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2018年07月20日

FitEarの意欲作、静電型ツィーター搭載のFitEar EST UIEMレビュー

ESTとは静電型ツイーター(Electro Static Tweeter)の略称で、FitEar ESTは形式としては静電型ツイーターとフルレンジのBAユニットのハイブリッド・イヤフォンです。FitEar ESTにはカスタムとユニバーサルがありますが、本稿はユニバーサル版(UIEM)のレビューです。

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*静電型ドライバーのしくみとは

静電型ドライバーではSTAXが有名ですが、磁石による力を利用した動電型(Electrodynamic)とは根本的に異なる駆動方式で、固定電極(バックプレート)と発音体となる振動膜間に生じる静電気の吸引反発力によって振動膜を振動させるもの(静電型:Electrostatic)です。

静電型では固定電極と振動膜の間に静電気を生じさせる必要がありますが、これには2つのタイプがあります。STAXで採用される方式は外部電源ユニットから振動膜に一定の高電圧が供給されます(直流バイアス型)。振動膜に対する固定電極にはトランスで昇圧され高電圧となった音楽信号が送られ、振動膜と固定電極間に生じる静電気力の変化により振動膜が吸引反発し発音体として作動します。STAX製品では振動膜を二つの固定電極で挟む形で構成され、振動膜が片方の電極に対してはプッシュ、もう一方の電極に対してはプルの関係で動作します(プッシュプルタイプ)。

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振動膜に外部から直流電圧をかける方式に対し、半永久的に電荷を蓄える高分子化合物を用いるエレクトレット方式(エレクトレット型)があります。固定電極にエレクトレット素子をもつものをバックエレクトレット方式と呼び、ダイヤフラムの材質に制限がないため特性的に有利になります。同方式の採用メリットとしては高電圧を供給する外部電源ユニットを必要とせず、音楽信号の昇圧のためのトランスのみで動作させることができる点が挙げられますが、振動膜の駆動力や再生周波数に対しては制約もあります。

FitEar ESTの場合は静電型のエレクトレットタイプで、トランス内蔵の静電型イヤフォンと言えます。このタイプは過去にはヘッドフォンではAKG K340のような採用例もありますが(こちらのうちの記事を参照)、イヤフォンのサイズに小さくしたのは例がないと思いますが、ここはかなりユニットメーカーが開発で苦心したのではと思います。
(エレクトレットタイプで外部にトランスを持つというヘッドフォンも過去にはありました)

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基本的にスピーカー(イヤフォン)とマイクは向きが逆なだけでこうした原理は同じです。静電型のスピーカーの記事は少ないので、原理的に興味がある人はマイクを調べるとよいと思います。Shureではコンデンサマイクの技術があったからKSE1500が実現できたのでしょう。

ちなみに振動膜と固定電極の関係から言うとFitEar ESTで利用される静電型ツイーターはプッシュプルタイプではなくシングルタイプとなります。通常は吸引反発力の非線形性が生じますが、振動膜と固定電極の位置関係が逆となったもう一つのユニットと組み合わせて同時に動作させることでこの問題の解消とゲイン上昇を得ているということです。

*静電型ドライバーの利点とは

静電型では振動板が軽いために音が細かいとか音の立ち上がりが速いなどの利点があります。たいてい静電型では振動板の薄さが何ミクロンというところが競い合いになりますよね。
また振動個所が点となる通常のダイナミック型とは異なり、静電型の場合は振動個所は面ですから全面(平面)駆動としての良好な周波数特性も得られます。なぜかというと一点で振動板を振動させると、その点から離れた場所は振動板の物性でたわみますので、均一な振動が得られにくいからです。全面(平面)で振動すればそうした問題はなくなります。これは分割振動と呼ばれる問題です。

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静電型に対して最近よく言われる平面駆動型はダイナミックタイプのものが多く、オルソダイナミックやアイソダイナミックと呼ばれます(呼び方はメーカーに寄る)。これは全面(平面)駆動としての良好な周波数特性は同じですが、振動板に磁石のためのコイルのパターンが組み込まれる必要があるために、静電型ほどは振動板を薄く軽くは作れません。
ただし静電型・直流バイアス型のような専用ドライバーは不要です。

*FitEar ESTの特徴

FitEar ESTにおいて静電型ツイーターはハイパスフィルタを介して6kHzよりも上の高音域を担当するということなので、フルレンジスピーカー&補助ツィーターの組み合わせに近いとも言えます。この形式ではほとんどの可聴帯域の音はフルレンジユニット(FitEar ESTの場合はBAユニット)で出すのですが、それを静電型ツィーターのスムーズな中高域特性(倍音特性)で補うという考え方です。

ESTの特徴としては先に書いたようにピークのないスムーズな周波数特性にありますが、その結果中・高周波数帯域において音響フィルターの利用を排することができたということです。
通常イヤモニは周波数特性のチューニングにおいて、ユニットが持つピークを抑制するために音響抵抗というメッシュのようなフィルタを音導孔にセットしていますが、これはマスクをしながら少し甲高い声で話すことで、あたかも「丁度良い」バランスに聞かせるアプローチです。

