SE300はAstell & Kernの実験的なラインナップであるA&Futuraの最新モデルです。
技術的にいうとSE300はR2R DACを搭載してA級AB級増幅切り替えを採用した点が特徴だけれども、音的にいうと従来のA&Kのプロサウンド基調の枠からは外れて、音楽的な美しさとか艶といった官能的要素を重視したDAPだという点が特徴です。ただ特筆すべきなのはSE300が単なる昔のマニアックDACの復刻ではなく、解像力とかSNの高さのような現代的性能の高さを兼ね備えているという点です。
A&Futura SE300は6月17日に発売。直販価格はSE300が329,980円。 ケースは直販17,980円です。
専用ケース(ブラック)を装着したSE300
* 特徴
1 ディスクリートR2R DACを搭載、NOS/OS切り替え機能
ここから少しSE300の基本として、まずR2RとかNOSとは何だ、なんのメリットがあるのかというところを説明します。
SE300オーディオ回路
1-1 R2R DACとはなにか
オーディオのDACは分類すると、デルタシグマ形式DACと、R2R形式DACに分かれます。昔はそれぞれ1ビットDACとマルチビットDACと呼んでいたんですが、ESSのように6bitでデルタシグマ形式の中間形式のDACが出てくるとこの分類が怪しくなるので、アーキテクチャからデルタシグマ形式とR2R形式に分けています。
デルタシグマというのはDSDのようにデータの差分を信号とする方式で、R2R(Register to Register)またはラダー形式というのは抵抗を組み合わせてPCMのビット数に対応する方式です。つまりデルタシグマ形式のDACはDSD音源をデコードするのに向いていて、R2R形式はPCM音源をデコードするのに向いています。R2R形式は抵抗をはしごの様に組み合わせるのでラダーDACとも言われます。
しかし現在のほとんどの音源がまだPCMなのに対して、現在のほとんど全てのDACはデルタシグマ形式です。これはR2R形式の場合はビット数が高くなるほど精度を出すのが難しいから、高ビット数(24bitなど)に対応する設計を実現しやすくするためです。これがこれまでR2RディスクリートDACが敬遠され、DAC ICでも24bit精度を持つのがPCM1704のように限られていた理由の一つです。しかし最近ではDAC IC不足や技術進歩から再びこの形式が見直されています。
SE300では誤差0.01%の超精密抵抗器を48組、96個の抵抗を組み合わせてR2R形式をディスクリートで実装しています。少し前の据え置きのXI AudioのSagraDACで使用されたのはSOEKRIS社の特注の高精度で0.012%だったので、SE300ではかなり高精度の設計がなされているといえるでしょう。
SE300のR2R DAC部分
1-2 NOSとはなにか
まず、オーディオの世界でNOSという場合には真空管アンプでNOS(New Old Stock = 新古品)という場合とDAC設計でNOS(Non-Over Sampling = オーバーサンプリング無し)という場合があります。今回は後者についてです。
NOSがあるからにはOSがあります。OSとはオーバーサンプリングするということです。オーバーサンプリングとはDACの内部でサンプリング周波数を高くすることです。なぜオーバーサンプリング(OS)をするかというと、一つにはノイズを取りやすくするためです。
反面でNOSにするとOSでは除去されるはずの高周波成分が残って出力信号に混ざる可能性があります。それが情報が増えるという意味ですが、ノイズが残るので一般にSNが下がると言われます。
言い換えるとOSとはノイズを効率よく取るということであり、NOSとはそれをせずにダイレクトにDA変換するということです。つまり一長一短があります。
R2R方式はPCMをそのままデコードできるので、デジタル処理は最小限で済みます。先に書いたデルタシグマ型のDACは原理的にOSが必須となります。つまりNOSというオプションはありません。一方でR2RではOSは必須ではないのでNOSという設定が可能となります。そしてR2RではOSも可能です。つまりは両方切り替えられるのはR2Rの特徴です。
ですからR2RでもOSはできるけれども、最小限のデジタル処理で自然でアナログの音という観点から、デジタル処理がより少ないNOSがR2Rと組み合わせることが多いというわけです。R2R DACのことを別名でNOS DACとも呼ぶことがあるのはこのためです。
ちなみにこれはオーディオだけではありません。デジタルカメラをやっている人は「ローパスレス」という言葉をマニアがよく口にするのを聞くと思いますが、このローパスレスがオーディオで言うとNOSです。デジタルカメラで言うとローパスがある方が全体に画像はすっきりしますが、細部はぼやけています。ローパスを取るとモザイク状(偽色)になる部分がでますが、細部まで緻密に写ります。つまり入力をよりダイレクトに取り入れるという点ではオーディオにおけるNOSに似ています。
これをオーディオ的な言い方をすると、NOSはより情報量が多く自然でアナログに近いサウンド、OSはデジタル処理により高精度な再現性やノイズ低減を実現、となります。
2 A級/AB級増幅切り替え機能
A級増幅についてはPA10のところで書きましたが、SE300ではA級とAB級の切り替えができるようになりました。一般的に言うとA級はスムーズで電力消費が多く、AB級はよりパワフルで電力消費は少なくてすみます。SE300ではUIでA級増幅とAB級増幅を切り替えることができます。
電池容量はSP3000と同じ5000mAhもあり、SE200が3700mAhだったからかなり電力は消費してるように思います。
アンプモード切り替え画面
さきに書いた様にNOSとOSではNOSがより味のある官能的な良さを志向して、OSのほうはSNの高さなど性能的な良さを志向しています。A級増幅とAB級増幅ではやはりA級増幅の方が味の良さを志向して、AB級増幅の方が性能的な良さを志向しています。
このNOS/OSとA/ABを組み合わせて自分の好みの音を作れるというのがSE300の特徴なわけです。そういう意味では二種類のDACを持つSE200やDACモジュール変更ができるSE180の延長線上にある音を変えられるDAPであるということもできます。
SE300ではFPGAを搭載しているのも特徴の一つです。なにに使用しているのかはよく分かりませんが、推測としてはOSのさいのオーバーサンプリングとDSDをPCMに変換するのに使うのではないかと思います。
* インプレッション
SE300は外観も特徴的で、片側側面が鏡面仕上げで波をうち、もう片側がマット仕上げというのもSE300の持つ2面性を表しています。見た目の高級感もあり、サイズ的にも操作感を考えると適当な大きさだと思う。
専用ケースはベジタブルタンニングレザーを採用しブラックとブルーがあります。ケースは手触りも良く、高価なDAPが滑りにくくなるので良いのですが、記事内の画像はSE300の特徴を見せるためにケースなしで撮っています。
専用ケースとケースを装着したSE300
さっそくその音をまずA級増幅でNOSで聴いてみます。
パッと一聴して今までと違う音だということがわかります。音が滑らかで柔らかく暖かみがあります。エージングしないでこんな滑らかなのは聞いたことがない、というかSP3000以来ですがSP3000とは違うタイプの滑らかさです。
中高域に独特の艶っぽさがあるのが昔懐かしいNOS DACの感じに似ている様にも思います。しかしながらSE300がそうしたノスタルジーの産物ではないということは、透明感や解像力の高さなどからわかります。味のあるマニアックな感じと現代的な性能の高さがブレンドされている感じです。
R2Rの音がイメージし難いというときは、普通のDACにおいてDSDを再生した時のDSDネイティブ再生とPCM変換の違いをイメージすれば近い様には思う。R2RはそれがPCMとDSDでは逆というわけです。
SP2000Tのオペアンプモードと遜色ないほどの高い解像力と細かい音再現が感じられ、R2Rというとマニアックな味系の個性重視のように思えるんですが、SE300は解像力や音像の明瞭さもESSを思わせるくらいある。NOSってSNが理論上は低くなるけど、あまり濁りを感じないところはA&Kの低ノイズ設計が全体として効いているのかもしれない。
SP2000Tのオペアンプモードでは少し高域がきつい曲の部分では、まったくきつさを感じないのはR2R DACらしいところです。メタルを聴いていてもキツさが少ないので、長時間聴いていられますね。SP2000Tの場合には真空管モードを使って似た感じの効果を出すことはできます。
SE300はとにかく音楽を美しく再生するDAPということが言えると思います。イヤフォンを変えるともちろん音は変わりますが、どれでも音楽を美しく聴かせてくれると思います。
でもやはり元のイヤフォンの音にも左右され、イヤフォンの音調がHIFIモニター的なものよりは音楽を楽しく聴かせてくれる系のイヤフォンの方が合っていると思います。例えばqdc Folkですが、最も合うのはDITA audioのPerpetuaだと思う。Perpetuaだと音楽の美しさと解像力の高さの両方を堪能できます。また一般的にマルチBAよりはダイナミック機の方が音の相性が良い様には思います。
Perpetuaと合わせると高域が艶やかで華やかに美しく響き、音の細部も拾い上げて情報量も豊か、かつ躍動感があって低音も深くたっぷりとして、音場も広大。なかなかに素晴らしい音で、さらにきつさが少なく「アナログ的な」音を堪能できます。
R2R DACはDSDをデコードできないのでたぶんFPGAで前段でPCM変換していると思いますが、DSDの曲を再生してみても上質に再生ができます。R2R DACに入るときはすでにPCMになっていると思うので、NOS/OSの切り替えでも音は変えられると思う。
* OSとNOS、AとABの切り替え
R2R DACは別名をNOS DACともいい、普通はR2R DACはNOSで固定されています。先に書いたようにNOSがやはりR2R形式を取るときの売りになりますからね。ただHIFIMANのヒマラヤDACもそうですが、最近では切り替えられるものも出てきています。
この切り替え機能はSE300の特徴なのでいろいろと変えてみました。
上のインプレではずっとNOS/Aで聴いてきましたが、DACモードをNOSからOSに変えると音は艶っぽさや温かみという有機的な感覚的な良さが少なくなり、すっきりとした端正な音色となります。こちらの方が従来のDAPの音色に近い感じです。
アンプモードをABにするとやや平板的になりますが音が明るく開けたように音が広がります。またAに戻すと音が滑らかになり、やや音調が暗く中央に集まる様な感じの音になります。
ただOS/ABの組み合わせでも他のDAPよりは音のきつさは少ないと思います。OS/ABだと他のDAPに近づきますが、SE300の効果はないかというとそういうわけではなく、それで他のDAPと比べてもギターのピッキングでのデジタルっぽさやきつさは少ないので、アコースティックデュオのアコギの速弾きだとOS/ABの方が魅力は分かりやすいと思う。
艶っぽいとか美音という感覚的な良さを加えるのがNOSで、さらに滑らかで温かみのある音を実現するのがA級増幅。だから従来のA&KでDSDネイティブ再生のような音再現を実現したいときはOS/ABが良いと思う。
例えば四重奏で弦をかき鳴らす様なところでは、DACモードがNOSだと一つ一つの弦の音が華やかで複雑な色彩感が感じられ、OSだと一つ一つの弦の音はより落ち着いてすっきりと透明感が高く感じられます。アンプモードをAにすると演奏全体が中央に集まって滑らかで多少暖かな印象となり、ABにすると演奏全体が左右に広がってやや冷たく感じられます。
ただし色彩感と書いたけれども、言葉を変えると雑味という人もいるかもしれない。NOSの効果というのは人の感じ方に左右されるかもしれないわけです。
好みの問題ですが、個人的にはNOS/Aが好き。でもSE300の場合にはNOS/ABもいいと思います。SN感や音場感とか音性能の良さと、艶とか味の様な感覚的な良さを両立させている感覚です。
ただ暖かいという表現を使うけれども、着色感という意味では暖色のような色つけは少なく、主に滑らかで柔らかいだけど、柔らかいというとSNが低いようにも感じられるので避けています。
SE300では鮮明な音ながらキツさは抑えられた「アナログサウンド」がポイントです。アナログというと古くてもっさりした感があるかもしれませんが、ハイエンドのLPターンテーブルのシステムで音を聞けばその思い込みは一掃されるでしょう。「アナログサウンド」というのは昔ながらの古い音というわけではありません。
*まとめ
SE300は個人的にとても音が気に入ったDAPです。
SE300を聴いているとなにかこの感覚昔聴いたことがあるなあと思ったけど、それはレイ・サミュエルズさんのSR71だったかもしれない。なにか音がとても細かく聞こえるのに、躍動感があって暖かみがあるのに魅力を覚えたのを思い出します。それと昔の黒箱時代のLINNとか、心地よいのでもっと聴きたいと思わせるような魅力的な音再現があるように思う。
当然ではありますが、このNOSやAクラスの音の良さはBluetoothレシーバーとしても、ストリーミング再生でも楽しめます。これは画期的なことです。前に書いた様にむしろストリーミングやワイヤレス時代だからこそPCMに強いR2R方式が生きているということもできます。DSD音源はまだまだ少ないし、ストリーミングはPCMなので、一般的なPCM音源でずっとDSDネイティブ再生で聴いている様なスムーズな音再現ができるのがR2R DACとは言えます。
R2Rは古いイメージがある設計ですが、むしろワイヤレス時代、ストリーミング時代のいまこそ輝いているのかもしれません。これはSE300が掲げる「Future of Analog sound」というテーマに沿っています。
そしてA&Kの最新の低ノイズ設計を併せて現代にR2Rを蘇らせたのがSE300であり、それがAstell & Kernが今テーマにしている「アナログの音」の体現と言えるでしょう。