インイヤーモニターではUEやShureと並ぶ老舗であるWestoneがそのフラッグシップであるW60をCES2014で発表しました。そして2014年CESのヘッドフォン部門で『BEST of CES 2014』アワードを受賞しています。
日本ではテックウインドから発売され、予約は6月13日から開始されています。発売日は6月28日、想定価格は約119000円です。
特徴はWシリーズのコンパクトな筐体に片側6つのドライバーを搭載したことです。今回試聴してW60は単に6つのドライバーを採用したという話題性だけではない高い実力を持つことがわかりました。
本稿では実際にしばらくW60を使ってみたレビューを書いていきます。
* Westoneについて
まずはじめにWestoneの背景を簡単に解説します。
ウエストンは1959に創業しました。はじめは補聴器の分野で使用するようなカスタムイヤーピースを製作していましたが、80年代後半あたりからインイヤーモニタの製作をはじめました。WシリーズはWestoneシリーズを継ぐWestoneのユニバーサル(カスタムではなく普通のタイプ)イヤフォンです。
以前Westoneのインタビューをした際にはWestoneの強みはまず人の耳に対する我々の長い経験だと言っていました。Westoneは50年にわたって1500万以上のイヤピースを製作してきています。そのためライバルたちよりも人の耳に対して多くのことを知っているという点、どのようにフットし、どのように快適に装着ができ、ステムの角度などさまざまな要素があり、その知見の深さをまず強みとして挙げていました。それは抜群に耳の装着感が良いWシリーズに表れています。シンプルでいて効果的です。
次の特徴はと聞くと、Westoneならではの暖かみがあって滑らかで聴き疲れのないバランスのとれたアナログ的な音であると答えていました。これもWestone4から、W60にわたって引き継がれていると思います。
これらのことについてはまた後で触れることになります。
* 開封した印象
まず開封して気が付くのはイヤチップの種類が豊富であるということです。また大きさが色別に分類されているのもわかりやすいところです。イヤフォンは装着してうまく耳に合うというのが良い音質を得る条件ですので、これだけの種類があれば耳にぴったりと合うものがあるでしょう。またさきに書いたように耳にフィットするというのがWestoneの強みでもあります。
チップの出来も良く、標準サイズでも低音が漏れてる感が少ないですね。
またWシリーズの特徴でもありますが、着脱式のカバーもユニークな点です。これはレッド/ガンメタルシルバー/シャンパンゴールドの3色が用意されていて、付属の小さなドライバーで取り外しが簡単に行えます。決められたカラーバリエーションではなく自分で気分に応じて選ぶというのも面白いことだし、右側だけをレッドにして判別しやすくするということもできます。
さきほどのイヤチップともあわせて、カラフルというのが箱を開けた時の印象です。
ケースはペリカンケース風のオリジナルケースが付属してきます。
W60の本体を手にしてまず驚くことはそのコンパクトさで、なかに6ドライバーものユニットが入っているとは思えないサイズです。装着はそのためこのクラスにしては考えられないくらい快適で、装着したまま寝ても気にならないと思います。
後で書きますが、このレベルの高い音質を実現しているユニバーサルタイプはたいていはカスタムIEMをベースにしたもので、あまりコンパクトとは言えません。しかしW60はイヤモニというよりも普通にイヤフォンと呼べる気軽さでこの音質を実現しているのだから感心します。ユニバーサルの手軽さ、気軽さと高性能を併せ持つ。良い意味でイヤフォンと呼べます。
ケーブルは2本入っています。リモコン付とリモコンなしでツイスト線を使っているものです。上はリモコン付のケーブルです。ケーブルも柔らかくて使いやすく、音の品質も良いと思います。標準の状態でも満足できるのがW60のよいところだと思いますが、W60はMMCXケーブルでリケーブルすることが可能です。
ただ装着部分が傾いていて細身なのでプラグが太いものを使うときには事前に確認したほうが良いと思います。
* 音の印象
箱を開けてとりあえず聞こうとAK240につなぐと「おっ」と思わず言ってしまいました。そのくらいはじめからとても良い音です。小さいのに迫力を感じたので、おっと言ってしまったのかもしれません。まず音の広がりのよさが印象的で、音が広大です。カスタムを入れてもトップレベルかもしれません。ベースも豊かなので迫力があります。特にW60+AK240で聴くクラシックは圧倒的な迫力のある音再現がよく伝わってきます。