FitEar ESTはBA側には不要なピーク抑制のための音響抵抗を使用していますが、ESTドライバーの方には音響抵抗がありません。これがESTイヤフォンの鮮烈で高い透明感の高域表現の理由のひとつと言えるでしょう。
FitEar Universalで開発されたオーバルホーンステムと同様の形状のステムにはサウンドポート(音導孔の開放口)は2穴空いているように見えますが、静電型ツイーターに対してはホーン形状、BAフルレンジユニットについてはストレートな開口部形状に整形され、それぞれに独立したアコースティック条件が付与されています。

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もう一つのESTのポイントはこれが密閉型だということです。
今回のステム(ノズル)がやや短いのはミドルレッグ・シェルと言われるもので、AirのようにショートレッグシェルではありませんがこれはBAとダイナミックというメインドライバの違いによるものだということです。この方式の利点の一つは耳穴の個人差を減らして、万人に最適に近い音響特性を得られるとも言います。

またこうした特殊ドライバーを採用したイヤフォンでは普通は感度が低くなりがちですが、ESTでは感度(能率)が高いのも特徴です。プレーヤーのボリュームはさほど上げる必要はありません。これは静電型ユニットをフルレンジではなくツイーターとしての用途に限定したユニット開発によるところが大きく、BAユニットとのバランスを取り、日常の音楽鑑賞利用において十分に高い能率を確保することができたということです。


* 音質について

FitEar ESTではケーブルの006ケーブルが標準でついてきます。標準でも装着感はよいと思いますが、AZLA SednaEarfitがはまって私の耳によくフィットしたのでこれを使用しました。ケーブルはメーカー推奨の006のまま使用しました。006は音に関してはよいのですが、硬いので取り回しはしずらいほうかもしれません。

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FitEar EST UIEMは端的に非常に優れた音で、ハイエンドクラスの音世界を堪能させてくれます。音のレベル的に言うと、AK380では物足りずに、SP1000クラスがあいふさわしいレベルにあると思います。特に音の高い透明感と、音の抽出の細かさの点においてですね。特にSP1000CPがお勧めです。能率は高く、あまりボリュームを上げる必要はありません。
全体的な音の印象はとてもすっきりとして、周波数特性は高中低ともバランスよく思えます。ワイドレンジで特に高い方の伸びが今までのイヤフォンとは一線を画すほどのレベルだと思います。ヴァイオリンも含めてほとんどの楽器音が実のところは中音域なんですが、純粋に高音域であるベルの音の透明感の高さ、純度の高さにはハッとさせられます。

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中高域の音再現力は圧倒的で、独特の高い透明感と高い解像力、輪郭のはっきりとした明瞭感の高い音像を聴かせてくれる楽器音はSP1000の音性能をいかんなく発揮して感動的です。
またそれでいてきついかというと、そうではなく、特にギターやピアノなどアコースティック楽器の音再現の自然で滑らかな点も特筆かもしれません。これは全体的な帯域バランスの良さ、ピークやディップの少ないESTの素直な特性も大きく貢献していると思います。
ただしそれなりにエージングはしっかりしたほうが良いと思います。

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また優れた透明感・解像感のほかに、音空間の広がりと独特の開放感もFitEar ESTのポイントだと思います。まるで開放型のような気持ちの良い開けた音世界は透明感と相まって独特の心地よさを感じさせてくれます。
音空間の深みと濃さもとても魅力的に感じられます。

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iFI Audio xDSDのようなハイパワーのDAP/アンプのシステムで聴いてもパーカッションやドラムの切れの良い打撃感が半端なく、ロックやポップスを聴いても楽しめるイヤフォンだと思います。女性ヴォーカルも透明感あふれて、感動的なほどです。
音の立ち上がりの良さも楽器音のリアルさに直結しているようで、まさに音の水道管のような音源を生で楽しめるような感覚が味わえます。

とにかくDAPやアンプが高性能なら高性能なほど良い音がどんどん飛び出してくるような楽しみがFitEar ESTにはあると思います。

* まとめ

FitEar ESTは意欲作ですが、全体的な音のバランスの良さから感じられる完成度の高さはやはり手慣れたFitEarならではのまとまりの良さも感じさせてくれます。そのベースがあって、圧倒的な透明感の高さや開放感の良さという個性の部分が際立っているのでしょう。

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またFitEar ESTではESTドライバの特性の良さそのものもさることながら、ディップやピークを減らして音響フィルターを排せたというのが実のところは効果として大きいとも思えます。そうした点ではアコースティックチャンバーなどで音響フィルターレスにしたAndromedaなどの人気モデルにも通じるところはあるかもしれません。

FitEar ESTではこのESTドライバーの可能性を示してくれ、さらなる展開にも期待を持たせてくれます。個性的でこれならではの音世界を持たせしてくれるという面もありながら、そのESTという要素技術を音レベルの高さにうまく結びつけたのがFitEar ESTです。

それはこれまでにはなかったアプローチによる個性的で高性能の新しい意欲作と言えるのではないでしょうか。
posted by ささき at 09:43| __→ 須山カスタム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする