いまやハイエンド・デジタルオーディオプレーヤー(DAP)の代名詞ともなったAstell & Kernブランドに待望の新世代機が登場します。Astell & Kern AK380です。あのAK240に代わる新しいフラッグシップとなります。
まず今週末のヘッドフォン祭で発表会があります。試聴機が用意されますのでお集まりください。私もそこでプレゼンします。なお試聴機については整理券の方式なのでアユートさんのホームページの案内を参照してください。
(価格や販売時期等は現時点ではわかりません)
それに先立って一週間ほどデモ機を使用できましたので、本記事でレビューいたします。借りたデモ機は評価用の生産前モデルであることをお断りしておきます。またファームのビルド番号は0.02ですのでかなり初期です。生産版ではさらにチューニングがくわえられるということです。
生産前モデルとはいえデモ機の印象からAK380はすごい製品に仕上がったものだと感じました。私はAK240の昨年の発表会の時にAstel & Kernはポータブルブランドだけど、ハイエンドオーディオを志向していると言いましたが、AK380はその回答とも言えます。なにしろAK380はハイエンド・オーディオ機材そのものだからです。外形はキープコンセプトに見えますが、中身はかなり変わっています。
私は昨年のメインDAPはAK240でしたし、デモユニットの時点から使い込んでかなりAK240には慣れ親しんでいます。その点でもAK380とAK240の差は気になるところです。そこで、AK240と比較しながらAK380の特徴を解説していきます。
1. 最新DAC ICチップ・AK4490とフェムトクロックの採用による大幅な音質向上
AK380の特徴はまず最新のDAC ICチップであるAKM AK4490を贅沢にデュアルで採用しているということです。
前のAK240で一番不満に思っていた点は音のかなめであるDAC ICチップがシーラスロジックのCS4398と10年ほど前の古いものであったことです。もちろんCS4398はシーラスのトップモデルとして長い実績と定評があり、たくさんの採用例があります。しかしながらデジタルの分野で10年前のICというと古さはいなめません。
AK380は昨年発表されたばかりのAKM Veritaシリーズの最新モデルであるAK4490を採用して一気に最新モデルとなりました。AK4490は新しいVeritaシリーズの中でも特に最新技術を投入したものです。
そしてAK380ではなんとフェムトクロック(VCXO)を採用しています。フェムト(femto)クロックは最近ハイエンドオーディオ界隈で話題の高精度クロックの潮流で、femto秒クラス精度のクロックの総称です。いままでポータブルではDACチップが云々されてもクロックまで問われることはあまりありませんでした。AK380では0.2psという精度のクロックを使用することで、AK240に比べて約40%もジッター低減を果たしたということです。
*初出時にAK240と比べて二桁少ないという表現がありましたが、これは正しい記述ではなかったので上記のように訂正いたします。
このクロック重視はあとでも書きますが、AK380は完全にプロ機を想定しているからでしょう。またAK380は拡張機能により単なるポータブルプレーヤーにとどまらない、ということも書き添えておきます。
もうひとつAKM DACの利点は32bit整数ネイティブ入力が可能なことです。そのためAK380も32bit整数ネイティブ対応となっています。
PCMはつまり384kHz/32bit int対応となります。DSDはもちろんDAP単体でのDSDネイティブ再生対応で、2.8/5.6MHz対応です。
2. ドック端子が新設され拡張性が向上
AK380での大きな変化は拡張性が高くなったことです。これによりAK380は第3世代機の始まりと考えることができます。
AK380の底面にはドック端子が新設され、底面に4つの金属ピンがついています。これはアナログ・バランス出力端子です。このほかに背面に別売のアンプ固定用のピン穴があります。またデジタル信号はUSBを介して外部機器とのやりとりを行うようです。つまりUSB+4ピンアナログ端子で外部機器とのインターフェースとなるわけです。
今回まだ外部機器については資料が来ていません。ここはいまの情報からの推測が入りますが、まず見えているのは下の画像の専用のポータブルヘッドフォンアンプです。デモ機を聴くと十分な音の制動コントロールが出来てると思いますけど、この外部アンプはさらなる駆動力を発揮してくれるでしょう。メニューにはAMPの項目が新設されています。Glove Audioの純正版みたいなものでしょうか。
AK380と外部アンプ(暫定)
しかしながらAK380の拡張機能はそれにとどまらないと考えられます。それはAK380があたかもコアブロックのようになったオーディオシステムへの発展です。おそらくは後述のDLNA機能も含めて、AK500N相当をAK380と外部機器で実現するようなものを描いているのではないかと思います。あるいはプロ用のエンジニア機材の核として発展するのかもしれません。そうした壮大な絵を描いているように感じられます。
このほかの入出力は3.5mmステレオ(光デジタル出力付)と2.5mmバランス、USB micro端子と変わりありません。Bluetoothは詳細わかりませんが、同じであると思います。WiFiは後述します。
3. 筐体の大型化と使い勝手の変化
AK240と比較すると筐体が一回り大きくなっているのがわかると思います。デザイン的にはAK240の光と影の陰影イメージデザインを引き継いでいますが、左のボタン側が斜めに張り出しているなど新しいデザインを採用してデザインコンセプトも多少変化しています。筐体はAK240と同様にハイエンドオーディオ機器なみの航空機グレードアルミ(ジュラルミン)の高級感あるものです。
AK380とAK240の比較
このため胸ポケットにはぎりぎり入るくらいのサイズとなりましたが、液晶は大型化(4インチ)により操作がしやすくなっています。
また液晶の大型化に貢献しているのが、今回新規のメタルタッチ機能です。AK240は液晶の下方にタッチセンサーがあって、そこをタッチすることでホームボタンとして機能していました。このホーム機能が液晶ではなく、ボディの下方の一部(ボッチ印字のあるところ)がタッチセンサーとなりました。これをメタルタッチといいます。これによって液晶の表示部分の拡大に貢献しています。
メタルタッチ機能
液晶の発色はAK240と並べるとわかりますが、暖色からニュートラル・やや冷調に変わっています。画面が大きくなったのでカバーアートの迫力は増しています。またアートがない音源データの際に表示される画像が多種用意されているようです。
ボリュームのトルク感はAK240とほぼ同じ感じです。なれるとやや下についている380のほうが操作しやすい気がします。ボリュームは0.5ではなく1刻みになっています。重さ自体は多少ずっしりとしますが、ポータブル機器の使い勝手を損なうほどではありません。
容量はAK240と同じで内蔵256GB、外部にMicropSD一基です。ちなみにAK240もそうですがこの内蔵256GBというのは128GBのメモリを2個つないで256GBの単一ボリュームに見せています。この技術もかなり高度なものということです。
電池の持ちはCDリッピングとハイレゾのまじったライブラリをシャッフルで聞いて、実測でおよそ10時間弱持つと思います。ここも大型化の恩恵があるのかもしれませんが、なかなか電池の持ちも悪くないですね。
メニューは設定が上から引き出しメニューに移動するなど多少変更がありますが、大きくは変わっていません。この変化はあとで従来機にもフィードバックされるのではないかと思います。
この大型化によって回路設計に余裕ができて、ノイズのもとになるWiFi部分の分離などオーディオ回路の最適設計が可能となったということです。
また、操作性の向上という点でいうとバランス切り替えがプラグ検知で自動化されました。これはなかなか便利です。
4. WiFi機能が向上して、オープン化(DLNAネットワークに対応)
AK240でも先進的なネットワーク機能を備えていましたが、AK380ではそれがオープン化されてDLNA(uPnPベースの)ネットワークの中で認識されて使えるようになったようです。ここは今回の試用ではテストがあまりできませんでしたが、完成品ではAK500N相当になるようです。これはAK connect機能と呼ばれているようです。
A&Kからアプリも提供されますが、一般的なPlugPlayerなどのuPnPアプリも使えて、その中でAK380が認識できるようになるはずです。
専用アプリAK connectのタブレット画面(HD)
おそらくはスマートフォンでuPuPアプリを立ち上げるとWiFiネット内のAK380が認識され、スマートフォンの音源やストリーミングをAK380をレンダラー(再生機)として聴けるのではないかと思います。
スマートフォンの音質向上としては外部ポータブルDACアンプをつなげるものもありますが、USBでケーブル接続だと肝心のスマートフォンとしての使用に難があります。かといってBluetoothでは音質に難があります。そこでこうしたWiFiワイヤレスでの接続は大きく可能性を広げることができると思います。
またポータブルだけではなく、ホームシステムのネットワークプレーヤー(ストリーマー)としても機能するのではないでしょうか。そのための拡張機能なのでしょう。
5.イコライザーの高機能化
AK380ではパラメトリックEQが採用され、AK240の10バンドに比して20バンド0.1dB単位とさらに細かい設定が可能となっています。また曲率を示すQ値の変更などかなり細かな設定ができるようになりました。
これはプロ機としてAK380がより意識されていることを示しています。この辺は私よりも他のエンジニアの方たちによる紹介がなされていくことでしょう。
これはプロエンジニアとしてのジェリーさんのAK240での意見がAK380では反映されているようで、JH Audioとのコラボが単なる製品の供給だけではなく製品コンセプトにも及んでいることがうかがえるということがわかると思います。
以上のようにAK380での変化は拡張性、クロック精度、EQの細かさなど、単独ではなく有機的につながってAK380の戦略的なコンセプトを示しているようにも思えます。つまりそれが第三世代のコンセプトと言えるでしょう。
コンシューマー視点で見ても、AK240からは音質の大幅な向上とネットワークのオープン化を実現した正統な新フラッグシップという点で、なかなか魅力的な新製品になっていると思います。
* 音質
次は音質について述べていきます。個人的には一番インパクトがあったのはやはり音質が大きく向上したことです。
ここでは主にレイラユニバーサルを2.5mmバランスで使用して聴きました。これ以外の組み合わせでは今回は聴いていません。時間の制約もありましたが、それよりもこの組み合わせ、聴いてしまうと離れられないんです。
このレイラバランスとAK380の組み合わせはシンプルながら、あっさりと現行では最高峰の音を出してくれます。まさにポータブルとしては理想的ですね。
はじめはAK240で使っていた128GB SDを入れて同じ曲で聴きなおしたんですが、AK380では緊張感、感動、リアルさがまるで違います。
音は全体的な印象からはAk240に似た感じの帯域バランスに思えます。AK240とAK120IIとどちらに近いかというとAK240だと思います。そのため一瞬似た感じにも聞こえますが、聴いていくと音質は大きく進化しているのがわかります。デモ機を借りて一晩エージングして次の朝に買ったばかりのアルバムを聴いて唖然としました。音世界がすさまじいんです。
やはりAKMの最新チップですね。DAC ICの性能がすべてではないとは言われますが、やはり大きな位置を占めていると思います。そのほかにもフェムトクロックの搭載、大型化で回路に余裕ができたこと、そうしたこともプラスに働いています。
まず際立つのは解像力・立体感ですね。これらはAK240の比ではなく、音像の彫りの切込みの深さはすさまじいという言葉を使いたくなります。大まかだった輪郭の彫像がとても細かく陰影豊かに進化したという感じです。新DAC ICチップの性能の高さはスペック表で数dB変わっただけではなく、音像再現性には圧倒されます。特にレイラUMやカスタムIEMなど最高の性能のイヤフォンやヘッドフォンで聞いて欲しいですね。レイラの能力はこんなものではなかったと気が付き、さらにそれらも惚れ直すでしょう。
情報量豊かなAK380を聴くと24bit音源の良さがさらにはっきり出ているのではないかと思います、小さな信号の取り出しが高いのでそれが音楽により表情を加えているようです。ここも回路もあると思うが、さすが最新のチップだと思う。
AK380からAK240に変えて聴くと、音が全体に軽薄となり、深みが失われたように感じられます。あのAK240が、です。
音の広がりもさらによくなり、また低域と高音域がさらに拡大してワイドレンジ感がひときわ高く感じられます。
LINN 24bitクリスマスのThe Man Who ...のボーカルパートではかなり違いが明確でAK240よりもAK380のほうが1〜2レベル上であることがだれでも明確に差がわかると思う。発声が明瞭で、立体感・陰影の高さがよく表現されています。低音もAK380は低く沈みこみます。AK380では高音域はより上に気持ちよく伸びて、ベースの低音は下に深く低く沈んで、かなりワイドレンジであることを感じます。
音の広がりもよく、もともと240は空間表現に長けていたけれども、AK380ではさらによくなった感じですね。空間の広がり方に余裕が感じられます。このおかげでAk240と比べるとスケール感が高くなりました。AK240はクラシックマニアのiriver社長の意向がより反映されたモデルということでしたが、AK380もその線を感じます。
AK240よりも楽器の音がより整っているのはクロックの効果でしょうか。音に深みがあり、豊かで余裕があります。アマンディーヌ・ベイエのバロックバイオリンはAK240よりさらに高音が伸びてふくやかに古楽器らしい倍音の豊かさがはっきりと堪能できます。
生楽器の表現力はAK240よりもだいぶ良く感じます。リアルで着色感がなく歪みがなくて整っているので、脚色がなくてもきれいに美しく鳴るタイプです。ハイエンドの鳴りかたですね。ドライなところは少なく音楽的なわずかな温かみを感じるのもよい点です。
ヒリアードアンサンブルのシンプルなアカペラでは音の純粋さ透明さがよくわかります。この辺はAKMっぽさが少し出てるように思います。たとえばよく聞くとピアノなど楽器の音色はAK240より着色感が少ないのがわかります。これはシーラスロジックとAKMの差だと思います。AKMのほうが着色感が少ないですからね。。