おそらくこんなに小さなイヤフォンがこんなにスケールの大きな音が出てくるのは実際に聴いてみないと信じられないでしょう。楽器の立体感もなかなかすぐれていて、おそらく位相もよく揃ってないとこんなにフォーカスがピッタリあって空間表現の雄大な音はできないと思います。
シンプルなシングル孔のステムで音が曇ったり濁ってないのも驚きです。ステムの太さが装着を犠牲にしないで細いのに音質も確保されてるのは、その仕組みについて興味を覚えてしまうほどです。実際これは後でWestoneのサウンドエンジニアに質問をしてみました、その回答は後述します。
中高音域はシャープで鮮明でありながら、きつさがないのも良いところです。クリアで楽器音の分離も良いですね。解像力・情報量もかなりのもので、しゃがれたようなヴォーカルとかハスキーなヴォーカルの肉質感の豊かさに感心します。また効果音として入っている木の椅子がきしむ音などはとてもリアルで電車で聞いていて思わず振り向いてしまったほどです。
低音域は少し強調感があります。ロックでもエレクトロでもどんどん低音が出てくるのは良いところですが、パーカッションやドラムスでキレが欲しいところではやや緩めです。ここは賛否あるかもしれません。打撃音で柔らかさが出てしまうのが問題といえばそうですが、好みの問題でもあるからです。
低音域の下のほうも十分低い領域まで出てると思います。オーディオテスト用のパイプオルガンのローカットあるなしの音源で聴いても違いがはっきりわかるので、十分な低いレスポンスは出てるはずです。
全体的な帯域バランスは上手によく取れていると思います。
W60の音の全体的な印象はWestoneらしく柔らかみと温かみがフレーバー的に足されて音楽的です。実のところこれが一番気に入った点です。音が滑らかで聴きやすく美しいですね。
わかりやすく言うと、音の性格はWestone4の延長でいながら、ずっと高いレベルの音とも言えるかもしれません。楽器の音も分離感もくっきりとして鮮明で、音色もきれいです。ウエストンらしいよさで音楽をもっと聴いていたくなるような魅力があります。
帯域バランスも良く、AK240のような音楽的DAPに向いています。AK240のスケール感をよく引き出すイヤフォンでもあります。最高のDAPであるAK240にまったく負けていませんね。また別に書きますがAK100IIともよい相性です。
交換ケーブルも用意してたんですが、標準ケーブルと標準チップでずっと聴いてしまいました。標準で完成度が高いのもよいところです。リケーブルするなら快適性をそこなわないEstronなんかが良いですね。MMCX Musicが良かったと思います。
* W60と他機種の比較
片側6基ドライバーの機種では先にEarSonicのS-EM6がありますが、S-EM6は音が混ざって濁る感じで、あまり整理されてません。それに比べるとすっきりクリアなWestoneの設計の巧みさはさすが老舗です。
特にこんなシンプルなほそい一穴ステム、コンパクトなサイズでこれだけの性能が出るのは驚きでさえあります。
価格の近いユニバーサルのK3003とAK240で比べると端的に言うとW60の方が上だと思います。
まず音場の広さはかなり差がついてW60の方が良く、空間的・立体的な広がりが感じられます。
帯域的な音のバランスの良さでもW60の方が整っています。中高音域はW60は群を抜いていてヴァイオリンのソロなんかを聞くと、高音域に優れると思っていたK3003が薄く軽く思えるくらいですね。W60はK3003に対して伸びがあるだけではなく、高音域の美しい煌めき、音の立体感、充実度合いがずいぶんW60が優れています。
おそらく高音域の厚み豊かさってあまり言われないことではありますが、W60はそれを教えてくれます。ヴォーカルを聴くとW60がK3003に比べていかに豊かで厚みがあるかがよくわかります。K3003は軽薄な印象を受けます。まあ前はK3003は良いと思ってたんですが、上のものが出るとこうなりますね。
ベースはさすがにダイナミックのK3003の方がパンチがあり量感豊かです。ダイナミック対BAだからというよりWestone4もSE535に比べるとそうでしたが少しベースが緩めです。DTECドライバーのくせかWestoneのチューニングかはわかりませんが、W60も少しベースの柔らかさを感じます。ただ量感は意外なほどあって、ぱっと聴くとベースはむしろW60の方が多めと感じるかもしれません。それでもK3003はベースヘビーでW60は全体的にバランスが取れてるように聞こえるので、いかに中高域ではW60が低域に負けないほど充実してるかがわかります。
