JVC(旧ビクター)のFX1100はウッドシリーズのイヤフォンの新しいフラッグシップで12月上旬に発売となります。5万円台後半という高価格帯のハイエンドイヤフォンです。
*FX1100の特徴
JVCは木を振動させて音楽再生するウッドコーンのスピーカーの要素技術を持っていましたが、イヤフォン市場にその技術を導入して2008年2月に初代であるHP-FX500を発売しました。その後ウッドドームユニットの大型化などの改良で技術を上位機種のFX700を2010年の2月に発売します。
その後4年ほどたって今年の2月に最新技術を投入した待望の新製品が3機種ラインナップします。これがHA-FX650/750/850です。
これは好評を持って迎えられましたが、その上位機種となるのがこの12月に発売予定のFX1100です。
1. ウッド振動板の利点
他のウッドシリーズと共通しますが、FX1100の特徴はまずウッド振動板をはじめウッド素材にこだわった設計です。ウッドイヤフォンシリーズではウッドをハウジングと振動板だけではなく、ウッドダンパー、ウッドディフューザー、振動板の背面ウッドプレートなどウッド素材で音の作り込みをしています。
木製ハウジングというのはヘッドフォンの世界ではオーディオテクニカやGRADOなどでつかわれてきました。木の独特の響きの乗った美しい音が特徴です。しかし振動板まで木製というのはありません。
前述のウッドハウジングのヘッドフォンのように木という素材は楽器のように美しく響くというイメージがありますが、このJVCのウッドシリーズで着眼されているのはむしろ振動板として木が優れた特性を持っているという点です。それは木は伝搬速度が高いので、スピード感がよく広がりのある音を再生することができ、さらには木は内部損失特性が高いので、付帯音がなくピュアな音になる、という従来の素材に比べた利点があるからです。もうひとつ木には紙や金属素材と違って木目があるため、正円形である振動板で均一素材にある共振がないという利点もあります。
(ただイヤフォンはスピーカーと違って木目方向を計算した音場設計ができないのでおのずと異なる点はあるそうです)
2. FX1100と従来製品の違い
従来のFX650/750/850とFX1100の違いは大きくは以下の通りです。
- 黒木目仕様の外装色
- 新しい6N OFC編組ケーブル(L型プラグ採用およびプラグのアルミエンドの採用)
- MMCXでリケーブルできること(FX850もMMCXを採用しているがケーブルのグレードはFX1100の方が高い)
- 入力プラグからドライバーユニットまでの信号伝送経路に音響ハンダを採用して音質を向上させたこと
- スパイラルドットイヤピースの別サイズ(ML/MS)がはいっていること
新旧のイヤフォンプラグの違い(L型がFX1100)
またこれらの他に、イヤホン本体の最適化チューニングも行われています。
JVCに聞いてみたところ、FX1100はFX850が完成した後で、この完成度の高い母体を活かして更に追求していけばもっと良い音になるはずというエンジニアの意見から密かに試作を重ねたということで、出来た試作機を企画や営業に聞かせたところ、これを世に出さないのは勿体無いということで急遽商品化を進めることとなったということです。
従来のトップモデルであるFX850とは振動板は同じですが最適化チューニングとして各種音響ダンパーの調整と追加を行っているそうです。なお追加された部品はパッケージ等に記載されてる分解図には載っていないそうです。
この最適化チューニングで得たかった事としてはウッドイヤホンの特徴である美しく自然な響きと広がりをもっと高次元で再現したかったということだそうです。響きの部分は音としてデリケートであり、あらが出易く再現が難しい。それを実現させるためによい母体(つまりイヤフォン本体)、高純度なケーブルと高品位なハンダを使用し、これら最高の素材を殺すことなく、よい部分だけを引き出す考えでチューニングした結果、より滑らかで、生々しい再生音を響かせることに成功したということです。
なおウッドシリーズはハイレゾ対応を掲げていますが、日本オーディオ協会の定義とロゴではなく、独自の基準で再生周波数帯域評価や聴感評価を含めた社内基準で実施しています。特に聴感評価におけるハイレゾソースの再現性に重点を置いているということです。
*使用感
FX1100は手に取るとミニチュアの工芸品のように精密感があり、高級感と質感の高さを感じられます。ちょっとずっしりとした質感が良いですね。比べてみるとFX850はある意味ウッド素材であることを主張していますが、FX1100は玄人好みで黒檀のように渋く仕上がっていると言えると思います。
反面でちょっと大きめで装着感はいまひとつのところもあります。分解図をみるとかなり複雑な設計になっているので、小型化するのはむずかしいかもしれませんが、もう少し先端部分に工夫があると良いようにも思えます。装着感はイヤピースでも変わりますので、FX1100になって新たにイヤピースにMS/MLのサイズが追加されたのはFX850からの実質的な装着性の改良とは言えるでしょう。
*音質
1. ハイレゾプレーヤーとFX1100の組み合わせ
まず音の個性を確かめるために慣れているAK240を使ってFX1100を聴いてみました。イヤピースはスパイラルドットのMLで、ケーブルは標準の6Nケーブルです。イヤピースはフォーム(低反発)の方がベースは出ますが、スパイラルドットの方がこのイヤフォンらしい音だと思います。
ちなみにスパイラルドットイヤピースとはJVC独自のイヤピースで、イヤーピースの内壁にディンプルを設けて音質劣化の原因となるイヤーピース内の反射音を拡散させ、音のにごりを制御するということです。その結果としてクリアで自然な音が再現できるようになったとのこと。
まず感じるのは音の広がりの豊かさで、見通しが良くクリアでよく広がる感じです。これはイヤフォンではかなり上位にランクすると思います。
次に感じるのは音色がピュアで濁りがなくきれいな点です。ワイドレンジで高域の伸びも鮮烈で、低域もかなり低いところまで出ていて低い方の量感がしっかりある感じです。低域はかなりたっぷりあって後述するようにFX850よりもあるけれども、全体的にベースヘビーという感じではなく、いわゆるドンシャリ感は少ないと思います。音の高域での伸びてゆく感じ、ベースがよどんで重いのではなくクリーンでしっかりしているのが良い感じです。反面で他のウッドヘッドフォンにあるような木の響き(レゾナンス)というのはあまりなくて、むしろすっきりとしてニュートラルで無着色だと思います。
アタックは適度にあって柔らかすぎるということはなく、パーカッションの打撃を聞くと音のスピードが速くてトランジェントが高い感じが分かります。音の立ち上がりと立ち下りが急峻という感じですね。それが自然でかつ音色がきれいな楽器音の再現につながっています。
ヴォーカルは聴きやすく、女性ヴォーカルに透明感のある瑞々しさがあります。
弦楽四重奏が美しく、弦の重なりと情報量の多さが印象的で音の消え入る余韻まで聞こえます。この辺は試聴しててもしばし聴き惚れてしまいました。
このへんの音のピュアで純度の高い美しさというのはなかなか他のイヤフォンではない、さきの木の振動板の利点をもったウッドイヤフォンならではの魅力ではないかと思います。
また聴いてみてFX1100と相性が良かったのはSONY Walkman ZX1です。
FX1100の透明で鮮明な楽器音、きれいに音が整ったまま伸びていくところはデジタルアンプのZX1はうまく再現しています。
またFX1100の良いところはチタンなど金属振動板にありがちな硬さがないので、高音域もきつくなりすぎずにZX1の良さも引き出しているように思います。細かい音の粒立ちが鮮明に分かるので、解像力の高さも良くわかります。ベースはたっぷりあって音楽のよい下支えとなり、FX1100の広い音再現がZX1の空間再現力をうまく後押ししてスケール感を演出しているようで、良い組み合わせだと思います。
2. ポータブルヘッドフォンアンプとFX1100の組み合わせ
今回はFX1100やFX850といっしょにJVCのポタアンであるSU-AX7も貸し出してもらいました。SU-AX7はJVC得意のK2技術を採用したDAC内蔵ポータブルアンプで、iPhoneとのデジタル接続を意識しています。また音質追求を考えたフローティングシャーシや光デジタル入力も可能である汎用性なども特徴的です。
いきなりFX1100とSU-AX7で聞くとどっちの音支配か分からなくなるので、慣れてるWestone W60ではじめにSU-AX7の音を確かめてみました。iPhoneをソースとしてUSB Aを使用したいわゆるiDeviceデジタル方式で接続し、ケーブルはVentureCraftのオーディオ用USBケーブルを使用しています。
音の印象としてはSU-AX7は帯域再現がフラットでかつワイドレンジ、透明感があって音が速いという印象です。どちらかというと玄人好みの音作りだと思います。これはイヤフォンとも共通していると気がついたのですが、JVCらしさ、JVCの音というのはワイドレンジで透明感があって音が歪み感少なくピュアなところではないかと思います。
実際にSU-AX7とFX1100の相乗効果は高く、ひときわ澄んで気持ちよく上も下も伸びるワイドレンジの音空間が広がります。どちらかの音支配というよりは伸ばし合うタイプです。オーケストラものではかなりスケール感を感じられますね。SU-AX7の帯域バランスは良いと思うけれども、人によってはもう少しベースが欲しいと思うかもしれません。そういう意味ではベースを少し足したFX1100はより適合するでしょう。
この組み合わせはかなりオススメ出来ると思います。同じメーカーの同じ思想がうまく噛み合ったという好例と言えるのではないでしょうか。
FX1100ではL字プラグのケーブルになったのでハイレゾプレーヤーやiPhoneではよいんですが、ポータブルアンプだとややボリュームなどの干渉に気を使います。ただしSU-AX7との組み合わせでは特に問題とはなりません。
3. iPhone単体とFX1100の組み合わせ
FX1100は能率は問題なく音は鳴らしやすいほうですので、iPhone単体で聴いても良い音で楽しめます。ただしハイレゾプレーヤーやポータブルアンプで聴いた後だとかなり物足りなく感じられます。特にFX1100の良いところであるピュアでどこまでも伸びていく気持ちよさがなくなり、生楽器再現の音の立ち上がりでかなり甘さを感じます。
言い換えるとFX1100はハイレゾプレーヤーやポータブルアンプで聴いたときの伸びしろが大きいということも言えますね。やはり高性能のポータブル機材をもっているマニア層に聴いてほしいイヤフォンだと思います。
今回はFX1100の他にFX850とFX750も借りました。聴いてみるとFX850は定評のある良い音として、FX750が意外と健闘しているように思いました。iPhone主体で聴くカジュアルユーザーには実売価格を考慮するとFX750がコストパフォーマンスの高い選択ではないかと思います。
4. FX1100とFX850との比較試聴
おそらく多くの人が興味を持つところはFX850との音の違いではないかと思います。そこでAK240を使用してFX1100とFX850の比較試聴をしてみました。ちなみに曲はジャズヴォーカルのTiffanyのBut not for meを使用しています。またイヤピースもたっぷり借りたのでイヤピースはFX1100とFX850とも同じスパイラルドットのMLを使っています。はじめはFX1100、FX850ともそれぞれの標準ケーブルです。(それぞれエージングは十分されていると聴いています)
FX1100(左)とFX850(右)
はじめにFX1100で曲をしばらく聴いてからFX850に変えると、音が全体に味が薄くなったように感じられます。なにか失ったようで、厚みがなくなり音が粗くなると言っても良いです。全体の音の印象はほぼ同じでキャラクター的には似ていますが、FX850はベースが軽めに感じられます。
ふたたびFX1100に戻すと、ベースがグッと重みが出て迫力が増し、さらに全体の密度感が向上して芯がしっかりとするのが分かります。おそらく差はひとレベル違うのはわかると思います。
では、この差はケーブルだけのものかと言われるかもしれないので、今度はイヤフォン部分のみの違いを聴くために、FX1100の6NケーブルをFX850につけてみました。同様に聴き比べてみると、差は確かに縮まりますが同じにはなりません。ベースの量感は近くなりますのでこれはケーブル影響に思われますが、軽さと粗さの差は縮まりますがまだあります。やはり音響ハンダやさらなるチューニングによって音の荒さが取れて高級感が一段上がってるようには思いますね。
たとえばハイレゾ音源を楽しむというのは細部にこだわるということですから、より高音質の音源を聴いてみようというハイエンドユーザーにはこうした細かい差が意味を持ってくると言えるでしょう。
5. FX1100のリケーブルについて
FX850から引き継いでFX1100でもMMCXでのケーブル交換が可能です。
ただFX1100の6Nケーブルはなかなか優れていると思いますので、音質を上げるという意味ではケーブル交換の必要性は少ないかもしれません。FX1100のキャラクターによく合っているようにケーブルが作られていますし音もよいので、これ以上を求めるとちょっと高くつくでしょう。FX850を買ってはじめからリケーブルしようと思ってたハイエンドユーザーにはお得なモデルがFX1100となるでしょう。
一方でケーブルは好みの部分もあるので、銀線に変えて音色の違いを楽しむというのはありだと思います。
*まとめ
FX1100は高級感を感じさせる工芸品のような質感高い作りの良さがまず魅力的です。少し大きめで装着感に難もありますが、音質はかなり良いイヤフォンです。
木を使ったというと古くはGRADO、または最近のEdition5やKuradaのように木の響きを特徴とするものを想像してしまいますが、FX1100では木を振動板に使うことで得られる内部損失の高さという点に着目してピュアで混じりけのない音を再現することに成功しています。ウッドシリーズは変わり種として見られることもありますが、木の響きによる変わった音色が特徴と言うのではなく、ウッドの採用でストレートな音の良さを可能にしたということがポイントだと思います。
ですからウッド振動板でハイエンドを狙ったイヤフォンを設計するのは理にかなってると言えます。
そうしたウッドイヤフォンの長所を踏まえると本来ウッドイヤフォンはハイエンドユーザーにもアピールできる音質のポテンシャルをもっていたと言えるでしょう。そこでFX1100は評判の良かったFX850からも音質的にさらに向上していて、音響ハンダの採用もピュアな音再現の追求という点でその思想を突き詰めていると思います。そこがこだわりの要素なのでしょう。
またSU-AX7も使ってみて、アンプとイヤフォンの違いがあってもブランドとしての音の作りが一貫しているのも感じられました。JVCならではの音、というのをイヤフォンの市場でも追求する姿勢もよいですね。
FX1100とFX850の違いはケーブルだけではないと思います。天然シルクと合成繊維のようなもので、ひとクラス上の音を求めるハイエンドユーザーにアピールするポイントだと思います。ウッドイヤフォンの音が好きで、その音を突き詰めたいユーザーにはFX1100はお勧めだと思います。
いわば好評のFX850をベースにして、FX850以上を欲する人のためにオフィシャルで最適なリケーブルをしてさらに音響ハンダやチューニングを詰めてチューンナップしたスペシャルモデルがFX1100ということも言えるかもしれません。他モデルとは違う黒のボディは一味違うスペシャルモデルであることを示しているように思います。