こう書いてくるとクラシックとかジャズ向きかと思われるかもしれませんが、ロックやアグレッシブなポップでもキレが良く、その迫力に凄みまで感じます。AK380の音楽表現はイヤフォンにもよるけど、客観的に引いてるわけではなく適度なユーザーとの距離を持ってるので耳に近くスピード感があってキレがあります。AK240に比べてもAK380ではヴォーカリストが生々しく語りかけてくるよう。没入感がとても高く感じられます。
音に厚みがあってベースも太く、繊細さと力強さを両立しています。単体でもカスタムIEMをがっちりと駆動し、この上アンプをつけたらどうなるかと思いますね。
Ak380を聴くとロックのハイレゾなんて意味あるのか、と斜に構えることはなく、ロックでもクラシックでも音源の良さを余さず伝えてくれるようです。録音の質があらわにされることでしょう。そういう意味ではプロのモニターにも良いのだろうと思います。
* まとめ
私もこの言葉何回書くんだって突っ込まれると思いますが、やはりライブラリーの曲をもう一度ただひたすら聴きなおしました。
はじめは試聴用にLINNの良録音とか用意しておいたのですが、そういうのはどうでもよくなります。もうAK380の世界にはまるとAK380でいままで自分の好きだった曲を、ただみな聞き直したくなるんです。レイラとの組み合わせは聴いていて怖くなってくるほどです。
AK380はDAPにおけるAstell & Kernの横綱相撲という感じですね。
ひとつ強調したいのはAstell & Kernがユーザーの声をきちんと聞いて、それをさらに戦略としてうまくまとめあげていることです。
イコライザー機能ではジェリーさんとの協業の効果が単にイヤフォン販売だけではないことがわかるでしょう。また私は昨年Astell & Kernの人にあった時や声を聴いてもらえる機会に次機種では最新DACチップやフェムトクロックなど高精度クロックの採用、ネットワークのDLNA互換のオープン化をお願いしてたのですが、AK380を見てここにきちんと実現されていて驚きました。もちろんそう望んでいたのは私だけではないでしょう。
このポータブルとかヘッドフォンという世界はボトムアップでみなで作ってきた世界です。Astell & Kernはそれをよく心得ていると思います。さらにその優れた本体を核として、いずれAK500Nのようなネットワークプレーヤーや、プロシステムに発展するというきちんとしたビジョンに結実したところはさすがというしかありません。
AK380(上)とAK240
AK380を聴いていると、これがポータブルの音というのは信じがたいところはありますね。AK240とレイラを組み合わせて聞くと、これ以上があるのかと思ってしまいますが、さらに上があると教えてくれています。音のコントロールもがっちりとして十分パワフルだし、これ外部アンプ必要あるのかとも思います。
もっとも「これがポータブルの音か」というのは自分自身ポータブルという世界を一段低く見ていたからではないかと考えてしまいました。いままで東京インターナショナルショウなんかに行って、やはりそこに並ぶハイエンドアンプとスピーカーを聴いてしまうと、手に持っていた自慢のカスタムIEMとDAPをこそっと隠したくなることがあったかもしれません。違いはスピーカーとヘッドフォンの違いではなく、大きさでもなく、音の豊かな表現力にあるのです。しかしレイラとAK380、もしかしてAK外部アンプを持っていく今年はどう感じるんでしょうか。自分でも楽しみです。
価格はまだわかりませんが、こうしたハイエンド製品があるからこそ、この世界の限界を広げられるのではないかと思います。当たり前ですがAK240がなければAK380はできなかったし、AK100がなければAK240もできなかったでしょう。そうして限界がここまで広がってきました。
ポータブルオーディオの可能性の先を見たいという人も多いのではないでしょうか。
AK380はAK240の成功があってこそのモデルであると思いますし、それはポータブルの地平を広げたいというAK240ユーザーの熱意があったからでしょう。
所詮ポータブルだから、と考えている人も多いのではないでしょうか。
いまオーディオの世界が退潮だとも言われています。しかしそれはちがうと思います。今は60年代や70年代ではありません。そもそも世界の再構築が必要なのではないでしょうか。DLNA互換のオープンネットワーク、超高精度クロック、最先端のDACチップ、もはやAK380に出来て普通のオーディオに出来ないことはなにもありません。
ポータブルだから、イヤフォンだから、といった垣根を排して新しい世代のオーディオの枠組みを作るということが必要とされていると思います。
その改革を引っ張っているのがAstell&Kernであり、その旗手がAK380だと思います。