私のシンガポールの知り合いがヘッドフォン祭に来たついでにMH1をオーダーしたいというので日本語サポートがてら付き合うことにしました。その始終をJust ear MH1フルカスタムオーダーのレポートとして書きました。一部撮影不可の部分もありますので念のため。
Just earはソニーのカスタムIEMということで話題となった製品で、XJE-MH1はいわばテイラーメイドのフルオーダー、設計者の松尾氏自らがユーザーの好みに合わせてチューニングをしてくれるモデルです。XJE-MH2はあらかじめ決められた3タイプの中から選ぶことができるモデルのことです。
当初の想定とは異なって高価ながらMH1の引き合いがとても多いということです。MH1はすでに国内はもとより、アジアを中心にした海外からも多く引き合いが来ているということで、今回の彼が海外第一号ではないようで残念そうでした。
Just ear 製品は東京ヒアリングケアセンター青山店でのみ注文ができます。Just earは正確にいうとソニーエンジニアリングの製品ですが、ソニーエンジニアリングはもともとソニーグループの中で設計を担当する部門であり、営業や販売部門をもっていません。その点を東京ヒアリングケアセンターがカバーしてくれるということです。東京ヒアリングケアセンターは私もカスタムの耳型をとるときにはお願いしているところで、この分野においては日本でも随一だと思います。
まず初めは他のカスタムと同様に予約を取ります。下記のホームページにオーダーの概略が載っています。
http://vernalbrothers.jp/just-ear.html
注意すべきはMH1オーダーの場合は二回来店する必要があるということです。まずは他のカスタムと同じく耳型の採取です。ただしMH1の場合はこの際に松尾氏自身が同席して、音の好みを細かく調査してそれに合わせたチューニングをしてくれます。
この1回目はその音の方向性を決めるのがメインで、二時間ほど要します(実際は一時間半ほどでした)。このときはシミュレータソフトを使用します。
この際は松尾氏も同席する必要があるため、予約は平日夜か土曜になるそうです。たとえば今回は月曜の18:00-20:00でした。
そして二回目は納品時で、このときに実際のイヤフォンを調整し、アコースティックチューニングを行います。それで最終納品となるわけです。
* インプレッション採取と試聴機レポート
一回目の予約にもとづいて店を訪問するとまず注文を行って支払いをすませます。次にインプレッション採取を行います。
今回の発注者がインプレッションをとってるときに、私は試聴機を聞きながら松尾氏に話をうかがいました。
Just earの開発のきっかけをお聞きすると、松尾氏はソニーのイヤフォン開発において耳型職人をやりながら人の耳の形は様々なので、一種類のヘッドフォンで全てのお客様をカバーするのは難しいと考えていたそうで、それがカスタム開発のきっかけとなっていくそうです。
Just ear MHシリーズの技術的な特徴ですが、まずBAとダイナミックのハイブリッドであるということです。
BAとダイナミックドライバー間では通常のマルチウエイカスタムのような電気的なクロスオーバーはなく、音響フィルターと音導管などアコースティック要素のみで周波数調整をしているということです。
もうひとつハイブリッドタイプでポイントとなるのはダイナミック側のベント機構です。Just earでは背面にベントのポートが6穴あります。これで音のチューニングが可能です。つまりJust earでの各モデル間の音の違いは主に背面ベントと音響フィルターなどのアコースティックパラメーターを調整することで行われるということです。
背面のベント穴
Just earのクロス帯域や各ドライバー間の遅延時間を考慮したうえで、(たとえばFreqPhase的な)位相に対しての特別な配慮というのはないそうですが、BAドライバーをあえて一基としているのは位相に対しての配慮でもあるということです。
試聴機はまずMH2モニターから聴いてみましたが、音が自然でバランス良いという印象でつながりがスムーズに感じられます。また音の広がり方も自然で好ましく感じられます。音楽を聴きやすくあわせやすい素材感の良い音、という感じです。モニターとは言いますがハイブリッドの良さからか、普通に音楽をきいて楽しめる音です。
次にMH2リスニングを聞いてみると、ベースがややゆるく量感は多めであることに気が付きました。モニターのベースはタイトでバランス良い感じですが、リスニングでも過剰な演出は感じられません。
これが面白いというMH2クラブを聴いてみると、たしかにこれはモニターとリスニングとはかなり異なった音で、全域でかなり元気な音になっています。ベースも量感が増えていますが、それでも切れがあってゆるさはあまりありません。迫力あるといったほうがよいでしょうか。低域ボンボンのクラブではなく完成度の高いクラブサウンドという感じです。
全体に完成度が高いというかバランスが良い感じですね。たとえクラブであっても破綻なくHiFiで元気という感じです。
