリアルに聞こえます。HD800でも同条件で試しましたが、HD800よりはOAE1の方が波濤を砕いて進む迫力・リアルさでかなりOAE1の方が上のように思います。
空間オーディオ音源に関してはM2 Macbook Airのヘッドフォン端子に直差ししてHD800(3.5mm端子にリケーブル)とOAE1で、ミュージックアプリでDolby Atmosデコードのオンオフをして試してみましたが、そう差は大きくないように思います。というかOAE1だと常にHD800のDolbyデコードオンのような少し遠めの音再現になっているというべきかもしれません。この辺はちょっとコメント保留しておきます。
普通のステレオ音源を聴くヘッドフォンとして考えると、はじめに考えていたようなGrell氏のHD800の後継機というようなモニター的な音ではなく、どちらと言えばリスニング向けと考えたほうが良いと思います。独特の音場感を楽しんで音楽に浸りたいというユーザー向けだと思う。音質的にも価格的に悪くはないですし、作りも含めて個人的には悪くないと思います。ただ装着感が少しタイトなので長時間装着はしにくいかもしれません。
またいつもヘッドフォンで音楽を聴いている人は要注意なヘッドフォンではあります。そういう意味ではZE8000と似た点はあるかもしれません。仕組みは全く違うとは思いますが、体の外形を伝う音を考慮したHRTF的な考え方はちょっと似ていますね。
HRTF的な考え方というと体験は個人差が大きいということにもなるかもしれません。もしかすると自分ダミーヘッドサービスのようなものと組み合わせるとなんらかのブレークスルーがあるかもしれませんが、それはさすがに分かりません。
いずれにせよ、興味深くユニークなサウンドのヘッドフォンと言えます。
アクセル・グレル氏は1991年からゼンハイザーに在籍してゼンハイザーの歴史に残るフラッグシップ機であるHD600、HD650、HD800などを手掛けた開発者として知られています。ゼンハイザーの中心人物ともいうべきアクセル・グレル氏は、ゼンハイザーのヘッドホン部門がソノヴァに買収される前にゼンハイザーを離れて自らの名を冠したGrell Audioを立ち上げています。
アクセル・グレル氏が自分の理念を込めて開発したヘッドホンがGrell OAE1と言えます。OAE1の販売は海外の通販サイトで自社開発も行うことで知られているDropが担当しています。そのため名称はDROP+Grell 「OAE1」となっています。価格は先行版が$349くらいとそう高くはありません。
こちらホームページです。
Grell OAE1
https://grellaudio.com/products.html
Drop販売ページ
https://drop.com/buy/drop-grell-oae1-signature-headphones
OAE1の特徴はアクセル・グレル氏が取り組んでいる「ヘッドフォンの外形デザインと音質」というテーマを文字通り形にしたことです。それについては「多くのリスナーはヘッドフォンの周波数特性を測定するが、実際に知覚される音はヘッドフォンのジオメトリ(形状や大きさ)とアコースティックインピーダンスに大きく左右される。これはイヤカップの中の音場の形と方向性が空間再現に重要だからだ」とCanJamで開催されたセミナーの概要に書いています。
OAE1ドライバー配置(ホームページから)
それを実現するためにOAE1ではイヤカップの中でドライバー配置を耳の前方に位置させた独特の配置がなされています。それを可能な限り開放されたイヤカップデザイン、および低域を出すためのディフューザーと組み合わせています。振動板は40mmのバイオセルロースのダイナミックドライバーを採用、振動板は外縁部(エッジ)を有していて、ボイスコイルの作り出す定在波を吸収する仕組みになっているとのこと。
グレル氏の考える振動板の配置の進化は、Headfiのインタビューで見せたグレル氏のジェスチャーからわかります。
左から従来のヘッドフォンのドライバー配置、HD800でのドライバー配置、OAE1での配置
これはホームページの動画から、実際のドライバーを頭に当てたところです。
ちなみにS-Logicでのドライバーも傾いていますが、OAE1ほど前方にあるわけではありません。
Edition 15のS-Logicドライバー
ヘッドフォンとしての特性は仕様から抜き出すと周波数特性が12 - 32,000 Hz (-3 dB)、6 - 44,000 Hz (-10 dB)、インピーダンスは38Ω、能率は106 dB (1 kHz, 1 VRMS)です。
ホームページの音の特性のところに"front oriented loudness diffuse field equalization"とありますが、これはOAE1がリスナーに音が前方から来るように感じさせると同時に、拡散音場(音があらゆる方向から均一に到来する音場)に基づく自然な音のバランスを保つように音が調整されているという意味です。
実際に購入した方から借りて試してみました。
イヤパッドもヘッドパッドも価格的にはそこそこ悪くはなく、ハウジングもかなりがっちりとした剛性ある作りです。側圧は強めで、クランプでがっちり固定される感じです。イヤカップも小さめで調整してもほんとに頭にぴったりはまり余裕が少ないのですが、これはOAE1の設計がドライバーの位置に依存しているので装着位置が大事だからと思います。
サイズはHD800よりだいぶ小さく、OAE1の後にHD800を装着するとかなりゆるゆるに感じられます。
HD800とOAE1
ケーブルは2.5mmのTRRS(4極)端子を用いてヘッドフォン側と接続し、3.5mm(6.35mmアダプタ)と4.4mmバランスのケーブルが2本付属しています。少し特徴的なのですが、3.5mmケーブルは両側出しで、4.4mmケーブルは片側出しです。ヘッドフォン側端子は両側についていますが、どちらも問題なく使用できます。つまり両方挿しても片方だけ挿しても機能します。
このケーブルについてのHeadFiのGrell氏のコメントを引用します。
"OAE1には4極の2.5mmソケットが左右に付いています。どちらも左右のバランス信号の入力として機能します。ソケットは4極オーバーヘッドケーブルで接続します。片側4極ケーブルは、左側または右側に差し込むことができます。両側2極ケーブルを使用する場合は、信号がオーバーヘッドケーブルを経由して余分な経路を通らないようにするため、右側のプラグ(赤い絶縁リング)を右側のソケットに、左側のプラグを左側のソケットに差し込みます。片出しケーブルを使用する場合は、右手を使う場合は左のソケットに、左手を使う場合は右のソケットに差し込むことをお勧めします"
もともとプロのモニターが左片だしなのは仕事をするため右手に邪魔にならないようにするためだそうですが、やはりプロ畑のGrell氏なのでその辺も考慮しているように思います。またヘッドフォン側ケーブルは奥まで深く挿入する必要があります。
個人的には4.4mmの方が音が良く、主に左片だしで使用しました。
4.4mm方出し
能率が低めなのでヘッドフォンアンプを使ったほうが良いと思います。比較用にHD800初代を用意しました。
OAE1の音は、はじめに少し違和感を感じますが、音場感が独特で音楽が浮遊しているようなちょっと不思議な感覚があります。音場に奥行き感がある感じですね。S-Logicに似ているかというとそうかもしれませんが、S-Logicよりも音の奥行きがあるように思います。曲に離れたところでビンが割れるような効果音が入っているとちょっとハッとするくらいのリアルさで少し離れたところに感じられます。
通常のヘッドフォンに比べると音が真ん中に集まって、前方定位のように聞こえますが、距離が頭外に出るというわけではないように思えます。つまりスピーカーの方から聞こえてくるのではなく、通常のヘッドフォンよりも前方に音が集まっています。
音が前方にあるというよりも、感じるのは音場の奥行き感です。通常のヘッドフォンでは左右のカップ方向の線上に散っていた音が、前よりの奥行きのある音場に集まった感じです。サントラ的な雄大な音楽とか、音が空間に散らばるような音楽を聴くとわかります。ヘッドフォンをHD800に変えて同じ曲を聴くと音が平面的に感じられます。
音質自体はHeadFiの初期試聴コメントでは高域が強すぎるというコメントが多かったのですが、帯域バランス的には低音がやや強めの普通のヘッドフォンの音として感じられます。帯域バランス的に似ているのはHD800ではなくHD650ですね。フラットなHD800よりも低域は聴覚的に出ていると感じられます。ただ楽器音の着色感の少なさはHD800に近いと思います。
楽器音や解像力・歪み感自体はハイエンドというわけにはいかないと思うけれども、価格的に考えると悪くはないです。
音が特徴的なので、はじめ少し違和感を感じるところもありますが、聴いているとなれます。これはfinalのZE8000に近い感覚があるかもしれません。
HeadFiにもOAE1の音に違和感を覚えるというユーザーもいますが、それに対してGrell氏は次のように述べています。
“生演奏やリスニングルームでフルレンジスピーカー(14Hzから22,000Hzの3dBカットオフ周波数)を使ったリスニングの経験が豊富な人なら、OAE1を理解する(好きになる)のは簡単だと思います。ヘッドフォンのみのリスニング経験が豊富な人には、OAE1は最初は少し馴染みにくいかもしれません。しかし、私たちの内部のDSP(脳)はとても柔軟です”
位相遅延のような少し曇る感覚があるというユーザーもいるのですが、これはその通りです。この問題についてGrell氏は次のように答えています。
“(なぜ遅延が生じるかというと)OAE1の場合には外耳道入口での位相応答が、音源が頭に対して90°(270°)の角度ではなく、頭の前方0°から60°(300°)の角度のものだからです。
このような角度から音波がやってくると、低い周波数が直接外耳道入口に届きます。なぜかというと周波数が高くなるにつれて音波がビーム状に伝播するため、高周波数の音波は前方から直接耳道に入らず、耳介(ピンナ)に反射して耳道に入ります。この反射により遅延が生じ、その遅延時間はトラガスから対トラガスおよびヘリックスまでの距離を音速で割った値の2倍の長さとなります。この遅延時間は耳の大きさにより異なりますが、0.06msから0.12msの範囲です。つまり低域の音よりも高域の音の方が遅れて届くわけです。
私たちの脳は、この遅延が前方の自然音源を聞くときに発生することをよく知っています。しかし、従来のヘッドフォンで聴く場合にはこの遅延が発生しないことを学んできました。したがって、OAE1はより正確なサウンドを提供しますが、最初は慣れないサウンドに感じるかもしれません”
ちなみにトラガスから対トラガスまでの距離の2倍とは下の図のような意味です(耳のイラストはAI生成)。直進性が高く曲がりきれなくて耳穴に入れなかった高音が耳たぶに当たって反射して耳穴に入るまでの時間ということですね。
つまりOAE1の方式ではドライバーをでた音が周波数によって広がり方が違うので這うような低域は直に耳穴に入るけど、直進性の高い高域は外耳に反射してから入るので、低域に対して高域に遅延が生じるということです。普通のヘッドフォンでは耳穴の真横から音が出るので低域も高域も同時に耳穴に届いてしまいます。
つまりOAE1の方式の方が本来音の聞こえ方は自然だけれども、耳に対して直で音がくる普通のヘッドフォンに耳が慣れている人はそれに対して脳の補正が効いてしまっているので、ヘッドフォンの音の聞こえ方に慣れてしまっている人はOAE1の音に慣れるのに時間がかかるということのようです。
この仕組みは脳の学習を見込んでいるので、ZE8000のように慣れる時間が必要になります。HD800を聴き込んでOAE1に移ると変な感じに思うけれども、ずっとそのまま聴いていると普通に聞こえてきます。耳に直接入れるイヤフォンの場合に比べるとヘッドフォンでは耳介を使うことができるので慣れの問題はそう大きくはないかもしれません。逆にいうと自然な音再現のために外耳を積極的に使うのがOAE1と言えるかもしれません。
SignatureモデルなのでGrell氏のサインが見えます
ASMR音源はHD800よりもリアルで耳に近くASMRらしく聞こえます。この点でフルオープンに近い形状だけれどもクロストークの効果は少ない、あるいは期待していないと思います。つまりフルオープンにも見えるけれどもAKG K1000のように左右の音をまぜて立体感を高めるというアプローチとは異なるということだと思います。
音は普通の開放型のように外に漏れますが、低域用にディフューザーが設けられているのでどの帯域がどのくらい漏れるのかは分かりません。
また映画鑑賞にも向いています。低音がかなり出るので迫力があるということ、それと独特の音のリアル感です。Apple TV+で映画「グレイハウンド」を観てみましたが大西洋の荒波を切っていく音はかなりリアルに聞こえます。HD800でも同条件で試しましたが、HD800よりはOAE1の方が波濤を砕いて進む迫力・リアルさでかなりOAE1の方が上のように思います。
空間オーディオ音源に関してはM2 Macbook Airのヘッドフォン端子に直差ししてHD800(3.5mm端子にリケーブル)とOAE1で、ミュージックアプリでDolby Atmosデコードのオンオフをして試してみましたが、そう差は大きくないように思います。というかOAE1だと常にHD800のDolbyデコードオンのような少し遠めの音再現になっているというべきかもしれません。この辺はちょっとコメント保留しておきます。
普通のステレオ音源を聴くヘッドフォンとして考えると、はじめに考えていたようなGrell氏のHD800の後継機というようなモニター的な音ではなく、どちらと言えばリスニング向けと考えたほうが良いと思います。独特の音場感を楽しんで音楽に浸りたいというユーザー向けだと思う。音質的にも価格的に悪くはないですし、作りも含めて個人的には悪くないと思います。ただ装着感が少しタイトなので長時間装着はしにくいかもしれません。
またいつもヘッドフォンで音楽を聴いている人は要注意なヘッドフォンではあります。そういう意味ではZE8000と似た点はあるかもしれません。仕組みは全く違うとは思いますが、体の外形を伝う音を考慮したHRTF的な考え方はちょっと似ていますね。
HRTF的な考え方というと体験は個人差が大きいということにもなるかもしれません。もしかすると自分ダミーヘッドサービスのようなものと組み合わせるとなんらかのブレークスルーがあるかもしれませんが、それはさすがに分かりません。
いずれにせよ、興味深くユニークなサウンドのヘッドフォンと言えます。