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2016年06月20日

左右独立型ワイヤレスイヤフォンのトレンドと秘密

最近のイヤフォンのトレンドのひとつとして、左右が独立したワイヤレスイヤフォンが数多く出てきていると言うことがあげられます。ケーブルレスでワイヤレスの自由さ、加えてiPhoneがイヤフォン端子をなくすという観測が後押ししていることもありますが、やはりEarinのヒットが要因でしょう。
Earinのほかにもさまざまな特徴をもった左右独立のワイヤレスタイプが出ています。スマートイヤフォンであるDash、ダイナミックドライバーのAria One、ワイヤレス充電のTruu、スポーツ用のPhazon、バッテリーの持ちが良いTrueBuds、Onkyoのなぞの海外発表品のW800BTなどもあります。またこのほかにもまだまだあります。

このようにたくさん出てきた背景にはEarinのヒットという商業的なものもあると思いますが、短期間でみなが追いついてくるというとなにか技術的な課題が解決されたのではとも考えてしまいます。
たとえばネットワークプレーヤーがどんどん出てきた背景にあるのは、オーディオメーカーではむずかしいネットワークのソフトウエアをStreamUnlimitedのようなOEMメーカーが引き受け、オーディオメーカーはそれに独自のオーディオ回路を加えるだけでよかったということがあります。
そこでこの左右独立型ワイヤレスイヤフォンの共通の技術課題はなんだろうとちょっと考えてみることにしました。

もともとBluetoothはこうした左右独立型のワイヤレスイヤフォンには向いていませんでした。Bluetoothではマスターとスレーブの関係が明確で、1:1のコネクションのみが可能だからです。そのためケーブルが目立たないヘッドフォンは良いのですが、イヤフォンではどうしても左右をケーブルで結ぶ必要があります。つまり左の耳のユニットでワイヤレス信号を受けて、それを有線で右耳のユニットに伝えるわけです。

この問題を解決したワイヤレス技術は2008年ころのKleer(クリア―)が先鞭を切りました。KleerはCD品質の伝送や、マルチチャンネル伝送の伝送が可能であったため、左右のユニットにそれぞれワイヤレス信号を送ることができました。ゼンハイザーのMX W1がはじめての完全左右独立のイヤフォンとして知られています。

mxw1-h.jpg   mxw1e.jpg
ゼンハイザー MX W1

ところが特別なドングルを送信機に付けねばならないKleerは流行ることなく、いつのまにか表舞台からいなくなってしまいました。

Bluetoothでの左右独立のワイヤレスイヤフォンはクラウドファンディングで2014年に登場しました。実際はEarinよりもスマートイヤフォンを標榜するBragi Dashの方が早かったと思いますが、Earinのコンパクトさにより注目が集まりました。フィットネス機能もあるDashは複雑すぎる点もあったと思います。

earin1.png
Earin - Kickstarterページから

ではどうやってEarinではBluetoothでこのケーブルレスの左右独立を可能にしたかというのはKickstarterのページに書かれています。
earin.png
出展: https://www.kickstarter.com/projects/earin/earin-the-worlds-smallest-wireless-earbuds/description
つまりEarinで採用されているBluetoothチップは送り手と受け手の両方が使えるもので、左耳のユニットがワイヤレスでBluetoothの信号をうけたのちには、右チャンネルのデータをやはりBluetoothで右側ユニットに送ると言うものです。
これは左右独立のBluetoothスピーカーなどでも採用されているものだと思います。これだけでも左右の同時接続やシンクロ、バッテリーマネージメントなどはEarinのコンパクトさを考えると十分にハードルは高いと思います。

しかし、実はこれだけではまだ完全な答えではないと思います。それは縦の変化球が消える魔球の秘密の80%でしかないのと同様に、それだけでは完全に(ケーブルが)消えないでしょう。その最後の20%の秘密は障害物をよけて左右の電波を送信する方法です。その障害物とは人の頭です。
スピーカーとEarinにはコンパクトさ以外にも大きな違いがあります。スピーカーでは互いのユニットが見通しが取れているのに対して、Earinでは左右間にBluetooth電波の透過ができない(むずかしい)と言われる人の頭があります。加えてBTの2.4GHz帯という電波は直進性がとても高いので曲がりにくいのです。左右のユニット間の電波の送信はイヤフォンにとっては思った以上の難しい課題と思います。

これについては面白い記事がWall Street Journalのテックレビューにありました。
それは電波の壁面反射を使うという方法です。直進性の高い電波を壁面にあてて、その反射を特殊アンテナで拾うという方法です。これはコンパクトな耳内におさまるためアンテナ配置に自由度のないEarinには特に重要だと思われます。
実際にこのライターが試してみたところによると、Earinでは室内よりも(壁面反射の使えない)屋外で右接続の不良がよくおこったと言うことです。
ただここは明確にそうかはメーカーの明記がないのでわかりません。左の入力をBTで右に飛ばしているよという普通に思いつくところは公開していますが、こうした最後の細かなノウハウが実はポイントではないかと思います。

dash_front-1600.jpg
Dash - Dash home pageから

一方でDashについては左ユニットまではBluetoothですが、左右ユニット間の電波の送信はNFMI(Near Field Magnetic Induction)という技術を採用していると明記されています。つまり左右接続はBluetoothではありません。
NFMIは近距離(2m程度)専用の14Mhzくらいの長い波長の通信を使うもので、頭を回り込んでいけるんでしょう。頭を気泡でくるむようにという説明があります。NFMIは補聴器などでも使われているようです。
2.4G帯ではないのでBluetoothのような干渉は受けないでしょうからWiFi環境にも強いでしょう。
こちらのDashのサポートページにも記載があります。


たくさん出てきている「左右独立型ワイヤレスイヤフォン」については左右チャンネルのシンクロとかレイテンシーとか課題はいろいろあるとは思います。ただそこは左右独立ワイヤレススピーカーでもやったことですから、イヤフォン独自の課題となるとこの障害物である頭をどうよけるかという左右の電波送信技術ということはあるかもしれません。
実際測ったわけではないので、どの程度の影響があるかはよくわかりませんが、この左右の電波送信というところにポイントを見つけるとスペック外の長所短所も見えてくるのかもしれません。
posted by ささき at 21:29 | TrackBack(0) | __→ 完全ワイヤレスイヤフォン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする