final ZE8000はfinalがZE3000/2000に次いで発表したハイエンドの完全ワイヤレスイヤフォンです。
finalではZE8000をゲームチェンジャーと呼称して価値観を根底から変えるものと位置付けています。8000というナンバリングは革新的ななにかがあるという意味だということで、例えばA8000はトゥルーベリリウムを振動板に採用しただけではなく、音の良さについての考え方でトランスペアレントな音を軸に据えたという点が画期的なこととしています。
ZE8000における価値観は「8K SOUND」という新しい音の世界の提案ということになるでしょう。
*ZE8000の特徴
ZE8000はサウンドもデザインも個性的な製品で初見では戸惑ってしまう点もありますが、理解するために要素に分解していくと大きくは4つの特徴に分けられるように思います。
1 新理論に基づく「8K SOUND」
「8K SOUND」とはfinalでは映像の8Kのようにどこを見てもフォーカスが合うような音としています。これについては新しい感覚なので装着から数分くらいは困惑の時間があり、しばらく聴き続けてほしいということです。
やや漠然とした表現ではありますが、特許に関することなので詳しくは言えないということのようです。一方でこれについては同時に今回「新たな物理特性」の発見ともリリースでは書かれています。はじめはオーディオで新たな物理特性というので、振動板の新たな物性かとも思ったのですがいろいろ発表会で聞いていくと、音圧周波数特性の教科書を裏切るようなとも言います。おそらくこれは音響、つまりは音の物理特性に関することでしょう。ただし心理的な要素ではなく、測定できるものということです。
いままでピークやディップを駆使して解像度がありそうに見せかけて(チューニングして)いたものをもっと本質的なやり方を考えたもので、 これは測定的なものなので 新しい物理特性といっているように思います。
また「8K SOUND」を考えるヒントはfinalとfinal LABの8K SOUNDに関してのツイートです。
これらを読むとおそらく今回の発見(特許的に言うと発明)は音場感に関することではないかと想像できます。8Kサウンドという言葉を聞くと私のようなカメラもやる人にはドットが細かいということから解像感に関するものではないかとも思いますが、8Kサウンドという意味はおそらく映像から少し離れてみた場合の自然でリアルな没入感をサウンドでイメージするということではないかと思います。そうした本来は自然なものだけれども、今までの技術からすると異質感も覚えるような音場感というのが8Kサウンドということではないかと思います。それは何によって起こされているかはわかりませんが、それが新たな音の物理特性ではないかと思います。
そしてもうひとつのキーは従来のターゲットカーブの考え方に縛られない新しい考え方を導入したことだと思います。
つまりはZE8000は今までにない設計コンセプトによって開発されたイヤフォンとも言えるでしょう。そしてそれが今回初めてぽんと出てきたわけではなく、これまでのfinalの研究の積み重ねでもあるということがツイートから伺えます。
そして今回もうひとつキーポイントとなるのは音響のエキスパートであるシーイヤー社(https://www.cear.co.jp)との協業です。シーイヤーは音の物理特性を研究して空間音響技術に長けた会社のようです。
finalのツイッターの細尾社長のコメントによると求める物理特性をどのくらいの精度でイヤフォンに適用できるかで音の印象が異なるとあります。これはアコースティックな調整では得られないような制度がデジタル信号処理によって実現できるようです。
つまりZE8000での「8K SOUND」について一つ考えられるのは、それを実現するためには信号処理がキーになってるのではないかということです。これは今回の音が有線では実現できないと言われていたこと、8K+モードのように8K感覚が電池と計算量のトレードオフがあったりすることにも付合します。つまり「8K SOUND」とは音響的だけでは実現できず、電気的にも実現できない、デジタル(つまり演算処理)でのみ実現できるものだからでしょう。
このためZE8000ではインテンシブな信号処理が行われ、それによりノイズもそれなりに出るので回路部分の分離型スティックデザインが生まれたのではないかとも解釈ができます。
これは私見ではありますが、ZE8000およびその「8K SOUND」とはおそらくfinalなりの一種のコンピュテーショナル・オーディオではないでしょうか。
2 finalらしい凝った設計
ZE8000は「8K SOUND」のほかにもZE3000からの進化がみられます。ここはfinalの今までの強みを活かした部分のように思います。
ドライバーはZE8000のために新規開発されたもので、この新設計のf-CORE for 8K SOUNDドライバーは10mm(ZE3000は6mm)にサイズが拡大しています。エッジ部を狭くできたことで実質的なサイズは12mmにも相当するといいます。イヤフォンとしてはかなり大口径の部類になりますが、単に低域に強くなるという他に大きい方が逆に振動量が小さくて済むので歪みが少ないなどの利点があるようです。振動板のドーム部はアルミ製のようで、振動板とエッジ部分は接着剤レスで接合して軽量化と厚みの均一さを実現したとのこと。
ボイスコイルからの引き出し線も接着剤レスで空中配線化したことでスムーズな動作を可能にしているとのことです。これにより低歪を達成、特に低域で歪みの低減を実現しているということです。
アンプは普通はD級アンプを使用するところをAB級アンプを採用、また大型ながら音響用部品である薄膜高分子積層コンデンサ(PMLキャップ)も採用するなど細かいところでも音にこだわりを見せています。
これらの改良によってもたらされた滑らかでスムーズな音と豊かな低域の下支えは「8K SOUND」の音場感にも貢献していると思います。いわば「8K SOUND」とはfinalの強みであるアコースティックの部分と演算処理によるデジタルの部分を合わせたものによって実現されていると言えるように思います。
3 斬新なデザインの合理性
ZE8000は斬新なデザインも目をひきますが、これは奇をてらったわけではなくさまざまな合理的な理由があります。
まず装着性ですが、ZE3000などの耳に差し込むカナル型から最近流行りの負担が少ない耳穴に置くタイプに変わっています。この装着部は小さいほどよいということで、耳に挿入される部分は実はkotsubuより小さいということです。奇異な形のように見えますが、挿入部とスティックの両端で3点支持するのでここはいままでのfinalの形に沿っています。
このように挿入部を小さくしてアンテナ・バッテリーを分離して音響空間と回路部を切り離したことで音質も向上したということです。バッテリーを音響とデジタル部の間に挟んだセパレート形状はバッテリー部分をシールドにも使えるとのこと。スティックが長いことでビームフォーミングマイクに必要な長さも確保できています。
4 トレンドに沿った取り組み
ZE8000ではこれまでのようなfinalらしい個性的な設計の他に、使いやすさを向上するためのトレンドに沿った取り組みもなされています。
まずノイキャンを採用しています。これは一般のメーカーのようにできあいのキットを使わずに一からfinalで設計したものだそうです。ノイキャンだと低音がにじみやすいので、自社でアルゴリズムをオリジナルで開発して搭載。外部との共同開発で効きと音のバランスを取ったとのこと。ノイキャンの違和感を減らすように快適性を重視したとのこと。
ノイキャンと外音取り込みのモードはノイキャンモード、ウインドカットモード(風切り音)、ながら聴きモード、外音取り込みモードなどがあります。
また専用アプリも用意されています。特徴はこのアプリを併用してボリュームステップの最適化が可能です。よく聴くレベルの周囲だけ細かいステップにすることができるというユニークなものです。
アプリではイコライザーを使いやすくしたProイコライザーも用意されています。
また8Kモードの効きを変えることができる8K+モードが用意されています。これはより細かい計算をすると電池の持ちが悪くなるからで、8Kの効きが演算量に左右されるということをうかがわせます。これを実際にオンオフさせてみると、やはり「不思議な感覚」の量が変化するように感じられます。
またZE8000はSnapdragon Sound対応です。aptX Adaptiveに対応しています。このことからSoCはクアルコム製でしょう。
イヤーピースはカスタムイヤーピース化を踏まえた新形状で、来年の春までにカスタムイヤピースが登場するとのことです。ここもいずれはiPhoneで撮った写真でカスタム化をやりたいと意欲的です。
* インプレ
インプレには主に試聴機ファーム(8K+モードが常時オン)を使用しています。
カラバリには白と黒があり、これは白モデルです。ケースは大きいのですがこれはカスタムイヤーピースを入れても入るようにとの配慮からです。そのためにスライド開閉型になっています。表面はシボ模様になっていて高級感があります。ケースはカスタムイヤーピースの関係で大きいのですが、平たいのでポケットには思ったより入れやすいように思います。
装着感は今風の耳に突っ込まないタイプになっていることで快適で軽い感じがします。スティック部分をちょっとひねると確実に収まります。
連続再生時間は試聴機ファームで4時間半から5時間前後だと思います。フル充電の時間は40分から50分くらいのように思います。ケースは二回充電するとほぼ最後のLEDが点くのでケース側の電池が小さいのか、本体側の電池がかなり大きいようには思います。
肝心の音ですが、これはなかなかに斬新な感覚です。
発表会で少し聞いた感想は端的にいうと音が端正で、特に低域の再現性が良いという印象です。
でも、もう一つどうもある種の違和感というか聴いたことのない感覚があって、それがなにか、エージングして自分の環境で確かめるまで音のコメントはできないかなと思ってました。
それでしばらくエージングして聴いて思ったその感覚の正体はおそらく「イマーシブさ、没入感」なんじゃないかと思います。音場感や立体感、特に奥行きや定位感がちょっと聴いたことないほど独特です。
特に音の定位感が従来とは異なるように感じられます。例えばジャズヴォーカル曲を聴くと、ヴォーカルの音とバックのベースやドラムスなどの楽器の音が、従来の高音質イヤフォンの場合には「ヴォーカルが浮き上がるように」などと書きますが、ZE8000の場合には広い空間にヴォーカルと楽器音が入り混じって、かつ分離して聴こえるというちょっと不思議な感覚です。今までの楽器の定位感をいったんシャッフルし直したといいましょうか。
こうした感覚としてはイヤフォンよりもヘッドフォンの方がわかりやすいと思うので、ZE8000のヘッドフォン版のような新製品も期待したいところです。
ZE8000の音のもう一つの特徴は楽器音の自然な音色と豊かで質の高い低域表現です。これは大口径ドライバーの効果が生きていると思います。特にアコースティック楽器のパーカッションの音色はリアルで自然に感じられます。また低音がたっぷりとしているので音空間の豊かさにも貢献しているようです。
音のチューニングとしては声の自然さに重点を置いたそうで、時間応答という点にも気を配ったとのこと。この辺は自然な音色再現力に生きているでしょう。
実際に電車でZE8000使ってみるとノイキャンは騒音がマイルドになる感じで、電車が図書館みたいになるわけではないです。外音取り込みなくても十分アナウンスは聞けます。一方で細かい音は十分聴こえますし、ボリューム下げても音楽は楽しめるのでノイズ下げて音質を担保する効果はあると思います。
外音取り込みはよく効くと思います。実際にレジで使ってみてイヤフォンを外したり付けたりで確認したけど、つけてないよりむしろよく聴こえる気がしますね。声の輪郭を強調してるような感覚です。
* まとめ
ZE8000は今までの表現(定番のレスポンスカーブ等)に単に従うのではなく、新しい聴き方を提案する(あるいはユーザーに考えてもらう)イヤフォンのfinalからの提唱と言えるでしょう。
発表会での細尾社長のいつになく緊張しているというコメントから、この発表が特別であるということが感じ取れました。
finalは基礎研究に投資することが大事と思ってきた会社だそうですが、実際に全社員の50%が開発で1割は基礎研究に専従しているとのこと。この規模の会社でこれほどの研究投資はなく、まさに技術の会社です。
しかし基礎研究はなかなか成果が上がらないものです。それが待てるかどうかというところに会社の違いがあるということで、finalの強さはそれがあるということです。ここが本当の意味で他社との差別化なのでしょう。スケートボード選手とのコラボについても、スケートボードは失敗の連続から成功に導くもので、派手なところの裏の部分が似て共感したとのことです。
これらのことから、ZE8000の独自のサウンドを生み出す陰には幾多の失敗や苦労、試行錯誤があったのだろうと細尾氏の発表を考えながら、次の先人の言葉を思い出しました。
"けがを怖れる人は大工にはなれない
失敗をこわがる人は科学者にはなれない
科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸の山の上に築かれた殿堂であり
血の川のほとりに咲いた花園である"
ー寺田寅彦