解像力も驚くことにはW60の方が上ですね。情報量とか音数の豊かさというべきでしょうか、録音の良いアコースティック楽器の音源ではW60の良さを感じるでしょう。さらにW60ではK3003に加えて音数の豊富さが音の厚みに繋がってるように思えます。
ただハウジングの豪華さではやはりK3003が良いところです。W60は見た目よりも音の中身と快適性を重視する人のためのイヤフォンと言えます。
おそらく直接のライバルはShure SE846だけれども、SE846は持ってないので比較できません。
おそらく推測するにWestone4とSE535の比較に近いと思います。ただし進化の方向性はSE846ではユーザーチューニングやローパスフィルターなどの方向に行ったのに対して、Westone W60ではドライバー数を増やして行くという方向性が面白いですね。SE846でもドライバーは増えてますが。
同じWestoneのW50も聴いてませんが、Wファミリー上位機種の住み分けはあると思います。
W60のドライバー構成はおそらくWestone4から推測すると、TWFKx2とDTECみたいな感じでしょうか。おそらくW50は低域一個というのはロードライバーが大きいCIのようなユニットなんでしょう。そうするとW60とW50は単に松竹梅というよりもぶわっとした低域の量感重視の人ならW50で、バランスの取れた音ならW60という切り分けなんでしょう。
* W60の高音質の秘密とは
今回W60がシンプルでコンパクトなデザインなのにもかかわらず、6ドライバー搭載と高音質が可能になった背景に興味を持ったので、テックウインドさん経由でWestoneのサウンドデザイナー、カール・カートライト氏(Westoneサウンドの"ゴッドファーザー"だそうです)にいろいろと質問してみました。
まず普通ひとつ穴のステムでは音が濁り、穴3つが良いとされていますが、W60ではシンプルな一穴のステムで高音質を確保する秘密はと聞いてみたところ、下記のような回答をもらいました。
カートライト:「穴3つはイヤーピースのアウトプットをイヤーカナルに伝える一つのオプションではありますが、物理的なサイズという部分で欠点があります(穴3つはより大きなステムが必要になるため)。
また太いステムにすると、イヤチップのクッション効果が犠牲になり快適性を損なってしまいます。
私は何百何千ものカスタムイヤーピース作成において人々の耳道を見てきましたが、結果として細い口径のステムの方がより良いと信じるようになりました。
このような小口径のステムで高音質を実現するためにはイヤピース内のドライバー相互の物理的位置関係や役割に基づいたクロスオーバーの位相設計、そして直径と長さについて細心の考慮が必要です。」
またステムの中をみると金属チューブが見えますが、これは音響ダンパーだそうで、イヤーピース設計の最終的な共振ピークを「ならす」働きをしているそうです。この辺はきつさの無い高音域に貢献しているのだと思います。
次にこのようなコンパクトサイズに片側6個ものドライバーを内蔵し、さらに位相を揃えるための工夫はどうしたか、と聞いてみました。
カートライト:「根気強さ、実験検証、インスピレーション、多くのプロトタイプ、そして私たちはどのように改善(進歩)したいのかという明確な絵を描くことです。」
Westoneの長い経験、ノウハウに基づいた回答ですね。これはS-EM6と比べるとよくわかります。
実のところドライバー的なスペックではS-EM6の方が上かもしれないんですが、トータルの音性能ではW60はずっと上手です。最終的にはドライバー云々というよりも経験とノウハウに基づいた設計が大事ということなのでしょう。
* まとめ
W60は音のレベル的にはイヤフォン・イヤモニのなかでもトップクラスと言ってよいと思います。
AK240の性能もかなり上手に引き出しますし、RWAK120-B+Portaphile micro Muses01のホームアンプなみの音質でも十分に受け止められる性能レベルがあります。
実際にこのくらいのレベルのアンプでもW60のアラがわかりませんし、このクラスのアンプでないと出ないような強い打撃音でもそのまま再生できる伸び代があります。
W60は音質の良さを考えるとステムを太くしたり、ハウジングを大きくしたり、やたら太いケーブルを使ったりとマニアックな方向に行っていないというのが面白い点であり、それで高音質を実現した驚きがあります。
高音質だけではなく、快適性も両立させたW60の良さは使ってみて分かると思います。
ぜひこの素晴らしいコンパクトモンスターを試してみてください。