こうしてMH2の各タイプを聴くとすごく音の再現幅が広いので、この中でMH1で自分の音をひとつ定めるというのは面白そうな気がします。
MHシリーズではまず中域ありきのソニー的な考え方があって、中域と低域の境目に注目してヴォーカル帯域にかかるのを防ぐという方針があり、それからモニターは音楽製作者向け(CD900STライク)、リスニングはより広く一般的、ロック・クラブやアニソンなどポップはクラブモデルという考えで個性を作っていったようです。松尾氏はまたスピード感も大切にしたと語っていました。
モニターとリスニングは兄弟のような感じですが、松尾氏によるといまはプロ用もリスニングに寄ってきて、低域の量感も増えているのではないかということでした。ですので、いわばモニターはちょっと前の日本、リスニングはいまのロンドンのスタジオのようだとも言えるのではないかということです。
さて、試聴を終えてインプレッションは出来たかいなと戻ってみると、なんと今回ユーザーの彼が謎のヘッドギアのようなモノをかぶっているので驚きました(撮影不可)。私もかなり多くインプレッションを取ってきましたが、はじめてみました。ちなみにバイトブロックを噛むのは同じです。
これは耳の中でドライバーの位置などを配慮してインプレッションを取るための装置ということで、これをかぶせて位置決めをし、これもまた見たことないピストル型の注射器のようなものでインプレッションを取るということです(撮影不可)。
* 松尾氏によるユーザーへのヒアリング
さてインプレッション取得が終わると松尾氏によるユーザーへのヒアリングに移ります。これは前に書いたように一回目の音の方向決めのためです。(調整は二回目訪問時)。
ヒアリングの前にまず飲み物はコーヒーにするか、お茶にするかを聞かれます。理由はあえて書きませんが、ここはコーヒーを取ることをお勧めします。
そして松尾氏からいくつか質問をします。たとえば「どんな音楽をいつも聴くか?」、答えはたとえば「ジャズやクラシックなどのアコースティック系」など。次には「どんな再生環境・プレーヤーを使うか?」。答えはたとえば「家ではデスクトップPC、外ではAK240」などです。
その次には松尾氏がノートPCに某社オーディオインターフェースがついた機材を用意します(撮影不可)。オーディオインターフェースにはMHユニバーサルIEMが接続されています。
これはアコースティック変化をシミュレートする機材で、ノイズキャンセルヘッドフォンのソニー開発機を応用しているということです。ソニーグループのアドバンテージを使ってるということですね。
そしてそのオーディオインターフェースに手持ちのポータブルプレーヤーがあればそれをアナログ接続します。もし手持ちにない場合にはJust ear側で再生機の用意はあるということですが、MH1をオーダーするときはいつもの音源をいつものDAPに入れて持ってきた方が良いと思います。
次にMHユニバーサルIEMをユーザーが耳につけ、さきほどのDAPを再生し、松尾氏がPCを操作します。これで再生音をそのPC(シミュレータ?)で信号処理され、その結果をユニバーサルMH機で聴いて、ある決まった個性の音が出るようです。その好みを松尾氏に伝えるということになります。
たとえば「この音源の印象はどうですか?」、ユーザーが「超低域がもっと出て欲しい」と答えます。松尾氏がそれを調整します。「これでよいですか?」「はい、良いです」という感じです。
また次には「高域はどうですか?クリアですか?」。そこで答えがあり、松尾氏がパラメーターを変え、「この前の音といまの音のどちらが良かったですか?」。それにユーザーが答えるという感じです。
こうした受け答えがあり、このヒアリングとシミュレーター?による調整でだいたいの音の方向性を決めて実機のカスタムIEM本体を製作し、二回目に実物をいじりながらアコースティックチューニングにより調整するとのこと。二回目はだいたい1.5ヶ月後で、また松尾氏が担当するということです。
松尾氏が多忙な中、直接個人のために出向いて自分だけの音を設定してくれるということを考えるとプラス10万円というMH1の価格も納得できるのではないでしょうか。
実際には、"ソニーのあの機種は私が担当したんですよ","そうですか、私はあれ持ってますがいいですよね〜"、などと和気あいあいと雑談も交えつつ進めていきますので、このヒアリング自体楽しみながらできるのではないかと思います。このときの彼などはメモ帳にステムの形状違いなども書き出して熱弁をふるって松尾氏とお話していました。これもソニー好きならではの楽しみな時間ですね。この彼は訪問前も店から出た後もしきりにエキサイティング!と言っていました。
終わった後にこの彼とも話をしたんですが、彼がJust earを注文した理由というのは作りも含めた製品トータルとしての魅力があるからだそうです。そうした大手の強みと、テイラーメイドという松尾氏の理想が結実したMH1カスタムはあらたな国産カスタムの選択として面白いものとなるでしょう。